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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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第四章 実り太らせて、そして刈る

 白鋭 切人(はくえい・きりひと)は動けない。
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)ネルガルに仕官するため、そのための人質となり、そして石化させられた。切人は石像となった。
 刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
 刻が止まる、それが石化。でももし今の状況が見えていたなら知っていたならば―――

『おまえは気付いているのだろうか。いや、そろそろ腐り始めているかもしれんな。
 他国に目を向けた提案は却下され、あまつさえ出兵さえ任されなかった。
 己が価値を疑う頃合だろうか。
 ふっ、だがそれでいい。オレはおまえが苦しみ絶望する姿こそが見たいのだ。
 ネルガルも、多角面から策を講じるおまえの頭脳をかっている、だからこそこの場で傍に置いているのだろう。
 おまえは決してそれに気付くな。絶望に打ちひしがれる、その時まで。』

 刻が止まる、それが石化。だから何も感じない、何も見えない、何も思えない。
 だから今のはどれも全てがただの単なる妄想。
 願おうにも叶わない。石像は刻が止まっているのだから。




 西カナンの中央部、ネルガルが拠点としていた廃墟の村には神官戦士や仕官した生徒たちが舞い戻ってきていた。
「ネルガル様」
 ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)が報告をした。成果にバラつきはあれど、全てチームが帰還を果たしたと。
「ならば我が神殿に戻る。早急にな」
「よろしいのですか?」
 場所によってはマルドゥーク軍の抵抗を受け、女神像を破壊できなかった所もある。更に兵を送り、像の破壊をするべきでは? との提案だったが、ネルガルはこれを退けた。
「像の破壊を成せずとも、その地に出兵したうちの誰もが帰還していないという訳ではあるまい」
「え、えぇ。どの地点も、少なくとも一人は必ず帰還していますが」
「ならばよい。全ての地点およびその周辺の様子を報告させろ、出来る限り詳細にだ。そこまでが今回の任務だ」
「…………と言いますと。もしや……今回の目的は」
「ふっ」
 ネルガルは不敵な笑みを浮かべて「主にも、すぐに分かる」とだけ呟いた。








 とっぷりと陽は落ちている。月の輝く夜には静寂が似合うというのに、松毬の森の奥では闘音が響いていた。
「がぁっ」
 竜の足に抱きついて力比べをしていたジバルラだったが、敢えなく振り飛ばされて地に転がった。
「ちっ…… クソがぁっ」
 起きあがろうとするジバルラの胸を伏見 明子(ふしみ・めいこ)が無理に押し返して叩き伏せた。
「痛って…… なにしやがる!!」
「いいから! そのまま寝てなさい」
 少し休みなさいよ、と言いながら明子は『命のうねり』を唱えた。生命力がほとばしり、周囲の者を回復させる魔法。夕刻からずっと竜に挑んでは弾かれている、彼の体はもうボロボロのはずだった。
「まだよ! じっとしてる!!」
 彼の肺を拳で叩いた。彼は幾らか咳き込んだが、観念したのか両目に片腕を乗せて息を吐いた。
 生徒たちも休んでいる。ここでも本郷 翔(ほんごう・かける)はティータイムを提供している。マルドゥークの元へ戻った者も居るが、最後まで見届けようと残った生徒も居る。ジバルラと竜のドツキ合いに加わる者は居なかったが、この戦いの意味を理解しているからこその静観である事は誰もが理解しての事だった。
「ねぇ」
 ふと、明子ジバルラに訊いた。
「ネルガルに呼び出された時にさ、誰にも事情を話さずに国境に行ったのは、どうして?」
「ああ゛? なんだいきなり」
「ただの世間話でしょ。答えなさいよ」
「けっ、誰が――― うっ」
 もう一発、肺を殴った。
「治療してあげてるんだから、答えなさいよ」
「頼んでねぇだろう――― がっ」
 もう一発。今度はさすがに彼も起きあがったので更に一発加えて押し伏した。
 観念したのか、彼は「話せば複数の村に軍を送る、骨の一つも残さない、奴はそう言ったんだ」と答えた。
「そこが分からないのよね」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が彼の傍らに腰を下ろした。
「民を守るために一人で国境に向かったり、でも民の前ではニビルに食事をさせて『民よりもニビルの方が大切だ』って示していたり。行動に一貫性がないのよね」
「しつけぇなぁ。新鮮なうちに喰わせてただけだろうが、ウダウダ騒ぐ意味が分からねぇ」
「じゃあ、ニビルが死んでからも変わらずに民を助けていたのは? 仮面を付けて正体を隠してまで」
「俺だとバレたら、やっぱり今もマルドゥークの下で働いてる、奴の命令で秘密裏に動いてるなんて勘ぐられでもしたら、ザルバの命が危なくなる」
「……民を助けて回っていたのは?」
「ふん。知るか」
 追加の一撃を。今度は彼は、
「んなもん竜探しの序でだ。それまではそれが仕事だったからだ」と声を荒げて応えた。
「もういいだろ。治療したいなら黙ってやりやがれ」
 そう言って彼は強く口を噤んでしまった。
「素直じゃないわね」
「えぇ、とんだ唐変木だわ」
 竜も少しは落ち着いただろうか。それでもきっと彼が立ち向かえばすぐに沸くのだろう。
 多くの生徒が思っていることだろう、なんとも似た者同士な一人と一体だと。
 あと何度、いや、一体が一人に従うようになるまで、この闘いは続くのであろう。
 森が静寂を保てるのも、あと僅かなのかと思うと、急に今のこの時が堪らなく愛おしく感じるのだった。