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リアクション
喫茶【とまり木】のキッチン担当の樹月 刀真(きづき・とうま)は、今回のパーティでは調理を担当していた。
一通り料理を作り終えた後には、自ら料理を持って会場にも顔を出していた。
刀真とパートナーの月夜が誘った、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)とセイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は、一緒にパーティを楽しんでいるようだった。
2人はパッフェルのテーブルに近い位置にいるけれど……邪魔しては悪いと思っているのか、パッフェルには近づかなかった。
「どうぞ」
刀真はティセラの側に近づいて、2人にカップに入れた出来たての野菜スープを渡した。
「ありがとうございます」
ティセラはスプーンで上品に飲んでいく。
「あっちのテーブルの、魚料理。あれも食べてみたい! あそこのあれも。ティセラの分も貰ってくるからね!」
セイニィは料理に夢中になっていた。近くのテーブルに目にもとまらぬ速さで移動し、料理をゲットしていく。
その料理の多くは、刀真が作ったものだった。
「……そういえば、ティセラ達の食事はパッフェルが担当していたんだよね。今はパッフェルとは別に暮らしてるんだろうし、食事はどうしてるんだ?」
「ほとんど外食ですわ」
刀真の問いに、ティセラはそう微笑んだ。
現在、ティセラはセイニィと一緒に、普段はツァンダ家の別邸で暮らしている。
「たまには差し入れようか? その気があるのなら、教えることもできるけど」
「差し入れは機会がありましたら、お願いいたしますわ。ですが、わたくしにも、セイニィにも料理の才能がないことはわかっていますので、今のところ勉強をするつもりはありませんわ」
「そっか……。まあ、料理だけじゃなくて、付随する仕事もいろいろあるしさ。気が向いたら一緒にやってみないか? というか……」
一旦言葉を切り、刀真は吐息をついてわずかに寂しげな目をした。
「最近色々とあって、他の人と関わりのある日常を増やす事にしているんだ……その方が良いとある人に言われてね。なので、ちょっと協力してもらればな〜と思って、駄目かな?」
ティセラはスプーンを置いて、刀真に微笑みを向ける。
「お互い忙しですから、都合はなかなかつかないかと思いますけれど……。時間がとれましたら、是非。先日のお菓子や、今日のような出来たての美味しい料理を戴きたいですし」
「……ありがとう」
刀真は最近、意識的に日常を増やそうとしている。
人であることを、この人の日常というものを、いつでも捨てることが出来るのなら。まずは、縋り付いてみようと。
「私達ちょっと辛いことがあって……ゴメンね、折角の祝賀パーティーなのに暗くて」
月夜がそっと近づいて、ティセラと周りの人達に謝っていた。
「もっと肉ないの、肉肉肉肉肉!!」
姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、ヤケ食いをしていた。
ホワイトデーだというのに、自分には特定の相手がいないし。
それなのに、会場にはカップルの姿が沢山あるのだ。
転入したばかりで狙い目なはずの、パッフェルには勿論。
桜井静香校長や、ラズィーヤにだって、くっついてる素敵なお姉様がいる。
それなのに香苗ときたら……。
周りのカップルや、ラブラブしてる姿をみたら、人肌が恋しくなって耐えられなくなりそうなので、香苗はひたすらヤケ食いをして気を紛らわせているのだ。
「そっちのケーキも食べる〜。パスタも頂戴!」
大皿ごと食べそうな勢いで、香苗は次々にガツガツ料理を食べていく。
パシャリ
小さな音に気付いて、香苗はバッと顔を上げた。
同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が、写真を撮っていたのだ。
「ん、んんー。待った〜。今の消して消して」
香苗は我に返って、お願いをする。
「もったいないですわ。見事な食べっぷりでしたのに」
「消して消して! 今のナシ、ナシなんだから〜っ」
顔に生クリームをつけた香苗がカメラに手を伸ばしてくる。
消さなければ、壊されてしまいそうだ。
「仕方ありませんわね。消しますわよ」
香苗に画面を見せながら、静かな秘め事は香苗の写真を消去した。
ほっと息をついて、香苗はテーブルの方に目を戻す、と。
あっけにとられているお姉様達の姿があった。
でもすぐに、皆、談笑に戻っていく。
(どうしよう! 香苗はとっても可愛くておしとやかな女の子なのに。お友達やお姉さま、妹達が香苗のことを幻滅しちゃう!)
「――では、食事再開ね」
香苗はテーブルに戻ると、今度はおしとやかに……というか、おしとやかを装い料理を食べていく。
ちょっとづつしか食べられないことに、もどかしさを感じるが顔には一切表さず、おすまし顔で我慢我慢。
そして、数少ない男子や、ちょっと不思議そうに自分を見ている人に、ちらりとキツイ目を向けて、無言の圧力をかけていく。
(恋人探しの活動に支障が出たら大変! いままでの香苗は幻なんだからねっ)
香苗と初対面の人達はちょっと不思議そうな顔をしているが。
百合園の生徒達は、特になんとも思わなかった。
香苗が本当はおしとやかなんかじゃ全くないことは、もうよく解ってるから!
「肉追加します。どうぞ、お嬢さん」
「香苗、肉なんて頼んでいませんわ」
言いながら、すまし顔でナプキンで口を拭いた香苗だが……。それはナプキンじゃなくて、台布巾だった。
「そ、そうですか。では皆様でどうぞ」
給仕の少年は指摘しちゃ悪いかと思って、とりあえずテーブルに大皿を置いた後、そそくさと去っていった。
「それはそれで可愛いお姿でしたのに。残念ですわ」
消去した写真の代わりに、静かな秘め事は一つのグラスでジュースを飲んでいるパッフェルと円を。そして、刀真と親しげに会話をしているティセラ、側で料理を楽しんでいるセイニィ、優子の後ろで赤くなっているアレナを撮っていく。
最後に、自分の傍にるもう一人の十二星華、テティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)に顔を向けた。
「パッフェルは両想いに、セイニィはプロポーズされてましたが、テティスさんは彼方さんとはどこまで進んだんですの?」
「……えっ」
突然の質問に赤くなったテティスの顔をパシャリ。
「彼方さんに見せて差し上げたいですわ」
そう微笑むと。
「もう……」
テティスはちょっと膨れて顔を逸らした。
そして入口の方をちらりと見る。
「まだ、ホワイトデーのお返しだって、もらってない、し……」
今日は彼方は来ていない。
でも、迎えに来てほしいと、彼女は思っているのかもしれない。
「久しぶりに会う人もいたと思いますが、如何でした?」
刀真が厨房に戻った後、祥子はティセラをバルコニーに連れ出していた。
「とても楽しめましたわ。……この時代で、皆それぞれ大切な人が出来たようですし。皆の幸せそうな顔は、わたくしの喜びですわ」
「……そうですか」
月明かりの中、祥子はティセラの手に自らの手を伸ばした。
そして、そっと握りながら、口を開く。
「パッフェルの転校はそれぞれの新しい人生の歩みの象徴だと思います。使命を奉じてそれに尽くすのも、出会った人のために生きるのもそれぞれの生き方」
「……」
「この先、貴女がどんな生き方を選んでも、私はどこまでも隣を歩いていきますよ」
「祥子さんにも、祥子さんの人生がありますから、わたくしに付き合ってくださる必要はないのです。互いの目的が一致した時だけで、十分ですわ」
祥子は首を左右に振る。
「貴女の選んだ道なら、友達だから……」
しっかりと手を握り、祥子はゆっくりと語る。
「それに貴女には私のことを殆ど話してないし、私のことを知ってほしいし、貴女の事をもっと知りたい」
まっすぐに目を見て、こうして一緒にいることがとても嬉しいという気持ち。手を握って存在を感じあえることの幸せを、伝えながら微笑みかける。
「そのうちゆっくりお話ししましょ。そして、クッキーありがとうございました」
くすりと、ティセラは笑った。
軽く目を伏せて、頷いて。
「ええ。互いの何気ない私生活の話など、出来るようになりましたら……楽しそうですわね」
祥子はティセラの言葉に、強く頷いた。
ティセラは星空を見上げて、小さな声でこう続ける。
「戦乱が終わった時に――わたくしが、人として生きることになりましたら」