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手を繋いで歩こう

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第48章 今日は笑顔で

「これ……ありがとう」
 空京にてフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、現れたフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)に、空色のハンカチを差し出した。
 このハンカチは先月、フィリップがフレデリカに貸してくれたものだ。
 今日はバレンタインのお返しにと、フィリップの方からフレデリカを誘った。
 だけれど、フレデリカは知っている。
 彼が自分と会う前に、花音とも会っていることを。
(バレンタインに……あんなことにやちゃったけど、思いは伝えたし。私との距離、少しは縮まってるよね……?)
 でも、フィリップのことを、花音は愛称で呼んでいるのに、自分はフィリップ君と未だに名前そのままで呼んでいる。
 そして、フィリップの方も、フレデリカさんと、フレデリカの名前そのままの呼び方だ。
(私も二人みたいに何か特別な呼び方で呼んだり呼ばれたりしたいな……。少しでも男性として自信をつけてもらいたいし……)
 ハンカチを受け取るフィリップをじっと見ながら、フレデリカは思う。
「それじゃ、行きましょう。フレンチレストランを予約してあるんです。ちょっと昼食にしてはボリュームがあるかもしれませんけれど、とても美味しいという話です。フレデリカさんのお口に合えばいいのですが」
「うん、楽しみ!」
 フレデリカはぱっと顔を輝かせる。
 色々思うところはあるけれど……今は彼と2人きりだから。
 デートを思い切り楽しみたいと思った。

「メインの牛フィレ肉のソテーも、デザートのクレープも本当に美味しかった。ご馳走様、フィリップ君」
「喜んでいただけてよかったです」
 フィリップがフレデリカを連れて行ったのは若者達の多い、カジュアルなレストランだった。
 あまりマナーを気にする必要もなく、美味しい料理をお腹いっぱい食べることが出来た。
 フレデリカは、料理がおいしかったこともあるけれど、大好きな彼と一緒ということで、とても楽しそうにしていた。
 本当は周囲の恋人達のように、もっと近づいて……手を繋いだりしたいのだけれど。
 彼に迷惑がかかるかもしれないと思って、今日は我慢していた。
 その代り、ちょんとフィリップの袖を掴んでいた。
「はぐれないように気を付けてくださいね。むしろ迷子になるとしたら、僕の方だとは思いますけれど」
 ちらりとフィリップがフレデリカの手に目を向けるけれど、僅かに困ったような顔をして彼は視線を逸らした。
 手を繋ぐ勇気がないのか、自信がないのか、フレデリカに悪いと思ってのことなのか……。
 フレデリカはちょっとため息をついた。
 切なくて……。
「フィリップ君!」
 だけれど今日は、楽しまないと損だからと思いなおして、フレデリカの方からくいっと彼の袖を引っ張った。
「見てあれ! うさぎのマスコットと、一緒に写真撮ってもらえるんだって」
「可愛いマスコットだね……フレデリカさん、撮ってもらったらどうです?」
「でも、カップル限定だから……」
「あ、そうなんですか。あの……僕でよければ、一緒に撮りましょう」
 勿論というように、フレデリカは強く頷いて……。
 自然に彼の腕をとって、手を引いてマスコットの元へと向かった。
 マスコットのうさぎは声を出すことなく、2人を手招きして近づかせて。
 2人の肩に後ろから手を回した。
「え、ちょっと、あ……っ」
 うさぎがフレデリカとフィリップの体を強引に密着させる。
「こ、こんなに近づかないとフレームに入らない、んでしょうか」
 フィリップは間近に迫ったフレデリカに、ちょっと赤くなりながらそう言った。
 フレデリカは真っ赤になって、こくりと頷いた。
 勿論、抵抗はしない。
 彼の腕が、自分の腕にくっついていて。温かさが伝わってくるような気がする。
 鼓動を高鳴らせながら、2人はカメラの方に目を向けて、写真を撮ってもらった。

「ちょっと待っててください。ええと、お手洗いです」
 写真を撮った後、フィリップはフレデリカを残して、近くの店に入っていった。
 さすがにトイレにまで一緒に行くとは言えなくて、フレデリカは寂しく思いながら、店の外で待っていた。
 あの時間が、もっと長く続けばよかったのに。
 彼の腕が振れていた自分の腕に、そっと触れてみる。
 自分の手の感触は、彼の腕の感触とは全く違った。
「お待たせしました」
 俯きながら待っていたフレデリカの元に、フィリップが駆けて戻って来る。
 途端、フレデリカは顔を輝かせる。
「はい、プレゼントです」
 彼は撮ってもらった写真の中と同じように、少し照れながら。
 フレデリカに、フォトフレームを差し出した。
 開くと音がなる……オルゴール付きの写真立てだった。
「私、に?」
「はい。すごく欲しそうでしたので。フレデリカさんに持っていてほしいです。あ、でも。必要なくなった時には、好きにしてくださいね」
 驚きの表情を浮かべながら、フレデリカは差し出されたフォトフレームを受け取った。
 中には、着ぐるみのうさぎに肩を抱かれて、赤い顔でくっついている2人の姿がある。
「ありが、とう。……ありがとう、フィ……リップ君」
 本当は特別な呼び方に挑戦してみたかったけれど。自分だけの呼び方が思い浮かばなくて。
 フレデリカは感謝の気持ちを、ただまっすぐに彼に伝えた。
「今日は付き合ってくださり、ありがとうございました。よろしければ、また遊びに行きましょう」
 そう微笑むフィリップに、フレデリカはこくりと頷いた。
 今日は泣いたりしないと決めていたのに。
 思い切り楽しむと決めていたのに。
 感動して、涙が浮かんでしまった。
「フレデリカさん、ど、どうしました……!?」
 そしてまた、フィリップを慌てさせてしまった。
 すぐに、フレデリカは顔を上げて、プレゼントをぎゅっと抱きしめてもう一度「ありがとう」と微笑んだ。

「少しは進展しましたでしょうか?」
 更衣室で、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は着ぐるみを脱いでいく。
 お節介かもしれないと思いながらも、パートナーのフレデリカの為に、ひと肌脱いだのだ。
「今頃、2人とも笑顔を浮かべているといいのですけれど」
 緊張した2人の様子を思い浮かべながら、ルイーザも笑みを浮かべていた。