天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

春が来て、花が咲いたら。

リアクション公開中!

春が来て、花が咲いたら。
春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。 春が来て、花が咲いたら。

リアクション



1



 花見前日。
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は人形工房を訪れた。
「お邪魔します」
「ロザリンドおねぇちゃん、いらっしゃい! にもつ、おもそうね。わたしももつ?」
「ううん、大丈夫ですよ。ありがとう」
 出迎えたクロエが驚きの声を上げるほどの荷物を持って。
「すごいね。何するの?」
 荷物をキッチンに運び込む際、リンス・レイス(りんす・れいす)に問われて立ち止まる。
「明日のお花見に持っていくお弁当作りです。ね、クロエさん」
「そうよ! いっしょにおべんとうつくるんだから。あしたをたのしみにしてるといいのよ!」
 二人して笑ってキッチンに入って。
 テーブルの上、荷物を広げていく。
 化学の実験並みに、料理の本を並べて計量カップで材料を計って。
 ――……全滅するまでに、まともなものできるといいなー。
 失敗はいけないことじゃないけれど、やっぱり食べた人に美味しいと言ってもらいたい。
 だから、慎重に、慎重に――
「ロザリンドおねぇちゃん! おなべのなかみがにつまってこげてるわ!」
「えっ!?」
 早速のドタバタ。
 ……前途は多難、かも。


「そういえば、クロエさんは料理を作る時、何かを心がけたり考えたりしているのですか?」
 火の具合を見ながら、ロザリンドは問う。
「私なんかは、もういっぱいいっぱいで、頭の中真っ白だったりするのですが」
 作りだす前には、好きな人が美味しいと言ってくれたらなー、とか。
 皆が喜ぶ顔になってくれたらなー、とか。
 そういったことを考えて、やる気をもらってからスタートするのだけど。
 他のことを考えながらのスタートだから、注意が散漫になってしまうのだろうか。もっと、料理のみと向き合うべきなのでだろうか?
「んーと……わたしは、たべてくれるひとのことかんがえてるわ」
「というと?」
「これ、きらいかしら? すきかしら? たべたらよろこぶ? ヤなかおする? とかいろいろかんがえるわ。かんがえてもわからなくて、きーってなることもあるけど」
 焦げ付かないよう、おたまをくるくるまわしながらクロエが言った。
「それでね、かんがえすぎてうっかりして、おさとうとおしおをまちがえたりするのよ。おかげでしょっぱいクッキーつくっちゃったわ!」
「あはは。クロエさんも失敗するんですね」
「するわ。わだってたし、はじめてりょうりをしたひから、まだいちねんもたってないのよ。それでじょうずだったらてんさいだわ」
「……そうですよねー」
 料理も、武術も、一緒。
 いきなり強くなんてなれないように、一歩一歩確実に、少しずつ上達していくしかない。
「私ね。この手は戦いのことだけでなく、他のことにも使えるんだという自信が欲しいのかもしれません」
「それでおりょうりなのね」
 クロエの指摘に、頷いて微笑んだ。
 過去に、綺麗な手と言われたことがある。
 その言葉に近付けたいなと思った。
「すてきだとおもう。おりょうりって、ひとをしあわせにできるわ。ロザリンドおねぇちゃんは、たたかってまもることもできるし、おりょうりでしあわせにすることもできるひとになるのね」
 そうなれたら、どんなに素敵なことだろう。
 ううん。
「なってみせます。クロエさん、私、頑張りますよ!」
「わたしもやるきでた! がんばるわ!」
 火を止めて、味見して。
 まあ大丈夫? な出来なので、二人は二品目に取りかかった。


*...***...*


「クーちゃーん! リンスさん! 一緒にお花見に行こう!」
「おはなみいこ、くろえちゃん♪」
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)の手を引いて工房に突撃して行った。勢いよく入ってきた二人に、クロエはきょとんとしていたが、
「おはなみね! あしたいくつもりだったの、ふたりもいっしょにいきましょ?」
 その言葉を拾い上げて微笑んだ。
「うん、一緒に行こう。今は何してるの? お弁当作り?」
「うん。おはなみといったら、おべんとうじさんだもの。
 ……そうだ! ミーナおねぇちゃん、フランカちゃん、いっしょにおべんとう、つくりましょ?」
 クロエの誘いに、ミーナはフランカを見た。フランカもミーナを見上げている。
 ミーナは材料とレシピがあればそれなりに美味しいものを作る自信があるが。
 ――ううん。今回は、フランカのサポートだね!
「作っておいで」
 ぽん、と背中を軽く叩くと、フランカはてとてととクロエの隣に歩いて行った。
 それからきゅっとクロエの手を握って、
「ふらんかもいっしょにおりょうりするの」
「うん♪」
「ふらんかね。ちゃんとたまごをきれいにわれるんだよ」
「ほんとう? すごいわ、じゃあたまごをわってもらいましょ! たまごやきとか、ていばんだもの」
「うん。わる、よ!」
 クロエが、足りない背を補うために使っていた台から降りて、代わりにフランカがそこに乗って。
 卵を割ろうとこつこつぶつけるのだけれど、上手く行かない。
 ――いつもは上手にできるのにぃ。
 ミーナがはらはらする以上にフランカは焦っているだろうから、ただ静かに見守るが。
「あ」
 卵はフランカの手を滑って、床にくしゃり。
 ――くぅっ、ここ一番の時に失敗するなんて。
「…………あぅ」
「フランカちゃん、だいじょうぶ?」
 ――そんなお約束なフランカも可愛い! フォローしてあげるクーちゃんも可愛い! マジ天使!
 手早く床掃除をするなどのサポートをし、ミーナは再び後方に引っ込む。
「いつもはちゃんとわれるの。ほんとだよ」
 泣きそうな声で弁解するフランカ。
「じゃあ、もういっかいね! りとらいだわ」
 対照的に、明るく笑うクロエ。
 冷蔵庫から二人で卵を取り出して。
 こつこつ、卵をボウルにぶつけてひびを入れて。
 力を込めて、そっと割る。
「……できた!」
「ふたごだわ! すごいわフランカちゃん!」
「えへへ。すごい?」
「とっても!」
 笑う二人の可愛さに耐えきれず、そっとケータイの写真機能を起動させた。
 ぱしゃり、響いた音に集中している二人は気付かない。


*...***...*


 ――夜、タシガン某所。
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、桜の木の傍で茶会の準備を始めていた。
「綺麗だろ?」
 『Sweet Illusion』で買っておいた桜のモンブランを皿に乗せ、用意しておいたタシガンコーヒーをコーヒーカップに注いだところで椅子に腰かけ客人と顔を見合わせた。
 客人は紡界 紺侍(つむがい・こんじ)である。
「あ、紡界はいろんなところへ行ってるんだっけ。ここ知ってた?」
「やー、知らなかったっスね。タシガンの桜の名所って初めて来ますよ。超綺麗」
「それは良かった」
「ところで今日は何の裏が?」
「ないよ失礼な。隠し撮り時代にお世話になってたし、その後もあったろ? だから、今日は紡界にゆっくりしてもらおうと思って」
「ありゃ。好意だ」
「好意だとも。仕事は頼むけどね」
 言いながら、モンブランに口をつけた。桜の香りが口の中で広がる。和菓子みたいなケーキだな、と思った。
 不意に紺侍が立ち上がって、桜の写真を撮り始めた。まだ撮ってほしいと言ってないのに。
「仕事熱心だなぁ」
「趣味と実益兼ねてますンで」
「後で俺にも一枚」
「勿論」
 スレヴィの皿の上のモンブランが無くなる頃に、紺侍はようやく席に着き。
「いただきまーす」
 と幸せそうに食べ始めるものだから、
「工房でどんな風にコキ使われてるの?」
「……オレの幸せタイム」
 意地悪く邪魔してみた。
「レイスはどうかわからないけど、クロエはすっかり口うるさくなったから。ガミガミ言われてんじゃないかと」
 苦情はスルーで続けて言う。
「クロエさんは良い子っスよ。ろけっとだっしゅが暴発するとヤバいけど。スレヴィさん、ガミガミ言われるようなことしてるんスか?」
 逆に問い返されて、思い起こすはバレンタインの日のこと。
「写真見せてからかおうとしたらさ。怒られたよ」
 こんな風に、とその時言われた言葉を真似ながら言うと、紺侍が「クロエさん、真面目ェー」と感想を零す。
 そう、真面目に怒られた。衝撃だった。良い意味でだけど。
「成長がはっきり見て取れて嬉しかったんだよなぁ。……あ、言うなよクロエに。調子乗りそうだし」
「はいはい」
「でも、ちょっとお堅いと思うんだ。思わない?」
「クロエさん、オレらと違って真面目っスからねェ」
「あれじゃいつか損するんじゃないかと」
「損しない程度に、スレヴィさんが遊びに誘ったりしてるわけでしょ?」
「あと、ああいう真面目な子は時々ものすごーく意地悪して泣かせてみたくな……げほごほ」
 咳払いで語尾を濁したけれど、はっきり言ってしまっていたから紺侍に苦笑いされた。
「ンなことしてっと嫌われますよー?」
「……嫌われるかな?」
 頬を膨らませて涙目で、「さいてい!」とか言っているクロエの姿を思い浮かべた。
「あら可愛い」
「えっ何そのドS」
「まぁそれはともかく。紡界は桜に思い出ってある? たくさん見てそうだから、印象深い出来事もその分あるんだろうな」
「よく言われる『桜の木の下の死体』とかは無かったっスね、少なくとも。スレヴィさんには?」
「俺? あるよ、印象深い出来事」
「へェ、どんな」
「葉桜になった頃なんだけどさ、ふと木を見上げたら枝にびっしり毛虫がいた」
「…………」
「あれはさすがに鳥肌立ったなぁ」
 思い出を語ると、客人はフォークを口に含んだ姿勢で硬直していた。おや? と首を傾げる。
「あ、昆虫苦手だった? でも毛虫は昆虫じゃないし……まあ、気持ちのいい話じゃないか。悪いね。あははー」
「……絶対ェ悪いと思ってねェし。オレの昆虫嫌いも知ってたでしょアンタ……。ドS。いじめっ子」
「褒め言葉?」
「そういう人種でしたね、えェ」
「まぁそれはともかく」
「……今度は一体?」
「警戒するなよ。時間だ」
 見上げると、夜空には霧が浮かんでいた。
 今日は、霧が『無』から『発生』へと変わる日。
「霧が掛かった夜桜っていうのも、幻想的なものだろ? ほら撮った撮った」
 言われるまでもなく、紺侍が動く。ぱしゃり、ぱしゃり。シャッターを切る音が宵闇に響く。
 あとで、こちらの写真ももらおう。
 そして、霧の無い夜桜の写真と併せてクロエに送るのだ。
 ――タシガンの桜は見たことないだろ?
 こういう写真の使い方なら、きみは笑ってくれる?