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リアクション
18
花見をしながらバーベキューをしようと誘われ、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は悩んでいた。
――みんな、いろんな食材持ってくるんだろうな〜。
それこそ、美味しいものから微妙なもの、最悪一口食べたら卒倒するものまで集まるだろう。
どうするべきかと悩んだ結果、マシュマロを持っていくことにした。
串に刺して炙ってやれば、こんがりとろっとした焼きマシュマロになることを以前テレビで見たのだ。
――うん、美味しそう!
串と大量のマシュマロを鞄に入れて、いざ向かわん。
同じく花見に誘われた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、用意しておいた肉がないことに気付いて目を丸くした。
一組一つの食材を持ち寄ることになっているバーベキュー。持って行こうとした肉の塊が、ない。
「あれー? お肉、どこいったかなー」
探していると、おまけ小冊子 『デローンの秘密』(おまけしょうさっし・でろーんのひみつ)――通称デローンと目が合った。
「もしかしてデロちゃん」
「はいっ」
「ココにあったお肉の行方、知ってる?」
「ちゃんと、調理しておきました!」
デローンが、にこっと笑って「こちらです!」と手を向ける。その先にあったのはデローン丼である。
「……えっと」
どうしよう。氷雨は少し、考える。
デローン丼は、食べるとなぜか悲惨な結果になることが多い。だから持っていくべきではないのかと――思ったが、あまりにデローンが嬉しそうに楽しそうにしているし。
「……うん、大丈夫だよね。デローン丼だって食べ物だし!」
持っていくことに決めた。
バスケットに入れて準備していると、
「……お前らそれ持ってくのか……?」
信じられないものを見るような目で、ベリル・シンブル(べりる・しんぶる)が言った。
「さすがに死人が出ると思うんだが……」
「なに言ってるの? 食べ物だよ」
「そうですよ、デローンは食べ物です。食べ物以外のナニモノでもありません!」
心外だ、とばかりに氷雨とデローンが次々と言う。
「いやいや、食べ物じゃねぇよ」
負けじとベリルも反論するが、
「2対1で食べ物だって決定しましたー」
氷雨は民主主義的な決定を下した。「なっ」とベリルが驚愕に目を見開く。
「世の中は多数決の結果で決まってるんだよ?」
「多数決って明らかにオレ不利だろ! そんな危険物体置いてけ!」
「うるさいな、いいじゃん食べ物で! カオス最高だよ!!」
「ってオイ今、本音出ただろ!」
「なんのことかな、ボクわかんないやー」
氷雨とベリルが言い合う傍らで、デローンは首を傾げていた。
「それしても、なんで、いきなりデローン……?」
波乱含みでありつつも、氷雨一行が持って行くのはデローン丼に決まり。
後に、花見の席は混沌と化す。
一方、花見会場では着々と準備が進められていた。
バーベキュー道具が出され、食材が並べられる。
「はーい! シルヴィもお手伝いするですよー!」
シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)も、その手伝いを買って出ていた。手にはサラダ油とみかんを持っている。どうやらバーベキューに出す品はみかんらしい。
「にゃーも手伝うよー♪」
そこに夕夜 御影(ゆうや・みかげ)もやってきた。
「御影は何を持ってきたですかー?」
「これだよー!」
ばーん、と披露したのは生魚。活きのよい紅鮭である。
「煮てよし出汁でよし刺身でよし。無論焼いても問題なしの、にゃーの天使ちゃんなのー♪」
お魚大プッシュの御影は、未だぴっちぴっちと跳ねる鮮魚を食材置きのトレイに並べた。
「おさかな天国にゃー♪ みんなにも配るにゃー」
それからぴちぴち鮮魚を片手に持って、花見会場を駆けまわる。
「今から配って回ってたら、あとであみだバーベキューする意味はないんじゃないんですかねー?」
御影を見送りながら、シルヴィットが呟いた。まあ、楽しそうだから良いのだろう。
「それよりウィルの野郎はどこ行きやがったですかねー! 手伝えってんですよーまったく」
ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)の姿が見えないことを気にしつつ、鉄板に油を垂らした。
噂に上がったウィルネストはというと、桜の木の上で一足先に花見をしていた。
志位 大地(しい・だいち)とシーラ・カンス(しーら・かんす)が作った弁当をくすねてきて、それを肴にのんびりと。
微風が吹いて、枝を揺らした。さわさわと静かで涼しい音が響き、花びらが舞う。
「特等席だねー、うん。こりゃー気持ちイイわ」
掌に乗った花びらを見て、ウィルネストはふっと微笑む。
「All’s right with the world、っと……」
木の下を見ると、そろそろ準備も終わる頃。
もう少しこの場所を堪能したら降りて行こうと、視線を桜に戻す。
同じように、
レン・オズワルド(れん・おずわるど)も桜を見ながら考え事をしていた。
桜の花が日本人に好かれる理由。
それは一瞬で咲き誇り、潔く散っていく姿にあるという。
人の一生は短い。
だから、一瞬一瞬を大切に生きようと思える。
レンは、そっと胸の傷に触れた。イナテミス防衛の際に、七竜騎士から受けた傷。
――俺は強くなった。
否。強くなったはずだった。
しかし、現実は違った。
七竜騎士にレンは負け、瀕死の重傷を負って地に伏した。
敗北を仕方ないと諦めてしまうことは簡単だ。
相手が悪かった、などと言い訳もすぐに見つかるだろう。
――だけど。
レンは辺りを見回した。
バーベキューの準備をし、笑顔の花を咲かせる友人たち。広がる日常。笑顔。
――強くなりたい。
改めて、そう思った。
この日常を守れるくらいに、強くなりたい。
レンに寄り添いながら、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)も桜を見ていた。
大勢の人に囲まれながら過ごす時間。大切な、かけがえのない時間。
レンを通じてメティスの世界は広がっていく。
今を楽しく、愛しく思いながらふと思った。
――そういえば、会場のどこかにリンスさんも居るのでしょうか。
クロエが花見をすると電話をかけてきたし。
もし会えれば、話がしたいと思っていた。けれど、会場は広い。偶然会う可能性は低いだろう。
会えれば?
違う。
――逢いに行こう。
「レン。傷の調子は大丈夫ですね?」
「ああ。大丈夫だ」
「私はリンスさんを探しに行ってきます」
家族みんなで用意したお弁当から、数品をタッパーに入れて。
この会場のどこかに居るかもしれないリンスを探しに立ち上がる。
もしかしたら、もう帰っているかもしれない。
もしかしたら、そもそも来ていないのかもしれない。
もしかしたら、逢えるかもしれない。
「行ってきます」
レンに手を振り、歩き出した。
「レンさんレンさん」
一人になったレンの許にやってきたのは、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)だった。
傍に寄ってきて、レンの隣にちょこんと座る。
「どうした?」
「暇そうだったからお酌しに来たよ」
言って、ケイラが空の杯に酒を注ぐ。
「あと、お話したくて。久し振りだもん、こうやってレンさんとのんびりできるのって」
それもそうかと頷く。
空京大学に進んで行ったため、ケイラたちと一緒に遊んだり集まったりする機会が減ってしまっていたのだ。
「色々話しも弾むかなあって思って。……フリューネさんとは今どうなのかな?」
「……改めて聞かれると少し恥ずかしいものがあるな」
ケイラの問い掛けに、レンは杯の酒を飲みながら答えた。
「えへへ。でも気になっちゃって。で、どんな感じ?」
「順調とだけ言っておこう」
フリューネも、レンも、お互いに忙しい身である。
頻繁に会うことなんてできない。会える時間は限られている。
だが、だからこそ、その時間を大切にしようと思えるし、現にそうしているから。
「……楽しそうだね」
「満足しているからな」
悪戯っぽく笑うと、ほぅっとケイラが息を吐く。
「なんだか素敵だね」
「ケイラこそどうなんだ?」
「自分はまだまだだよ。相手が居ないもの」
困ったように笑いながら掌をひらひらと振り、「そろそろ行くね」これ以上聞かれないようにするためか、席を立つ。
後ろ姿を見守りながら、ケイラも幸せを分かち合える相手に出会えれば良いなと願った。