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リアクション
24
「それにしてもお二人とも、綺麗な花嫁さんをもらって羨ましい限りですね!」
涼介の隣にはミリアが。
博季の隣にはリンネが。
幸せそうな顔で寄り添っているので、こう言わざるを得ない。
「おめでとう、そしておめでとう」
祝いの言葉はもちろんだけど、
「末永く爆発してください!」
リア充爆発しろ、と言わないと。
「ちょっと待って!?」
「爆発してたまるか。これから幸せな日々を築いていくんだからね」
「あ、間違った。すみませんすみません、本当はこう言いたかったんです。末永く爆発してください!」
「一字一句変わってないよ!?」
「訂正が訂正になってないな……」
博季と涼介からツッコミを受けながら、クドは笑う。
「まあお兄さん、身を固めるつもりはないんですけどね」
「なのに爆発しろって……ひどいやクドさん」
「いやー羨ましいのと音井さんたちがリア充なのはは事実ですしね! 言っておかないと」
お約束というものである。
「結婚する気がないのかい?」
涼介の問いに、クドは頷いた。
「だって、身を固めるとセクハラとか出来なくなっちゃうじゃないですか」
「聞いた私が馬鹿だった」
やれやれと涼介が首を振る。
はははと笑っていると、
「ていうか、クド公には相手が居ないだけなのだ」
言葉の暴力が投げられた。クリティカルヒットどころかワンターンキルレベルである。
「いやいやいや。そんなことないですし」
「所詮彼女居ない暦ピーな独り身の負け惜しみなのだ。ヒロキ、リョウスケ、気にすることはないのだ」
「まあ気にしてないけどな」
「クドさん、負け惜しみだったんですか……」
悠然と受け流す涼介はともかく、気遣うような博季の視線が痛い。もちろんそれが博季優しさからくるものだとはクドだってわかっているけど、そんな目でお兄さんを見るなと叫びだしたくなった。優しさは時に残酷なのだ。
「いや違いますから。ホント負け惜しみとかじゃないですから。あれどうしてかな視界が歪みますよお兄さん眼病でも患っちゃったかなあっれー」
「涙を拭けよ。ほらハンカチ」
「いや泣いてねーし! これあれですよほらあれ、鼻水が目から流れ出る奇病!」
「クド公のことは気にするななのだ。おめでたい日に泥をかけることもないのだ」
「ハンニバルさんさっきからひどい! お兄さんホントに泣きそうです」
「というわけで、ヒロキ、リョウスケ、おめでとうなのだ」
クドのことを無視してハンニバル・バルカ(はんにばる・ばるか)が博季と涼介に微笑みかける。うちのハンニバルさんは人を祝福できる出来た子、と内心で褒め称えつつ、クドは泣いた。
「……ところでクド」
「はい?」
ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は、静かな声でクドに話しかけた。
「あまりに自然でしたので不覚にも気付かなかったのですが……」
視線はクドから外したまま、淡々と。
「何故、アナタは下着しか身に着けていないのでしょうか?」
結婚式という、礼節を弁えるべき場、行事であるというのに何事か。
「それはね、お兄さんが最初からパンツしか穿いてなかったからですよ」
「いえ、そうではなく。何故、下着だけなのかと」
疑問というか、本気で意味がわからないというか。わかりたくもないけれど。
ルルーゼの言葉に、クドがちっちっち、と指を振った。
「これは、大いなる自然の中で常識という壁でもある衣服を脱ぎ去り、自然と一体になって、ありのままの――本来人があるべき姿の己と向き合う事で会得した奥義」
「つまり?」
「お兄さんが、また1つ上の変態へとシフトした証。その名も『自然体』!」
確かに、式が終わるまで気付けなかったくらい自然ではあったが。
高度な知能や文明を持つ人間というカテゴリの端くれかあるいは風下に位置するクドでも、それはどうかとルルーゼは思う。
「衣服を脱いでこの肉体を余す事無く晒しても、自然すぎて周囲の人達は違和感を感じず、それが当たり前の事だと受け入れてしまう!」
ヒートアップしていたクドの弁に対して、
「いえ、戯言はいいのでとりあえず服を着てください」
冷たくあしらった。
「ふふ――恐れ入りましたか?」
それでもなおクドは得意満面なイラッとする顔を向けてきたので。
「言ってもわからないなら仕方ありませんね」
「え、あれ? ちょ、あの、ルルさん。あのちょルルさ、ギャー!!!」
折檻することにした。
「いつになったらクドは真っ当な人になれるのでしょうか……」
いたわしく思う気持ちを腕力に乗せてながら、ルルーゼは小さく息を吐いた。
一方その頃ハンニバルはというと。
「……ん?」
ふと感じた匂いに、鼻をひくつかせた。
すんすん、すんすん。
匂いを嗅いで、分析。
「この匂いは……コンきちなのだ!」
匂いの濃さからして、そう遠くないところに居るはずだ。きょろきょろと首を動かし紺侍の姿を探す。が、見当たらない。近くに居るはずなので歩き回って探すことにした。
式場から顔を出し、廊下の隅まできょろきょろ見渡す。
と、紺侍らしき後姿を見つけた。なんだかかちっとした格好をしている。真面目モードなのだ、と感想ひとつ残し、たったった、と走って近付く。
「コンきちー!」
「うぉうっ」
そして腰から背中にかけてロケットダイブ。結構な不意打ちだったはずだが、紺侍は少しよろけただけだった。相変わらず安定した体幹をしている。
ハンニバルを受け止めた姿勢のまま、紺侍が振り返った。
「危ないっスよ、ハンニバルさん。廊下を走っちゃいけませんって。ロケットダイブもダメっスよ、オレだったからいいものを」
「コンきちだったからやったのだ。ちゃんと受け止めてくれたしボクの予想は大当たりなのだ」
ふふん、と胸を張ると紺侍が苦笑する。
「まァいいっスけどね。くれぐれも転んだりしないよォに」
頭をぽふぽふと撫でるように叩かれた。その手が止まる。
「なんだ? 撫でててもいいのだぞ」
「や、なンか今日おめかししてるなァと」
「む! よく気付いたのだ!」
気付いてもらえるとなんだか嬉しくなった。その場で一回転してみせる。
「結婚式だからスカートとブラウスを新調したのだ。おにゅーは心躍るのだ」
言ってから思い出した。結婚式の後、二次会を行うと七刀 切(しちとう・きり)がクドと話していたことを。祝って騒いで楽しく過ごすなら人は多い方がいいだろう。そして混ざるのが紺侍ならハンニバルも楽しい。
「コンきち、今日は暇か?」
「暇人っスからねェ、基本」
「なら付き合えなのだ!」
「へ?」
「このあとヒロキとリョウスケの結婚式を祝う会が待ってるのだ。コンきちも参加しろなのだ」
「おっと既に命令形」
「イヤか?」
「暇人っスから」
再び頭をぽふぽふ。
行きましょォかと言われたので、ハンニバルはニッと笑う。
「存分に構えなのだ」
「ほォーう? 覚悟しておいてくださいね。オレ期待されると燃えちゃうンで」
*...***...*
くいくい、とクロエに布を引かれて黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)は首を傾げた。
「どうした、クロエ?」
「あのねあのね。おしゃしんとれるわ」
突然の言葉にさらに首を傾げる。が、すぐにわかった。以前からクロエと一緒に写真を撮る約束をしていたのだ。まだ叶っていなかったが、今日は都合よく紺侍もいることだし、しかも場所は結婚式場。
「クロエ、花嫁さんになってみるか?」
「! いいの?」
「ああ」
ウェディングドレスは女の子の憧れ。クロエも例外ではなかったようで、ぱっと顔を明るくした。
嬉しそうなクロエの様子に微笑んで、音穏は衣装を借りるため式場スタッフに声をかける。
三十分後。
「にあう?」
更衣室から出てきたクロエの姿に、音穏は固まった。
肩紐やウェストラインにフリルがふんだんにあしらわれた薄いピンクのウェディングドレス。
ふわふわと広がった裾が女の子らしさを強調していてとっても可愛い。
綺麗な黒髪には大きなリボンのついた薄いヴェールがかけられていて、歩くたびにふわりと揺れた。
「あ、あぁ……か、かわいいぞ、クロエ」
可愛すぎて言葉がすんなり出なかったくらい、可愛い。
「ねおんおねぇちゃん、おかおあかいわ」
それはクロエが可愛いからだな、とは恥ずかしすぎるので言わない。
「あとね、あとね、ねおんおねぇちゃん、すっごくかっこいい!」
「そ、そうか? クロエの隣に並ぶのに変ではないか?」
音穏の格好は、白のタキシード姿である。どうせ着るならクロエをエスコートする格好が良くてタキシードを選んだ。
「とってもすてき。おうじさまみたい!」
「……そう言われると、照れるな」
「えへへ。すてきなおしゃしんになるわ!」
「ああ」
頷いて、音穏はハンニバルが連れてきた紺侍に視線を移す。
「そういうわけで、貴様にはしっかり働いてもらうぞ。クロエのために綺麗な一枚を撮れ。いいな」
クロエに向けていた笑顔とは正反対にしっかりと睨みを利かせて言うと、紺侍はハイ、と素直に頷いてカメラを構えた。素直なのは良いことだ。
それにしても、いざ撮られるとなると緊張した。クロエは褒めてくれたけど、この格好は本当に変じゃないだろうか。彼女の隣に並ぶのにふさわしいだろうか。
「音穏さん、笑ってくれません? 素敵な一枚にならないっスよ、そんなガチガチの顔じゃ」
「ぐ……」
だって緊張するんだ。しょうがないじゃないか。
どうにかしろ、と紺侍を睨みつけたが首を振られた。無理か。それもそうか。
しかしどうすれば自然に笑えるのだろう。緊張して強張った経験なんてないものだから、治し方がわからない。
困っていると、クロエの手が音穏の手を握った。
「だいじょうぶよ」
「クロエ……」
「だいじょうぶ」
にこ、と笑顔でクロエは言う。
その表情が優しくて温かくて。
「ああ」
ふっと、氷が溶けるように思えた。
その瞬間を見逃さないようにカメラのシャッターが切られる。
「素敵な笑顔でした」
「……ふん、ご苦労だったな」
紺侍に対してぶっきらぼうに言ってから、音穏はしゃがんでクロエの頬を撫でた。
「ありがとうな。クロエのおかげだ」
「こちらこそなの。ねおんおねぇちゃんがいなかったら、そもそもおしゃしんとれないわ」
「そうか?」
「そうよ」
「クロエが言うなら、そうか」
話していると、音穏さーん、と切が呼ぶ声がした。
「そろそろ二次会行くよー」
「ああ。行こうか、クロエ」
「うんっ」
*...***...*
回ってきたグラスに、ジュースなりお酒なりを注いで。
「今日から夫婦となる彼らの幸せを祈って! かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
切の音頭で一行は二次会を開始する。
「披露宴会場が工房っておかしくない?」
「いいのいいの、リンスさんさえ良ければだけど」
リンスの言葉に切はへらりと笑いつつ、アリアが作ったフルコースに手を伸ばした。
「しかしアリアさん、腕を揮ってくれちゃってまあ……」
「兄ぃたちには負けちゃうけどね」
切の言葉に、アリアが照れくさそうに笑った。
「改めて。初めまして、リンスさん。ボクはアリアって言います。今日は工房を使わせていただきましてありがとうございます。式場にも来てくれてましたよね」
「式場は偶然。場所は気にしないで、なんだか慣れてきたし」
リンスの言葉に切はハロウィンやバレンタインの日のことを思い出す。
「確かによく人がいるもんねぇ。……あ、これうまい。アリアさん、この料理なんていうの?」
「それはね、鰹のカルパッチョ。こっちがそら豆のクリームスープで、こっちはスズキのポワレバルサミコソース。たっぷりの野菜添えだよ」
「おぉ、名前も豪華だねぃ。これは?」
「牛ほほ肉の赤ワイン煮だよ。今のボクに作れる全力の料理」
はにかみつつも誇らしげにアリアが言った。大切な兄たちの門出なのだ、祝う気持ちも大きいのだろう。
「お待たせいたしました、デザートですわ」
それはもちろん、エイボンにもいえることで。
「すごいねぇ、それ」
小さなシュークリームが円錐状に積み上げらたものを見てほうっと息を吐く。積み上げられたシュークリームには糸状の飴がかけられており、きらきらと光っていた。また隙間にはミニ薔薇が差されており、見た目にも愛らしい。
「クロカンブッシュといいます。フランスではウェディングケーキとして使われるんですよ。シュークリームがキャベツを表していまして、子孫繁栄の願いが込められているのです」
なるほど、言われてみればそう見える。
料理って奥が深い、と思っていたら、
「私の出番、まだありました! ありましたよリンスさん!」
ノアが飛び込んできた。がばぁとリンスに抱きつく。
「うん、よかったね」
突然のことにも慣れた様子で、リンスがノアの行動をいなすのを見届けつつ、
「同志ガジェットよ」
切はガジェットに近付いた。
「首尾はどうだい?」
「うむ。ばっちりである」
すっ、と取り出されたガジェットツールのカメラを見て、にやり。
「上映会するよー!」
声を張り上げた。
ガジェットがプロジェクタスクリーンを展開した。そんなものまで備わっていることに最初は驚いたものの、今日という日に主役を冷やかす、そのためには最適だった。
スクリーンに映し出されたのは、
『僕は、このひとを絶対に幸せにします!』
「う、うわっ!?」
博季とリンネの結婚シーンや、
『これからは二人で、この小さな、大切な幸せを守っていきましょう』
「なっ……」
涼介とミリアの結婚シーン。
当事者たちは顔を真っ赤にして、当事者以外にはにやにやによによと見守っている。
「き、切さーん!」
「切くん……!」
「はっはっは。ワイがただ祝うわけないじゃないか」
幸せになるのを止めはしない。妨害だってしない。
――だけどその分弄られてもらおうじゃないか、リア充め!