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ジューンブライダル2021。

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ジューンブライダル2021。
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リアクション



4


「結婚式を挙げよう」
 健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)の突然の言葉に、天鐘 咲夜(あまがね・さきや)セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)は驚いた。
「え!? 健闘様と一緒に!?」
 セレアは頬杖をついて乙女モードに突入。色々なことを考えているようだ。瞬く間に表情がころころと変わる。
 咲夜はというと、
「どどどどどうしましょう、心の準備がまだ……!」
 その場でくるくる回ってしゃがみ、立ち上がってはまたしゃがみ、と混乱をわかりやすく行動で表現していた。
「俺たち、結婚はまだ早いけど……」
 が、続く健闘の言葉で、乙女モードと混乱は一時的に解けた。
「結婚式場で模擬結婚式を行うカップルを募集していたからさ。参加したいなって思ったんだ」
「あ、模擬ですか。びっくりしました」
 ほ、と咲夜が胸をなでおろす。もちろん、結婚が嫌なわけではない。が、いきなり本番だというのは緊張する。
「予行演習と考えればよろしいのでしょうか?」
「ああ。……いつかは正式なものを執り行いたいと思ってる」
「健闘くん……」
「模擬でも嬉しいですわ。いよいよの時。胸が高鳴ります……」
 セレアが、とろりと夢見がちな視線で呟いた。
「奇跡の女神様、感謝いたしますわ」
「おいおい。大袈裟じゃないか、セレア?」
「そんなことありませんわ。健闘様と式を挙げられる。模擬とはいえ、こんな幸せ不安になってしまうほどですもの」
 そうなのか? と健闘が咲夜の方を見た。こくり、小さく頷く。
 ふむ、と健闘が首を傾げた。不安がるのは女の子特有の気持ちだ。わからないのも無理はない。
「この話はここでおしまいですわ。模擬結婚式の時間に遅れたら大変。向かいましょう健闘様」
 セレアが話を結び、三人は並んで出かけた。


 健闘が式場に選んだのは高級ホテルである。
 長い間貯めてきたお金を、ここで使うべきだと決めたのだ。
 美味しい料理を食べてから、青空の下儀を誓おうと屋上に出る。
 六月の、梅雨のものとは思えない涼しい風が吹いていた。
「綺麗な空ですね」
「何て素敵な空」
 咲夜とセレアが、同時に空を見上げて言った。健闘も空を見る。澄んだ青空がどこまでも広がっていた。
「こうしていると、昔の思い出が蘇るぜ」
 いろいろなことがあった。
 咲夜と出会ったのは、こんな晴れた日のことだったな、とか。
 ひとつ思い出して、連鎖的にまた次の記憶を思い出す。
 どんな時も、空は見ていた。
「咲夜、セレア。俺は今、この空のもとに誓う」
 だからこそ、この場所で誓いたいと思った。
「これからも、俺は二人のことを守り続けて、幸せにする! 絶対に!」
「え……健闘くん、今なんて……」
「本当ですか……?」
 咲夜が、セレアが、信じられないというような目で健闘を見つめてくる。
「本当だ。嘘偽りなんてこれっぽっちもないぞ」
「あ……ありがとうございますっ」
「心臓が破裂しそうですわ……」
 真っ赤な顔の二人を見て健闘は微笑んだ。自分を愛してくれる二人を、心から愛しいと思った。
 それから二人の手を取って、きれいな指輪を指に嵌めた。婚約指輪なんて上等なものではないけれど、精一杯の気持ち。
「指輪まで」
「さすが健闘様」
「ごめんな二人とも。いつかきっと、もっとすごい指輪をこの手につけられるようにしてみせるから」
「ううん、いいんですよ。その気持ちさえあれば、指輪がなくても嬉しいです」
「ええ、そうですわ。でも、こうやって目に見える形でわかるからこそ、安心してこの身を委ねることができます」
 二人はとても喜んでくれていて、幸せそうな顔で笑って。
 そろそろ最後の締めくくりを行おう、と健闘は意気込んだ。
「健闘くん?」
 結婚式の定番といえば、お姫様抱っこでの退場。
 まずは咲夜を抱き上げて、屋上を走り回る。
「きゃあっ!? け、健闘くんっ?」
「わはははは! どうだ、咲夜。楽しいだろう?」
「た、楽しいですけどっ!」
「そうか! 咲夜が楽しいなら俺も楽しいし、嬉しいぜ!」
 咲夜を降ろしたら、ぽかんとしているセレアの許まで歩いていってセレアを抱き上げた。
「よいしょっ」
「きゃああっ。な、何をなさるのですー!」
「あははは! 楽しいな、こういうの!」
 笑いたくなったので笑うと、腕の中でセレアが笑った。そんな二人を見た咲夜も笑っている。
 セレアも降ろしてから、健闘は満面の笑みで二人に言った。
「不安になってもそれを吹き飛ばすくらい愛してる!」
 さっき、不安になると言われて理解できなかった。
 だけど、不安を飛ばせるくらい愛すことならできると思った。
「これからも不安にさせることはあると思うけど。改めてよろしくな、二人とも」
 言うと、咲夜が、そして咲く夜に続いてセレアがが抱きついてきた。
「私、幸せです」
「健闘様に出会えて、本当によかったですわ」
 涙を浮かべて言う彼女たちを、健闘はしっかりと抱きしめた。
 ずっと離さないぞとでも言うように。
 ぎゅっと。


*...***...*


「ジューンブライドかぁ……憧れちゃうな」
 結婚式場の前を通りかかり、ジューンブライドキャンペーンのちらしを受け取った桐生 理知(きりゅう・りち)は思わずそう呟いた。
 六月の花嫁。六月に結婚した花嫁は幸せになれるという伝承。
 ――いつか私も結婚とかするのかな?
 その時隣に立っているのは誰だろう。
 考えていると、辻永 翔(つじなが・しょう)の顔が過ぎった。
 ――もしそうだったら、いいなぁ。
 はにかむ理知の目に飛び込んできたのは、模擬結婚式参加者募集の文字。
 ――翔くん、誘ったら来てくれるかな?
 思いついたのだから行動に移してみよう。
 理知は携帯を取り出した。


 ――来てくれた。
 控え室で、理知は緊張しながら現実を見つめた。
 興味なさそうにしていたけれど、翔が来てくれた。
 ――わ、私、変じゃないかな。
 立ち上がり、姿見の前で一回転して確認する。
 少し大人っぽく、けれど可愛らしいウェディングドレスに身を包んだ理知が鏡に映っている。
 普段している三つ編みも解いて、ゆるくウェーブがかっている髪の後ろにリボンをつけて。
 薄くだけど、お化粧もして。
 ――ちょっと、大人な気分だね。
 鏡に映った自分を見て、そんな感想が出てきたらなんだか楽しくなってきた。
 えへ、と笑いながら鏡に手を伸ばす。
 ――翔くん、可愛いとか綺麗とか、言ってくれるかな。
 ――言ってくれたら、いいなぁ。
「支度できたか?」
 ドアをノックする音と、翔の声。
「うんっ、大丈夫。今行くね」
 理知は返事をして、ヴェールをかぶって控え室を出た。
「お待たせ……わ、翔くんタキシード似合ってるね!」
 白いタキシード姿の翔を見て、思わず賞賛。
「そうか?」
 手袋を嵌めた手が、ネクタイを弄った。
「位置、ずれちゃうよ?」
「なんか気に入らなくてな」
「直してあげる」
「花嫁がそんなことするなよ、大丈夫だから」
 むしろ、花嫁だから直してあげたいと思ったのだけど。
 ネクタイを直し終えたら、入場。
 バージンロードを、手を組んで歩いた。
「緊張するね」
「模擬だろ?」
「模擬だけどさ」
 照れる、というか。
 だけどすごく嬉しくて、なんだか気持ちが引き締まって。
 ――隣に居るのが翔くんだから?
 神父の前まで歩いていくと、神父が聖書を読み上げた。
 声に、言葉に聞き入る。
「あなたはこの男性を愛し、慰め、敬い、支え、両人の命のある限り一切、他に心を移さず、この男性の妻として身を保ちますか」
 聖書朗読を終え、誓いの言葉を神父が読み上げる。
 ――そういえば、翔くんって好きな人いるのかな?
 ふっと、そんな考えが過ぎる。神父と目が合ったので、少し慌てて「はい」と頷いた。
 翔はというと、模擬だからだろうか、淡々と決められた言葉を発していた。
 指輪交換と誓いのキスは、今回演目に入っていないので、誓いの言葉を終えたら退場シーンに移る。
 入ってきたときと同じように腕を組んで歩き、その最中に理知は決心した。
「ね、翔くん」
「何だ?」
「翔くんって、好きな人、居る?」
 居ると言われたら、どうしよう。
 返事を待つ間、心臓がきゅっとした。上手く息ができない。
「居ないな」
 翔の淡白な答えに、ほっとしてしまった。この様子なら、言うとおり居ないのだろう。
「ただ、気になる異性がいる」
 え、と思った。
 誰だろう。知っている人だろうか。
 もしかしたら自分じゃないか、とか、都合の良い考えも浮かんで、消えた。
「それがどうかしたか?」
「ううん、なんでもっ」
 まさか今勢いで告白するわけにもいかず、かといって誤魔化しの言葉も浮かばなかったので笑ってその場を流す。
「私、今日すごく嬉しい一日だったよ。忘れられない、大切な日になったの」
「そうなのか?」
「うん。翔くんが居てくれたからだよ。だからね、えっと。……今日、花婿さんになってくれて、ありがとう」
 笑顔で伝えた。翔も少しだけ笑って、「そっか」と頷いてくれた。
「理知」
「?」
「ドレス、似合ってる」
「……っ、ありがとう!」
 最後の最後、だけどそう言ってもらえて。
 飛び上がりそうなほど嬉しくなった。
 ――やっぱり私、翔くんが好き。
 ――恋人になれたらいいのに。
 ――ううん、なれるように頑張らなくちゃ。
 この、好きという気持ちは誰にも負けないつもりだ。
 普段の、優しくてクールな翔も、戦っているときの真剣でかっこいい翔も、大好きだ。
 ――いつか、告白するんだ。
 そう心に決めて、理知は控え室に戻っていく翔の後姿を見送った。


*...***...*


 模擬結婚式のサービスも行っている小さな教会にて。
「私、結婚するにはまだ未熟だと思うんです」
 東雲 いちる(しののめ・いちる)は、ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)にそう言った。
「個人的には今すぐ結婚したいという思いもあるのだが」
「そうなんですか?」
「早く俺だけのものになってほしいからな。……そうしないと不安なんだ」
 ギルベルトの発言に、それでもいちるは首を横に振った。
「もっと学ぶべきこともあるだろうし……それにまだ、本当の意味でギルさんに似合う私にはなってないなって」
「そうか」
「はい。だから、本当の結婚式はまだ早いんです」
 本当に結婚をするとなったら、両親やいちるの祖母にも来てもらいたいと思っている。
 そして、ギルベルトとの関係を、これからの未来を、祝福してもらいたいと。
 だけどその一方で、二人だけの結婚式というものに憧れていた。
「だから……今回は、模擬結婚式なんです」
「模擬って言うより、儀式的な結婚みたいだな」
「あは。そうかもしれません」
 式場には、いちるとギルベルトの二人きりしか居ない。
 神父の姿もないし、賛美歌を歌う人も居ない。
 神様に誓うとか、結婚届を書くのとか、そういうのではなくて。
 ただ、二人だけで誓うもの。
 二人だけの、儀式として。
 模擬結婚式とは少し違った、不思議な結婚式。
 だけど、いい機会だと思ったから。
 ウェディングドレスを借りて、教会の聖堂に戻る。
「いちる。綺麗だ」
「照れちゃいますよ、ギルさん」
 いちるを褒めるギルベルトはというと、定番である白のタキシードではなく貴族服姿だった。
 いちるが衣装をじっと見つめていたからだろうか、ギルベルトが困ったように笑い、
「俺は、白は似合わんからな。この格好で臨ませてもらいたい。いいだろうか?」
「はい。どんな格好のギルさんでも、素敵ですから」
「ありがとう」
 ギルベルトがいちるを抱き寄せた。まるで、独り占めするように、ぎゅっと。
 その抱擁から解放されると、以前ギルベルトから贈られた指輪を嵌めた手を取られた。
「……ギルさん?」
「指輪に刻んだ思いは変わらない」
 ちゅ、と手の甲にキスをして、
「俺の花嫁、俺だけの乙女。この絆を永久に誓う」
 ギルベルトが、誓いの言葉を述べた。
「私は貴方だけの花嫁。この絆を永久を誓います」
 いちるも、恭しく言葉を紡いだ。
 儀式的な二人の模擬結婚式は、小さな教会の片隅で。
 誰も知らない間に、ひっそりと行われた。
 二人きりの秘密。
 愛を誓い合った日。
 永遠を誓い合った日。
 ただ二人だけの記憶に残る、大切な日の儀式。