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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第3章 ゲルバドルの民 1

 〈漆黒の翼〉騎士団がゲルバドルの森へと進行したとき、森のなかの罪なき民たちを守るために契約者たちが動き出していた。
「皆ー! これからここはとっても危険な事になっちゃうかもしれないの! だからお願い! ちーちゃん達と一緒についてきて!」
 ゲルバドルの民たちを先導して声を張り上げるのは、わずか10歳程度の娘だった。
 名前は日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)という。アリスという種族特有の子供っぽさがあるが、それは真っ直ぐで純粋な性格の表れでもある。
 そのことを、彼女と一緒になって民を先導する日下部 社(くさかべ・やしろ)はよく知っていた。
「スマンな……こんな戦いになってもうて……」
 彼は、転んでひざを擦りむいた子どもにヒールをかけながら、ぼそりとつぶやいた。
「俺もここの事を詳しく知っとるわけやないが、アムトーシスで過ごして分かった事が一つあるんや」
 子どもはきょとんとしていたが、彼の言うことが理解できていないわけではなかった。ただ、異国の人間が自分に話しかけてきているということに、少し戸惑いにも似た気持ちを抱いているだけだった。
「お前らと俺らは分かり合える……それは間違いないってな。だから生きよう。皆で笑いあう事が出来るまで。……俺らは今を生きてる責任があるんやで」
「…………うん」
 社の意思がはっきりと伝わったかはわからない。だが、子どもは少なくとも、彼の最後の笑みを見て、笑い返してくれた。
「大丈夫だよ! それくらいのキズならちーちゃんが治してあげる! だから心配しないでね!」
 気づけば、その他にも怪我をしたり、疲労を溜め込んだりしていた民に、千尋が癒しの魔法を唱えていた。
(しっかし……大丈夫やろうか?)
 本当のところを言うと、彼は千尋を連れてきたくはなかったのである。彼女を危険な目に晒したくなかったし、戦場という憎悪の渦巻く場所を目の当たりにさせることも、気が進まない理由だった。
 しかし、社は彼女のことをよく知るからこそ、その真っ直ぐな思いがゲルバドルの民にとって元気を与えるだろうと思っていた。
(それに……俺がついてくるなって言うても、説得力ゼロやろうしなぁ)
 苦笑しながら社は思う。普段はお気楽道楽がポリシーな彼だ。
 ついてくるなと言っても、周りの視線や自責の念がチクチクと自分を刺すことは、目に見えていたのだった。
 と――物思いにふけっていた彼のもとに聞こえてきたのは、穏やかな音楽だった。
 視線をそちらに転じると、そこにいたのはツインテールの黒髪を揺らすようにしてリズムを取る少女。
 少女は歌を銀のハーモニカの音色に乗せて、民たちに聴こえるように響かせていた。
「……きれい」
 ぞろぞろと列をなして進む民のなかから、幼い子どものそんな声が聞こえてきた。
 少女は――社のパートナーである響 未来(ひびき・みらい)は、そんな幼い子どもに向けて閉じていた瞳を開くと、ニコッと笑ってみせた。
(きっと私たち悪魔ってのは、それぞれを象徴するものにただ純粋に素直なのよ。だからナベリウス様も、ね)
 皆があの子を悪い子じゃないと思うなら、きっとそれは間違いじゃないはず。
 そんな願いにも似たことを思いながら、彼女はハーモニカの音色と歌を奏で続けた。



 ゲルバドルの森からそう離れていない場所に、野外診療所があった。その目的は罪なきゲルバドルの民を助けるためのものだったが、その制限は強制されているわけではない。
 人、魔族、戦闘員、非戦闘員――敵も味方も区別なく、目に付く限りの傷ついた者たちが運び込まれていた。
 そしてそこで、診療所のスタッフたちの指揮を取るのが茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)だった。
「アムトーシスの魔族達、そしてアムドゥスキアス様と触れ合って、確信しました。人間と魔族は理解しあえると……」
 彼女はそう語る。
 衿栖は一介の契約者だ。そして一介の人形遣いでもある。そのことを彼女は自覚している。だが、それゆえに、自分にできることを全力でやり遂げるという覚悟があった。
 その覚悟が形となったひとつがこの、魔族と地上の人間との架け橋となることである。
 彼女のパートナーであるレオン・カシミール(れおん・かしみーる)は、最も身近にいて、そのことをよく実感していた。
「違う種族同士では理解し合うことは非常に難しい、なにせ同じ種族同士ですら戦争をしているのだからな」
「だけど……」
 衿栖が異論をはさもうとする。
 だが、彼はそれを片手ですぐに遮った。
「――だが、諦めていては何も始まらん。無我夢中に足掻いてこそ、見える光もあるだろう」
「レオン……」
 レオンは衿栖のそばにいて彼女の性格を身に染みて実感していたが、逆に、衿栖もまたレオンの性分を目の当たりにすることが多かった。
 そんなとき彼女は、
(……あなたと契約していてよかった)
 と、人知れず静かに思うのだった。
「届いた荷物は向こうのテントに入れてくれ。手の空いている者は水の補給を頼む」
 レオンはそう言って、兵士たちに指示を出した。
 人手と物資はいくらあっても足りないのだ。まして、兵は人手不足ときた。使えるものはすべて使うことが、今回は最優先に求められていることだった。
 と――
「罪のない人を守ろうって、どうして思えないのよ!」
 慌ただしく人が動きまわる診療所に、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)の声が響いた。
 どうやら、テントの外でなにやら騒ぎが起こったらしい。顔をのぞかせると、そこにいたのはゲルバドル兵らしき男と、拳をあげて拳闘士さながらの構えを取る朱里。
「あ、朱里さん……何をしてるんでしょうか?」
「どうやら、あのゲルバドル兵が邪魔をしているようだな」
 衿栖たちに悪意はないが、彼女たちの救出活動を快く思わない兵がいることも事実だ。
 何を余計なことを――と、部外者が介入したときの心理が働くのだろう。特に兵士や戦士は自分たちのテリトリーを大事にする。獣の闘争本能を抱くゲルバドル兵なら、なおさらのことだった。
 自ゲルバドル兵は怒りに震え、朱里へと襲いかかってきた。よくよく見れば、その兵自身も負傷しているようである。
(朱里が連れてきたというところか……)
 レオンはそのように推測した。
 大方、無理やり引っ張ってきたのだろうが、そのせいで余計に火に油を注いだのだろう。
 朱里は、襲いかかってきたゲルバドル兵の攻撃を避けると、懇親の拳を放った。敵は怪我もしている。彼女の拳を受けて、立ち上がることは出来なかった。
「死にたいなら1人で勝手にやってよね! 助かりたい人の、助けたい人の邪魔をする奴は許さないんだから!」
 そう言い残して、彼女は他の負傷者のもとに向かった。
 ゲルバドル兵は何かを言い出そうとして口を開きかけたが、結局はそれを閉ざした。もしかすれば彼も、朱里の言わんとすることを分かっていたのかもしれない。
 レオンたちがそんなゲルバドル兵を心配そうに見つめていたとき。
 のそっ……と、巨大な人影がゲルバドル兵に近づいてきた。
「……あんたか」
 ゲルバドル兵が見上げると、そこにいたのは憮然とした表情を浮かべる獣人がいた。
 獣人の名は南大路 カイ(みなみおおじ・かい)という。
 彼もまた、衿栖のパートナーだ。衿栖たちが負傷者の治療に専念している間、彼は一部のアムドゥスキアス兵と一緒に、新たな負傷者を運ぶという仕事をしていた。
 かくゆう朱里につれられたこのゲルバドル兵も、彼に声をかけられたことからここまで連れてこられたのだ。
「何しにきたんだよ」
「……すまなかった。うちの者の非礼は詫びる」
 カイは恭しく頭を垂れた。
 身長はさほどないが、彼は巨漢である。そんな北海道犬の獣人がこうして謝る光景は不思議な気分だった。そして、そのアンバランスな光景を、巨漢や強者を尊敬するゲルバドル兵は良しとしなかった。
「よせよ。別にあんたに謝ってもらう必要はねえよ」
「…………」
 ゲルバドル兵に不満げに言われて、カイは顔をあげた。
「……オレたちだって、自分たちがわがまま言ってるのは分かってる。けどよ、よそ者がでしゃばってきて、それを『はい、そうですか』なんて言えるほど、オレたちは馬鹿正直じゃねえんだ」
「それは……」
「分かってるよ。オレたち……頭もわりぃしな。被害を減らそうと考えるんだったら、あんたらの協力を受け入れたほうが良いんだって」
 どれだけ努力しても、どれだけ必死になっても、その時には越えられないものはある。
 それが根底にある性格の根であるし、能力という自分の限界である。もっとも、それを今後、反省するか、伸ばすことが出来るか、そのままで過ごすかも当人の自由だ。
 ただ少なくとも――この時においては、ゲルバドル兵は自分たちの気性というものを理解した上で、南カナン軍の協力を受け入れることが利口だと言えた。
(分かっているからこそ、難しいものだな)
 カイは口には出さなかったが、そう思った。
 彼自身、時に契約などほっぽり出し、生き別れになった妻や娘と息子たちを探しに行きたいと衝動に駆られるときもある。それが、自分の本能であり、気性というものだ。
 しかし、そうはしない。
 それは、そうすることが利口でないと知っているから。そうしたところで、見つけられるかどうかも分からないから。
 そして――
「衿栖たちには、皆を救いたいという強い意思がある。信じてみてはくれないだろうか?」
 心のどこかで、信頼する衿栖たちを助けたいとも願っているから。
「…………」
 カイの言葉を聞いて、ゲルバドル兵は黙り込んだ。
 それ以上、カイは彼に何も言うことはなかった。後は自分で判断するものだ。どうするかは、彼の自由に委ねられる。その領域に入ってしまえば、あとはカイの踏み入るところではないのだ。
 負傷したゲルバドル兵が衿栖たちに協力を申し出てきたのは、それから間もなくしてのことだった。