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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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【2021修学旅行】エリュシオン帝国 龍神族の谷

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第三の試練 心の試練


 第三の試練場は、第二の試練場とは打って変わって解放的なところだった。
 古代ローマの大浴場を思わせる浴槽に、龍が一頭。
 それがいくつもあった。
「露天風呂を好む龍だなんて、何だかかわいいですわ」
 ふふふ、と微笑む島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)に対し、三田 麗子(みた・れいこ)は若干冷めた目で訂正を入れた。
「よくご覧なさいな。露天風呂ではなく、ここは一つの巨大な建築物の中ですわ」
「あら? あらあら本当ね……あまりに広いものですから、つい屋外だと思ってしまいましたわ」
 上下左右を見回し改めてこの場を認識したヴァルナは、感嘆の息をつく。
 はるか高い天井は石造りで、それに気づかなければ適度に植物もありまるで森を切り開いたかのようだ。
「凄いところですわねぇ、クレーメック様。──どうかなさったのですか?」
 ヴァルナと麗子の様子など目に入っていないかのように、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は何やら考え込んでいた。
 ヴァルナがもう一度声をかけると、ゆるりと目を向ける。
「少し考えていた。リラードのことだ」
「あの鳥がどうかしましたの?」
 麗子が表リラードを目で探したが、どこへ行ったのか見当たらない。
「エキーオンが言っていた、リラードが分裂したままだと世界が滅ぶという話だ。正直言って疑わしい。だから、それが本当かどうか確かめてみたい気もする」
 麗子は落ち着いた様子で話の先を待ったが、ヴァルナは慌てたように口を開きかけた。
 しかし、その前にクレーメックが「とはいえ……」と続ける。
「万に一つ、真実であれば取り返しがつかない。事実確認は他の方法を考えたほうが良さそうだ」
 このことで彼はずっと葛藤を続けていたが、口に出したことで気持ちの区切りがついたのだろう。
 二人に小さく微笑んでから、一頭の龍へと歩み寄る。
 そしてサイコキネシスで浴槽の傍に転がっていた巨大ブラシを浮かせた。
「あの龍を洗ってやろう。滅多にない機会だ、集中しよう」
 そこから三人は担当箇所を決めて龍を洗う作業に取り掛かった。
「お背中をお流しします」
 龍の正面でクレーメックはまず挨拶をしたが、聞こえているのかいないのか龍はぼーっと天井のほうを向いている。
 試しに近づいて触れてみるが、特に嫌がる様子もない。
 クレーメックは周囲に散らばっている巨大なタワシと石鹸をさらに浮かせると、さっそくそれらで龍のボディを磨きにかかった。
 スキルをカクタリズムに切り替え、巨大桶に汲んだお湯を龍の背に流す。それから鱗の流れに沿って石鹸を滑らせ、タワシで丁寧にこすった。
『クハァ〜……』
 龍が長いため息をつくと、使っていない道具類がごろごろと転がっていく。
 正面に立つのは危険だな、とクレーメックは思った。
 ヴァルナは龍の頭部をデッキブラシで綺麗にしていた。
 浴場の隅にシャンプーっぽいものを見つけ、スポンジで泡立ててから頭部を洗う。
 基本的にはボディと同じで鱗に覆われているのだが、若干小さめの鱗からデリケートな部分かもしれないと判断し、デッキブラシの力加減に気を遣った。
「痛くはありませんか?」
『フゥア〜』
「ふふ、気持ち良さそうですわね」
 守護天使の翼で自身の方向を操り洗い残しのないようにしながらヴァルナは微笑んだ。
「そういえば、リンスもありましたわね」
 シャンプーの横に転がっていたのを思い出した。
 一方、麗子は龍の前に翼を使って飛ぶと爪の処理について聞いてみた。
 答えは、『このままでいい』。
 これにより、龍と会話ができることがわかった。
 しかし、そうなると麗子は手持ち無沙汰になってしまう。
 自分だけ暇をするのは落ち着かない彼女は、何かできることはないかと視線を巡らせ……。
「爪を磨きましょうか? ピカピカの爪なんてどうですか?」
 よろしく、というように龍は片足を浴槽の外に出した。
 話しが終わるとクレーメックはお湯を張った桶をいくつか浮かせ、
「泡を流しますよ」
 と、声をかけてから龍にお湯を注ぐ。
 その時、鼻がムズムズしたのだろうか。
 盛大なくしゃみをしたかと思ったと同時に、クレーメック達は吹き飛ばされてしまった。
『おお、すまぬ……』
 まるで瞬間的暴風雨に見舞われた後のようになった三人だったが、龍が心から謝っている気持ちは伝わったので、気にしないでと笑って返した。
 もう一度、きちんと泡を落とした後、麗子は龍の爪を大型ペンチや植木鋏で整えて丁寧にやすりをかけた。
 それから布で磨けば見違えるように光沢が生まれる。
 龍は生まれ変わったような爪を満足そうに眺めていた。
「よぅし、あたしも負けてらんないよねっ」
 クレーメック達に負けてはいられない、と握り拳を作った秋月 葵(あきづき・あおい)はさっそく巨大デッキブラシを担ぐと空飛ぶ魔法で浮かび上がり、別の浴槽の龍を目指した。
 その龍は縁に腰掛け足だけを湯に浸からせている。
「やっぱり龍達は癒しを求めてここに来ているんだ!」
 葵は確信した。
「龍さ〜ん、お背中流しますよー! この、まじかるデッキブラシでどんな汚れもイチコロだよ♪」
 龍の顔の前で担いでいる巨大デッキブラシを見せる。
『まじかるか……キラキラッとしてくれるか?』
「キラキラだね。任せてよ」
 胸を叩いて請け負った葵は、さっそく石鹸を引っ張ってきて鱗一枚一枚丁寧に磨いていく。
「わぁ、綺麗な緑色……!」
 かすかに透明感を持つ淡い緑色の鱗に葵は感心した。
 と、そこにノシノシともう一頭龍がやって来た。
 さらにその後ろから追いかけてくる水着姿の女の子二人組。
「待て、どこへ行くのじゃ!」
 ミア・マハ(みあ・まは)の呼び声も聞こえていないようで、ついに葵のほうに接近してきた龍は軽くジャンプして浴槽に飛び込んだ。
 葵と洗っていた龍は思い切りお湯を被り、追いかけていたミアとレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も大波のようにあふれ出たお湯に押し流される。
 レキは運んでいた巨大桶にとっさに飛び乗りサーフィンの要領でやり過ごし、流されてきたミアの手を掴んだ。
 二人がようやく追いかけていた龍のもとにたどり着いた時、龍は浴槽に浸かって気持ち良さそうにまどろんでいた。
「葵、さっきはごめんねー!」
 レキ達のせいではないが彼女はとばっちりを食らった葵に手を振って謝る。
 彼女は空中にいて、デッキブラシで龍の背を洗っていた。
「気にしなくていいよー! 一緒にがんばろうね!」
 返ってきた笑顔にホッとしたレキはミアへ向き、やるぞと拳を掲げる。
 そしてレキはタワシを、ミアはデッキブラシを担いで龍の背によじ登っていった。
 龍の羽のあたりでレキは留まり、ミアは頭頂部へさらに上る。
「痛かったら言ってくださいね!」
 レキはタワシで羽の付け根をこすり始めた。
 すると。
『ブハッハッハッ!』
 突然龍は笑い出し、レキとミアは振り落とされそうになる。
 くすぐったかったようだ。
 レキは他のところを洗うことにした。
 しばらく二人は声を掛け合いながらタワシやブラシを動かしていたが、一段落着きそうなところでレキが龍に尋ねる。
「龍さんのこと、聞いてもいいかな?」
 龍は首を捩って背後のレキを見る。
「好きな食べ物はある?」
 龍はじっとレキを見る。じーっと。
「え? ボ、ボクはおいしくないと思うよ!? だから、そんな目で見ないで〜っ」
 プスン、と龍の鼻が鳴ったのは笑ったのか。
『私は果物だな……。木の実や酒もたまに。……肉も』
 と、またレキを見つめる。
 さすがに彼女もからかわれていることに気づいた。
「もう……。じゃあ、普段は何してるの?」
『空で遊んだり、眠ったり、好きな果物探したり……。軍に参加している龍が、たまにここに来るな……』
「あれ? 龍さんはエリュシオン軍の所属じゃない?」
『私は、ここ』
「もう少し、聞いてもいい?」
 あまり聞きすぎても不愉快にさせてしまうかも、とレキが気遣うと、龍は先を促すように軽く頷く。
 あ、と思った時には足を滑らせたミアがヒューンと龍の背を滑り降りていた。
 途中で宙に放り出されたミアは、激しく飛沫をあげて温泉に沈んでいく。
「あはっ。ミア、楽しそう♪」
 レキと龍の会話を聞いていた葵も思わず笑ってしまっていた。
「笑い事ではないぞ! おぉう、め、メガネは……?」
 メガネがないと何も見えないミアは、明後日の方向に怒鳴ると水面や浴槽の底を手探りで探す。
 見つかるまでしばらくかかりそうだ。
 それからレキは龍に趣味について聞いた。
 龍はしばらく考えた後、ゆったりと口を開く。
『一番は、空を飛ぶこと……。他は、景色の良いところを探したり、花を育てたり、ゲームをしたり……。最近は、シー・イーちゃんのコンサートに行く龍もいる……』
「キミも?」
『私は、ここ』
 と、ようやくメガネを見つけたミアがブツブツと文句を言いながら、また龍の背を上ってきた。
「ねぇ龍さん。またここに来る機会があったら、おいしい果物いっぱい持ってくるね」
『楽しみに、している』
『オイラ、酒がいい』
 葵が磨いていた龍がちゃっかり参加し、さらには、
『シー・イーちゃんのブロマイド……』
 クレーメック達が綺麗にしている龍も加わってきた。この龍はだいぶ年上で、シー・イーが孫のようにかわいいのだとか。
 その後は、広いとはいえ一つの浴槽に三頭の龍が詰め合いながら、学生達と他愛ないおしゃべりを続けたのだった。