校長室
【2021修学旅行】ギリシャの英雄!?
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「ここがアスカの言う店?」 「うん。他にも色々見せたいとこあるけど、ここはお勧めなのよぉ。あ、ホープもここでルーツに合うもの買えばいいわよ〜。買いたい物あるんでしょ〜?」 「俺は……兄さんに似合うマフラー探したいんだ……って、そ、そんな生暖かい目で見るなあ!」 アスカの言うルーツとはホープの双子の兄の事であるが、何故アスカがホープの欲しい物を知っていたのかは謎である。 「何か、あまり高級そうには見えないけど……」 店を見上げたオルベールが言い、鴉も頷く。 「確かに。どこにでもある普通の店みたいだな……しかも、ショーウィンドウが黒くて中の様子が見えない」 「ここはねぇ、ウィンドウはマジックミラーなのよぉ。中でお買い物に集中してもらうようにって……久しぶりだな〜、まだ皆ここで働いてるのかなぁ?」 「どういう事?」 「あ、実は数年前に芸術の修行の一環でここで働かせて貰ったことあるんだ〜裏方みたいなものだけどねぇ」 「デザイナーとしてか?」 鴉の問いかけにアスカが苦笑する。 「それは本当に修行の最後の最後になるわぁ。それは……もう働かせて貰えるまで大変だったのよぉ……」 「大変?」 「まず、最初の一週間はこの黒い窓拭きでしょぉ? 指紋一つでも残ってたら店長に怒られたしぃ。次は店内のお掃除にぃ、他にも職人さんの作業前に道具を揃えたりぃ、下ごしらえもしたしぃ……そして、やっと銀細工の磨きをさせて貰える様になってぇ……忘れもしない店長との一騎打ち……いい思い出だわ〜」 「働いた事あるのは分かったが、お前の芸術範囲は底なしかっ! その店長さんに同情するぜ……」 「アスカ……それ、裏方っていうか丁稚奉公って言うんじゃないの?」 「それよりさっさと入ろうよ」 ホープがアスカを急かす。 「はいはい。それじゃぁ、行きましょうかぁ!」 アスカが店の重い扉を開く。 「いらっしゃいませ!」 即座に店員がアスカ達にお辞儀する。 「おお〜懐かしい顔ぶれ揃ってる〜♪」 「あれ? アスカさんじゃないですか! いつ、こちらに?」 アスカの顔を見た店員が駆け寄る。 「今、修学旅行で来てるのよぉ〜!」 店員とアスカが会話する中、鴉達はそれぞれ店の中を見渡す。 銀細工を施したアクセサリーを中心に、季節の衣服や、ちょっとした絵画等も置いてある。 「センスはいいみたいね」 オルベールが見渡していると、壁面にオシャレな店とはかなり不釣合いな、『黒パンツの覆面男が目の前のパソコンに斧を振り上げている絵画』があり、思わず目をやる。 「……あれは何?」 ホープに尋ねるが、ホープも首を傾げている。 「さぁ?」 鴉が店に置かれた手作りのシルバーアクセサリーを手に取る。 「高級っぽいのは分かるが何がいいのやら……」 鴉が見つめるアクセサリーは、題名『締め切り前』と書かれ、精巧に作られた『絶叫している様な人物の顔』が付いたチョーカーである。お値段は10万Gとある。 その時、店の裏手から出てくる人影が見える。 「あ、久しぶりに突進ハグ挨拶〜!」 人影を見つけたアスカがダッシュして飛びつく。 「店長お久しぶり〜〜♪」 「……」 ギュイギュイとハグするアスカ。 「あぁ、思い出すわぁ。毎日裸で作業していた店長のパンプアップされた筋肉……あれ? 店長……なんか小さくなっ……」 「おい、おまえ……」 「へ?」 アスカが抱きしめていた人影を離すと、そこにいたのは……。 「シ、ジェ……ジェイダス様ぁ……!?」 滝のような汗を流し、アスカがジェイダスから飛ぶように離れる。 「す、すいませんでした〜……」 額を床につける勢いで土下座するアスカを見下ろすジェイダスが、衣服を手で払う。 「全く、私の美しい衣服が汚れたらどうするつもりだ」 「でも、何でここにジェイダス様がここに……?」 土下座から顔をあげたアスカが尋ねる。 「……買い物だ」 「あ、買い物ですか〜?」 「アクセサリーがまだだったからな」 「よくこのお店をご存知でしたねぇ? ネットとかにも載ってないんですよぉ」 「美を求める私は、自ら探さなくても、美が向こうから寄ってくるのだ。そうだな? 陽?」 「はい。ジェイダス様の魅力は引力以上ですから!」 ジェイダスの側にいた陽が、静かに主の言葉に賛同しお辞儀する。その額には少し怒りマークが付いている。 「それでぇ、何を買ったんですかぁ?」 「オーダーメイドだ。ポンド・ゴーの腕を見込んでな」 「……店長にぃ? それじゃあお値段も凄いですねぇ」 「値段? フッ……値段等見ず、美しさで買い物をするべきだ」 「ジェイダス様は、『言われた価格で買う』というお方なのです」 陽がジェイダスの説明を補足した。 「なるほどぉ、期待を裏切らない購入方法と量ですねぇ」 一方、店内の端では、ホープが静かに、品物を手に取り見つめていた。 「ふぅん……結構いいの使ってんだ」 ホープが手にしているのは、白いカシミアのマフラーである。 「この白いマフラーいいなあ……兄さんに似合いそう、と言っても、自分で渡せるわけじゃないのにな」 兄、ルーツとの再会に内心喜ぶも、過去の罪からか本心を素直に出せないホープ。故に直接渡すのは、気が引ける。 「……腹が立つけど、アスカに頼んで渡してもらおうか……」 そう言ってホープはジェイダスと話すアスカを見る。 「げ……っ、ジェイダス……あ〜……やっぱこうなるのか」 ジェイダスに楽しそうに話すアスカを見た鴉の呟きが、ホープの耳に入ってくる。 「ん? アスカとジェイダス局長だね。何? 鴉、嫉妬か?」 ホープが笑いながら鴉に小声でそう告げると、鴉は「ヘッ!」と苦笑する。 「嫉妬? はっ……ホープ、いい事教えてやろう……」 鴉はそう言ってホープの肩に手を回す。 「俺はそこまで心が狭くねぇよ。だから例えアスカが他の男に笑顔向けててもそこまで切れるほどではねぇんだよ……」 「いや……大抵はそれが普通だから……俺は嫉妬だって」 「だからな……? 少しお前黙ろうか」 「ぐ……ぐぅ……!?」 鴉はそう言ってホープの首元をシメる。 「つか、さっきアスカあいつに抱きついてなかったか? 全く、あの抱きつき癖をどうにかしておかないと。今日はホテルに帰ったらちゃんと教えておかねえと……」 「や……やっ……ぱりし……嫉妬?」 「あ? やっぱり嫉妬? だからお前黙れ……」 「く……苦しい! ギブ! ギブ!!」 鴉がホープを締め上げる様子を、キチンとおすわりしたスタッカートが見ている横では、オルベールが商品を見ていた。 そうして手に取ったのは、純銀のチェーンにブランドのロゴと、ピンクダイヤをあしらったペンダントヘッドが使われている、見るからに高級そうな首輪である。 「さすが高級ブランドは違うわあ。この首輪がいいかも……デザイン可愛いし。ね、スタッカート?」 オルベールが首輪を当てがってやろうと思うも、スタッカートは一歩後退する。 「どうしたの? ほら、首を出して?」 「クゥゥゥ……」 鴉とホープのやり取りを見て、本能的に何かを誤解したスタッカートがオルベールと距離を取る。 「……でも、これ誰が考えたのかしら? ちょっとお店の人に……ん?」 見ると、アスカはジェイダスと話をしていた。 「なんかアスカったらジェイダスちゃんと親しげね。仲いいのかしら?」 「お客様。首輪をお探しで?」 オルベールが振り向くと、赤い蝶ネクタイをつけた裸に黒パンツ、口元だけが開いた覆面を着た巨漢の男がいた。 「……あ、ええ。まぁ……」 「ふむ、そこの犬用かい?」 「は、はい」 「では、他のも見せてあげよう。ああ、ウチの店はサービスでペンダントヘッドの裏側に名前を入れることが出来るよ?」 「そ、それは、嬉しいですね」 アハハと乾いた笑顔を見せるオルベール。 ……誰? という話は置いておいて、巨漢の男は、丁寧にオルベールに接客し始めるのだった。 「ここだったら銀細工とかお勧めしますよ〜さっきの無礼のお詫びに私に見立てさせてくれませんかぁ……?」 アスカの誘いにジェイダスは頷く。ただ、「私のセンスに叶うわけはない。せいぜいやってみるがいい」という自信もそこには見え隠れした。 「う〜ん……あ、この指輪とかどうですか〜」 アスカが見せたのは、『ビー・ゼロワン』というホワイトセラミックを使ったリングである。 「ほう……悪くはない」 「2バンドで18kのピンクゴールドをあしらってて、ジェイダス様の肌の色によく映えます♪」 ジェイダスがリングを手に取り、しげしげと見つめる。 「これは、対としてペンダントもあって大切な人に贈るにもいいかとぉ……」 アスカが得意げに話していると、背後にヌッと巨漢の男が姿を現す。 「いかがですかぁ?……あ、痛い!」 ポカンとアスカの頭にチョップをかます巨漢の男。 「アスカ、久しぶりだなぁ!!」 「て、店長!? もぅ、何も叩かなくても……売り上げに貢献してるだけなのに〜」 そう、この巨漢の覆面パンツ男こそ、店の店主であるポンド・ゴーその人であった。 「ウチの店員の仕事を取るんじゃぁない。第一、おまえは接客等やってなかっただろう?」 「店長〜愛が痛いわよぉ?」 「だが、丁度良い……おまえに仕事をやろう?」 「へぇ!? わ、私、修学旅行中……って、わぁ!?」 アスカをヒョイと肩に担ぐポンド・ゴー。 「今、向こうのお客様が首輪を買われたからなぁ! その裏にペットの名前を彫るのをさせてやると言っているのだ」 「店長がやればいいじゃなーい!? 離してよぉ〜〜!」 バタバタと足を動かすアスカ。 「ハッハッハ、生憎俺はこちらのジェイダス君の別注品で手一杯でな? それとも……俺があの日、免許皆伝を言い渡した腕は、もう鈍ったというのか?」 「……教えはちゃあんと覚えているわよぉ」 アスカが遠き日々を思い出す。 「職人は気合だぁーーッ!!」 「はい!! 店長!!」 「もっと、大きな声で叫べぇぇ!!」 「はぁぁいッ!!! 店長ーーーッ!!!」 「よし、磨けェェェェーーッ!!」 「はいーーーッッ!!!」 「ただしぃぃーーッ!?」 「やさしく、激しくぅぅーーッッ!!!」 他の職人達が見つめる閉店後の夜の工房の中心で、ポンド・ゴーと共に、銀細工を必死にヤスリで磨くアスカ。 掘り込み等の工程もこの時であり、一番神経を使う。 やり過ぎると、折角作った形がグシャリと潰れてしまうためである。しかし、力を込めないと、中々上手く磨く事も出来ない。 血管の浮き出たポンド・ゴーの腕とアスカのか細い腕では、勝敗は見えていた。 「(力が無くても……上手く緩急をつければぁ!!)」 アスカはこれまで教わった全てを指先に集め、必死に作る。 そうして、出来た銀のペンダントヘッド。 ポンド・ゴーが覆面越しにアスカの作品をじっと見つめる。 「……」 ゴクリッとアスカの喉が鳴る。 「……いい腕だ」 アスカに向かって静かに呟いたポンド・ゴーの声に、工房に他の職人達から歓声があがる。 「良かったな、店長から免許皆伝じゃないか!?」 「アスカ、おめでとう!!」 皆に握手を求められ、アスカの目に薄っすらと涙が浮かぶ。 「店長……ありがとうございましたぁ」 「うむ……しかし、おまえが今日で店を離れるのは、少し寂しいな」 これが素顔だ、と語るポンド・ゴーの覆面は毎日変わっていた。今日はアスカとの別れのためか、涙色の覆面である。 「お店は離れますけどぉ……教わった事はずっと覚えていますからぁ」 「たまには、顔を出せ。遠いと言っても、何もあの世へ行くわけではないのだからな」 「はい!」 ポンド・ゴーの大きな手で頭をクシャクシャされたアスカは、彼に抱きつくのであった。 「……フッ、甘いぞ、アスカ!!」 「え?」 「タックルというのは、相手の重心を目掛けてやれ、と何度言ったらわかるのだぁぁぁ!!」 「て、店長ぉ!? プロレスから離れましょうよぉぉーッ!?」 ……そんな思い出の工房で、アスカはまたペンダントヘッドを前に精神を集中させる。 奇しくも、今アスカの目の前にあるのは、あの日彼女が完成させ、デザイン考案としてこの店で唯一Asukaの名が入った商品であった。 「それで、何という名前を彫るんですかぁ?」 「うむ。スタッカートという名だ。英語でな」 「はい……え?」 「聞こえなかったか? スタッカートだ」 「い、いえ……とても私が知っている名前だっだのでぇ……」 アスカはそう言いつつ、手元の道具箱を手繰り寄せて作業を開始する。 そんなアスカの様子を見つめていたジェイダス。 「首輪か……」 「ジェイダス様? いかがされました?」 陽が声をかける。 「いや……Asukaというデザイナーの他の作品はないようだ」 残念そうな顔で呟くジェイダス。 「え? アスカ……?」 「構わん。陽、次の店へ行くぞ?」 ジェイダスはそう言って、踵を返し、ポンド・ゴーの店を陽と共に出ていくのであった。