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リアクション
第14章 思い出は大切に
「まさか、本当にお越しいただけるとは……!」
南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)は、かものはし船頭さんのゴンドラの中でカチコチになっていた。
寒かったからではない。
一緒に乗っている相手が、光一郎を緊張させていた。
「今晩は空いていましたの。明日は1日中パーティですけれどね」
そう微笑んだ人物は、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)。
光一郎はかねてより彼女に憧れていた。
とはいえ、それは一方的な感情で彼女自身に伝えたことはない。彼女とは、ヴァイシャリー家で開かれた舞踏会で踊ったことがある、程度の関係だった。
『かつて踊っていただく僥倖に浴し、今は遠くタシガンで学ぶ若者のことを覚えておいででしょうか』
そんなカチコチな文章の誘いの手紙に、ラズィーヤは少しだけならと応じてくれたのだ。
「あの時は、一契約者でしかなかった自分ですが……」
あのパーティの後、タシガンでがむしゃらに前に出続けて、イエニチェリにまでなることができた。
校長であったジェイダスや薔薇の学舎の仲間達に認められ、嬉しかったこと。
最近では、ブライドオブシリーズの探索でナラカに行き、帝国最硬を誇るダイヤモンドの騎士と渡り合った功績で「エロいヤルガード」と呼ばれるようになったことなど。
そんな光一郎の最近の話を、ラズィーヤは笑みを浮かべながら聞いていた。
「イエニチェリのことは知っておりましたわ。解散となりましたが、知り合いとして誇らしく思います」
(ああ、なんて美しい――!)
微笑むラズィーヤの高価な宝石のような美しさに、光一郎の胸が高鳴り、身体が熱くなっていく。
「ヴァイシャリーには、時々人形師の館や野球に来ています。そこで、肩肘張らず付き合える友人と出会うことが出来ました」
そういえば、ラズィーヤのパートナーの桜井静香のお見合い相手を攫ったことなんかもあったなと、光一郎は思い浮かべ、ラズィーヤに照れ笑いをしながら話していく。
「ヴァイシャリーを好いてくださり、ありがとうございます。これからも足を運んでくださいませね」
「勿論です。あ!」
浩一郎は懐の中から、紙袋を取り出して、中に入っているたい焼きをラズィーヤに勧める。
「ありがとうございます。……不思議ですわね、温かいです」
たい焼きはとても暖かくて、冷えていた手が温まっていく。
「温かさのヒミツは俺様のキモチです」
真顔でそんなことを言う光一郎に、ラズィーヤはまた美しい笑みを見せて。
「お気持ち、戴きますわね」
と、たい焼きを形の良い口の中に入れた。
(保温材、入れておいてよかった)
両手で包み込んで、美味しそうにたい焼きを食べるラズィーヤを、眩しそうに光一郎は見ていた。
ラズィーヤがたい焼きを食べ終わる頃、お別れの時間となる。
「生まれた場所から一歩でも遠くに行きたい、そう願っていた俺様の興味のネタはパラミタ大陸には収まらない」
ゴンドラを岸に近づけながら、光一郎は空を見上げた。
うっすらと、月が見えた。
「月でもどこでも行きますが、想い出は大事にしたい」
そして、光一郎は自分を見上げる美しい人に、手を差し出した。
「また俺様と踊ってくれないか?」
ラズィーヤは光一郎の手を掴んで、立ち上がり、彼に続いて岸へと降りた。
そして、光一郎は深く、頭を下げる。
「喜んで。機会がありましたら、必ず」
彼女は終始、微笑んでいた。
光一郎との、ゆっくりとした時間をとても、気にってくれたようだ。
ヴァイシャリー家の使用人と共に、帰っていくラズィーヤを、光一郎は岸辺でずっと見守り続けた。