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雪花滾々。

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雪花滾々。
雪花滾々。 雪花滾々。

リアクション



12


 雪の日だろうがなんだろうが関係なく。
 日下部 社(くさかべ・やしろ)は親友の家へ遊びに行った。
「うー、今日は一段と冷えるなぁ」
 さむさむー、と自分で自分を抱くような格好になりながら、社は言う。
「そう?」
 対照的に、リンスは顔色ひとつ変えず、いつも通りに人形を作っていた。
「そらきっとここの人口密度が高いからやろ〜。入った途端あったかくなったで」
「それはあるかもね。人が多いと暖かい」
 人形を買いに来た客、リンスやクロエに会いに来た客。
 そんな人々で、工房の中はごった返し。
 相変わらず人気のようだ。盛況そうで何より、と自分のことのように嬉しく思ってから、
「〜♪」
 社は鼻歌交じりにリンスの後ろに回った。
「? 何」
「いや〜、リンぷーとはもう長い付き合いになるやろ? せやけど、こうして仕事しとるリンぷーのことゆっくり見るんはあんましなかったよな〜思て」
「日下部が、来るたび賑やかにしてたからでしょ」
 その通りだった。声を上げて笑う。
「こりゃ一本取られたわ! さすが俺の親友やなぁ♪」
「はいはい」
 流され、会話が一旦止まり。
 沈黙の中、社はリンスが人形を作るのを、ただ、見つめた。
「リンぷーは人形へ。ウチの未来は服へと魂を宿すことができるんやな」
「何それ。初耳」
「あれ、言うとらんかった? 未来なぁ、魔鎧職人なんよ」
 それも、随分と名を馳せていたらしい。
 相手の魂と心を通わせることができた時にのみ、魂の加工を行ったとか、なんとか。
「まあ俺も未来から聞いただけで、実際に作ってるとこは見たことないんやけどな〜」
 しかし、社と契約してからはぱったりと作ることを止めている。
 どうして、作らないのか。
 何か、理由があるのか。
 彼女が話してこないから、自分から突っ込むことはしていないけれど。
「なあなあ、外で千尋とクロエちゃんが雪だるま作っとるんよ。見にいかん?」
「俺今仕事中」
「固いこと言いっこなしやで♪ 雪の日くらいええやん」
「ま、いいけどね」
 コートを羽織って、二人は外に出た。


 時間は少し、遡り。
 社がリンスと話している頃、
「クロエちゃーん、雪ー!」
「ゆきー!」
「積もってるからいっぱい遊ぼうねー☆」
 日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)はクロエを誘って雪遊びに興じていた。
「はぅ〜☆ なんだか久しぶりに遊びに来れた気がしますぅ。社はボクを連れていかなさすぎですぅ!」
 ぷんすか怒るは望月 寺美(もちづき・てらみ)。確かに、寺美が工房に来れたのは久しぶりだった。気持ちはわかるけど怒らないで、と千尋は寺美の頭を撫でた。
「はぅ〜。千尋ちゃんは良い子ですねぇ」
「だって、ラミちゃんとも楽しく遊びたいもん。ね!」
 クロエに同意を求めると、「うん!」とクロエが力いっぱい頷いた。
「お二人にそうまで言われては、いつまでも機嫌を悪くなんてしていられないですぅ。よーし、ボクもめいっぱい遊びますよぅ♪
 さぁ千尋ちゃんにクロエちゃん。今日は何して遊びましょ〜?」
 寺美の質問に、千尋はしばしの間考え込む。
 雪合戦も楽しそうだけど、
「ちーちゃん、ラミちゃん雪だるま作りたいなー」
「むむ! ボクの雪だるまですか! それはナイスアイデアですぅ☆」
 嬉しそうに寺美が笑い、「こうして世界のマスコットとしての道を確実に歩んでいくのです!」と自信たっぷりな様子で拳を握った。千尋はクロエと顔を見合わせ、同時に吹き出す。
「ラミちゃん雪だるま作り、クロエちゃんも手伝ってね☆」
「うんっ。そっくりなの、つくろうね!」
 作り始めて少しして、社とリンスが工房から出てきた。雪だるまは、胴と頭が完成し、あとは乗せるだけという状況。完成目前。
 しかし、千尋やクロエの力では頭を胴に乗せることができない。
「やー兄! ラミちゃんの顔乗せるの手伝ってー!」
 助け舟を求めたら、
「よっしゃ任せとけ!」
 社は寺美の顔を持った。
「よいしょっと……」
「コラ〜! 社、これはボクの頭ですぅ〜! 雪だるまじゃないですぅ〜!」
「おお!? 雪がしゃべっ……スマンスマン、本物の寺美やったか♪」
「わざとですねぇ〜!?」
「まさかぁ。あまりにデキがええもんやから、つい、なー♪」
 瞬く間に漫才コンビと化した二人に、
「わざとだね」
 リンスが言う。
「わざとなの?」
 クロエが問い返す。
「日下部って、望月に対してああいう悪ふざけするの、好きだもの。わざとだよ」
「やー兄、ラミちゃんにはたまにああいう意地悪するんだよ」
「それは信頼の証かもね」
 リンスがそう言うのなら、そうかもしれない。
「いつかちーちゃんにも、ああいうおふざけしてくれるかな?」
「やー……ちーちゃんには、できないんじゃない? 日下部、ちーちゃんのこと大好きだもん」


 という五人のやり取りを、響 未来(ひびき・みらい)は、少し離れたところから見ていた。
「…………」
 社と千尋。
 リンスとクロエ。
 この兄妹たちを見ていたら、昔のことを思い出してしまって。
 ――……あの時も、こんな雪の日だったかしら……。
 記憶の糸を辿っていった。


 幼い妹が、病床に伏した兄の傍で涙を堪えている。
 兄の命は、残り少ない。
 もってあと、数日。
 未来にはそれがわかっていた。
 兄にも。
 ただ妹だけが、治るかもしれないという希望に縋り、兄の手を強く握り締めていた。
 夜半過ぎ。
 看病疲れで妹が眠ってしまったのを確認してから、未来は兄の前に姿を現した。
 そして、兄の希望を――妹の傍にいたいという希望を聞き、兄の魂を魔鎧へと移した。
 翌日、目を覚ました妹へと『兄』を届けて。
「どうして? どうして、お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃなくなっちゃったの? ……」
「あなたのお兄さんには変わりないわ」
「ちがうよ。お兄ちゃんは、こんな硬くないよ。冷たくないよ。……あ。お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと隠したんでしょ。ねえ、わたしのお兄ちゃん、どこに隠したの?」


「…………」
 あのあと、未来は兄妹の前から姿を消した。
 また、それ以来、魔鎧を作っていない。
 未来は。
 必要なときにしか、意味のあるときにしか、魔鎧を作ることはしない。
 だけど。
 ――あれは、必要なかったのかしら?
 魔鎧となって妹と一緒に生きるのが、兄の希望。
 だけど、妹は、『兄である兄と』生きたかったのかもしれない。
 ――難しいものね。
 自嘲じみた笑みを浮かべた瞬間、
「未来さん?」
 底抜けに明るい、寺美の声が聞こえた。
「こんなところで何してるですかぁ?」
「ふふ。ちょっと、考え事を……ね♪」
 勘付かれないよう、明るく言ってのけたのに。
 寺美は、何かしら察したのだろう。
「そうですかぁ〜。でも、せっかく雪がこんなに積もってるんです。皆と一緒に遊ぶですよぉ〜♪」
 笑顔で未来の手を取って、輪の中に引っ張っていく。
「……寺美ちゃん」
「はい〜?」
「ありがと」


*...***...*


 キッチンが、良い香りに包まれていた。
 もう少しかな? と秋月 葵(あきづき・あおい)は立ち上がる。ほぼ同時に、オーブンが焼成完了の音を響かせた。
 出来立てのお菓子を冷まし、ラッピングも完了したら。
 水色のコート、白いロシア帽、白いマフラー。お気に入りのコーディネートに身を包んだら、出掛ける準備はオッケー。
 目的地は、リンスやクロエのいる人形工房だ。理由は、お菓子のおすそ分け。ついでに、また感想が聞けたらいいなと思って。
 歩き出した葵に、
「あおいママ、お出かけするの?
 魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)と一緒に雪遊びをしていた秋月 カレン(あきづき・かれん)が走り寄ってきた。
「うん。お友達のところへ行ってくるよー」
「お友達って、クロエちゃんのおうちですかぁ?」
 次いで、アルが訊いてきた。なかなか鋭い。
「クロエちゃん?」
「葵ちゃんのお友達で、アルのお友達ですぅ。ねえ葵ちゃん、アルも行っていいです? クロエちゃんと遊びたいですぅ」
「ママ。カレンも、行ってみたい……の」
 愛らしい二人が、上目遣いで頼んでくる。
 可愛いなあと頭を撫でて、
「もちろんだよ! みんなで遊びに行こう?」
 葵は満面の笑みで頷いた。


 キャンディ型に包まれたプレゼントの中身は、苺クリームのマカロンとチョコクリームのマカロン。
「今回も試食の感想ヨロシクね〜♪」
「わかった。息抜きがてらいただくね」
「そうそう。リンスちゃん、ほっとくとずーっとお仕事してそうだから、そうやって適度に休んでね。
 じゃ、あたしはあっちで遊んでくるから!」
 あっち、と指差すは、窓の外。
 アルとクロエが二人で雪だるまを転がしていた。カレンはまだ馴染めていないのか、アルの後ろに隠れるようにしてクロエをちらちらと見ている。
「楽しんできてね」
「リンスちゃんも気が向いたらおいでよ」
「気が向いたらね」


 クロエは、きっと、良い子なのだろう。
 アルも葵も、彼女に笑顔で接している。仲良さそうにしている。
 だから、いつの間にか打ち解けることができていた。元より人見知りはあまりしない方だ。仲良くなるのに、時間はさほど必要なかった。
「雪だま、ころころ……」
「ころころー」
 みんなでころころ、作っていると。
「協力するのはここまでなのですぅ」
 アルが制止の声を上げた。クロエと顔を見合わせ、カレンは手を止める。
「誰が一番、上手に雪だるまを作れるか勝負するですぅ♪」
「しょーぶ! いいわよ、わたし、がんばっちゃうんだから!」
「ん……みんな、やる気なら……カレンも、負けないの」
 ころころ、ころころ。
 三人が別々に、雪を転がす。
「できたっ」
 最初に声を上げたのはクロエだった。可愛らしい雪だるまが、彼女の隣で笑ってる。
「クロエちゃんの雪だるま……かわいいの〜」
「えへー。ありがとう♪」
 続いて、カレンの雪だるまも完成した。あとは、雪だるま作成用に持ってきたボタンやにんじんで雪だるまに顔をつけるだけ。
「出来た。……あおいママー、見てー」
 少し離れた場所でかまくらを作っていた葵を、呼ぶ。
「どうしたの……って、雪だるま? 可愛い〜。カレンが作ったの」
「うん」
 得意げに笑ってみせる。上手、上手、と褒めてもらえたのが嬉しかった。
 と。
「むむ。大きくしすぎて上に乗せられないですぅ」
 悩ましげなアルの声が聞こえてきた。アルの目の前には、結構な大きさの雪玉が二つ。
 再び、カレンはクロエと顔を見合わせる。そして二人でアルの傍に駆けて行って、
「せーのでもちあげるのよ」
「了解なの」
「ふえ。手伝ってくれるんですかぁ?」
「うん」
「みんなで作ったほうが、楽しいの」
「いくわよ。せーのっ」
 三人が力を合わせると、なんとか雪玉は上に乗って。
 大きな雪だるまの、完成。
 やった、と三人で飛び跳ねて喜んでいたら、
「みんな、こっちにおいで〜♪」
 まじかるメイドに変身した葵が、かまくらの前で手招きしていた。
 かまくらの中に通され、座って待つこと一分ちょっと。
「どうぞ、召し上がれ〜♪」
 お菓子と紅茶が出てきた。
「ふわぁ。すごい、おいしそう!」
 クロエが驚嘆の声を上げる。あはは、と葵が笑った。
「まじかるメイドだからね。これくらいお手の物だよ♪
 さ、いっぱい遊んで、そろそろ冷えてくる頃だよ。お茶を飲んで、暖まって?」
 かまくらの中でのティータイム。
 中々できる経験じゃあなくて、なんだかとっても楽しくて。
 暖まったら、もっともっと遊びたくなった。
「クロエちゃん、アルちゃん。歌ったり、踊ったり、しよ?」
「うん!」
「はいですぅ♪ 遊び尽くすですよぉ〜♪」