校長室
雪花滾々。
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21 日中は落ち着いた様子を見せていた空も、日が暮れて気温が下がってきたらまた、ちらちらと。 空から舞い降りる雪を見て、遠野 歌菜(とおの・かな)はほうっ、と息を吐いた。 ザンスカールの街、上空。 歌菜は、月崎 羽純(つきざき・はすみ)と共に小型飛空艇『オイレ』に乗って、夜の空を満喫していた。二人の周りを、ふわふわひらひら、雪が舞う。 「綺麗だね」 羽純に同意を求めると、彼は微笑を浮かべて「ああ」と短く頷いた。 「あは」 「何だ」 「羽純くん、笑ってるから」 家を出る前は、寒いとあんなに渋っていたのに。 「……悪いか」 「全然。気に入ってもらえて良かった♪」 月の光や街の光。 上下から照らされた雪が、きらきら、きらきら。 ――……本当に、綺麗。 幻想的な美しさと、静寂。 二人の間に、言葉も音も必要なかった。 時間だけが、ゆっくりと流れていく。 「…………」 そっと、羽純を見た。羽純は歌菜が見ていることに気付いていないようで、雪と夜景をじっと見つめている。穏やかな表情で、いとおしむように、静かに。 ――私の旦那様は素敵だな〜。 声にするのは恥ずかしかったので、心の中で呟くと。 「何にやけてるんだ」 羽純に頬を抓られた。 「うぅ、だって」 「だって?」 「……何でもなーい」 魅入っていた、なんて。 いまさら言わなくても、わかってると思うけど。 ――ちょっと、恥ずかしいっていうか。照れるよね。 「ちょっと冷えてきたね」 話題を変えるように、歌菜は話の方向を転換した。 「少しな」 羽純も乗ってくれた。ので、持参したバスケットを両手で掲げてみせる。 「そこでこれでーす」 中身は、温かい紅茶の入った魔法瓶と、『Sweet Illusion』の限定ケーキ。 「ケーキは昼間買っておいたんだ。紅茶はね、フィルさんにお勧め教えてもらって、出る前に淹れてきたんだよ」 「偉い。気が利くな」 「えへへ♪」 羽純に褒められたことが嬉しくてはにかむ。 彼の笑顔を見るのは、幸せだ。 ――うん。幸せ。 ふと思えば。 歌菜は、出会ったときからずっと、羽純の笑顔を見ることを望み続けている。 最初は、記憶がないという彼を放っておけなくて。 その気持ちが段々と恋心に変化して、叶って、結ばれて。 関係が変わっても、一切変わらないもの。 そして、これからもずっと、いつまでも、想い続けるであろうもの。 「貴方の笑顔が見たい その笑顔で私は幸せになる」 気付けば。 気持ちが歌となって溢れ出していた。 紡ぐ。 音を。言葉を。想いを。真っ直ぐに。 「そして、貴方を幸せにしたい 私は貴方を幸せにする」 歌菜の声を、羽純は黙って聴いていた。 夜の空気に溶ける彼女の歌。 「…………」 歌菜と出会い、一番最初に彼女がくれたのも歌だった。 歌菜は、いつも羽純の手を取ってくれる。 新しい世界へと、連れて行ってくれる。 歌菜は『光』だ。 そこにあって当たり前。 けれど、失くなると何も見えなくなる。 「…………」 ずっと、考えていたことがあった。 様々なものをくれる歌菜に、自分は何が出来るのだろうかと。 中々答えは出なかったけれど、ああ、でも、簡単なことだった。何も難しいことなんてない。 隣にいること。 歌菜の笑顔が曇らぬよう、彼女が自分にしてくれるように、笑顔を向けること。 歌が教えてくれた、答え。 再び降りた沈黙の中、羽純は『光』へ、歌菜へと手を伸ばす。 指先が指先に触れ、絡み、繋がり、抱き締める。 「羽純く、」 「ありがとう」 歌菜の声を遮って、言う。 一言では、とても現しきれないけれど。 彼女の温もりに、存在に、最大の、最愛の、感謝を。