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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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14


 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は、病院が嫌いだ。
 だから、柚木 郁(ゆのき・いく)は中々言い出せずにいた。
 発端は今朝。ソレイユで仲良くなった男の子、ルルススが入院したと聞いた。
 ――おみまい、いきたいな……。
 だけど、だけど。
 ちらり、ちらり、貴瀬を見る。
 嫌がるだろうか。無理はさせたくない。だけど、お見舞いに行きたい。
 ――いくが、ひとりでいけるくらいだったら、なぁ。
 心配をかけなくてもいいくらい、一人前だったなら。
 思い悩んでいたら、貴瀬にくすくす、笑われた。
「お見舞い、行きたいんでしょ?」
「えっ」
 見透かされていた。驚いて声を上げる。
「バレバレだ。ほら、支度するぞ」
 次いで、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)に言われ、余所行きの服に着替えさせられた。最中、貴瀬を窺い見る。郁の視線の意図に気付いたのか、また貴瀬は苦笑した。
「大丈夫。病院は苦手だけれど……診察を受けないなら平気だよ、たぶん」
 と言ってくれるけれど。
「貴瀬おにいちゃん、かおいろわるいの……」
 指摘したら、目を逸らされた。「そんなことないよ」と言っていたが、説得力が皆無である。
「むり、しないでね?」
「可愛い郁のためなら、どこだって行けるよ」
 貴瀬の言葉に、瀬伊が笑う。
「ブラコンめ」
「えっとね。それ、瀬伊にだけは言われたくないな」
「まあいいさ。屍は拾ってやる」
「倒れる前提なんだね、俺。大丈夫だってば」
 なんだか、会話の内容が不穏だったので。
 郁は、貴瀬の手をぎゅっと握った。こうしていれば、倒れても大丈夫だ。
「いくがささえてあげるからねっ」
「あはは、ありがとう。絶対大丈夫だって思えてきたよ」


 といった手前、兄のプライドにかけて倒れるわけにはいかない。
 病院、という場所柄だけですでに気分はあまり良くないのだけれど、うん。大丈夫。なんとかなる。……たぶん、
 入院しているルルススの病室を聞くために、郁が受付へと向かった。教育のために受付での会話は任せることにしたのだ。後ろに立って、言葉が足りないところだけ補おうと思ったけれど、それも必要なかった。
「ルルおにいちゃん、しょうにびょうとうのにーまるさん、だって!」
「はい、よくできました」
 きちんと訊けた郁の頭を撫でてやる。
「それにしても、郁、成長したね」
「子供の伸びしろは大きいからな。うかうかしてると抜かされるぞ」
 皮肉った笑みを浮かべ、瀬伊が言った。気をつけるよ、と空笑い。
 小児病棟を目指し、目的の病室を見つける。ドアは開いていた。
「ルルおにいちゃーんっ」
「あ……」
 ベッドに横たわっていたルルススが、郁の声に身体を起こす。
「来てくれたの?」
 と、ルルススが言い終わる前に、郁が走った。勢い良くルルススに飛びつく。
「わ、わ」
 バランスを崩して、ルルススが横に倒れた。
「こら、郁。危ないからだめって言ったでしょ? ……ごめんねルルススくん。大丈夫?」
「はい。なんとか」
「まだ顔色悪いね。ほら、郁。本調子じゃないみたいだし、無理はさせちゃだめだよ?」
「はあい。ごめんなさい、ルルおにいちゃん」
 ルルススから離れ、郁はベッドの端に腰掛ける。反省して、ちょっとばかりうなだれた郁の頭をルルススが撫でた。
「お見舞い、来てくれてありがとう」
「! うんっ」
 郁は、ぽす、とルルススに身体を預けた。ぎゅー、とくっついている。ルルススも、普段から年下の子を相手にしているせいか、お兄ちゃん然とした態度でそれを受け止めている。
「はやく、げんきになってね」
「うん」
「あら、まあ。仲良さそう」
 と、病室の入り口から声が聞こえた。
「あれ? 紺侍」
「ルルさんのお見舞いに来たんスけど……貴瀬さんも患者さんスか?」
「なんで。俺もお見舞いだよ?」
「やァ、だって」
 紺侍が自分の頬を指差す。
 顔色。そう言いたいのだろう。小さく笑って貴瀬は病室を出た。郁やルルススの前で、心配をかけるような話をしたくなかったから。
 紺侍が、ルルススに向けて「またあとで来ます」と声をかけて、貴瀬を追いかけてきてくれた。
「で。具合悪いんスか? 真っ白ですけど、顔」
「あはは。患者さんに見えるくらい? 大袈裟だなぁ」
 軽く取れるように笑ってみせたが、調子はよくなかった。見抜かれているようなので、一つ息を吐く。
「あまりいい思い出、ないんだよね」
 病院、と聞くだけでどきりとする。
 見舞うために来るのだって、本位ではない。
 診察なんて、大病を患っても来たくない。
 それが本音だ。
「でも昔に比べれば大分丈夫になったし。最近は調子いい方なんだよ?」
「ならいいんスけど」
「不満そうだ」
「不満つゥか。うーん、なんてェかな」
 上手く言葉にならないようだったので、話しを流すことにした。
「瀬伊がね。マフィン焼いてきたんだ」
「あらまァ。お見舞い品?」
「そう。マフィンって、食べたら喉が渇くでしょ? みんなの分の飲み物、買ってこようかなって思うんだけど。紺侍も一緒に行かない?」
「はィな。行きましょう」
 自販機は確か、エレベーターホールにあったはずだ。一般病棟よりもやや騒がしい廊下を、並んで歩く。
 ふと、思った。
「そういえばさ。紺侍はみんなのこと、さん付けで呼んでるの?」
 さっき、随分年下であるはずのルルススにもさん付けしていた。思い返せばクロエにだって郁にだってさん付けだ。もちろん、貴瀬にも。
「ええ。母親のこともさん付けっスね」
 なら、癖なのだろうか。ふうん、と相槌を打つ。
「どうしたんスか? お嫌い?」
「や、俺の方が年下だったような気がするな……って」
「おいくつでしたっけ」
「十七」
「あ、ホントだ。オレ十八」
「じゃ、俺の方がさん付けしなきゃいけない側だよね」
「一般的にはそっスねェ」
「紺侍さん?」
「ぶは」
 ためしに呼んでみたら笑われた。貴瀬も違和感に、笑う。
「なんだか新鮮だけれど……落ち着かないや。今まで通りでいいかな?」
「そうしてください。
 あと、呼ばれて気付いたんスけど。他人行儀なんスね、さん付けって」
「ん……かもね。人によると思うけど」
 だけど、ちょっとだけ気になった。
「……ねえ、一回だけでいいから、俺のこと呼び捨てにしてみてよ」
「え?」
「嫌ならいいんだけど。ちょっとした興味本位だから」
「嫌じゃないスよ。えーと、……貴瀬?」
「……あは」
「ははは」
 やっぱり、違和感。二人して、先ほどと同じように笑い合う。廊下の真ん中で立ち止まって笑う男二人はおかしいのか、時折入院患者や看護師がこちらを見て首をかしげた。
 ひとしきり笑ったあと、
「俺、さん付けの方で慣れちゃってるみたい。呼び捨ての方が、なんだか他人みたいに聞こえたよ」
 素直な感想を述べる。と、紺侍も「同じくっス」と同意した。
「やっぱり、いつものがいいね」
 などと言っている間に自販機に到着。
「何飲む?」
「いつもので」
 会話にかけた返答に笑ってから、貴瀬はココアのボタンを押した。


*...***...*


 歌が、聞こえる。
 友人たちのお見舞いを終えて、一階に戻ってきたクロエは立ち止まった。
「誰か歌ってますね」
 背後から、声。振り返ると紺侍が立っていた。
「きれいなこえね。どこでうたっているのかしら」
「探しに行ってみましょうか」
「うん!」


 時間は少し、遡り。
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)は、聖アトラーテ病院に来ていた。
 特に誰かを看病しにとか、知り合いが入院しているからお見舞いに、というわけではなく、依頼を受けたから。
 依頼内容は、入院生活に退屈している人たちのために何か余興をしてほしいとのことで、エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)を連れ立ってやってきたのだ。
「子供たちが一番暇してそうだね」
「そうね。遊びたい盛りに入院生活じゃ、仕方ないでしょうね」
 外に出て遊ぶこともできず、入院中だから大人しくしていなければいけない。
「ストレスだろうなぁ」
「それを、佳奈子が和らげてあげるのよね?」
 エレノアが笑う。もちろん。佳奈子も笑い返した。
 小児病棟に立ち寄って、子供たちに手招きして。
 歌を歌うから一緒に歌わない? そう誘うと、幾人か女の子が手を挙げた。男の子の方はためらいがあるのか、挙手は少ない。
「歌、興味ない?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ聴きに来て! 楽しくなったら一緒に歌ってほしいな」
 誘い出し、向かうは一階、玄関ホール。病院側の業務に差し支えない場所を探した結果、そこになった。それに玄関ならたくさんの人に聴いてもらえる。
 何を歌おうか? 子供たちが一緒なのだから、流行のアニメソングや定番の童謡か。他に協力してくれる人がいるならば、いっそ本格的に『歓喜の歌』等を奏でようか。
 しかしいざ歌おうとしたところで、子供たちが緊張してしまったようだ。もじもじと、恥ずかしそうに互いを見ている。
「いいよ、無理しなくて」
「私たちが歌っているから、歌いたくなったら入ってらっしゃい」
 歌い始める。佳奈子もエレノアも、人前で歌うことに抵抗はないので緊張したりはしなかった。一曲、二曲と歌い上げる。
「わたしも、うたっていい?」
 二曲目が終わったとき、女の子の声がした。長い黒髪に赤いリボンがトレードマークの可愛い子が微笑んでいる。
「大歓迎だよ! ここの患者さん?」
「ううん、わたしはいもんにきたの。クロエっていうのよ」
「慰問。あなたもなんだね」
 佳奈子たちも同じようなものだ。よろしくね、と握手する。その傍らで、エレノアが背の高い男の人に指揮をやってもらえないか頼んでいた。
「音楽の授業でやった程度の知識で大丈夫ならいいっスよ」
「助かるわ。お願い」
 四人に増えての三曲目を終えると、
「わたしも歌っていい?」
「わたしも!」
 聴いていた子供たちが、参加したいと輪に入り始めた。
「男の子もどうかな? 女の子ばっかりだと、それはそれで綺麗なんだけれど物足りない部分もあるのよね」
 エレノアが、少年たちも誘い込む。
「増えてきたね! 『歓喜の歌』歌っちゃう?」
「そうね、でも子供たちの喉が慣れてからの方がいいわね。いきなり本格的なコーラスは難しいかもしれないわ」
「そっか。そうだね。じゃあ、何歌おうか? みんな、何がいい?」
 結局、子供たちがあれを歌いたいこれも歌いたいと言ってきたので、アニメソングや童謡ばかりを歌うことになったけれど。
「みんなで歌うの、楽しいねぇ」
「本当。あの子たちもいい笑顔」
 それが何より嬉しかったし、楽しかった。