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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
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リアクション


●遺跡〜内部

 曲がり角で、チカッと小さく光がまたたいた。
「くっ…!」
 反射的、横に避けたほおを熱い痛みが走る。それが何による傷か、考える間もなく正悟は振り下ろされたバスタードソードを魔鎧のガントレットで受けた。角材で殴られるような重い衝撃。ギャリッと音がして刃が表面を滑り、火花が散る。
「あちらは引き受けましたわぁ〜」
 そう言って、横をアスカが走り抜けた。直後、剣がエネルギー弾をはね返す、硬質の音が起きる。
 これで背後を気にする必要はない。
「ぅおらああっ!!」
 タイミングを合わせて踏み込み、空いた胴へ遠心力ごと黒曜石の覇剣をたたき込んだ。だが肉を裂く手応えはない。先までと全く同じで、見えない壁がこれを封じる。しかし勢いまでは殺しきれなかったようで、銀髪の少年――ドルグワントは背後へはじき飛ばされた。が、次の瞬間彼はそのままバックステップで自ら後方の壁へ跳び、勢いをそのまま瞬発力へと変え、壁を蹴る。真正面から突き込まれた剣を横にかわした瞬間、肘と裏拳が胸とあごに入った。剣はフェイクだったというわけだ。
「……ッ…」
 一瞬息が詰まる。アナスタシアをまとっていなければ、肋骨ごと心臓をやられていただろう。
 足にきて、ぐらりと揺れたところへ膝が突きこまれた。目では捉えきれないそれを正悟は勘で受け止める。掌打で剣を飛ばした瞬間お返しとばかりに肘の内側を打たれ、しびれた手から黒曜石の覇剣がこぼれた。互いに武器を失った2人は、そのまま打撃戦へと移行する。
(――速い!)
 この間合いでは、とてもその動きを見切るのは困難だった。歴戦の飛翔術の足運びでどうにかついていっているが、こぶしや足を見ながらではついていけない。相手の目線、肩の動き、重心の移動、そこから予測するしかなかった。読み違いで何発か受けたが、それも回数を重ねることで徐々に改善され、受け止められるようになる。そうなれば反撃の応酬も可能になった。
「はっ!!」
 紙一重ですかし、カウンターでみぞおちへ入れた蹴りが少年を背後へふっ飛ばす。
「完全に入ったっていうのに……人間だったらしばらく立てないレベルだぞ。ったく」
 すべった先、全くの無表情で起き上がった姿に舌打ちをする。
 虹色に輝く銀髪、赤い目。こうして間近で見たドルグワントは、いやになるほど記憶のなかのドゥルジとそっくりだった。あくまでも外見は。
 だが違う。戦ってみればすぐ分かった。ドゥルジはこんな無機質な戦いはしなかった。このドルグワントに比べれば、人間的でさえあった。
 ドルグワントはロボットも同然だ。内側ではカチカチ歯車が動いているんじゃないだろうか?
「こいつらが最終型だって? あのドゥルジよりすごいっていうのか?」
 高速の跳び蹴りを両腕でブロックする。足首を掴み、壁にたたきつけ、断罪の覇剣ツュッヒティゲンで縫いつけた。
「こんなのは、ただ速いだけの機械だ」
「科学者たちが重視したのは、バランスよ」
 正悟の独り言に、オルベールが答えた。
「力だけならアエーシュマさまで完成していたわ。でも精神が不安定だった。常に自分という存在の意義を確認せずにはいられず、アエーシュマさまにとってそれは奥さまのアストーさまでも息子のドゥルジでもなくて、殺戮だったの…」
 標本のように縫い止められたドルグワントを見ながら、どこか遠くを映した目で淡々と語る。それは完全に正悟の知るオルベールではなかった。
「ベルさん…」
「んっ? なぁに? 正悟ちゃん」
 振り向いたオルベールは、もういつもの彼女で、正悟はかける言葉を失ってしまう。
「あ、いや。その――」
「きゃあああっ!!」
 正悟の言葉にアスカの悲鳴が重なった。
 壁に投げつけられた彼女を真空波の雨が襲う。
「アスカ!!」
 鴉が蒼白した顔でその名を呼んだが、もう1体のドルグワントと組み合っている彼に助力に入る余裕はなかった。
 アスカの手のなか、盾としたハイパーガントレットが砕け散る。魔鎧のホープが体の大部分を覆って保護していたが、それでも全部ではない。露出している肌に次々と裂傷が走り、赤い血が流れた。
「アスカ!」
 カタクリズムで相殺する風を起こそうとするオルベールよりも早く、正悟がドルグワントへタックルをかける。結果的に、それは鴉と戦っていたドルグワントも巻き込むことになった。
 そのまま階段から突き落とす。
「行け!!」
 駆けつけようとする気配に向かって正悟は叫んだ。どんな攻撃にも対処できるよう、目は油断なく踊り場で折り重なっているドルグワント2体を見ている。
「でも!」
ここは俺が引き受けた」
 それを聞いて、ぴたりとアスカの足が止まる。あれは、自分へ向けた言葉だ。
 アスカと目を合わせた鴉も、それを裏付けるようにうなずいた。
「アスカ、どうしたの? 正悟ちゃんを助けないと!」
「……行きましょう、ベル」
「えっ? でもっ」
「いいから。早くですわぁ」
「えっ……ええっ?」
 ぱたぱたと走り去っていく足音。とまどい、乱れた足音がなかに1つ。きっと、振り返り振り返り走っているに違いない。オルベールに向け、正悟は背中越しにひと差し指を立てて見せた。
「貸し、1つ」
 聞こえたかどうかは分からない。だがきっと、意味は通じただろう。それでいい。
「さて。アナスタシア、おまえも彼女たちと先に行け。家族だろ? お節介してこい」
 正悟の言葉にアナスタシアは数秒の間考え込む素振りを見せた。が、人化はしない。
「アナスタシア?」
「家族と言うなら、正悟ももう私の家族よ。それに、私なしだと今回の戦い、かなりキツいんじゃない?」
「……まいったな」
 格好つけさせてもらえないことに苦笑が浮かぶ。
 直後、下からエネルギー弾が飛んできた。彼が対処している間に、もう1体がたった一度の跳躍で距離を詰める。
「家族は助け合わなくちゃ」
 アナスタシアのスキル、オートガードが作動した。




「ここよ、多分! 睡眠漕!」
 エネルギー弾、真空波が無数に放たれるなか、息をきらせてオルベールはドアにとびついた。だがドアは開かない。
「ロックがかかってる。番号……番号は、えーと…」
「ベル?」
「待って、今思い出すからっ」
 あせって思い出そうとしているオルベールを見て、龍鱗化した体を盾としていた鴉が舌打ちをする。
「ち。しかたない。時間稼ぎだ」
「あ、私も行きますわぁ」
 レーザーナギナタを手にドルグワントへ向かって行く鴉を見てあわててアスカもついて行こうとするが、鴉が止めた。
「おまえはそいつのそばで警戒していろ!」
 彼はすでにドルグワントとの戦い方のコツを掴んでいた。武器のリーチを利用して間合いを詰められないようにし、攻撃されたときはひたすら防御に徹する。
「僕が破壊しようか?」
 何度も入力ミスを繰り返すオルベールの姿を見かねてホープが提案すると同時に、ドアは開いた。
「開いた!
 早く戻ってきなさい、バカラス!!」
 それからの作業は早かった。研究室のドアも窓も特別製らしく、ドルグワントの攻撃にもびくともしない。石が集められている睡眠漕は、簡単に見つかった。
「やっぱりここだった。さあ、目覚めてドゥルジ」
 喜々としてオルベールは睡眠漕の側面についた制御盤を操作し、睡眠漕内へエネルギーを流す。
「これで彼がよみがえるんですの〜?」
 アスカは半信半疑だ。なにしろ、ただの砂利がカプセルベッドに入っているだけにしか見えないのだから無理もないが。
「ええ。崩壊死していなければ。活性化している石が残っていれば、それが核となって結合するはずなの」
 活性化・不活性化は人の目では判断できない。祈る思いで両手の指を組み合わせたオルベールの前、エネルギーが睡眠漕に満ちる。直後、一部の石が動いた。エネルギーを得た石は次々と互いに結合し、人の体を形作っていく。ものの数分で睡眠漕のなかは「ドゥルジ」とそれ以外の砂利に分かれた。
 石膏のようだった肌が健康な人間の黄色に変化して頭部が髪とそれ以外に分かれる。まつげが揺れてまぶたが開き、赤い目が徐々に焦点を結び始めた。
「ここは……睡眠漕、か?」
「ああ、ドゥルジ……やっぱり生きてた…」
 身を起こしたドゥルジの足元にしゃがみ込み、アスカの腕のなかでオルベールは声もなく泣いた。
 最初、ドゥルジはオルベールをシャミと認めなかった。それはしかたのないことだ。姿が全く違う。ドルグワントのシャミは、白金の髪をしてほおにDのマークを入れていた。しかし「シャミ」という名前はドゥルジが与えたものだということ、A00118というナンバーを答えられたこと、そして睡眠層を操り彼をよみがえらせたことで、まだ完全には信用しきれないながらも納得させることに成功した。
「おまえがシャミとして、それでなぜ俺を再結合させた?」
「えっ? なぜ、って…」
 オルベールは言葉に詰まった。まさかこんなことを訊かれるとは思っていなかったのだ。
「ドゥルジは……よみがえることができて、うれしくないの…?」
「うれしい? 俺が? なぜ?」
 はっ、とドゥルジは嗤う。その小ばかにしたような嗤いにカチンときた鴉が、ドンと睡眠漕にこぶしを打ちつけた。
「おいきさま、なんだその態度は! おまえをよみがえらせるためにこいつがどれだけ苦労したと思ってるんだ!」
 普段いがみ合っている自分にまで「助けてください」と頭を下げたっていうのに……だからこいつはきらいなんだと、憎々しげににらみつける。そんな鴉を見て、ドゥルジは鼻を鳴らした。
 片膝を引き寄せ、両腕で抱き込む。
「こんなことは何もならない。俺はじきに崩壊死する」
「なんだと?」
「俺の体は10年以上も前にシラギに消滅させられている。その上この前の戦いでさらに人間どもに砕かれたからな。今この体を形成しているのはほとんどが母の石だ。母と俺はベースからして違う。ザリとタルウィはいとこ関係にあったから遺伝情報もある程度似通ってはいるが、完全適合はしない」
「そんな…」
「加えて、母は機能不全因子保持者だ。しゃべれず、足も動かず、臓器も大半が不全。俺がおとなしく睡眠漕へ入れば「新しいアストー」を創らないで再調整してやると科学者どもは言っていたが、結局治せていなかった。あの嘘つきどもめ…。
 おまえが本当にシャミなら理解できるはずだ。今すぐというわけじゃないが、長くはもたないだろう。俺のオリジナルはほんのわずか、今では肩上ぐらいしかない。すぐに母の不全因子に浸食され、崩壊死する」
「じ、じゃああなたを助ける手段はないの!? あるなら教えて!」
 必死に訴えるオルベールの姿にも、ドゥルジの心が動かされた様子はなかった。
「なぜ? 俺がこの世界で生きることに、何の意味がある?」
 かつては母・アストーのためにこの世界でも生きることに意味を見出して、アエーシュマの石を集めた。不足する分、己の石を与えてでもアエーシュマをよみがえらせたなら、きっと母は喜んでくれるに違いないと思った。だがその母ももういない。この睡眠漕のなかで自分だけが目覚めたということは、そういうことだ。
 母の石は不活性な物ばかりで、活性化した石は1つもない。つまりは核とする石がなく、完全に崩壊死しているということ。
「俺に価値はない。存在する意味もない」
 その声に自己陶酔や憐憫などはなかった。ただ事実を告げているだけ。
 そんなドゥルジの姿に、それまでずっと無言だったホープが口を開いた。
「ふーん。ま、本人が納得してるんだったらそれはそれでいいけどさ」
「全然よくないわよ! 何言ってんの!」
 打ちかかってきたオルベールの両手を、しっかり掴み止める。
「ちょっと黙って。
 ね。崩壊死するにしろ、その前に少し教えてくれないかな?」
 ホープは調査隊が襲撃されてから今までのことを、分かっている限りで話した。
 ドゥルジの顔に初めて軽い驚きが走る。
「Dが起動している? 俺が目覚めたときは停止したままだったが」
 というか、数千年も放置されていたのにまだ動く機体があったのか。
「俺が起きていたときは、Dは科学者どもの命令しかきかないようプログラムされていたが……あのあと変更されたのか」
 だとすれば惜しいことをした。あのときやつらを目覚めさせて使用していれば、人間どもにむざとやられたりはしなかったものを、とのつぶやきを聞きとって、鴉は眉をしかめる。――やはりこいつは油断ならない。
「そこは解除されてないわ……多分。彼らはが知る限り、自分にはむかう可能性を与えたりしなかった」
「俺が反抗的で手を焼いていたからな。
 とすると、だれが動かしている? まさか科学者どもが生きていたとでも言うつもりか? あれから数千年経つのに」
は、多分……ルドラじゃないかと…」
「ルドラ?」
「アンリ博士が創っていたAI」
「ああ。そういえば『繭』で何か夢中になって創っていたな。完成していたのか」
「確証はないけれど…。
 でもはただのメイドだったし、彼らが何をしようとしていたかまでは知らないの。ドゥルジ、あなた知らない? あなたは彼らの実験に参加させられていたでしょう? 何か耳にしなかった? 彼らは何をしていたの? どうやったら止められる?」
 全員が固唾を飲んで彼からの返答を待っている。その姿に、ドゥルジは失笑をこらえきれなかった。
(俺を崩壊死させようとした人間どもが、俺から拝聴しようというのか。つくづくおかしな話だ)
 だが、まあ、科学者どもに義理もない。第一、あれは数千年も前のことだ。
「何をしようとしていたもなにも、今さら――」ふと、あることに気付いたようにそこで言葉を切る。「……女神か? 彼女が……いや、まさか。そんなことは…」
「ドゥルジ?」
 皮肉めいた笑みの一切を消し、面を上げたドゥルジの、意志力のこもった赤い瞳が真っ向からオルベールを射抜く。
「ディーバ・プロジェクトを止めたいのなら、簡単だ。おまえたちの力で今すぐこの俺ごと母の石を消滅させればいい。やつらが何を目論もうが、母の石がなくなれば達成はほぼ不可能になる」