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あの頃の君の物語

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あの頃の君の物語
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魔法使いになりたくて〜遠野 歌菜〜

「歌菜〜、みんなで帰りに寄り道しようと思うんだけど、歌菜も行かない?」
「新しいプリクラ、すっごくキレイに撮れるんだよ。歌菜も行こうよ!」
 友達の誘いに、遠野 歌菜(とおの・かな)は両手を合わせた。
「ごっめーん、今日はピアノのレッスンがあるから、またね!」
 荷物をカバンに詰めて、歌菜が急いで帰っていく。
「歌菜、ピアノ好きだよね〜」
「ほんとほんと、私なんてサボりたくなっちゃうのに」
「やっぱり遺伝かね?」
 また今度誘おうと話しながら、歌菜の友達たちも教室を出た。


「パパ、ただいまー!」
 歌菜が帰ると父の遠野 アリョーシャが迎えてくれた。
「おかえり、歌菜。手を洗ってお茶を飲んでからでいいよ」
「はーい!」
 歌菜のピアノのレッスンは家で行われる。
 なぜなら歌菜の父アリョーシャがピアニストだからだ。
 歌菜の家は電車で30分ほどでデパートや娯楽施設が揃った都心に出ることが可能な郊外の一軒家。
 商店街も近くにあり、緑豊かな割に便利な場所なのだが、それでも九州の田舎なため、アリョーシャのようなドイツ人は珍しく、ちょっとした有名人だった。
 青の瞳の父は歌菜の小学校の父親参観でも目立ち、友達に「歌菜ちゃんのお父さんかっこいいね」と褒められ、歌菜は照れながらもうれしかった記憶がある。
「あらあら、歌菜、帰ったのね」
 歌菜が手を洗っていると、外から母・遠野 晃の声が聞こえた。
「あれ、ママ。パートの帰り?」
「今日はパートがない日だから、コウの散歩を長めに行ってあげたのよ」
 晃の声に、飼い犬のコウの「わんっ!」と鳴く声が重なる。
「お土産も買って来たわよ。商店街に出来たパティスリーのケーキ。歌菜食べたいって言ってたでしょ?」
「うんうん! うちの商店街にあんなオシャレなケーキ屋さんが出来るなんてビックリだよね、ってみんなで言ってたんだ! 食べたい食べたい! 明日、みんなに自慢する!」
「それじゃコウを繋いでくるから、ヤカンかけておいてちょうだい」
「はーい!」
 歌菜は台所に行って、ヤカンに水を入れてコンロの火を点けた。
 コウを繋いだ母が戻ってきて、お皿とフォークを用意して、ケーキの箱を開ける。
「はい、歌菜とお父さんはどれがいい?」
「お母さんが買ってきたんだから、お母さんから選ぶといいよ」
「あら、お父さんってば、私は最後でいいですから」
 譲り合う両親を微笑ましそうに見ながら、歌菜は自分の好きなケーキを選ぶ。
 そして、3人でケーキを食べ終わると、父が言った。
「それじゃ、ちょっと休憩が長くなったが、レッスンを始めるか」
「はーい!」
 歌菜は楽譜を用意して、父のレッスンを受けに行った。


「ちょっと歌菜、聞いたー? 美優の話」
「美優ちゃんがどうかしたの?」
「C組の男の子に告白されたんだって。2人、付き合うらしいよ」
「えー、本当?」
 マンガの中だけだと思っていた告白や付き合うという話に、歌菜は驚いた。
 それを聞いた帰り道、歌菜は恋について考えた。
「パパみたいな白馬の王子様、居ないかな…」
 歌菜にとって父は理想の男性だった。
 父と母のような恋がしたいと思っているのだが、それはとても遠い話のようで。
 父は母を「魔法使いだ」と言っていた。
 きっとそれは恋の魔法なんだろうなと、歌菜は思った。


 気付くと歌菜はもう家に着いていた。
「あ、手紙が来てる」
 ポストから手紙を取り出す。
 それは父の叔母からの手紙だった。
「大叔母さんからだ」
 父自体は日本好きの両親と共に帰化しているのだが、他の親戚は今でもドイツに住んでいる。
 父の親族はわりとマメでクリスマスカードなどが折に触れて送られて来る。
 ところが、母の親族からは来ない。
 小学校の時に友達が「ママの家に里帰りする」とか言っていたが、歌菜の家はそういうことはなかった。
「なんでかなー」
 そう思いながら、歌菜は家に入った。


 今日は父も母も家にいなかった。
 歌菜は弾いてみたいと思っていた曲があり、その楽譜を探しに父の本棚を見に行った。
「う〜ん、出てこない」
 それらしい楽譜を見つけた歌菜は、楽譜を出そうとしたのだが、本棚いっぱいに楽譜が詰まっているため、なかなか出てこない。
「えいっ!」
 気合いを入れて歌菜が引っ張る。
 すると、見事に楽譜が出てきた。
 しかし、その勢いのせいで、他の本も出てきてしまった。
「え、え……きゃあっ!」
 ザザザザザっと落ちてきた本に飲み込まれ、歌菜は自分の頭を撫でた。
「う〜痛っい……」
 泣きそうになった歌菜だが、自分の手元に手紙らしき紙があるのに気付いて慌てた。
 少し古い感じの紙なのに気付き、歌菜はあっと思った。
「もしかして、ママからパパへのラブレターかな。ど、どうしよう、破れてたりしたら」
 慌てて拾いあげた歌菜だったが、その手紙にはラブとは無縁の厳しい言葉が並べられていた。
『あなたがうちの娘を奪ったせいで、代々続いた我々の東洋魔術が途絶えようとしています』
 そこから始まる文章は、父を責めるものだった。
「……これ、何?」
 歌菜は自分の知らぬ何かに触れた気がした。


「……ママの家はね、代々魔法使いの家系だったのよ」
 家に帰ってきた父母に歌菜が尋ねると、2人はそろそろ話していい年頃かと思ったのか、事情を話してくれた。
「魔法使いの家では、その能力を落とさないために、魔法使いの家同士で結婚をする。ママにも婚約者が決められていたわ。でも、ある日、ママ、パパのピアノを聞いちゃったのよ」
「ピアノを?」
「パパは大学生の時にあるコンクールで優勝して、その後、全国で公演を行っていたんだ。それでママと会ったんだよ」
「演奏会でママに会ったの?」
 娘の問いに、父は首を振った。
「いやいや、そうじゃないんだ。ママは演奏会に来てくれていたんだけど、出会ったのはその時じゃなくて、その後なんだ。パパが公園で演奏の仕方について考えていたときに階段から落ちかけてね。そこをママが魔法で助けてくれたんだよ」
「あ、魔法使いって、それじゃ本当の意味で……」
「ふふ、あの時パパってばね、魔法に驚くどころか普通に「ありがとう、君のおかげだよ」なんて言ってくれたのよ。もう、ただでさえ、演奏してる姿に一目惚れだったのに、その後はもうメロメロで……」
「ママだって手を取って「大丈夫ですか? 大事な指なのに……」言ってくれたじゃないか」
 気のせいか、段々と惚気になっている気がする。
 でも、逆にその方が聞きやすくなって、歌菜は続きを聞いた。
「ママ、「もうこの人しかいない」って思って、猛烈アタックしたの。パパったら年の差がとか、家のことが……とかいろいろ言ったけど、そんなので止められる想いじゃなかったわ」
「あの時のママは本当にすごかったぞ。許婚にも結婚できないって宣言してきた言いだして。パパはビックリしたが、でも、その想いが本物で……」
「本物で?」
「2人で駆け落ちしたんだ」
「えー!?」
 驚く歌菜を見て、父と母はフォローを入れた。
「あ、でもパパの家族は喜んでくれたんだぞ」
「そうそう、パパの親戚はドイツからもお祝いに来てくれたの」
「……ママの家は?」
 両親のフォローむなしく、歌菜は核心を突く。
「あの家は、まあ、いいのよ。別に魔法使いの家系じゃなくても、実家と折り合いが悪いなんて家はよくあるわ」
「……それでも」
「いいのよ、パパ。あんなこと書いてきてたけど、他の家から養子取ってるんだから、もう放っておいて大丈夫よ」
 さらに何か言おうとする夫に晃は笑顔を向けた。
「駆け落ちでも、私はあなたと一緒になれて幸せよ」
「…………」
 その言葉にウソがないのは歌菜にも分かった。
 でも、父は母と実家の関係を心配してそうで。
 そこで歌菜は閃いた。
『自分が魔法使いになるしかない』
 私が魔法使いになれば、魔法使いの血は途切れない。
 それが証明出来たら、ママは実家と仲直りできる。
 歌菜はそう思ったのだ。
 その考えを隠して、歌菜は母に聞いてみた。
「ね、ママは今でも魔法が使えるんでしょ? 私に魔法を教えて」
 しかし、母の答えはノーだった。
「歌菜には向いていないわ。それよりほら、期末テストがあるんじゃないの?」
「あ、えっと、その……」
 矛先がテストの話になり、歌菜は言葉を濁して、自分の部屋に戻った。
「……ママ」
「歌菜にはこのまま普通の女の子で居て欲しいのよ」
 夫の言葉に妻はそう言葉を被せた。


 母から教えるのを断られてしまった歌菜は、その後、母の部屋にあった魔道書を見つけ、ひっそりと1人で勉強を始める。
 しかし、魔法というものはそう簡単に習得できる物ではなく、魔法使いになる夢は相棒と出会ってから果たされることとなる。