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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

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【神劇の旋律】タシガンの笛の音

リアクション

第一章



「うぅ、やりずらいわ」
 手にしたマシンピストルをかまえたまま、小さくセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が呟いた。
「気をつけて、セレンフィリティ」
「わかってるわよ。だって、このレリーフ一枚割っただけできっとあたしの生涯賃金が吹っ飛びそう」
「なら、余計に気をつけるのね」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)にたしなめられ、セレンフィリティはますます苦い表情をした。
 それにしても、……内部は思ったより、笛の音が響く。
 そう。彼女たちがいるのは、オペラハウスの内部だった。
 別働隊としてリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)も進入しているはずだが、すでにその姿は見えない。
「それにしても……予想よりはるかに、中はおかしくなってるわね」
 銃型HC弐式にダウンロードの上、さらに頭をたたき込んできたオペラハウスの見取り図と、先ほどから進む順路は、ほとんど一致していない。事前にルドルフから聞き及んではいたが、予想以上だ。窓は天井につき、床が壁になり、そうかと思えばドアのむこうは無限とも思える廊下が続く。そして、狂ったような笛の音だけが、館の中にかすかに、しかし常に反響し、谺していた。

 四人は、事前にこのオペラハウスの現在の地図を作成すること、および索敵をルドルフに提案し、許可されていた。潜入にあたっては、薔薇の学舎の神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)の援護があった。最低限の血路を切り開き、次々とあらわれるアンデットをかいくぐるようにして、四人は潜入を果たしたのだった。
「内部は、外よりも敵は少ないようだけど」
 呟いたセレアナはしかし、すぐにその唇を閉じた。クールな表情を崩さぬまま、無言でセレンフィリティと目配せを交わす。
 この先。角を曲がった、通路に。
 何かが、いる。一人……いや、二人。人間か。あるいは?
 銃口にかけた指先に、わずかに力がこもる。敵ならば、倒す。しかし、暴れてはいけない。それがプロの軍人というものだし、なにより……先ほどもセレアナに釘を刺されたばかりだが、このオペラハウス内で大暴れなどしようものなら、さぞかし気持ちが良かろうが、損害賠償も気持ちよすぎるすさまじい額になりかねない。
 その兼ね合いになによりも神経を消耗しつつ、セレンフィリティはセレアナと同時に、俊敏な動きで敵への前に踊り出した。
 ひとまずは、牽制射撃。そして、放電でもって、相手を気絶させる……そう、思っていた。しかし、相手はまったく同じように、セレンフィリティの足下へと発砲した。
「!!」
 鏡。一瞬思ったのは、それだった。鏡のように全く同じ、『自分たち自身』が、そこに立っていた。
「う、そ……!」
 セレンフィリティの緑の瞳が、見開かれた。



「あらん、ずいぶんセクシーな姿ね」
 リナリエッタが、不敵に呟く。
 驚きはしたが、なにが起こるかわからない場所だ。敵が自分の姿を取ることなど、予想の範囲内というべきか。
「でも、私は二人いらないのよぉ? ハーレムの主は、一人でいいの。……消えてちょうだい」
 ためらいなく、カーマインの銃口を自身へとリナリエッタは向けた。その、一方で。
「…………」
 ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)の、常日頃は温和な表情が、ぴくりと動いた。
 いつのまにかベファーナの背後に現れていたのもまた、全く同じ姿をしたモノだった。
 『それ』は、攻撃を仕掛けるでもなく、ただ、ベファーナへと囁きかけてくる。
『……家畜の手足になって何が楽しい……』
 低い声が、笛の音に混じる。それは、自身の声でありながらも、まるで全く異質なもののようにも聞こえた。
『この館を乗っ取ってしまおう……』
 唆す囁きを、しかし、ベファーナは一笑にふした。
「嫌です。今の生活の方が楽しいですから」
 そして、そのまま。間髪を入れずに、ベファーナの手から鋭い雷が放たれた。



「ったく、しつこいな。……ほい、こっから先、通行止めだ」
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、魔銃モービッド・エンジェルで容赦なく迫りくるアンデッドを狙い撃つ。まだ、先行部隊が戻るまでは、この血路を守っておく必要があった。
「あ〜、もう。めんどうかもしれんな、これ」
 ぼやく翡翠の口調はいつもとはまったく違い、レモが見たらさぞかし驚いたことだろう。だがこれも、翡翠の一面ではあった。日頃、そうは出さないけれども。
「次から、次へと出現するようです。厄介です。それでも、減らさないと駄目のようです」
 なかばだだっこをあやすようにそう口にした山南 桂(やまなみ・けい)は、翡翠の傍らでその盾を続けている。彼らの周囲を囲むように火術を使い、足止めを狙う。
「わかってるっての!」
 乱暴に返した翡翠の銃弾が、また一体、グールを土塊と解す。アンデッドたちは、一体一体は脆弱なものなのだが、いかんせん、きりがないのが厄介だ。
「元を絶たないと、無駄なんだろうな」
「の、ようですね」
 再び、ぎりり、と翡翠が奥歯をかみしめたとき、ようやくセレアナたち、そして、リナリエッタたちの四名が、裏口から脱出を果たしてきた。だが、セレンフィリティは負傷したのか、セレアナがその肢体を抱きかかえるようにして支えている。
「こちらです! 一端、ひきますよ」
 四人にそう声をかけ、翡翠は今度は、脱出のために引き金をひいた。





 オペラハウス、外。
 薔薇園の一角ではあるが、今は臨時に天幕がはられ、他校生徒や薔薇学生たちの集合場所として利用されている。
 その中央に位置しているのが、ルドルフの待つ、臨時司令部だった。
「ただいま、もどりました」
 翡翠の先導で、先遣部隊が天幕へと足を踏み入れる。
「大丈夫か? みんな」
 マリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が、六人を出迎えた。その奥にはルドルフと、そして、カールハインツの姿もあった。
「怪我しているようだな。見せてみなさい」
 ぐったりとセレアナにもたれかかったままのセレンフィリティに、マリウスはそう気遣うが、「ありがとう」と答えつつもセレアナは首を横に振った。
「しっかりしなさい、セレフィリティ」
「……わかってるわ」
 ここがルドルフの前だということを意識したのだろう。セレンフィリティは、気丈に立ち上がった。
「内部について、調査できたことを報告するわ」
「頼む」
 ……セレンフィリティとリナリエッタの報告をまとめると、内部は本来の姿とはおおよそかけ離れてしまっている。ただ、おそらく、最深部(実際には地下にあるはずもないのだが、そのように空間がねじれているのだ)にはホールがあり、笛の音はそこから聞こえているようだ。おそらく、レモがいるのは、そのステージの上……ではないかと予測される。
「内部の廊下そのものは、私たちが潜入して、帰ってくる時点で、もう変わってたわ。たぶんだけど、生き物みたいに、変化し続けてるみたいねぇ」
 リナリエッタが、微妙にシナを作りつつ話す。彼女としては、セクシーな男性に囲まれて、なかなか悪い気分でもないのだ。
「それと、私たちは、自分たちの姿をしたものと戦闘したわ。姿だけじゃない、能力も、ほぼ互角といってかまわなかった」
 セレアナの報告に、セレンフィリティの表情が微かにこわばった。
 二人はともに、己との戦闘に勝利はした。したものの、セレンフィリティにとって、自分自身を殺めることは、想像以上に精神的ダメージを負うことだったのだ。
「そうか……。ありがとう、なによりの参考になったよ。君たちの勇気に、心から感謝する」
 ルドルフが労いを口にする、その背後から、カールハインツが尋ねた。
「レモは……どうだった?」
「いや。姿までは、はっきりと確認はできなかったよ。笛の音だけだね」
 ベフィーナが答える。
「どこにいてもやかましかったわぁ。 ……ね、それより」
 猫のように目を細め、リナリエッタは細い腕をのばしてカールハインツの肩に触れた。
「レモ、って言うのね。カールハインツちゃんにはウゲンに見えたって、きいてたけどぉ?」
「最初は、な。だが、あれはレモなんだろう」
 そのまま胸板まで、制服ごしとはいえ撫でまわされ、カールハインツが微かに眉根を寄せる。女性の相手は、あまり得意ではないのだ。
「そーね。ウゲンが脱走なんてしたら、タシガンどころか空京中大騒ぎよ。あ、もしかしたらばれたら不味いって隠してるのかもねぇ」
「お嬢さん、それはないな。そのことについてはもう、ジェイダス様も僕も、確認済みだからね」
 さりげなくルドルフが釘を刺し、リナリエッタの肩をやんわりと叩いた。
「あら、そぉなの。じゃあ、あれはやっぱり、レモちゃんなのねぇ」
「……ああ、そういうことだ」
 カールハインツは深く息をつき、困惑とは違う、苦悩を横顔ににじませた。
「笛の音がそんなにもするといことは、やはり、耳栓は配布しておいたほうがいいだろうな。気休めかもしれないが、ないよりは良いだろう」
 マリウスが報告をまとめつつ、そう提案する。
 生徒たちのために、できるだけのバックアップはしておきたかった。
 エネルギー装置のほうも気にはかかるが、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)とラドゥがそろっている上に、そちらにも生徒はむかっている。そして、レモの説得に関しても、教師である自分よりも、ともに学んだ生徒たちのほうがふさわしいだろう。
 自分にできるのは、その道筋を、少しでも楽にすることだ。マリウスはそう心に決めていた。そして、ルドルフもまた、自身はオペラハウス内部には足を踏み入れる気はないようだった。
「レモには、僕よりも、君たちの声のほうが必要だろうからね」
 信じている、と。ルドルフの瞳は強く生徒たちに伝えていた。

 この情報を生徒たちに伝え、突入部隊と、援護の部隊とをわける。
 本格的なオペラハウス攻略は、二時間後。そう、ルドルフは決断を下した。
「では、私は生徒たちに伝えてくる。それと……本郷!」
 テントから顔を出し、マリウスは本郷 翔(ほんごう・かける)を呼び寄せた。
「はい。お呼びですか」
「彼らを、休ませてあげなさい。場所はわかるな」
「もちろんです。かしこまりました」
 翔は丁寧に答えると、マリウスに一礼し、むきなおった。
「どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
「あらぁ、いいじゃない。あなたがおもてなししてくれるのかしら?」
「私にできることでしたら、なんなりと」
 執事好きのリナリエッタは、それはなによりとにんまりと笑みを作った。

 六人を休憩用にしつらえたテントに案内してから、翔は一端その場を離れた。リナリエッタはかなり残念がったが、翔としてもまだやることはある。
 今回の件に、集まった人間は多い。だが、そこには様々な利害や要因があるだろう。それでも、組織だった行動ができるように、翔はなにかと他校生徒に声をかけ、もてなしつつも様子をうかがっていた。
 すべては、主をたてるために。これもまた、執事の修行のひとつというものだ。
 そんな翔に、「ちょっと、いいかな」と声をかけた生徒がいた。
「はい。いかがいたしましたか?」
「ちょっと、頼み事があるんだ」
 そう切り出したのは、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だった。
「なんでしょうか」
「ちょっとした作戦があるんだ。まぁ、うまくいくかはわからないけどね……。他校生徒で、演奏ができる人間がいたら、協力してもらえないかと思って」
「演奏、でございますか」
 翔は目を瞬かせ、しばし、クリストファーを見つめた。
「もしいるようだったら、僕らのところまでつれてきてくれないかな」
「かしこまりました」
 なるほど、音楽には、音楽で対抗ということなのだろうか。翔はそう思いながら、クリストファーに一礼をし、踵を返したのだった。

 天幕に残されたルドルフは、ふぅ、と小さく息をつく。
「……ヴィナ?」
 ルドルフを見守るヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の視線に気づくと、「なにか言いたげだね」と苦笑した。
「ううん。ただ、てっきり、あなたは前に出るのかと思ったから」
「以前ならね。だけど、今の僕には、もっと大きく守らなきゃいけないものがあるからね。無茶はしないよ」
 そう語るルドルフの表情は、気負いはなく、悠然としたものだ。校長という立場を正しく受け入れつつあることに、ヴィナは微笑んだ。
「ところで、カールハインツくんが言ってたけど……あれはやっぱり、レモくんのようだね」
「ああ……」
「俺は思うんだけど……フルートの魔力もあるだろうけど、根本的には、レモくんが潜在的に怖れているものまたは深層意識が表に出たってことなんだと思うよ」
 ヴィナの指摘に、ルドルフは目を伏せる。
「おそらくは、そうなのだろうね」
「それを克服しなければ、いろいろ困ったことになるだろうね」
「ウゲンか、あるいは自己か……」
 ぽつりとルドルフが呟いた。
 ウゲン、というのはわかる。レモは極端に、ウゲンの影を恐れている。だが、自己というのはなんなのか。
「原因は、レモくんのなかにある、ということ?」
「ああ。……己の一番恐れているものとは、結局は、己の中にあるものだよ。それを他者の存在とすり替えたとき、疑心暗鬼や、諍いがおきる。僕は、そう思うね」
 ルドルフは顔をあげ、ヴィナを見つめて、言った。
「僕は、薔薇の学舎の生徒たちが、美しいだけでなく、寛容という強さをもつ者であってほしいと望んでいるんだよ。その強さは、己自身をも、救うことになると僕は信じているからね」
「ルドルフさん……」
 ルドルフもまた、自らの傷から立ち上がった人間でもある。それを知っているヴィナは、だからこそ、この人を支えていきたいと思ったのだ。
「レモは、大丈夫だよ。きっと、強くなれる」
 薔薇の学舎の生徒の一人として、信じていると、ルドルフはそう願うように口にした。