天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

海の都で逢いましょう

リアクション公開中!

海の都で逢いましょう
海の都で逢いましょう 海の都で逢いましょう 海の都で逢いましょう

リアクション


●EPILOGUE――裏方の物語 

 神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は伸びをした。全身が重い。本当に疲れた。丸太のように横になりたい気分……けれどそれは、心地の良い疲労感でもあった。
 空はようやく翳り始めたところだ。じき夏なのだ。昼間は長い。
 それでも夕方6時になると同時に、拍手をもって交流会は閉幕となったのである。
 さあ、このページでは本日の、紫翠の一日を振り返ってみよう。

 この日の紫翠のスケジュールを決めたのは、前日に彼が呟いたこの一言だった。
「交流会ですか? ……人手は……多い方が良いでしょうから……お手伝いしましょう」
 特に理由はない。ただ、裏方として一日過ごすのも悪くないと紫翠は思ったのだ。
 このため今日はまだ暗いうちから準備にあくせくし、開幕のためにかけずりまわるはめになった。開幕してからも忙しさは収まらなかった。絽の着物をたすき掛けして調理に給仕、材料の仕込み……運営担当者の仕事はそれこそ山のようにあったのである。
 前夜のうちに紫翠は、レラージュ・サルタガナス(れら・るなす)には助力不要だと告げていた。
「レラージュ……楽しんできても良いですよ……こんな機会ありませんでしょうから」
 ところがこれを聞いても、彼女は「いいえ」と言ったのだ。
「でも私だけで、行ってもつまらないですわ。一緒にお手伝い、いたしますわ」
「無理しなくて良いんですよ?」
「これは自然な気持ちですの」
 本心だった。ところが、そんなレラージュにまるきり邪念がなかったと言えば嘘になるだろう。
「いつも、ルダがそばにいるんだから、たまには、私が先手打たせて頂きますわ」
 これは彼女の、心の中の台詞だ。

 そんなわけでレラージュも、仕事の波に呑まれたのである。
 飲み物の注文はひっきりなし、食材不足は秒単位、あちらに呼ばれこちらに走り、しかもその間ずっと、丁寧に微笑みを浮かべ続けなければならない。
 ただレラージュには心の支えがあった。それは彼女が通りかかる都度、自分も忙しいであろうのにねぎらい、微笑んでくれる紫翠の存在だった。
「頼りにしています……」
「さすが……レラージュの仕事はそつがないですね……」
「ありがとうございました……。次は、これを向こうのテーブルに……」
 このような紫翠の言葉ひとつひとつが、細胞レベルで身に染みるように彼女は感じていた。彼の応援さえあれば、どんな無理だってできると思った――あまりの忙しさと暑さで、立ちくらみを起こすまでは。
 そのとき紫翠は全身でレラージュを支え、日焼けに弱い体質にもかかわらず、
「大丈夫ですか? ……日差し強いですから……無理しすぎたようですね? ……少し休んだ方が良いですね」
 と、太陽の下に出るをいとわず、レラージュを横抱きして運ぶと涼しい椰子の下で休ませ、冷たいタオルを額に乗せてくれたのだった。
 自分が立てるようになるまで彼が、じっと動かず看病してくれたことも、レラージュには涙が出るほど嬉しかった。本当は、「少し休ませてもらいますが、あの、そばにいてもらえませんか……?」とおねだりするつもりだったのだが、頼んでやってもらうより、こちらのほうが何倍も感激するものであったのは言うまでもないだろう。
 でもレラージュには、ちょっと残念だったこともある。
 それは自分の頑丈さ。
 たっぷりと二人だけの看病イベント(?)を楽しむつもりが、存外簡単に回復してしまったのだ。結局彼女は、時間にして十五分も横にならなかったと思う。
 もちろん、まだ具合が悪いふりをして延長をはかってもよかったが、紫翠を騙すのはどうしても気が引けてできなかった。
 だけどレラージュは、起き上がりざま、
「ず〜と傍にいて下さったんでしょうか? 有難うございますわ」
 と彼に抱きつき、その白い首筋に唇をあてて吸精するという役得だけは、しっかり堪能させてもらった。
「ええ……もう大丈夫ですか? ……あの、その……人目が」
 いきなりのことに戸惑い赤面する紫翠の姿が、たまらなく可愛かったということも、ずっと覚えておこうとレラージュは心に決めた。

 後片付けも重労働だった。
 かくして、空に星が光る頃、ようやく紫翠とレラージュは帰路についたのである。
 起きたら家に誰もいなかった……ていうか、起きたの実はついさっき、というあまりにも夜型ライフのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は、朝食か夕食か表現に迷うものを買いに出たところで彼らの姿を見つけた。
「お帰り、二人とも」
 言いながら、なんだか妙だぞとシェイドは思ったのである。
 昼になにがあったか知らないが、なんだか紫翠とレラージュの距離が普段より近い気がする。ゲームで言うフラグが立った状態だというのか、紫翠を見上げるレラージュの瞳(め)が、なにやら熱っぽく潤んでいる様子なのも気に入らない。
「レラ、お前、やけに嬉しそうだな? それに顔色良いし、何があった?」
 取調中の刑事よろしく迫るも、レラージュは華麗にこれをかわした。
「秘密よ。でも抱き心地は、最高だったわ。ルダ、あなたは、傍にいるでしょ? いつも」
 なんだか腹の立つ言いぐさじゃないか。というか、抱き心地、だと!
 さらにシェイドの観察眼は、紫翠の肌が全般的に赤みがかっていることを見抜く。
「紫翠? 日焼けしたんじゃないか? 痛そうだぞ……」
 と、様子をみるようにスマートに近づくと、
「どうしたんですか? ……あ〜そう言われると……肌赤いですね?」
 油断している紫翠(まあ紫翠はいつも油断していると言えないこともないが)をターゲットロックオン。そして、
「どれ、よっと」
 レラージュに反応する間を与えず、彼はさっと紫翠の身を抱き上げたのである。
「疲れているだろうから、家まで運んでやるよ。重さは、気にするな」
 いわゆるお姫様抱っこのポーズだ。華奢な紫翠の身は、なるほどなんとも抱き心地がいい。この点だけはレラージュの発言を肯定してやりたいとシェイドは思った。
「ちょっとちょっと、なにやってますの!?」
 クワーと牙を剥きひっぺがそうとするレラージュから駆け足でシェイドは逃げた。もちろん紫翠を運搬しながら、である。
「……だから、抱き上げなくても……重いんですから」
 という紫翠の抗議は聞き流そう。
「待ちなさーいっ!」
 レラージュは全速力するが、さすがに一日の疲れがあってか、なかなかシェイドとの距離が埋まらない。
 風を切りぐんぐん、飛ぶようにしてシェイドは馳せた。紫翠の着物の裾がばたばたと揺れる。
「待てと言われて待つやつがいるか、二人だけで仲良くするなんてズルいんだよ! こっからはオレが紫翠と仲良くする番だ!」
「朝起きられないそっちが悪いのですわ! だから待ちなさいって、このドロボー!」
「うるさーい! だいたい何の『ドロボー』だってんだ!?」
恋泥棒ですわー!」
「レラよくそんな恥ずかしいこと往来で叫べるな!」
「往来でお姫様抱っこ&ランしてるお方のほうが恥ずかしいですわ! ていうかその役交替しなさーい!」 
 こんなチェイスは家まで続いたのであった。
 ちなみに紫翠は抱き上げられている上、人の視線が気になりすぎて彼らの会話はまるで耳に入っていなかったという。

■ □ ■


 
 こうして九校交流会は無事終わった。
 ハプニングはあれどおおむね、大半の参加者にとって充実の一日だったといえよう。
 だが、平穏は訪れるや去っていくのがこの世界だ。むしろ平穏とは、争乱が一時的に被る仮面に過ぎないのである。

 この一日は、きたるべき嵐の前の静けさだったのかもしれない……。


 

担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 桂木京介です。
 今回、シナリオガイドは雰囲気が多少異なりますが、中身は『いつもの桂木』という感じでやらせていただきました。
 楽しんでいただけたでしょうか。海京という特別の場所、特別の状況だっただけに、キャラクターの意外な面も見ることができたかもしれませんね。

 このゲームはアクションこそが命です。
 いいリアクションはいいアクションがあってこそできるもので、多様なアクションと高いクオリティいを保って下さる蒼フロ参加者の皆さんには、執筆中いつも助けられているような気がしています。
 いつも思っていることではありますが、この場を借りてお礼申し上げたいと思います。

 さて次回シナリオですが、桂木個人に関しては、新たな計画がもう動き出しているので、案外近いうちにまた帰ってくるかもしれません。
 それではまた、お目にかかれるその日まで。

 桂木京介でした。

―履歴―
 2012年5月31日:初稿
 2012年6月6日 :改定二稿