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リアクション
2
休みをもらえるのはいつぶりだろうか?
今日は、六本木通信社はお休みで。
そして、天気がとても良いものだから。
「ピクニックに行きましょうか」
六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は、提案した。
空京にある自然公園まで。
きっと、今日のような日はとても気持ちが良いだろうから。
お昼ご飯にはサンドイッチ。飲み物は紅茶。レジャーシートも用意した。
どうでしょうか、とバスケットを掲げてアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)、ミラベル・オブライエン(みらべる・おぶらいえん)、麗華・リンクス(れいか・りんくす)に尋ねてみる。
「いいんじゃないか」
最初に麗華が頷いた。次いでミラベルが「行きましょう」と微笑み、アレクセイが黙って立ち上がる。自然に優希の隣に立って、
「どこまでだ?」
言外に、行くと言ってくれた。
隣に居てくれるのも嬉しくて、勝手に笑顔が浮かんでくる。
「空京の自然公園です。楽しい日にしましょうね」
自然公園に到着すると、ミラベルと優希が「あたしは自然に居るほうが落ち着く」だとか、「麗華様とお話がしたいですわ」と言って芝生広場へ行ってしまった。今日、あの二人はちょっかいを出す気はないらしい。
二人きり。
アレクセイは、ちらり、麗華の表情を窺った。途端、目が合う。
「あ、と」
「……とりあえずその辺回るか」
「はいっ」
他愛も無い話を交わしながら芝桜や薔薇を見て、公園内を散策する。
ひとしきり回り終わる頃、二人は川辺に出ていた。せせらぎの音が、水辺の空気が、なんともいえぬ心地良さをくれる。
「ここで食べましょうか」
「ああ」
シートを広げて、その上に座って。
優希が作ってくれたサンドイッチを頬張る。
「……どうですか?」
「美味いが」
率直な感想を伝えると、優希が嬉しそうにはにかんだ。
「良かった。一生懸命頑張って作ったんです」
「美味い」
「な、何度も言われると、照れます」
「美味い」
「からかってるでしょうっ。もうっ」
食事を終えると、優希がこほんと咳払いをした。何だ、と思って彼女を見ると、ぽんぽん、と太ももを叩いていた。
これはもしや、
「あの。……膝枕、してあげたいんですけど……」
予感的中。
川辺で、公園内よりは人気がないとはいえ。そこそこ人目はあるわけで。
「さすがに恥ずかしいが」
「……だめですか?」
悲しそうな顔で、優希が俯く。卑怯だ、とアレクセイは思った。そんな悲しそうな顔をされると断れなくなるじゃないか。
無言で横になり、頭を優希の足に乗せる。
「……えへへー」
「笑うな」
「だって。いつも取材や冒険で、恋人らしいことができなかったじゃないですか。だから、こういうのが嬉しくてですね」
「足、痺れても知らないからな」
「大丈夫です、崩しますから」
「そういう問題か」
寝転んで見た空は、すごく高くて明るくて。
少し、目がちかちかした。
「アレク」
「?」
「私は、出会った頃から変われていますか?」
突然の問い。アレクセイは考える。
そんなの。
「取材や冒険をしているときは、気にしないようにしているのですが。……それでも時々、自分に自信が持てないことがあります。
本当にこのやり方で合っているのか?
もし間違っていたらどうしよう?
……なんて、不安に駆られる時があるんです」
「…………」
「正しいかわからなくても、自分なりに頑張るしかないんですけど。そうできるように務めてますけど。
……こんな私は、少しでも前に進めているんでしょうか。……強く、なれているのでしょうか?」
アレクセイは、ひょいと起き上がり目線を合わせ。
「お前は変わった」
端的に、伝える。
「え、」
「俺様とユーキが契約したての頃は、お前、中々自分で物事を決められなくて、いつも俺様の後ろに隠れていたぞ」
「む、昔のことですよ」
「そうだ。昔のことだ。
あの時俺様は、本当にこれでよかったのか、とたびたび思った」
「…………」
「だけどな。今は違う。ユーキは両親と和解することもできたし、今日みたいに自分でやりたいことをできるようにもなってる」
これを変わってないと言うなら、何を以って変わったと言えばいい?
「……それでも、不安になったときは。アレクを頼って良いですか?」
「当たり前のことを聞くな」
アレクセイと優希は、『パートナー』だ。
パラミタでの。また、可能なら人生においての。
「俺様にできることならしてやるよ。そう思ってるのはミラやヤマネコも同じだぞ」
「ミラさんや麗華さんも、ですか?」
「ああ」
「想われてますね。私」
「だからそう悩むな。一緒に居てやるから」
ぽん、と頭を抱えるようにして抱きしめる。と、優希がくすぐったそうに笑った。
「このままちょっと、お昼寝していいですか。横になって」
「このままって。俺様ユーキを抱きしめて寝るのか?」
「そうしてくれたら、嬉しいですけど」
「……はあ」
恥ずかしいけど。照れるけど。
まあ、嫌じゃないし、今日くらいは甘やかしてやろう。
一方その頃、ミラベルと麗華は。
食事を終えて、お茶も飲んで。一息ついたので、キャッチボールをしていた。
キャッチボールをしようと提案したのはミラベルだ。聞いた話に、こうしていると本音で話しやすいとあったので。
「麗華様」
「ん?」
「こういう機会ですし、麗華様には一つ訊いてみたいことがあります」
白いボールが、弧を描いて飛んでくる。
ぱすん、と受け取って、振りかぶって、投げて。
「わたくしは、今のままで良いのでしょうか?」
料理ができる。
料理だけじゃなくて、家事全般ができる。
それで優希たちの役に立てているけれど、だけど、いざ戦闘になってみればどうだ。誰よりも役に立たない。見劣りする。
「何より、今もすぐに道に迷ったり、影が薄かったり。……これ、駄目だと思うのです」
最近は、優希も忙しそうで。
だから、役に立てている実感は日ごとに薄くなってきて。
彼女はどんどん変わっていって。
足踏みしている自分はどうか、なんて。
「あたしの目から、あの二人を見たら」
再びボールが返ってきた。取り損なって、芝の上をボールが転がる。
「まだまだ若いし未熟なところも多い。だろ?」
落ちたボールを拾い上げ、ミラベルは麗華を見た。軽く右手を挙げている。投げてこいと言われた気がして、拾った位置からボールを投げた。ぱすん。
「突っ走って危なくなった時や、困った時に助けられるように、年長者らしくどっしり構えていれば良いのではないか」
「良いのでしょうか。それだけで」
「強さには様々な形がある。それは、戦闘力や技術だけではない。
後ろで支えてくれる人がいると思えることも、また強さだ」
「…………」
「何かあったときには、頼りにさせてもらうぞ。糸目」
頼りに?
わたくしが?
「……なりますか?」
「ならなきゃ言わん」
ふっと笑って、麗華がボールを投げてきた。
白い球は、青い空によく映えた。
*...***...*
「天気も良いですし、こんな日はみんなでピクニックへ出かけるのに最適だと思うんです」
と、提案してきたのはマリア・テレジア(まりあ・てれじあ)だった。
「ピクニック」
飛鳥 菊(あすか・きく)は、マリアの言葉を繰り返す。
確かに、今日はとても良い天気だ。
空が、青く澄んで、高くて。
気温も、暑すぎず寒すぎずで丁度良い。
のだが。
「…………」
にこにことした、マリアの笑顔を見ていると、どうも。
――何か企んでんじゃねえの……?
疑心暗鬼に陥ってしまう。
とはいえ。
――ここんとこ、ニルヴァーナとか物騒なことばっかだったしなー……。
息抜きも必要だろう。
それに何より、
――あいつと出かけるなんて……久しぶりだな……。
「あらあら菊ちゃんたら、にまにましちゃって。何を想像しているんでしょうね」
「なっ、にまにまなんてっ」
「さ! 行くと決まったらお洒落しなくちゃいけませんよね!」
「待て、まだ行くなんて言って、」
「やはりここはいつもと違った感じでいった方が良いと思います☆」
「ひ、人の話を聞けええぇぇえ……!!」
「いやあ……木陰で見る芝桜と薔薇も綺麗やなぁ……」
木陰に入り、芝桜を見上げながらエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)は呟いた。
「天気もええし、風は気持ちええし。ほんまやったらなんも言うことないのになぁ……」
ちらり、隣を見る。
隣にいるのは、大切なあの人ではなくて。
「なーんで阿呆悪魔とやねん」
「なーんで馬鹿天使となんだよ」
声が重なった。漣 時雨(さざなみ・しぐれ)に視線を向ける。向こうもジト目でこっちを見ていた。
「「…………」」
しばし黙り、ため息。ため息を吐くタイミングまで同じだった。やめてくれと言いたい。
「同じこと考えんでおくれやす、きしょいわ」
「あァん? そりゃこっちのセリフだろうが」
「ああ騒がし。せっかくのええ日やのに、台無しやわ。せめて永遠に黙っとき」
「黙って聞いてりゃてめえこの矢印野郎! やんのか、表出ろ!」
「黙っとらんし。ここは表やし。ほんまあほくさ……」
時雨相手に仲良く歓談なんて出来る気がしないし、一緒に見ていてもつまらない。
「何でオレだけには毒舌全開なんスかねこの優等生サマはよー……」
ぶつくさ言っているようだけど、全て無視した。構うだけ面倒くさい。
――はよ菊とマリアはん来んかなぁ……。
「すみません、お待たせしました……!」
想いが届いたのか、二人のことを考えたときにマリアの声が聞こえてきた。
ぱ、っと声の方向に向き直ると、
「…………」
言葉を失った。だって菊の格好が、……。
「おー、……おー。馬子にも衣装?」
「う、うるっせ! 黙れこっち見んな! マジ見んな!」
「いやいや。物珍しいからガン見ですよ。何どういう心境の変化だよ。意外と似合ってんじゃねーか」
「ううううるさい! ま、マリアが無理矢理……っ!」
「まあまあ菊さん。時雨さんはスルーで結構ですよ」
「おいマリア? 何気に扱い酷くねえか」
「それよりエミリオくん、どうして固まっちゃうんですか。まあ、思った通りの反応なんですけど」
ひらひらと、誰かが目の前で手を振っている。邪魔だ。菊の姿が見えない。
「はっはーん」
なにやらムカつく声がしたが、それもきっちり認識できなかった。
「なあ、お嬢さん。あっちにオープンカフェがあったし、ちょっくらケーキでも買いにいかね?」
「まあ、ケーキですか。素敵ですね、では早速参りましょう。菊ちゃんとエミリオくんはお弁当を見ていてくださいね〜」
そして、なにやら騒々しかった声が消え。
「…………」
「…………」
「……おいエミリオ、何か言えよ! 俺一人、なんか……なんかこう、恥ずかしいだろうがっ!!」
胸倉を掴み上げられて叫ばれた。はっ、と我に返る。
どきどきする。菊の顔が近い。真っ赤だ。何に照れているのだろう。格好? そういえば、マリアに無理矢理、とか。着せてもらったのだろうか。ふわふわなフリルがたくさんあしらわれた、可愛らしいドレスを。
――よぉ似合うなぁ。
いつもの、ぱきっとした格好も素敵だけれど、こういう女の子らしい格好も、また。
しかしそんな菊から発せられる声は、
「正直に答えろよ……」
ドスの利いた低い声。
「え、な、何?」
「……、…………」
言い出そうとして、言葉を飲み込んで、そっぽを向いてと、菊は視線を泳がせている。落ちてきた花びらが、菊の髪に引っかかるのをぼんやりと見ていた。
「あのな」
「うん」
「その、」
「うん」
「……きょ、今日の俺は、どうだ!!」
「どうだ、って」
何を言われるかと思えば、ああ、びっくりした。
「そんなん。めっちゃかわええ、に決まっとるやろ?」
微笑んで、花びらを取ってやる。同時に、鳩尾に衝撃。菊が、タックル同然に突っ込んできていた。至近距離からこの威力、やはり侮れない。
唸りそうになりながらも受け止めると、
「……シエスタの時間だっ!」
菊が言ってのける。
「シエスタって。僕抱いたまんま?」
「ま、枕ないと寝れねんだよ! お前なってろ」
「なんや、今度は枕かい」
「うるさい、枕になるもの使用人の役目なんだよ!」
「僕、使用人とちゃうねんけど」
言葉に反して、それでもいいか、と思いながら髪を撫でる。
「菊」
「……なんだ」
「耳、真っ赤やねんけど」
「う、うっさい! Un sciocco!」
「元気ならええわ。ふあ……なんか、ねむなってきた……僕も、寝てええかな……?」
「す、好きにしろよ。シエスタの時間、なんだからっ!」
身体に感じるは、太陽と、大切な人の体温。
――なんやほんま、落ち着くなぁ……。
ほんの少しだけ、少しだけ抱き寄せて。
「おやすみ」
「あいつらおもしれェ」
くくっ、と忍び笑いを漏らしながら、時雨は言った。
「ああ……これだから、恋って最高……!」
ビデオカメラを回しながら、恍惚とした声を上げるのはマリアだ。
「時雨さん、良い仕事をしてくれました」
「あン? ああ、二人きりにさせるやつな」
ケーキを買いに行くと言ったのは嘘だ。あの、鈍行でしか進まない二人の関係を動かしてみたくなって。
――動いたのかどうかよくわかんねェけど。
まあ、仲睦まじい様子が見れて何よりだ。
「んじゃ、適当に戻るか」
「えっ? ケーキ、買って行きましょうよ」
「は? マジで買うの?」
このオレが、可愛らしいケーキを食べると言うのか。
「はい」
マリアは、曇りない目で時雨を見ている。
口は災いの元、とはこのことだろうか。
「カフェのこと、言うんじゃなかったぜ……」
「ミルフィーユ、あると思います?」
「好きなんかよ」
「はい。食べづらいですけど。可愛らしいじゃないですか」
「じゃ、オレには最も合わねぇな」
「どうしてですか? 意外と合うと思いますけど」
「なんでよ。ないわァー」
他愛のない話をしながら、来る時見かけたオープンカフェまでの道を、歩く。
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