天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

雨音炉辺談話。

リアクション公開中!

雨音炉辺談話。
雨音炉辺談話。 雨音炉辺談話。

リアクション



19


「今日を楽しい日にするために、クロエにプレゼントがみっつあります!」
 と、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は宣言した。クロエは、大きな瞳をきょとんと疑問に揺らしている。
「じゃーん。雨具三点セットー♪」
 笑顔で取り出すは、花柄の傘とレインコート。それからこちらはシンプルに一色使いのレインブーツ。
「わ、あっ」
「どうどう? これがあったら、雨の日でもへっちゃら! って気がしない?」
「する!」
 やっぱりクロエも女の子。身に着けられるものを新調するのは嬉しいし、テンションも上がるのだろう。
 早速レインコートを羽織ってみせるクロエに、
「お出かけしよっか?」
 美羽は、誘いの言葉を向ける。
「どこへ?」
「どこでもないよ。お散歩がしたかったの」
 梅雨は、雨が降り湿度が上がり不快指数が高いので、どうしても家に篭りがちになってしまうけれど。
 思い切って外に出てみると、この季節にしか見れないものがたくさんあることに気付ける。
「それをね、クロエにも見せたいの」
 例えば、紫陽花から顔を覗かせているカタツムリとか。
 雨を喜ぶカエルが歌う、大きな声での合唱だとか。
 雨上がりに空に架かる虹の橋とか。
 どう? とクロエに再度問いかけると、クロエはこっくり頷いた。
「いく!」
「よぉし! じゃー競争だっ!」
 言うが早いか、美羽は走り出す。
 工房のドアに辿り着いたところで、
「きゃははっ、まってー!」
 クロエの声がした。「待たないよ!」と笑いながら言って、ドアを開けて傘を差して、ダッシュ。
 するとクロエも本気で走る。異常に速い。ろけっとだっしゅだ。負けていられないと美羽もロケットダッシュで対抗する。
 が。
 ばきゃっ。
 二箇所でほぼ同時に、破壊音。
「…………」
「…………」
 美羽も、クロエも、足を止めて。
 見るは、ダッシュに耐えられなかった傘。
「あー……ま、こうなるよねー」
 レインコートのフードをかぶって、濡れないようにしたところで、美羽はぽつりと呟く。
 骨がばきばきに折れて、パラボラアンテナのようになった傘。
「でも、これはこれで乙ってやつかも?」
 笑うと、しょんぼりしていたクロエが吹き出した。
「へんよ!」
「変だけどね!」
 美羽も笑っていたら、笑い声に呼ばれたようにコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が追いついてきた。
「二人とも速いです……ってなんですかその傘!」
「濡れるよ、美羽! クロエも!」
 慌てた様子でベアトリーチェが言った。コハクも、美羽に向けてさっと傘を差し出す。
「クロエちゃんはこっちへいらっしゃい」
 ベアトリーチェも、クロエが濡れないようにと自分の傘に招いた。
「全く『……無茶するんだから」
 小さく息を吐いて、コハクが呟く。
 ごめーん、と軽い調子で謝ってから、気付く。
 ――これって、相合傘?
 傘の下で見るコハクの顔は、いつもよりなんだか凛々しく見える。
 ――傘の影で、かなぁ?
 意識すると少しどきどきしてしまって、ほんのちょっとだけ距離を空けようと、
「何してるの、美羽。濡れるよ?」
 したけれど止められた。
 ――でもさ、だってさ、この傘。
 たいして大きくない傘に、小柄とはいえ二人入ろうとすると、どうしても肩と肩が触れ合うくらい密着してしまうわけで。
 どきどきを悟られないように、息を殺して歩いた。
 もう一度、ちらりと窺ったコハクの横顔は。
 変わらず凛としていたけれど、頬が赤く、見えた。


「相合傘ですね」
「ね!」
「クロエさんは誰かとこうしたこと、あります?」
「リンスとしたこと、あるわ」
 それはたいそう微笑ましい光景だったのだろうなあ、とベアトリーチェは微笑みながら頷いた。
 前を歩く美羽たちの後ろを、のんびりとしたペースで歩きながら。
 あの紫陽花が綺麗だとか、あそこにカエルがいるだとか。
 他愛もない話や発見をして、一つの傘の中で、笑い合う。
「こうしていると私たち、恋人さんみたいですね」
 冗談半分に、だけど思ったことを言ってみると、
「すてきね、こいびとどうし!」
 クロエは、恥じもせず嬉しそうにはにかんだ。
「だってとってもあたたかいもの」
 それからぽつり、零れた言葉はほんの少し寂しさを含んでいた気がして。
 ベアトリーチェは、そっとクロエの手を握った。
「? しんぱいしなくても、もうはしったりしないわ!」
「いえいえ。こうすると、もっと恋人さんみたいですから」


*...***...*


 暇である。
 せっかくクロエのところに遊びに来たというのに、雨だから。
 フレアリウル・ハリスクレダ(ふれありうる・はりすくれだ)を紹介しようと思っていたけど、雨だから。
「暇じゃ」
 マリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)は、吠えた。
 雨だと?
 遊びにきたのに。三人で遊び回ろうと思っていたのに。外を駆けたり探検したり、やりたいことはたくさんあったのに。
 室内遊びは好きじゃない。どうにも大人しすぎて、マリアベルには向いていないのだ。
「暇か暇じゃ暇じゃ暇じゃ暇じゃー……」
 マリアベルが喚く一方、フレアリウルはクロエに笑顔を向けていた。
「ねーちゃんやマリアベルの義兄弟なんだって?」
「そうよ」
「じゃ、あたしとも友達だ。よろしくね、クロエちゃん」
 あっちはあっちで順調に仲良しこよしとなっているし。
 初対面で話が弾んで、クロエはマリアベルに構ってくれない。それはまあ、我慢できるけれど。
 ――雨は嫌じゃのう……。
 ここ最近、雨が続いて外で遊べていないのだ。
 もうそろそろ、思いっきり地面を蹴って走り回りたい。
「マリアベルちゃん」
 ぼけー、っと窓の外で雨を見ていたら、フレアリウルに声をかけられた。なんじゃ、と振り返る。
「これからクロエちゃんと一緒に紫陽花を見に行くんだけど、一緒に行かない?」
「紫陽花……」
 クロエもフレアリウルもいない工房に残るわけにもいかないし。
 暇で、暇で、頭にもやがかかってきていたし。
「よかろ」
 紫陽花見学に、付き合うことにした。
 しとしとと降る雨を傘で避けつつ、どこまで行くかを三人で話す。
 公園だとか、教会だとか、様々な案をフレアリウルが挙げるがいまいちピンとこないものばかり。
 マリアベルも、どこかいい場所はなかったかと記憶を探った。思い出したのは、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)の家。確か、とても綺麗に咲いていたはず。
 そのことを伝えると、フレアリウルが「いいね!」と両手を叩いた。
「博季の家に行くなら、ご飯も作ってもらえるだろうし」
「きゅうにいって、めいわくじゃないかしら」
「平気じゃろ。嫁は学校へ行ってしもうてひとり寂しく過ごしているじゃろうし」
 むしろ、大勢で押しかけてわいわいしたほうがいいかもしれない。
 そうと決めれば進路変更。博季の家に、三人は向かう。


 雨が続くと、やることが多い。
 特に、庭だ。
 庭にある花の中には、雨に強くないものだって当然ある。そうすると、この雨で枯れてしまうから注意してやらなければいけない。
 軒下に移動したり、傘を結わえ付けたり。
 他の花も、雨に当たりすぎて根が腐らないようにと気を遣って。
 庭だけではない。洗濯物事情も大変だ。
 外に干せないから室内に干しているが、これが続くとカビてしまうだろう。
 かといって、乾燥機にかけたらまずいものも多い。愛しい人の洋服を、固くしたり縮ませたりなどしたくない。
 髪の毛だって大変だ。
 博季の髪は天然パーマで、水気を吸うとすぐに巻いてしまう。
「……ああ、やっぱり」
 鏡に映った自分を見て、ため息を吐いた。
 朝、きちんと整えたはずの髪は、湿気を吸ってくるんくるんの有様で。
「……はあ」
 再び、ため息。
 この季節は、やっぱり憂鬱だ。そもそも、湿度が高いのは好めない。蒸し暑いのは嫌いなのだ。
 だけど、そんな梅雨でも楽しみ方はある。
 目を瞑って、雨の音を聞いてみる。色々な音が聴こえて、まるで天然の楽器だ。
 既存の音楽であるはずがないのに、どこか覚えのあるもののような気がしてきたりして、口ずさんでみたり。
 また、大変だった庭にも良いことはある。紫陽花が綺麗に咲いているのだ。
 紫陽花の葉の上にはカタツムリがいて、のろりのろりと動いていた。可愛いなあ、と口元が綻ぶ。
 カタツムリが好きだ。別に、深い意味もなにもなく。
 食事をあげたて、食べる姿を見てると、なんだか穏やかな気持ちになれる。そういうことを繰り返していたら、カタツムリも博季に慣れたのか、指を出すと登ってきたりするほどに懐いていた。
 そういったお客様の話といえばもう一つ。
 雨の日に、必ず現れる子がいるのだ。
 その子の名前は、アマガエル。
 玄関チャイムの上に、まるで門番のようにちょこんと座っている。実際は、雨宿りしているだけだろうけれど。
 アマガエルの姿はもはや恒例となっていて、彼? がいると、リンネは出かけるとき博季だけでなく、あの子にも挨拶をして出かけていく。そんなリンネを見送ってから、博季はアマガエルに餌をあげるのだ。
 細かく千切ったお肉なんかをピンセットでつまんで、アマガエルの目の前でふりふりと。
 飛びついて食べる様が可愛らしくて微笑んでみたり。
 きっと今日もいるのだろうな、と思ってドアを開けると、案の定、いた。
 指を差し出してみると、ひょいと跳んで乗ってくる。鮮やかな緑の小さな生き物。
「きみは庭に住んでるのかな?」
 ぽそ、と話しかけてみる。雨が降るとすぐここに来るのだから、きっとご近所さんだ。
 こんな同棲……いや、共生? も、素敵なものだな、と思う。
 なんて、思っていたら。
「む!? 博季が寂しさのあまり、アマガエルに浮気しておる……!!」
 騒がしい声が、聞こえてきた。
「博季、それはだめだよ……!」
 マリアベルと、フレアリウル。二人に連れられて、クロエの姿もあった。
「こんにちは、クロエさん」
 博季は、本気なのかボケなのかふざけているのか判別のつきがたい二人はスルーしてクロエに微笑みかけた。もういい加減、からかわれてばかりということもないのだ。
「こんにちは、ひろきおにぃちゃん」
「今日はどうしたんです?」
「あじさいがきれいってきいて、みんなできたの」
「ああ! うん、とっても綺麗に咲いてますよ。ゆっくり見て行ってくださいね」
 構ってもらえなかったマリアベルたちは、言われてすぐに庭へと駆け出す。
 走ると水溜りに足をとられるよー、と言おうとしたら、既に遅かった。マリアベルの足元がびしょびしょだ。
 タオルを取りに行こうとしたら、
「博季! 鑑賞を終えたら部屋遊びするからボードゲームの準備をしておくのじゃ!」
 マリアベルが指示してきた。はいはい、と頷いて部屋に入る。
 ボードゲームを出してから、冷蔵庫を開けて中身の確認。ジュース、人数分OK。それからクリームチーズがあった。確かフレアリウルはチーズケーキが好きだから、作ってあげれば喜ぶだろう。
 庭から聞こえる少女たちの楽しそうな声に耳を傾けながら、博季はケーキを焼く準備に取り掛かった。