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雨音炉辺談話。

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雨音炉辺談話。
雨音炉辺談話。 雨音炉辺談話。

リアクション



8


 雨の日に家にこもっていると、どうも憂鬱な気分になってしまうから。
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は外に出ることを選んだ。
 どこに行こうかな……と考えて、ぱっと頭に浮かんだのは人形工房。
 もう随分と遊びに行っていないし、リンスやクロエは元気にしているだろうか?
 会いたいな、という気持ちもあったし、それに何より工房にはいつも誰かしらがいる。誰かいて、賑やかだったら憂鬱な気分も吹き飛んでしまうはず。
「秋日子さん、お出かけですかー?」
 玄関で靴を履いていた秋日子に、キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)が声をかけてきた。
「うん。リンスくんちに行こうと思って」
「リンスさんをいぢりにいくんですね! ……おっと」
 つい漏れたキルティスの本音に苦笑しつつ、
「キルティも一緒に行く?」
 お誘いを。
 せっかくだから、一緒に行こう。
 それで、みんなでお喋りだ。


 案の定、工房には幾人もの人がいた。
 特に、今日は日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の誕生日らしい。おめでとー、と偶然持っていたキャンディをあげたら千尋は嬉しそうに笑ってくれた。
「ああ、やっぱいいねえ、こういうの」
 雨でもなんでも、誰かと喋って明るく笑って。
 そうするだけで、心にかかった霧は晴れて行く。
 安らぎをくれたこの場所の主に、少しはお返しできないかな、と思って。
「ね、リンス君。クロエちゃんと一緒に、紫陽花見に行ってもいいんだよ?」
 秋日子は、リンスに声をかける。リンスは、「え?」ときょとんとした顔をしていた。
「だってクロエちゃん、リンスくんと一緒に行きたそうだもん」
 紫陽花は、工房の周りにも少しだけど、あった。
「見ておいでよ。店番くらいできるからさ」
 話が聞こえたのか、クロエがちょこちょこと寄ってきた。けど、自分からは言い出さない。そんなクロエの背を、ぽん、と優しくキルティスが押した。
「ほらほらーリンスさん。女の子に言わせるつもりですかー?」
 加えて、リンスにも後押し。
 リンスは、秋日子を、キルティスを、それからクロエを順に見て。
「じゃあ、見に行こうか」
 クロエに手を、差し伸べた。
「うんうん。いってらっしゃい!」
 いってきます、と出かけていった二人は、そう時間をかけずに戻ってきた。
 こんな短時間で楽しめたのかなー、と秋日子は思ったが、クロエがとてもほくほくとした表情をしていたから心配することはないだろう。
「東雲。ありがとね」
 帰ってきて、開口一番リンスが言った。何もしてないよー、と軽く手を振ってから、隣に座ったリンスに言う。
「それにしても、リンス君やクロエちゃんって本当にたくさんの人から愛されてるよね」
「クロエはともかく……俺も?」
「そうだよ。え、気付いてないの?」
 見てるこっちは、すぐにわかるんだけどなぁ。と秋日子は零す。
 そう、見ていればわかるのだ。
 リンスやクロエ、それからこの人形工房に来る人たちを、見ていれば。
「その理由もわかっちゃう気がする」
「?」
「なんだか、ちょっと羨ましいな」
「まって東雲。俺ついていけてない」
「誰かに大切に想われてるって素敵なことだよね、って話。
 ……全然思い当たらないわけじゃ、ないでしょ?」
 後からの言葉に、リンスがこくりと頷いた。唇を引き結んで、少し頬が赤くて、
 ――……あれ?
 もしかして、これは。
「照れてる……?」
「照れてない」
「あはは。そんな顔もするんだね」
「あ! リンスさんおかえりなさい!」
 笑っていたら、それまで千尋の誕生日を祝っていたキルティスがやってきた。
「今、さんとも話していて思ったんですけど! 提案なんですけど!」
 テンション高く、拳を握って詰め寄るキルティスに、リンスが椅子に座ったまま後退した。
「私、アイドルとして846プロにお世話になってるんです」
「……あ、なんかもうその先予想できる。言わないでいいよ」
「リンスさんも一緒にどうですか!?」
「ほらやっぱり……」
「僕と、双子アイドルとして活動しましょうよ! 大人気間違いなしですよー♪」
「冗談でしょう? こんな無愛想なアイドルとか見たことないよ」
「周りがそう思うとは限りませんよー?」
「でも、やだ」
「ちぇ。半分本気のお誘いだったんですけど、嫌なら仕方ないですねー。気が変わったら教えてくださいね!」
 喋るだけ喋ると、キルティスは再び千尋の誕生日パーティに戻っていった。まるで嵐みたいだなあ、と秋日子は思う。リンスも同じ感想だろう。
 疲れた顔をしていたので、パートナーとして「ごめんね」と謝っておいた。
「リンスくんがアイドルかー」
「ならないって」
「うん。でも、なったら素敵かもなって」
「二人してなんなの……見世物になるのは苦手だよ」
 嫌そうだったので、この話はここまででおしまい。
 コーヒーでも淹れて、ティータイムにしよう。


*...***...*


 一ヶ月ほど前。
 ネーブル・スノーレイン(ねーぶる・すのーれいん)は、リンスに会って自分の気持ちを吐き出した。
 もう会えないことが、悲しいと。
 また会って、話したいと。
 もう一度、一緒に。
 でも、それは。
 ――私が頑張って生き返らせてあげれば……いいことだから。
 転校だって、した。
 転校だけじゃない。
 そのためにできることなら、なんだってするつもりだ。
 ――私が、自分でどうにかできる……問題。
 なのに、リンスも巻き込んでしまった。
 それで、悲しい顔をさせてしまった。
 ごめんなさい、と謝るのや、お詫びの品を持っていくのは何か違うかもしれないけれど、何かしらしたかった。
 けれど、何をすればいいのだろう。
 考えても、いい案は浮かばない。
 ふと見た窓の外では相変わらずの雨模様。
 ――最近……雨ばっかり……、……!
「そっか……!」
 思いついた。
 雨でも退屈しないよう、レインコートをプレゼントするのだ。
 確か、リンスの家には小さな女の子もいると聞いた。
 なら、彼女の分も縫って、持って行こう。
 お揃いのレインコートに、喜んでくれたら嬉しい。


「そ、れでね……作ってきた、の」
 おずおずと、二人にレインコートを渡した。
「そんな。気にしないでいいのに」
 リンスはやっぱり、いい人だ。ネーブルはふるふると頭を振って、受け取ってと微笑む。
「ありがとう、ネーブルおねぇちゃん!」
 クロエは素直に受け取ってくれた。嬉しそうに笑う顔が、可愛らしい。
「わぁ! これ、うさぎさんのみみがついてる!」
 早速羽織ったクロエが、楽しそうな声で言った。
「うん……私と、お揃い……なんだよ」
 ネーブルが着ている服の、フード部分につけられたうさみみと同じデザインのものをつけてみた。我ながら、良く出来ていると思う。クロエがフードをかぶると、長い耳がぴょんと揺れた。可愛い。レインコートの色は白だから、いよいよもってネーブルとお揃いである。
「このリボンを絞れば……首元の調節ができるから……」
「あっ。ずれなくなったわ!」
「うん……可愛い」
 青いリボンを縛ってあげて、完成。
 クロエはよほど気に入ったのか、「ちょっとだけでかけてくる!」と工房を飛び出していった。ああも喜んでくれると、こっちまで嬉しくなる。
 一方でリンスは、コートを広げた姿勢のまま硬直していた。
「……あの……?」
「…………」
「気に入らなかった……です……?」
 緑色のレインコート。
 男性だからと、リボンやレース、フリルの類は極力減らした。
 何がいけなかったのだろう。
「……俺のも、うさみみ……?」
 うさみみは、可愛い。
 リンスも、男性だけれど、可愛い。
 可愛い人が可愛いものをつければ、とても可愛い。……と、思ったのだけれど。
「お嫌い……でした……?」
「えっと……嫌い、っていうか。うーん……」
「お揃いが……よくて……」
「……ちょっと、恥ずかしいかも」
「……そう、ですか……」
 あまり、喜んでもらえなかった。勝手に声のトーンが沈む。
「でも」
「……?」
「可愛いと思う。これ。俺が女の子だったら、すごく喜んでたんじゃないかな」
「リンスさんは男の方ですけど……可愛いと、思います……」
「うん、そういう問題じゃなくて」
 リンスが苦笑した。ああ、もしかして、また困らせているのだろうか。慌てて口をつぐんだ。もう何も言うまいと。
 沈黙が落ちて、ほんの少しした後。
「ただいま!」
 クロエが外から戻ってきた。うさぎの耳を、ぴょこぴょこ揺らして。
「あれは本当に可愛いよ」
「え……」
「ありがとう」
 口数多く、ないひとだから。
 真意の全ては測れないけれど、だけど。
 ――喜んで、くれた……んだよ、ね……?
 たぶん、きっと、そう。
 だから、ネーブルは嬉しくなった。
 ――また……何か、作ろう、かな……♪