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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第3回/全3回)
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リアクション


●オープニング 2

「ねえアンリ。小鳥を作ってほしいの」
 ある日突然アストレースがそんなおねだりをしてきた。
「小鳥?」
 ルドラのボディを作っていた手をひとまず止めて、彼女の方を振り返る。
 アストレースは階段の上、彼女お気に入りの場所――ルドラの一部――に腰かけて、素足をぶらぶらさせていた。
「うん。そう」
 ああ、そういえば彼女の18歳の誕生日がもうじきだったかと、遅れて気付いた。
 それにしても、おかしなことを言う。
 鳥は今までにも何度か与えてきていた。鳥に限らず、リスや犬、猫といった小動物全般だ。このほか自分が与える以外にも、彼女の世話係として周囲に配したドルグワントが「世話」という命令を勝手に拡大解釈して、何やかやと便宜を図ってやっているのは知っていた。
 だれも彼も彼女に甘い。ちょっと笑顔じゃないというだけで、あれこれと世話を焼きたがる。
 それもこれも、彼女の笑顔を見たいがためにだ。
 だから今度のことも、周りのドルグワントやルドラにひと言「ほしいなあ」とでももらせば、実験で外へ出たときに捕まえてきてもらえるだろうに。
 その提案に、アストレースは首を振った。
「ルドラやみんなみたいに、機械の方がいい。生きてると……死んじゃうから」
 それも事実だった。
 外へ出れない彼女を慰めようとできるだけ外に近い環境にした5階フロアでは、植物はよく茂ったが生き物が長生きすることはなかった。
 光も、水も、空気も、食べ物もある。けれど決定的な何かが足りないのだ。
 外界を知るものは、あの限られた空間では生きていけない。
「ルドラやアストーやマナ……ドルグは、ずーっとそばにいてくれるもの。だから、その子も機械がいい」
 肩を預け、ほおを擦り寄せてくるアストレースに、ルドラがスピーカーから音楽を流し始めた。
 あの、ひよこの歌だ。
 アストレースもすぐにそれと気付いて歌い始める。
 単純なフレーズの繰り返し。小さな子ども向けの童謡。本当のタイトルは知らなかった。歌詞にひよこが出てくるから、ひよこの歌と勝手に呼んでいるだけだ。
 ほかの歌も歌えるようにと歌の本を何冊か与えてきたが、彼女はこの歌をとても気に入っていて、1日1度は必ず口ずさんでいた。
 もう耳にタコができるくらい何千回と聴かされて続けてきた歌だが、このときばかりはそれがありがたかった。アストレースは今にも泣きだしそうに、震える唇を噛み締めていたから…。


(わたしも彼らのことは言えないな)
 できあがったばかりの小鳥をプレゼントボックスにしまいながら、そう思った。
 この小鳥がチュンチュンさえずるだけでなく、ひよこの歌も奏でることができると知ったら、あの子はきっと喜ぶだろう。――間違いなくこれまで以上にあの歌を聴かされるハメになり、自分は頭を抱えることになるのだろうが。
(だが、まあ、それであの子が笑っていてくれるならいい。泣かれるよりずっとマシだ)
 そう思い直し、ふたをした直後。
 焼き焦がすような熱い塊が胸から急速にこみ上げて、洗面台いっぱいにぶち撒けた。
 いよいよかもしれない。
 ろくに息もできない痛みのなか、排水口に水とともに吸い込まれていく赤黒い血の流れを見て、こぶしを作った。
 世界樹と同調する存在をこの手で創り出すこと、その志半ばで斃れることへの焦燥感、やりきれない思いが沸き上がる。だが同時に、その結果を見ずにすむことへの安堵も大きかった。
 なぜならそれは、アストレースを感情のない人形へ変えてしまうことを意味するのだから。
『これが正しい姿なのよ』
 こちらの迷いを鋭く見抜いて、タルウィは幾度となくそう主張した。
『感情なんかにわずらわされないで、ただ世界樹を操ることだけしてればいいの。それ以外、あれに何が必要なの?』
 命令と相反する思いを持ったとき、苦しむのは彼女だ。
 外界に対して一切関心を持たず、こちらの言いなりになって動くだけの人形――プロジェクトの出資者である彼らもまた、それを望んでいた。
 契約を結んだとき、異論はなかった。自分はただ、創りたかっただけだ。それによって引き起こされる結果などには全く興味がなかった。
 あのときは…。



「――そうだね、アンリ。彼らと違って、きみは純粋にディーバ・プロジェクトのことだけを考えていた」
 北カナンへ進軍するドルグワントの一団。
 その先頭に立つ松原 タケシ(まつばら・たけし)のヘッドセットから送られてくる情報に満足しつつ、ルドラは己の創造主であるアンリ博士のことを振り返っていた。
 他人の思惑など彼には無意味だった。世界樹を操ることができる存在を手中に収め、言いなりにする――そんな計画には一切興味を持つことはできず、彼はただ、純粋に、世界樹と同調する存在を創り出したかっただけだ。
 それさえできればあとはどうでもいい。好きにすればいい、と。
 ルドラにも異存はなかった。彼は、不治の病魔に侵されたことに気付いたアンリが、万が一にも己の死がプロジェクトに支障をきたしてはならないという理由から構築した「もう1人のアンリ」という存在だったが、それはあくまで他者への建前で、実際にはそのプロジェクトはアンリのディーバ・プロジェクトを指している。
 アンリが半生をかけた研究の果てに創り出した女神アストレース。
 彼女を世界樹と同調させること、それがアンリの夢。それ以外の意図など知ったことではない。
 そしてついにその日がこうしてやって来たのだ。
「計画が2年早まったのは計算外だったが、アストレースは完璧な女神だ。セフィロトに接触さえさせれば必ずリンクする」
 盲信の声。信じきって他を疑わない、それは機械でありながらとても人間じみた響きをしている。
「やれ、アストー」
 ルドラが命令を発すると同時に、ダフマ(遺跡)の1階側面部が開口した。そこに現れた垂直の射出台に黒い六角柱のような物体がセットされ、上空に開いた黒い穴へ向けて発射される。
 青い空にぽっかりと穴が開いているように見えるが、実際には穴ではない。歪曲した空間は時間が存在しないため、一切の光がなく、周囲と比較して穴のように見えるだけだ。
 そこに吸い込まれるように消えた直後、六角柱は北カナンの地に落下し、突き刺さる。すぐさま六角柱の一面が開き、剣を手にしたパペットが三列縦隊となって続々とあふれ出した。
 ふと、ルドラはコンソールにかがみ込んでいる人間を見つけた。
「おまえ、そこで何をしている」
「――は。私でしょうか」
 ぴん、と背を正し、振り返ったのは高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)だった。
 フレームに添えた指で眼鏡の位置を直しつつ、段上のルドラを見上げる。何もあやしいことはしていないというように身をずらして、コンソールを見せた。
「アストーさまは現在、北カナン攻略に加えて遺跡の防御もなさっています。ルドラさまやアストーさまにはとてもかないませんが、私にも少々心得がありますので、そのご負担を少しでも軽くして差し上げられはしないかと思いまして」
「そうか。だが無用だ。ダフマとアストーは一心同体、完璧な一対として生み出された存在だ。なにしろアストー以外の者が全て失敗したのはダフマが拒んでいるからではないかと、アンリですらこぼしていたことがあるほどだ。まさに唯一無二の存在だな。そこにはわたしでも干渉することはできない」
(無用というより、不可能ね)
 鈿女は先まで見ていたモニターに目を戻した。
 おそろしい勢いで処理され、流れていくデータは目で追うこともできない。そもそも使われている言語自体、彼女の知っているものとは違っているようだ。
(ここにあるのはどれ1つとってもわれわれにはオーバーテクノロジー……いいえ、ロストテクノロジーね。5000年前に失われたものばかり)
 自分にはどうすることもできない。
 鈿女はあきらめ、ぱたんと愛用のシャンバラ電機のノートパソコンを閉じる。
 そしてアストーのために何かできることはないかと必死に考えている者は、ここにはもう1人いた。
 ティエン・シア(てぃえん・しあ)である。
 彼女の前、アストーは数十のラインでダフマとつながり、意識を同化させている。こうなったアストーはほぼダフマと化していて、肉体はその一部でしかない。だが「アストー」を維持しているのはその体であり、ダフマと同化して操っていることが彼女にとって大きな負担であることを、ドルグワント覚醒者のティエンは本能的に悟っていた。
 これを長時間続ければ、アストーの肉体は耐えきれず、崩壊死する。
 身内のどこからともなく生まれてくるその確信が、ちくちくと胸を刺す。
 あんなにもやさしく抱き締めてくれたアストー。彼女の助けになりたい。
(でも、僕なんかに何ができるの? 僕にできるのは…)
 歌を歌うことだけ。
 そんなことで、苦しんでいるアストーさまをお救いできるの?
『おまえの歌には、すごいパワーがあるんだ』
(……お兄ちゃん……)
 胸に浮かんだの姿に励まされる思いで、ティエンは胸いっぱいに息を吸い込み、歌い始めた。
 それはスキルは関係ない、ただの歌。母の待つ我が家への家路をたどる羊飼いの、古き良き日々をつづった、素朴な家族の歌だった。
(僕の中のもう1人の僕。きみもアストーさまを救いたいんだよね。僕も同じだよ。だから出てきて。さあ、きみも一緒に歌おうよ。
 アストーさまに届くように。一生懸命、心をこめて歌おう)
 必要最低限の間接照明とかすかな機械の振動音がするだけの『繭』内に、妙なる歌声が朗々と響く。
 高く、細く、けれども輝かしい光に満ちた思いのこもった歌声。プリマドンナもかくやのその歌に、鈿女はほうっと息を吐く。
 その背後の闇のなか、ヴァルザドーンに背を預けた三道 六黒(みどう・むくろ)は黙し目を伏せ、しばし聞き入った。