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はっぴーめりーくりすます。3

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はっぴーめりーくりすます。3

リアクション



8


「ねえおとーさん、『人形工房』ってどういうところ?」
 そう、シアン・アリス(しあん・ありす)に問いかけられて、セルマ・アリス(せるま・ありす)は読んでいた本から視線を上げた。
「どういう、か」
 視線は自然と、飾られたぬいぐるみに向いていた。
 一昨年のクリスマス、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)に贈ったぬいぐるみの、片方に。
「あんな風なぬいぐるみや、人形を作ってくれるところ……かな?」
「じゃあお人形がいっぱい?」
 目を輝かせるシアンに、「うん、いっぱい」と頷くと、シアンは大きな目をさらにきらきらさせた。
「気になる?」
「気になる!」
「じゃあ、行ってみようか」
「いいの?」
「いいよ。オルフェも誘おうか」
「えっ、おかーさんにも会えるの?」
「うん」
 元々今日は、オルフェと会う約束だったし。
 まだきちんと彼女に紹介もしていなかったから、いい機会だろう。
「やったぁ! じゃあわたし、支度してくるねっ」
 弾んだ足取りで自室に戻るシアンを見送ってから、セルマは再びぬいぐるみを見た。近付いて、抱上げて、そっと撫でる。二年経つというのに、あの日受け取った時と同じ、柔らかな手触りのぬいぐるみを。
 人形工房に行くのは、あの時以来だ。改めてお礼をしたかったし、シアンが切り出してくれたのは丁度良かった。
 そういえば、今年もクリスマスパーティをしているのだろうか。もしそうなら、シアンとオルフェリアと三人で行くのではなく、みんなで行こうか。パーティは、大勢の方が楽しいから。


 セルマから、シアンという『娘』の話を聞いてから、オルフェリアはずっと会いたいと思っていた。
 だから今日、会えることになって、すごく嬉しい。
 待ち合わせ場所で、セルマにシアンを紹介されたとき、まず最初に思ったのは『可愛い』だった。
「貴方がシアンちゃんなのですね〜!」
 セルマによく似たきれいな黒髪と、自分によく似た青い瞳の少女は、「こうやって会うのははじめてだね!」と屈託なく笑った。
「オルフェ、ずっとお会いしたかったのです」
「わたしもだよ、おかーさん」
「同じ気持ちだったのですね。嬉しいです〜!」
 ぎゅっと抱きしめると、腕の中でシアンが笑った。
「苦しいよ、おかーさん」
「ご、ごめんなさい。シアンちゃんが可愛くて、つい」
 慌てて離し、謝った。シアンはにこにこと笑っている。
「可愛いのはおかーさんに似たんだよ」
 ふと。
 さっきから、彼女はオルフェリアのことを『おかーさん』と呼ぶが、それはなぜなのだろう。セルマから聞いた話では、セルマのことは『おとーさん』と呼んでいるらしい。
「シアンちゃん」
「なあに、おかーさん」
「オルフェはシアンちゃんのおかーさんなんですか?」
「うん。おかーさんだよ」
 即答に、オルフェリアは「わかりました」と答えた。どうして自分のことを母と呼ぶのかはわからないけれど、シアンがオルフェリアのことを『おかーさん』と慕ってくれるのは嬉しいから、まあいいか、と思ったのだ。
「オルフェは今日からシアンちゃんのおかーさんになるですよ」
 むしろ、なってやろう、と。
 ぱっ、とシアンの顔が明るくなった。
「ほんと?」
「本当なのです。だから、存分に甘えるとよいのです!」
 笑顔を浮かべて腕を広げる。シアンは躊躇わず、そこに飛び込んできた。
「おかーさん、あったかい」
「はい。丁度良い体温だと、セルマからも好評なのです」
「こっちの二人も仲良しなんだね!」
「はいです。仲良しですよ〜」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめ合っていたら、
「あのね、ふたりとも」
 セルマから、声をかけられた。はい? と同じタイミングで、首を傾げてセルマを見る。
「ここ、街中だし。人目を引くから、そろそろ場所変えようか」
 気付けば、街行く人からちらちらと見られている。腕を離し、抱擁をやめて背筋を伸ばした。
「はっ……うっかりしてました」
「二人の世界だったもんね」
「シアンちゃんが可愛かったので……」
 かくいうシアンは、くすくすと笑っていた。よく笑う子だ。素直で、屈託がなくて、可愛らしい。
「オルフェ、シアンちゃんと仲良くなれそうなのです」
「それはよかった」
 はい、と弾んだ声で頷いて、シアンの小さな手を取った。もう片方を、セルマと繋がせる。
「三人で手を繋いで行くのですよ」
 提案を、セルマもシアンも受け入れてくれた。並んで歩き出す。自然と笑みが浮かんでいた。
 気付いたシアンがオルフェリアを見上げた。
「おかーさん、どうしたの?」
「ふふ。なんだかすごく嬉しいのです」
「どうして?」
 オルフェリアの母親は、オルフェリアが幼い頃既に亡くなっていて。
「こうして手を繋いで歩いた記憶というものが、オルフェにはありません」
 だから、こうやって『家族』で歩くことが、夢だったものだから。
「夢が叶いました」


「師匠ー! ハッピーメリークリスマース♪」
 楽しそうな声でオルフェリアがリンスに言った。両手をばんざいするように挙げて、ハイタッチしようという構えでリンスに対面している。
 リンスはというと、挙げられたオルフェリアの手にどう応えるべきか、という顔を一瞬してみせ、それからそわそわとしたオルフェリアの顔を見て、
「……メリークリスマス」
 ぺち、と手に手を合わせた。
「はいたーっち! なのです!」
「テンション高いね、いつもながら」
「うっふっふ。明るく楽しくがモットーなのですよ〜。ではではオルフェ、クロエちゃんに挨拶してきます!」
 びしっと敬礼して、オルフェリアがリンスの傍から離れていった。
 一連の様子を見守っていたセルマは、ようやく一歩近付いて。
「リンスさん、お久しぶりです」
 と、声をかけた。
「見てたね。ずっと」
「はい」
「……なんか恥ずかしい」
「あはは」
「……今日はどうしたの?」
 話題を変えるように、リンスが言った。「どう、ということはないんですけど」前置きをしてから、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「何が」
「二年前の、猫の人形」
 覚えているだろうか。数ある注文のうちのひとつを。
 けれどそんな懸念は、必要のないものだったらしい。思い出すようなそぶりもなく、リンスは「白黒の」と言った。懐かしそうに。
「きちんとお礼に来てないな、って。遅くなっちゃったんですけど」」
「気にしなくていいのに」
 そういうわけにはいかない。あのぬいぐるみで、オルフェリアは喜んでくれたし、セルマも幸せな気持ちになれたのだから。
「これ。物づくりしてるリンスさんには及ばないと思うけど」
 鞄から、セルマは包みを取り出した。ラッピングを済ませた、手のひらサイズの小さな包みだ。
 中には、オルフェリアと一緒に作ったキーホルダーが入っている。編み薔薇のモチーフがついた、シンプルながら可愛らしいものだ。
 そしてそのモチーフは、今現在オルフェリアがクロエに渡した方、カチューシャにも施されている。
「おそろいね、かわいい!」
 すぐに気付いて、クロエが笑声を上げた。嬉しそうな声に、ひとまず安堵した。
「改めて。可愛い猫の人形を作ってくださって、ありがとうございました。メリークリスマス」


 人形工房には不似合の、銃を構える重い音が鈍く響いた。セルマがリンスにお礼をしている、丁度その最中のことである。
「……どうやら賊が混じっているようですね」
 ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)は、低く呟いてビリオン・ツヴァイカノック(びりおん・つう゛ぁいかのっく)を睨みつけた。一方でビリオンは、あからさまな無視を決め込んでいる。
「無視とはいい度胸です」
 言い捨てて、セーフティを外した銃をビリオンの頭に向ける。
「……やれやれ。クリスマスだというのに物騒ですね」
 そこでようやく、ビリオンが口を開いた。呆れと嘲りを含んだ声だ。顔には笑みを浮かべている。苛ついた。ビリオンは、ミリオンの苛立ちを煽るように言葉を続ける。
「よもや丸腰の相手にこのようなことをするなんて……程度が知れてますねぇ」
 そのケンカ、買いますよ。そう言おうとしたまさにその時、「どうしたんですか?」オルフェリアの、きょとんとした声が聞こえてきた。オルフェリアの隣には、クロエもいる。
「ああ、オルフェリア様。今賊を処理しておきますのでご安心ください」
 ミリオンは、にこりと笑ってオルフェリアに告げた。オルフェリアは、賊? と首を傾げた。賊ことビリオンは、既にミリオンなど眼中にないようにしてクロエの前に移動していた。
「はじめまして。わたし、クロエ」
「申し遅れました。私はビリオン・ツヴァイカノック。偽名ですので宜しくお願いします」
「無視とはいい度胸です」
 先ほど放った言葉をもう一度呟き、銃口を向け直す。
「後は我が付き添ってますが故、貴方は家にでも帰って寝ていたらどうです?」
 とげとげしい声にも、ビリオンは「怖い怖い」と笑うだけだった。
「何を笑っているのです」
「さあてね。
 しかしながら、少し分を弁えた方がいいのでは?」
 ビリオンの言葉に、眉を寄せた。部を弁える? なぜそんなことを、彼に言われなければならないのだ。ビリオンは、そんなミリオンの態度を気にすることなく工房を見回して、言った。
「今の貴方はただの雰囲気を壊す邪魔者ですよ」
「……貴方に、」
 なにがわかるのだ。
 思いを全て口にする前に、何者かから首根っこを掴まれた。持ち上げられて足が浮く。「なっ」戸惑いの声が零れた。ビリオンからもだ。見ると、ミリオンと同じ状況にあった。『樹木人』に捕まっている。
 この場で『樹木人』を操れるのは、中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)――シャオしかいない。
「シャオ様?」
 戸惑いの目をシャオに向ける。シャオは、腰に手を当てて冷たい目でこちらを見ていた。
「『樹木人』。あの二人外にぽいしちゃって」
 そして、目と同じく冷たい声で、言ってのけた。命令通り、ドアからぽいっと外に放られる。即座にガチャリと音がした。鍵をかけられたらいし。
「さ、寒っ」
 ビリオンが身体を震わせた。何せ、上着は工房の中なのだ。いい気味だ、とミリオンは思ったが、自分も同じ状況にあるわけで。
「…………」
 無言で、自分自身を抱きしめた。空から、雪がひらひら舞い落ちてくるのが見えた。寒いはずだ。
「寒い? ねえ、寒い?」
 ドア越しに、シャオの声が聞こえた。こちらに向けて居るのは明白だ。ミリオンは唇を尖らせた。
「……別に。寒くなんてありません」
「そんな強がりを言ってどうするんですか」
 ビリオンが呆れたように言う。ぎっ、と睨みつけると、ビリオンは肩を竦めた。
「おお怖い」
「うるさいっ」
「わいわいやるのはいいけれど、」
 外でもケンカを始めそうになったとき、機先を制してシャオが言う。
「ここが人様のお店だってこと忘れるようじゃ問題ね」
 言葉に、ビリオンが軽く手を挙げた。降参だとでも言うように。
「すみませんでした。人様の家だということもそうですし、ましてクリスマスにこんなことするなんて」
「わかればよろしい」
 鍵が開く音がした。「本当、すみませんでした」ドアを開けて、ビリオンが工房に戻っていく。
 見送って、またドアが閉まるのを見て、それからミリオンは空を見上げた。
「……クリスマスなんて、寂しいものですねぇ……」


「ビリオン! ミリオンさんとケンカしちゃ駄目だよ!」
 部屋に入るなり、シアンに怒られた。ミリオンに脅されるよりよほど効く。
「すみませんでした」
「今日は楽しいクリスマスなんだから」
「本当ですよね。野暮でした、ごめんなさい。もうしません」
 真摯な態度で謝ると、怒っていたシアンが笑ってくれた。可愛らしい笑顔だ。
「じゃあ、みんなと仲良くできる? 楽しめる?」
「もちろんです」
「よかった!」
 ぱっ、と笑う様は花が咲いたようで、今までのささくれた気持ちが嘘のように溶けていった。
「今日ね、すっごく楽しみだったの」
 隣に並ぶと、シアンは言った。
「こんな風に家族で楽しむことなんて、もうできないと思っていたから」
 そうだった。
 彼女の未来は過酷で残酷で、だからこそ今日を楽しみにしていてもなんら不思議ではなかったのに。そして、自分はそれに気付いてあげることができたのに。あんな挑発に乗って、間抜けとしか思えない。
「シアン」
「うん? どうしたの?」
「今日はシアンをエスコートさせてくれませんか?」
「えっ、どういうこと?」
「楽しむために」
 そして、より相手を楽しませるために。
「構いませんよね?」
 疑問系で訊いておきながら、既に手は手を取っている。シアンは嫌がらずにはにかんで答えた。
「うんっ。よろしくお願いします」


 ごたごたは、どうやら解決したらしい。
 なのでセルマは、オルフェリアと一緒にケーキを食べていた。真っ赤な苺が美味しそうなショートケーキを。
「あ。セルマ、クリームが」
「え?」
 オルフェリアがセルマの頬を見て言った。クリーム。ついてしまったのだろうか。頬に手を伸ばそうとしたら、それよりも早くオルフェリアが背伸びをしてきた。オリフェリアの顔が、目の前にある。近い、と思うより早く、頬に唇が触れた。
「取れましたっ」
 にこりとオルフェリアが笑った。頬が赤くなるのがわかる。
「あ、ありがとう……」
 なんとかお礼を伝えると、彼女は嬉しそうに「どういたしましてなのですよ」と言って、また笑った。
「……そういえば、ミリオンいないね」
「はりゃ? ビリオンと一緒に戻ってきたのでは……あっ」
 驚いた声を上げ、オルフェリアは窓に寄った。セルマもそれに続く。そして同じく「あっ」と声を上げた。外にはまだ、ミリオンがいた。雪が舞う中、薄着で震えている。慌てて外に出た。
「ミリオンっ」
「……お揃いで、どうなさったんですか」
「外は寒いのですよ!」
「ええ、寒いです、オルフェリア様」
 つっけんどんな返答に、オルフェリアがしゅんと項垂れた。落ち込む彼女の肩を抱こうか迷ったが、ミリオンの手前やめておく。
「ミリオン……怒らないでなのですよ……」
「怒ってなど」
「えっと、何に怒って居るかわからないのですが」
「ですから」
「そんな格好では風邪を引いてしまうのです。部屋に、戻りましょう?」
 差し伸べられた手を、ミリオンは数秒の間、無言で見ていた。
 それから、
「……オルフェリア様にとって、我はなんですか?」
 静かな問いを、オルフェリアに向ける。
「……?」
 よくわからない、といったように、彼女はミリオンを見た。ミリオンは、真っ直ぐにオルフェリアを見ている。
「オルフェにとってミリオンは、最高の親友であり、相棒なのですよ」
「親友で、相棒」
「はい。だから、ミリオンがいないと駄目なのです。ミリオンは頭がいいから、わかりますよね?」
「……はい」
 ミリオンが、オルフェリアの手を取った。その表情は、穏やかな笑みだった。
 吹っ切れたんだ、とセルマは思った。
(これで)
 ミリオンは、先に進めるかもしれないと。
 空から降る雪は少しずつ量を増して、世界の色をうっすらと変えはじめていた。