天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

リアクション公開中!

四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~ 四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

リアクション

 25−5−2

 昨晩降った雪が、薄らと広い庭に積もっている。ヒポグリフと白虎の伽藍はその一角に留まり、ピノ達との交流を持っていた。
「うわあ、ふたりとも可愛いね〜! それに、かっこいいよ!」
「悪くない毛並じゃな! わしと遊びたそうな顔をしておる!」
 ピノは伽藍に触り、胴の辺りを撫でてみる。間近で見る白虎の顔はきりっと凛々しく、誇りを持った瞳が何とも頼もしい。ヒラニィも、2体にノリよく話しかけている。
 そこで、ケイラが2人に提案した。
「背中に乗ってみる? ピノさん、ヒラニィさん」
「え? いいの?」
 触れ合えるだけで充分だと思っていたピノは、驚いた様子でヒポグリフを見上げる。ケイラはピノとヒラニィを見て、うん、と頷いた。
「2人は体重も軽いし、一緒に乗れると思うよ」
 2人の身体を順番に持ち上げて、背中に乗せる。馬らしい毛の上に座ると、ヒポグリフは合図を受けて艶のある羽根を広げ、飛び上がった。
「おおっ……!」
「わあっ……!」
 雪を被ったヒラニプラの街並みを下に、ピノとヒラニィは歓声を上げる。ヒポグリフは機晶工房の上空を1周すると、庭に戻った。
「楽しかったあ……ありがとう、ケイラちゃん!」
 ピノは少し興奮した面持ちで、背から降りる。その彼女を前に、ケイラの隣でシーラも暖かい微笑みを浮かべる。
「ピノちゃん、ドルイドのことで分からないことがあったら何でも相談してくださいね〜。色々と協力させてください〜」
「自分も協力するよ。アドバイスできることがあったらしていきたいな」
「ありがとう! 2人ともドルイドだったんだね!」
 彼女達の申し出に、ピノは素直に表情を綻ばせる。これまであんまり気にしてこなかったけれど、皆それぞれに修めた専門分野があるのだ。シーラについては何となく、そうなのかな? と思ったことはあったけれど。
「うん。ええとね、例えば……ドルイドには『荒ぶる力』ていうとても便利な技があるんだけど……自分は寝ぼけて使って部屋が大変な事になった事が……! あるから覚えたら気をつけた方がいいよ」
「寝ぼけてお部屋が?」
 きょとん、とするピノに、ケイラは他にも実体験を話していく。それを、ピノはうんうんとまじめな表情で聞いていた。そこで、シーラが彼女に提案する。
「ピノちゃん、幸せの歌を歌ってみませんか〜?」
「幸せの歌?」
「ピノちゃんも何度か聴いたことがあると思いますよ〜。幸せの歌は、ミンストレルとして覚える歌なんです。前提として、まずミンストレルの勉強をしないといけませんから〜」
 そして、シーラは工房の方を振り返る。
「クリスマスパーティーですし、皆さんと一緒にどうですか〜?」
「みんなで? うん、やってみようかな!」

 その少し前、ピノ達が外に出て行った後の頃、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)はイディアに絵本「人形姫としあわせの歌」を読み聞かせていた。ファーシーとアクア、そして榊 朝斗(さかき・あさと)も近くに座って、その物語を聞いている。サンタ服を着たちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)も朝斗の頭の上に乗り、「にゃー、にゃ〜♪」と心地良さそうな顔をしていた。朝斗がプレゼントとして持ってきた極上の花束は、彼女達のすぐ近くの出窓に飾られている。
 パーティー用のドレス、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も輪の中に入り、幾つもの歌声がパーティー会場に広がっていく。歌に気付いた皆が彼女達に目を止め、食事の最中、見守った。
 そして、歌が聞こえ始めた時にアイビス達の顔をじっと見上げていたイディアは、時と共に安らかな表情になって口元をむぐむぐと動かしていた。
「ぶ、ぶ」
「え? 抱っこしてほしいの? よいしょっと」
 両手で促され、ファーシーは彼女を抱き上げて近くの椅子に座る。
(あ、この子、気に入ったみたいね)
 娘の顔をすぐ間近にして、直感的にファーシーは思う。
 やがて1曲が終わると、工房の中を拍手が包んだ。
「楽しかったねー、途中からちょっと緊張したけど」
「そうだね、わたしも楽しかったよ!」
「むぐむぐ……そなたたち悪くなかったぞ! もぐもぐ……」
「あれ? そういえば、ヒラニィちゃんは歌ってなかったね」
「むっ……? 腹が減っては戦が出来ぬ、だからな!」
 外から戻って、すぐに料理を食べることに集中していたヒラニィは堂々と言う。そうしてはしゃぎながら話をする子供達に、そっとエースが近付いた。彼女達の将来を思い、祝福の祈りを捧げる。
「これから数多の幸運と楽しい出来事が天空からの星々のごとく降り注ぎますように。精霊達がその成長の道で手を貸してくれますように」
「精霊?」
 ノーンがきょとんとエースを見上げ、笑顔になってピノ達に言う。
「うん、わたしも頑張るよ!」
 それから椅子に座ったファーシーの方へくるりと振り向いて挨拶する。
「ファーシーちゃん、イディアちゃん、こんにちは!」
「こんにちは、ノーンさん」
「ばぶ」
 抱かれた腕の中で、イディアは語尾に「。」がつきそうなはっきりとした声を出す。
「わあ、かわいいねー、元気そうだね!」
 ノーンは嬉しそうに小さな手を握ったり話しかけたりしている。その交流を微笑ましく見守りながら、エースはファーシーとイディアにも祝福を捧げた。
「そしてお母さんやその周りの人々にも子供達の成長の糧となる幸福が降り注ぎますように」
「ふふ、ありがとうエースさん」
「こういう事すると、クリスマスっぽいよね」
 茶目っ気を含ませて言ってみると、ノーンが何かを思いついたというように振り返った。
「そうだ、わたしクリスマスソング歌うね!」
 キラキラと光るクリスマスツリーの前に立ち、大きく息を吸う。一拍の後、ノーンの歌うクリスマスキャロルが室内に響き渡った。
 歌姫だけあり、それは皆の心を震わせる歌声だった。
「綺麗な賛美歌だね、リリア」
「ええ、それに歌っている姿がとてもかわいいわ♪ ぎゅってしに行きたくなっちゃう!」
「それは今は、やめたまえ……」
 メシエとリリアも、そうして肩を寄せ合いながら歌に聴き入っていた。エリシアもノーンに穏やかな視線を送っている。
「楽しそうですわね、のびのびと歌っていますわ」
 昨日からエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)、ノーンの2人と陽太達は別行動をしていた。今さっき工房で合流したところで、会場の皆に一通りの挨拶も済ませて今は料理やケーキをのんびりと食べている。
 しっかりと料理を食しつつ、エリシアは「そういえば」と、陽太と環菜に聞いてみる。
「栞からはあれから連絡ありましたの?」
「あ、はい。母さんからはお礼の手紙が届きました。また、家に来たい、と書いてありましたよ」
「満足してくださったということよね、エリシアにもよろしく、とあったわよ」
「成程、そうですか。わたくしの名前も……」
 エリシアは4人で食事した時のことを思い出す。
「わたくしも久し振りに話が出来て良かったですわ」
 そして、改めて感想を述べた時には陽太達は仲睦まじく料理を選び合っていた。好きなものばかり選びがちな環菜の皿に、陽太がサラダを載せている。
「環菜、野菜も食べないと栄養が偏りますよ」
「わ、分かってるわよ……」
 少々たじろぎながらも環菜はレタスを摘む。普段は元校長の気質が出て上からの発言になりがちな彼女も、陽太に諭されるとうまく反論出来ないようだ。
(相変わらずの熱々ぶりですわね)
 彼の隣にいる時だけ見せる、拗ねたような気を許した表情にエリシアはそう思い、昨日はイルミンスールのパーティーの後にロイヤルスイートルームを取ったと聞いていたけれど、とからかうように聞いてみる。今日こうして別々に工房を訪れたのもそれが理由であり。
「2人共、昨夜は充実した聖夜を過ごしたようですわね」
「え? そ、それは……」
「あ、えと、そうですね、おかげさまで……」
 環菜と陽太が照れたように赤くなる。どこか、環菜の方が恥ずかしがっているような印象だ。実際、昨日積極的にリードしたのは環菜であり、一夜明けてそれが話題に上ると少し、恥ずかしい。
「何か、顔が赤いけどどうしたの?」
 そこで、ファーシーがハイローチェアに戻したイディアと一緒に近付いてきた。先の話が聞こえていなかったのか、何の気後れもない明るい顔をしている。
「おにーちゃん、環菜おねーちゃん。わたしも来たよ!」
 ノーンもまた、無垢な笑顔で陽太達の所へやってくる。改めてテーブルに並んだケーキや料理に興味津々な目を送り、1種類ずつ皿に取り分けていく。
「おいしい! パーティーに来れて良かった!」
 そして、一口食べて幸せそうに顔を綻ばせた。エリシアと一緒にテーブルを移動し、アクア達に向けて声を掛ける。今日は会場にいる皆と話がしたいようで、ノーンは積極的だった。「アクアちゃん、ピノちゃん達もおいでよ!」と、アクア達をこちらに誘っている。
「こうして賑やかな工房を見ていると、何だか不思議な気持ちになりますね」
 人がたくさん集まって、皆でわいわいとクリスマスを祝って。昔とは随分と変わったな、という気がして、陽太は感慨深い気持ちになった。
「あの頃の事から今までの事まで、色々と思い出します。俺がここに初めて来たのは、銅板に宿ったファーシーさんを機晶姫に戻せるのか、と相談に来た時でした。迎えにきてくれたモーナさんは、教導団の旧制服姿でしたよね。教導団員の振りをして……」
「え? モーナさん、制服なんて着てたの?」
「それは、知りませんでした……」
 ファーシーとアクアは吃驚した目をモーナに向ける。「え゛」と、モーナは少し身を引いた。
「そ、それは何ていうの? 若気の至りっていうか。いや若くはないけどちょっとした出来心っていうか……ま、まあ、そういうこともあったよね」
「若くはないって……そういえば、モーナは今、幾つなんですか? 言う程に年とも……」
「35」
「え? さんじゅう……」
「き、聞こえなかったならいいよ! 聞こえた人は忘れて! ね!」
 あははは……と、ごまかし笑いをして手元の飲み物を一気に呷る。だが、ただの炭酸飲料では何か、味気ないというかスカッとしない。というか恥ずかしさが解消できない。
「ねえ、そういえば今日って酒は用意しなかったの?」
「お酒? あ、うん、迷ったんだけどね……」
 ファーシーは簡単に会場を見回してから、話し始める。
「こういうバイキング形式だし、飲めない人とかが間違って飲んじゃうかもしれないでしょ? だから、今回は無しにしようってことになったの」
「といっても、それはほとんどあたしが言ったことなんだけどね?」
 ひょっこりとピノが顔を出してきて補足する。確かに、ファーシーはそこまで細かく気を回すタイプでもない。
「ふぅん……じゃあ絶対に飲んじゃダメってわけでもないんだ?」
 モーナはそれを確認すると、彼女達から離れて台所に向かった。
(確か、冷蔵庫に冷えたビールがあったはず……)
 いそいそとしたその背を見送り、陽太はファーシーとイディアに目を移す。子供を――それも自らの子供を抱く姿を見る時が来るなんて、過去の自分に告げたらどれ程驚くだろうか。
「とにかく、その時はこんな風にパーティーが出来るなんて想像もしていなくて……ファーシーさんは、鍋にされそうになっていましたし……」
「……ああ、鍋。そんなこともあったわね……」
「鍋ですか……ありましたわね。わたくし達は報告を受けただけですけれど……」
 環菜が回顧するような表情になり、ラスを見る。ルミーナもすぐに思い出したように彼を見る。エースも心当たりがあるようでうんうんと頷く。
「俺達は遺跡の方に行ってたから話に聞いてただけだけど、そういう騒ぎはあったよな」
「そうそう、その時にラスさんと知り合ったんだよね。懐かしいなあ」
「あの時はファーシーさん、本当に危なかったですよね。ねえラスさん、ファーシーさん」
「そうよ! 馬鹿みたいな話だけど本当にひやひやしたわ」
「…………」
 その現場にいたケイラと大地も話に加わり、ファーシーも膨れ面になる。大地はにこにこと、とても善い人っぽい笑顔を浮かべていた。当時の事をよく知らない榊 朝斗(さかき・あさと)や鳳明も「鍋?」と話の内容の想像がつかずにきょとんとした視線をこちらに向けてきていた。ピノも何のことかよく分からず、でも何だか悪巧みをしていたらしいことは皆の空気で察したらしい。
「ナベ? ……おにいちゃん、ファーシーちゃんに何やったの?」
「いい! いい! 知らなくていいから!」
 意地悪してたら承知しないよ? というように見上げられて、ラスは慌てに慌てた。天に召そうとしていましたなんて言えるわけもない。完全に記憶の彼方に飛ばしていたつもりだったが、モーナの制服姿同様、一度できた事実は消えはしない。
 話題から逃れようと咄嗟にアルコールを目で探すがそんなものがあるわけもなく。
「……はい」
 モーナが同情心のこもった疲れた目で缶ビールを差し出してくる。既に開けた1本以外にもう2本指に挟んでいた。助かった、とばかりに1本受け取り、2人で勝手に酒盛りをする。それを見て、エースが小さく声を上げた。酒類はパーティー用には用意されていなかったが、さすがは家主だ。
「あっ、今日はお酒は飲まないようにって……!」
「子供が飲まなきゃいいんだよね?」
「ガキが飲まなきゃいーんだよな?」
 しかし、過去を暴かれたモーナとラスは聞く耳を持たない。
「台所に来た時からもう、説得できなさそうな雰囲気でしたよ」
 追加の軽食を持ってきたエオリアが苦笑してエースに言い、食器を回収して入れ替え、また台所に戻っていく。陽太も少し困ったような顔をしてから話を再開した。
「でも、ちゃんとファーシーさんを機晶姫のボディに戻せてよかったです」
 当時に起きた事をかいつまんで且つ丁寧に、彼は話した。それから、傍らの環菜に視線を移す。
「当時は、妻が珍しく校長室を離れて、積極的に現地に赴いたりしていたので護衛には気合を入れていました」
「そ、そうだったの……」
 気が付いていなかったようで、環菜は少し顔を赤らめた。
「ルミーナとファーシーが同調したのがきっかけだったけど、乗り掛かった船で最後まで見届けようという気持ちがあったのよ」
「はい、それは伝わっていました。大丈夫ですよ」
 陽太が笑うと、環菜は少し恥ずかしそうな表情をした。
「ファーシーさんが今の姿になってからちょっとして、ろくりんピックが始まったんですよね。ドッジボールの試合、ファーシーさん達も救護班? で参加してくれて」
「? 今、何か語尾が……」
 気のせいかな? と、ファーシーは小さく首を傾げる。それを見て、ピノは気のせいじゃないよ、と内心で呟く。でも、ちょっとは救護の手伝いもしたと思う。ブルマなユニフォームを着てはしゃいだり応援したりしていた記憶の方が強いけど……多分。
 一度救護所、壊れたし。
「何故かリーダー役で緊張したけどすごい熱戦になって……すぐに緊張を忘れて、皆で頑張りました。そういえば、意中の人に膝枕してもらえるって話があったけどデマだったなぁ……」
「あら、そんな噂があったの?」
 環菜が初耳だ、というように陽太を見て瞬きをする。
「はい。環菜に膝枕してもらいたくて……いえ、チームの為に頑張りました」
 照れた様子で言い直す。だが環菜は、特に表情を変えることもなく以前の記憶を辿っていた。
「ドッジボール……確か、あの時の結果は……」
「あ、俺達が……西チームが勝ちました」
 はっと気付いたように陽太が答える。そう聞くと、環菜はあっさりと当然の如く言葉を続けた。
「そう。じゃあ後で膝枕してあげるわね」
「えっ……、ほ、本当ですか!?」
「何赤くなってるの。膝枕くらいしてあげるわよ」
 呆れたような表情で環菜は言う。今や全てを知る間柄で、ためらう理由も断る理由もどこにもない。
「では、わたくしも後でして差し上げますね、隼人さん」
「! る、ルミーナさん……!?」
 続けてにっこりと、ルミーナも言う。今や2人は恋人同士で、ためらう理由も断る理由もどこにもない。
「あの時の隼人さん、とても頑張っていましたから」
「あ、ありがとう、ルミーナさん……」
 隼人も照れ笑いを浮かべ、ルミーナと向かい合って微笑ましい空気を作り出す。
「そういえば、アクアさんがわたしを見つけたのもろくりんピックだったのよね?」
「え? あ、は、はい……」
 たまたま思い出したらしいファーシーに無邪気に聞かれ、アクアは戸惑いを含んだ答えを返す。TV放送を通じて彼女を見つけたのは事実だ。だが、その事を思い出すと芋づる式に当時の自分の行動も甦るので出来れば蓋をしておきたいところだ。
「どっちで見かけたの? ドッジボール? 障害物競走?」
「障害物……でしたね。観客席が映った時に……」
 答える毎に、アクアの顔が赤くなっていく。つい、ファーシーに手紙を書いていた時の心境をまざまざと思い出し――
「…………!!!」
「はい」
 切実に穴があったら入りたい気分になった時にモーナからビールを渡され、反射的に封を開ける。だが、一気に半分程を開ける最中でモーナ達に襲撃者AとBを送ったことにも思い当たり、アクアは合わせる顔が無いとモーナから目を逸らした。目を逸らしたまま、今更のように彼女に言う。
「あ、あの」
「ん?」
「あの時は……すみませんでした……」
「あの時? ……あー、いーのいーの。大して実害も無かったしさ」
 軽く手を振り、さっぱりとモーナは笑う。そして、その笑顔のままにさらりと言った。
「ていうか、アクアって素直になると可愛いよね。冷静な時とのギャップっていうかさ」
「……! か、可愛い……ですか……!?」
 アクアは動揺を誤魔化すように缶ビールに口をつける。その様子を、ファーシーはにこにこと眺めていた。初め、アクアが慌てだした時はよく理由が解らなかったが、2人の会話を見ているうちに何となく解って。平和になったなあ……と、心から思う。
「そうだ俺、ファーシーさんにはとても感謝しているんです」
 陽太から声を掛けられたのは、そんな時だった。
「え? わたし?」
「はい。環菜を一度失って俺が絶望に沈んでいた時……空京でファーシーさんと話して、とても元気づけられて……。本当にありがとうございました」
 ファーシーはあの時、泣いているようだった。色々と大変だったはずなのに、それでも、笑顔を向けてくれた。
「空京で……? あ、もしかして……」
 心当たりに至ったようで、彼女は軽く目を開いた。意思を交し合い、お互いの“その時”が同じであることを何となく認識する。
「……ちょっとファーシー、あなたには他に見つめあう相手がいるでしょ」
 そこで環菜が、少しふてくされたように2人の間に割って入る。本気ではなくポーズであることはその表情から明白で、陽太は環菜の顔を見て「そうだ」とファーシーに明るい笑顔を向けた。
「入院中、環菜のお見舞いに来てくれましたよね。あの時、環菜、とても喜んでいたんですよ」
「ちょ、ちょっと、陽太……」
 それを聞いた当の本人は、慌てて彼を止めようと体の前で手を動かす。しかし勿論、その全ては手遅れであり。
「そうなの? 何か、騒いで帰っただけのような気がするんだけど……気晴らしになったなら、良かったかな」
 そう言って笑うファーシーに、環菜は恥ずかしそうにしつつも口を開く。
「そ、そうね、来てくれたことには……感謝してるわ」
 何だか何か飲みたい気持ちになって周囲を見回す。ビールがまだ残っていないかと思ったのだが。
「皆、クリスマスプレゼントにワイン持ってきたわよ。あ、お酒を飲めない人と未成年はお断りね」
 ちょうど、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が高級ワインの栓を開けるところだった。念のため、というように子供達に向けて一言加えてからグラスにワインを満たしていく。
「じゃあ、俺達も頂きましょうか、環菜」
「そうね。1杯もらいましょう」
 陽太に言われ、環菜は1も2もなくグラスを取りに行った。クリスマス用に夜の女王のドレスを身に着けたルシェンは妖艶で美しく、だが持ち前の明るさもあって近寄り難いということもない。
「よし、アクアさんもせっかくだから一緒に飲もっ。モーナさんも!」
「……そうですね、では1杯……」
「うん、じゃあもらおうか」
 次々と注がれ、まだ水の波紋を残す赤ワイングラスを鳳明はアクアとモーナに手渡した。そうして、会場にいる成人以上の面々もそれぞれにグラスを手に取っていく。乾杯しようという雰囲気は、その中で自然に生まれていった。
「ルミーナさん、俺達は……」
「ええ。やめておきましょうか」
 隼人とルミーナはこの後の予定を考えて冷茶の入ったコップを持った。ファーシーもどうしようかときょろきょろする。
「えっと、わたしは……」
「ファーシーさん、はい、ハーブティー」
 お酒は飲んだことがないけれどもうオトナだし、どうしようかなと迷っているとそこでエースが温かいハーブティーを出してくれた。
「あ、ありがとう!」
 ほわん、とティーカップから立ち上ってくる香りに、ファーシーは幸せそうな顔をする。
「子供だけじゃなくて、この時期のお母さんにもアルコールはまだ良くないからな」
 傍に居るイディアに目を落とすと、彼女はアイビスの作った温かいミルクを持っていた。おしゃぶりの部分をくわえ、こくこくと飲んでいる。彼女には、まだまだアルコールは早いだろう。
「大体行き渡ったかな」
 ルシェンはグラスの殆どが皆の手に渡ったのを確認すると、自分の分のグラスをテーブルから取って顔の前に掲げる。
「メリークリスマス♪」
 そして、再び皆は乾杯した。
「来年はいい年である事を願いつつ、しっかりと楽しんじゃいましょうね!」