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種もみ女学院血風録

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種もみ女学院血風録

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☆ ☆ ☆


 続いて面接室に訪れたのは、普通の学生に見えるパラ実生だった。
 言葉が通じそうな相手と思い、鈴子は相応の姿勢で面接を行う。
「……もちろん、私達はどの学校とも友好関係を築きたいと思っております」
 桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)は面接を受けにきたパラ実生男子に穏やかにそう言った。
 清らかな微笑みながら、ほんの少し目元に困ったような色を見せているのだが、パラ実生は気づいていない。
 どの学校とも友好関係を築きたいという言葉に舞い上がっていた。
「じゃ、じゃあ俺も明日から百合園に通えるんだな!?」
「……え?」
「そうかぁ〜、憧れの花園に俺も仲間入りかぁ〜」
「あの、あなた、まさか本気で百合園生になりたいんですか? 種もみ女学院と姉妹校締結のためではなく……?」
 戸惑う鈴子にパラ実生はニカッと笑って言った。
「あれ? 百合園と生徒交換の話じゃなかったのか? 外で生徒会長と百合園の子が仲良く植林やってたから、俺がここに来るまでにもうそこまで話が進んだのかと思ったんだが」
「残念ですが、まだそこまでいってませんわ。確かにそれも一つの未来図ですけれど、姉妹校となるかどうかは別問題です。仮にあなたの認識通りに話が進んでいたとしても、あなたが交換生徒として百合園に通うには『切って』いただく必要があります」
「切る……」
 パラ実生の笑顔はみるみる強張っていった。
「いや、そりゃあんまりだろう。アンタ、おっぱい削れって言われたら削れるか? やむを得ない事情ならともかくよ……冗談だよな?」
「ううん、それも一つの手段だよ!」
 バンッと扉を開けて入って来た何者か。
 一斉に声の主のほうを見る。
「ヤ●ザ!?」
 純白のスーツに身を包み、大きく開けた胸元には数々の修羅場を潜り抜けてきた証。鋭利な目つきは只者ではない雰囲気を充分すぎるほどに放っている。
 なぜここに裏社会の人間が来たのか、とこの場にいる人達に緊張が走った。
 同時に、見た目によらずずい分かわいい声としゃべり方だな、という感想を抱かせた。
 緊張感に空気が張りつめた時、ヤク●の体が横に押しのけられた。
「もう、いつまでも入口ふさいでないでよ」
 ●クザの後ろから現れたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)
 そして謎のヤ●ザは清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だったのだ。
 詩穂はずんずん前に進み出ると、パラ実生をまっすぐに見て言った。
「宦官になるのもパラ実の未来のためになるよ。たとえばキミがアイシャ様の近くに仕えたいと思った時。異性だと危険視されるかもしれないよ。でも、もし宦官だったら、その度合いも格段に減るよね。そしたらがんばりしだいでは名誉ある職につくこともできて、これからのパラ実を衰退させることもないはずだよ!」
「そ、そうなのか?」
 戸惑うパラ実生に、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が身近な話題で補足する。
「石原財団というものがあるそうですね。パラ実のバックアップがこの財団しかないのでしたら、石原校長亡き後のことが心配ですわね。キマク家も古王国時代ほどの力があるかどうか……。それらを考えると、宦官として宮殿に出仕し、各国の有力者とつながりを得るのも手かと思うのですわ」
 戸惑いに不安を混ぜた表情で、パラ実生は確認するように鈴子を見た。
 すると、詩穂も鈴子に目を向けて、ゼスタさんも……と続ける。
「パラ実の講師なら、率先して宦官になるべきですよね? パラ実の未来のために、一丸となって覚悟を示すべきですよね!?
 パラ実には改造科があるから取り外し可能に……ううん、そんなの甘いよね。だって、『種もぎ女学院』を作るんだもんね!」
「『種もみ』だー! 勝手にもぐなっ」
 反射的に怒鳴ったパラ実生とは対照的に、鈴子は唖然としていた。
「……詩穂さんは、そういう考えをお持ちなのですね」
 ようやく鈴子は言葉を絞り出した。
「宮殿への出仕なんて考えたこともなかったけどよ、男は切らなきゃダメってことなのか? じゃあ国家神が男だったら、女はどうするんだ? やっぱりおっぱいを……クッ、そいつは悲しすぎるぜ」
「ちょっと、落ち着いてください。宮殿にはそのままの男性の官僚もいると思いますよ」
「そ、そうか……?」
「国家神となられる方々の強さはご存知でしょう? 本気で拒絶すれば男性も女性もないのですから。だから泣かないでください」
 百合園にうかつに手を出すのは危険だと知らしめるための面接だったはずなのに、なぜかパラ実生を慰めている鈴子だった。


 時間はほんの少し遡る。
 詩穂が面接会場に入って宦官になることの利益を説いている頃、待合室でも同様のことが起こっていた。
「もし、種もみ女学院が宦官科として認められるなら、オアシスの救済も夢じゃない」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)がキッパリ言うと、パラ実生達は一歩も二歩も彼から引いた。
 そんな彼らに、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)が続ける。
「よいか。物事にはメリットとデメリットがある。百合園の助けを得たければ、諸君らも彼女達に何かを差し出さねばならん」
「まさかそれが、俺達の……」
 その先は恐ろしくて言えない、というふうに口をつぐんだパラ実生に、フリーレは重々しく頷いた。
「安全に無償で得られるものなどあると思うな。思い出してみろ。シャンバラの発展は地球勢力あってこそだが、それに伴う軋轢はあり、今もまだ続く。それでも、地球の力がなければ今のシャンバラはなかったのだ。
 政治は、常にそういった取捨選択が求められる」
 フリーレの厳しい言葉にパラ実生は面接受ける前から震え上がってしまった。
 しかし、そこで陽一が希望を見せる。
「宦官は国の歴史の象徴たる女王に仕える重職だ。そこから得られる恩恵は、君達が払った犠牲に十二分に報いるだろう。荒野を蘇らせ、シャンバラの同胞と手を取り合い、自分達の国の歴史を新たに紡いでいく意志があるなら、息子を委ねてほしい」
「女王に仕える重職か……。ところで、お前も宦官になるつもりなのか?」
 一人のパラ実生の問いに、陽一は薄く笑んで頷いた。
 そして、彼らに手のひらに乗るくらいの大きさのケースを見せた。
「ここに、俺の決意の証がある」
「マジで!? おまえそれでいいのか!」
「実はな……」
 陽一は声をひそめると、パラ実生達に真実を打ち明けた。
 パラ実生達の目が驚愕に見開かれる。
「パラ実改造科はそこまで……!」
「君達の気持ちだってよくわかってるつもりだ。それを、これから彼女達に交渉しにいく。彼女達もそこまで無理は言わないだろう。だから、君達も安心して宦官科に進んでくれ」
「いやそれは……」
 陽一の決意と行動力には驚きを通り越して尊敬の念すら抱いてしまうパラ実生であったが、宦官になるかどうかはまた別である。
 陽一はそれ以上は何も言わず、何やらすすり泣く声が聞こえる面接会場の扉を開けた。

 うちひしがれるパラ実生とそれを慰めているらしい様子の鈴子に、陽一はだいたいのことを察した。
 彼はパラ実生の傍らに膝を着き、そっと背に手を置く。
「そんな落ち込むな。大丈夫、パラ実改造科はちゃんとやってくれる」
「……?」
 言われたことがわからず、疑問符を浮かべるパラ実生に安心するような笑みを見せると、陽一は鈴子に向き直った。
「あなた方が宦官科を認めてくれるというならありがたい」
 その言葉に鈴子はきょとんとする。
 詩穂も興味深そうに成り行きを見守っている。
 陽一は真剣な表情で続けた。
「ただ、子作りは愛の営みともいう。今日の我々の世界は、古来から紡がれるその営みがあればこそだ。多感な少年からその力と機会を奪うのは、果たして教育的だろうか」
「……はあ」
 陽一が何を言わんとしているのか、まだ鈴子には見えていなかったが、何となく突拍子もないことを言い出すのではないかという予感はあった。
 陽一は鈴子に理解してもらおうと、より熱心に語った。
「宦官も、時代に合わせたあり方があると思う。パラ実改造科なら、公私に応じた息子の着脱も可能! 愛の営みの時だけでも、装着許可を頂けないだろうか」
 そう言って、陽一はあのケースを差し出した。
「このケースの俺の息子を桜谷先生に委ねます。真に宦官を志すパラ実生の息子もあずかってくれませんか? その気がなければ、俺のは返してくれなくて結構です」
 鈴子は赤い顔をしていいのか青い顔をしていいのか、もうわからなくなっていた。
 あまりにも予想外の出来事に、思考が停止してしまった。
 しかし、目だけは差し出されたケースを見つめている。
 陽一の様子から、本当にパラ実改造科に行ったのだろうと思った。
「あの、今さらかもしれませんが、体は大丈夫なのですか?」
「心配ありません。多少の不便はありますが、パラ実の未来には変えられないから」
「不便って、何だよ……?」
 おそるおそる質問したのは、さっきまで嘆いていたパラ実生だ。
「たいしたことじゃない。デリケートな部分だから、毎日のケアが欠かせないとか、装着している時に心や体に激しい負荷がかかると落ちたりするが、その程度だ」
「それはつまり……実際いたしてる時に落ちたりとか……」
「パラ実生なら、根性で落とすなよ」
 陽一に強く睨まれ、いろんな意味でパラ実生は怯んだ。
 ようやく頭が働き始めた鈴子は、陽一に言った。
「……あなたの決意のほどはよくわかりました。ですが、他のパラ実の皆さんはどうなのでしょう?」
 鈴子がパラ実生に目を向けると、彼はふるふると首を横に振った。
「皆さんの同意を得られなければ、このお話しは流れてしまうでしょう。それと……こちらはあなたが大事に持っているべきだと思いますわ」
 と、ケースを差し出す陽一の手を、そっと押し戻した。
 その時、酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が不思議そうに鈴子の顔をのぞき込んで言った。
「あなた個人はどうなの? お兄ちゃんの意見にパラ実のみんながいいよって言ってくれたら、協力してくれる?」
「協力とは……ちゃ、着脱可能の宦官を認めるかどうかとでしょうか?」
「うん。だって、鈴子ちゃんも百合子ちゃんも、みんなみんなお●ん●んから生まれてきた……むぐっ」
「ごめんっ、桜谷先生! ……ややっこしくなるから、美由子はちょっと黙ってろ」
 伏字の限界に挑戦し始めた美由子の口を手でふさぎ、陽一は鈴子に謝罪した。
 美由子が援護しようとしてくれているのはわかったが、面接の場にふさわしい言葉はないし、女性に聞かせる言葉でもなかった。
 しかし美由子は言い足りないようで、口がダメなら手で……と近くで呆気にとられているパラ実生の股間をぎゅっと掴んだ。
 パラ実生の顔が、何とも言えない驚きの表情になる。
「むが、もがふが! ふぁっふぉんぐがー。んふむぐも」
「はいはい、わかったから。ちょっとこいつ、外に出してきます」
 美由子の言っていることはわからなかったが、とんでもないことを口にしているだろうことは、その場の誰もが想像できた。
 取り残され、石のように固まったパラ実生は思った。
(あの子、俺に気があるに違いねぇ!)
 パラ実の女も悪くないかもと思いつつ、彼はフラフラと面接会場を後にした。