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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

 巨大な猟犬とともに軍用バイクを疾駆させ、クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は薔薇の学舎周辺のゲート探索にあたっていた。
 解放した校舎にも、続々と避難してきた市民は集まっている。黒い靄も、死霊どもも、近寄らせるわけにはいかない。
 黒い靄と死霊が放つ饐えた不快な臭いを、猟犬は正確に覚えていた。今も、ほぼ迷い無く、その巨体を揺らし一目散に走って行く。
 クリストファーと同じく、ゲートを発見次第援軍を呼び、同時に要救助者を探して運ぶことの繰り返しだが、その数は一行に減らない。まるでモグラたたきのように、一つ潰しては一つ現れる、そんな感じだった。
「それにしても、きりがないね」
 思わず、クリスティーはHC越しにクリストファーに呟いた。
「本気でタシガンを穢そうというよりは、時間稼ぎに思えるよ」
「そうかもしれないな」
 クリスティーは同意しつつも、どこかその声は虚ろだった。
「どうかした?」
「あ……いや、レモあの楽譜を受け取った頃かな」
「ああ……」
 あの楽譜は、先にカルマにあって、その声質を確認してから二人が用意したものだった。成長したレモはおそらく声変わりをしているだろうが、はたしてどんな声になっているのかは、予想でしかできなかったが。
 レモの決断については、二人はとくに意見をしなかった。ただ、タシガンを守り、そこに必ず帰ってきてほしいというだけだ。その気持ちが、あの楽譜にはこめられている。そしてそれを、きっとレモは感じ取ってくれているはずだった。
「また特訓してあげないとな」
「そうだね」
 クリスティーが頷いたとき、ひときわ激しい声で、猟犬が吠えた。
「……行ってくるね」
 ゲートを察知して、クリスティーはハンドルを握る両手に力を込めると、正面を見据えて犬の後を追った。

 クリスティーが発見したゲートは、やはり薔薇の学舎に近い場所にあった。
「こんなところにまで……」
 早急に手を打つ必要がある。クリスティーの報告で、周辺をパトロールしていた堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)らが、すぐに駆けつけた。
 クリスティーが呼び出した光る「なにか」が、ヒビのはいった空から次々と落下してくる。光輝く弾のようなそれに触れた黒い靄が、一時的にせよ薄まり、ゲート本体の位置がよりはっきりとわかるようになる。
 同時に、這い上がってきた幽鬼やグールの類いが、ゲートから彼らにむかって襲いかかってきた。
「いきましょう」
 ヴォルフラム・エッシェンバッハ(う゛ぉるふらむ・えっしぇんばっは)と、一寿が、それぞれ刀を構え、ゲートに向かって切り込んでいく。その後ろから、ダニー・ベイリー(だにー・べいりー)ランダム・ビアンコ(らんだむ・びあんこ)が援護にまわった。
 ダニーは後方から、激しく銃を撃ちまくり、弾幕でゲート前のモンスターを排除する。物理攻撃がきかない相手対しては、ヴォルフラムの操る『火術』の火球がその牙をむいた。
 同時に、クリスティーの呼び出した分身も、まばゆいほどの光で幽鬼を払っていく。
(とにかく、ゲートを封印しなくてはねぇ)
 その一心で、一寿は死霊たちは仲間に任せ、ゲートへと脇目も振らず突き進んだ。
 本当ならば、破壊したいところだが、ルドルフとも事前に話し合ったものの、これという解決策は見当たらないままだった。
 ヴォルフラムが薔薇の学舎やラドゥの屋敷の図書室で過去の文献にも目を通したものの、手に入った情報は怪しげな伝承のみだ。
「『穢れ』を払う決定的な手段……聖なる力……無垢な魂の、見返りを望まぬ犠牲……?」
 どうにか見つけた伝承で、そう詠われていたにすぎない。ルドルフにも報告はしたが、「確証もないことだし、犠牲を必要とする方法は、僕は賛成できないな」とのことだった。
 今のところは、やはり、氷の蓋によって封印する他になさそうだ。
「……くっ」
 襲いかかる幽鬼から身をかわし、同時にヴォルフラムが一寿を守るように剣を振るう。光と炎が黒い靄のなかで轟音を立てた。
「……一寿」
 混戦を背後から援護していたランダムは、不安そうに呟く。
「いいか、ランダム。おまえが俺達の事、大事に思ってくれてるように、お前も俺達にとっちゃー大切な『家族』なんだからな? あんまり無茶しやがると、あとが酷いぞ??」
 ダニーがアーミーショットガンをかまえたまま、念のためランダムに釘を刺す。
 以前、やはりゲートを前にしたとき、ランダムは一寿たちのために無謀ともいえる行動をとった。それを気にして、今回は後ろからのサポートに徹しろと、先に一寿はよくよく言い聞かせていたのだ。
「わかってるよ」
 ランダムはそう答えはするものの、もどかしげにその手を握りしめていた。
「はっ!」
 気合とともに、一寿のブーストソードがゲートへと振り下ろされる。『アルティマ・トーレ』の冷気が、触れたゲートの一部を氷り漬けにした。
 このまま、ヴォルフラムも同じように『アルティマ・トーレ』で氷結させる。その計画だった。しかし。
 グオォ……!!
 激しい咆哮とともに、一匹の穢れた巨大蟲が、ぬらぬらと粘液をまとわせながらゲートから顔を突き出してくる。
 ゲート全体をすっぽりと覆ってしまうほどの直径をした、巨大な蠕虫が、その身をねじりよじりながらずるりずるりと這い上がってこようとしている。まき散らす臭気とともに、吐き気を催すほどその姿は醜悪だった。
「…………っ!」
 不意をつかれ、一寿がよろめく。
「一寿ぁ!」
 ダニーがすぐさまありったけの弾丸を蟲へとぶち込む。火力に怯んだのか、蟲は身をよじり、一端は一寿から離れた。しかし、同時に巻き散らかされた蟲の穢れた粘液は硫酸のように一寿の肌を焼き、痛みに一寿の顔がしかめられる。
「!!」
 ランダムの目が見開かれた。そして、同時に。
『ほらほら、本当に見てるだけでいいの? 大事なカレが、傷ついてるのに?』
「……ア……」
 ランダムにだけ聞こえるその『声』は。
 甘ったるくも、不気味な低い響きで、ランダムを惑わせる。
『アナタなら、助けられるんじゃないの?』
 ――ヴォルフラムは言っていた。あのゲートを破壊するには、『見返りを望まぬ犠牲』が必要なのだと。
 それならば、自分がなればいい。そうすれば、助かるのなら。
「ランダム!」
 その場にいた全員の意識が、のたうつ蟲にむかっていたせいもあるだろう。ダニーの声を振り切り、ランダムは己に『パワーブレス』をかけ、『バニッシュ』の力を全解放しながら一気にゲートへと突撃していった。
 さながら、光の矢のように。
『そう、そのまま飛び込んでいっちゃいなさい! その命を捧げるのよぉ』
「一寿……苦しめる、ヴォルフィ、ダニーいじめる、悪いモノ、消えろ、きえろ、キエロ!!」
「――!!」
 ヴォルフラムは、その瞬間、不意に理解した。
 あれは、ねじ曲げられた伝承だ。
 ゲートが欲しているものは、犠牲に過ぎない。その命をもって、さらにその力を増そうというだけなのだ。
「いけません、ランダム!」
 ゲートが広がれば、あの蟲は今度こそ這い上がってくる。しかし、我を忘れたランダムに、ヴォルフラムの声は届かない。
 しかし。
「キエ………!」
 ランダムの声が、止まった。
「だから、ダメだと約束しただろう?」
「一寿……」
 突撃してきたランダムの体を、一寿はなんとか全身で受け止めていた。体格差はほとんど無い上に、力ではランダムのほうが上だ。ごほっと、衝撃に一寿は鈍い咳をする。
「私……また……?」
「大丈夫だよ。それに、君が悪いんじゃないでしょう?」
 みるみるうちに金の瞳を潤ませたランダムに、一寿は微笑んでみせた。契約者である一寿にも、あの『声』は聞こえていたのだ。
『あら、残念だわ。いい犠牲になってくれそうだったのにな〜』
 今度の『声』は、全員の耳に届いた。
「……ソウルアベレイター?」
「ニヤンよ。せっかくだから名前で呼んでほしいわぁ〜。可愛い坊やたち♪」
 ついにその姿をニヤンがタシガンに現す。
(このままじゃ、まずいね)
 この人数だけで、太刀打ちできる相手では到底ない。クリスティーはそう冷静に判断し、急ぎ、援軍をルドルフへと要請したのだった。