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タングートの一日

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タングートの一日
タングートの一日 タングートの一日

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4.タシガンの薔薇たち


 タシガンでは、平穏な空気が流れていた。
 研究所近くに残された、タングートへと繋がるゲートは、今は専用の建物が作られている。不用意に通行する者がいないよう、念のため警備下におかれているのだ。
 現在は、薔薇の学舎と教導団の関係者が協力して警備にあたっている。
「今頃、皆は楽しんでいるかな」
 今日の通行者リストは、いつになく多い。並んだ名前を見つめ、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)はそう呟いた。
 タングートに対して興味がないといえば嘘になるが、いついかなるときであろうと、備えを怠ることはできない。自分の本来の任務は、あくまでタシガンの、ひいてはパラミタの守備だ。そしてそれを継続し全うすることで、平和への喜びを表すというのが、トマスの考え方だった。
 きりりとした表情で、ゲート警備を続けるトマスの前に、タングートからアステラが戻ってくる。
「はぁ、戻った戻った」
 ひらひらと派手な羽織を翻しているアステラに一瞬驚いて、それからすぐにトマスは元通りに顎を引いて口元を引き締める。
「お帰りなさいませ。……アステラさんでしたね」
「うん、ただいま」
 帰還した印をデータに残し、トマスは「お久しぶりです」と一礼をする。
 アステラとは顔見知りであるし、礼儀正しさをアピールすることも大切だと思うからだ。
 すると、アステラはにっこりと笑って、「いいね、美少年が出迎えてくれるっていうのは」と明るく言う。
「君が待っててくれるんだったら、お土産くらい買ってくればよかったよ。ああ、そうだ。この着物、着る? きっと似合うよ」
 羽織っていた女物の着物を差し出され、トマスは丁重にお断りする。
「任務中ですので、お気になさらずに。お気持ちだけ、ありがたくいただきます」
「そう? 見てみたかったけどなぁ」
 アステラは心底残念そうに唇を尖らせる。
「タングートは、いかがでしたか? 調査目的とのことでしたが」
「うん、まぁ、綺麗なとこだったよ。ただ、可愛い男の子がいないのが残念かな。せめてふたなりちゃんならまぁなんとかだけど、ぱっと見じゃわからないしねぇ」
「ふた…??」
 なんの意味だろう、とトマスは内心で小首を傾げたが、それ以上にアステラは一体なんの調査をしにいったのやら、だ。
「やっぱり僕はタシガンが一番かな。……ああ、そうだ。ねぇ、君の今夜の予定は?」
「僕の、ですか?」
「うん。以前、秘密を教えてあげるって約束したでしょう。この間はさすがに、そんな暇もなかったけど……今は、ね?」
 そう、艶めいた眼差しをアステラはトマスにむける。
「その件ですか……」
 トマスがそう思案したときだった。
「おおっと、暴れ馬が〜〜〜!!」
「??」
 大声をあげて乱入してきたのは、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)だった。
「馬?」
「暴れ牛かもしれませんが、とにかく外で異変のようです。トマス坊ちゃん、ここは私に任せて、外を!!」
「わかった!!」
 頷いて、トマスはさっそく外へと走り出ていく。残されたアステラは、「あーあ」とつまらそうにぼやいた。
「ちょっと、野暮じゃない?」
「なんとでも。『あーいーうーえーおー』の、5音だけでページが埋まるようなストーリー展開は断固阻止させていただきます!」
「大丈夫だよ、どのみち直接的なシーンはとばされるから」
「メタ発言もご遠慮くださいっ! それに例え、椿の花がぼとっと落ちるだけであろうと、トマス坊ちゃんに関しては許しません!」
 言い切った子敬が、ぜぇはぁと肩で息をつぐ。
「じゃあ、貴方の夜の予定は?」
「私もお断りしますっっっっ!!!」
「残念」
 真剣すぎる子敬が逆に楽しくてならないのか、アステラはくすくすと笑っていた。
 トマスの貞操も危ぶまれるが、もしかしたら、子敬の貞操のほうも危険なのかもしれない……。



「そう。やはりタングートにも、影響はでているんだね」
『ま、良い影響だから、わざわざ取りざたはされないと思いますけどね。あくまで微弱なものですし。……僕の考えについては、後で報告書を送ります』
「わかった。ありがとう」
 礼を言うと、アステラとの通話をルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)は終了させた。
 ルドルフがいるのは、薔薇の学舎の校舎ではなく、薔薇園にあるゲストハウスだ。薔薇の学舎は女子禁制のため、来客の際にはこちらを使うこともある。とくに、今回のような場合は。
「待たせてしまったね。失礼をお許し願おう」
 その一室でルドルフを待っていたのは、今は共工公認の部隊となったKSG――共工好き好きガールズのうち、代表として選ばれた三名と、彼女らを率いるララ・サーズデイ(らら・さーずでい)、そして立ち会いのように同席したリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)たちだった。
 ルドルフが入室するなり、彼女らは立ち上がり、胸の前で拳に拳を当てる中華風の礼をする。
 日頃、おしゃれも武道と同じに大切にするKSGの面々だが、今日は濃紺の細身のパンツスーツ姿で揃えている。だがそれも、独特なデザインが施された、なかなかセンスのよい代物だ。タシガンに来るならば、逆に男装も礼儀と考えたらしい。
「ルドルフ校長。本日はご挨拶の機会を頂き感謝します。本来なら共公自ら参るべきところ、やむなく我等が名代となりましたことをお詫びいたします」
 ララが緊張した面持ちでそう口にする。だが、横からそれをリリが無遠慮に遮った。
「堅苦しい挨拶は省くのだ。これは紅華飯店で評判の土産物なのだよ。上品に甘く煮た豆を詰めた蒸しケーキなのだ。それを桃の形に成型してある。まさに食べる芸術品なのだよ」
 特製の桃まんを差し出し、リリがざっくばらんに説明をする。
「せっかくだから、ここで皆で楽しむというのいかがか?」
「リリ……」
 ララは顔をしかめるが、内心ではどこか安堵もした。
 リリにしてみれば、この場では別段、どちらの側の人間というわけでもないため、緊迫する必要もない。ただどうせなら、この桃まんがまだ暖かみを保っているうちに賞味したほうが明らかに美味だ、というのは事実だ。
「たしかに、それは素敵だね。良ければ、お茶を用意させるよ」
「是非、頼むのだよ」
 ルドルフの指示で、応接室のテーブルの上に熱いお茶が並んだ。茶葉も、KSGが手土産にと持参したものだ。
 ルドルフは甘い物を苦手にしているが、ほんのりとした上品な甘さは口にあったらしい。お茶の花の香りが漂うにしたがって、自然と場の緊張もほぐれていく。
「ところで、何故君がKSGの代表として?」
 ルドルフに尋ねられ、ララは「色々とあったんだ」と前置きをしつつ、タングートでの出来事をルドルフに語った。
「それで、黒い太陽を捕らえるのに手を貸したのが彼女達KSGなんだ。魔術一番の白花蛇に剣術一番の小旋風……」
 話に交えて、ララは代表メンバーを一人一人そう紹介する。
「なるほど。それは、僕としても礼を言わなくてはいけないね。ありがとう」
 ルドルフが微笑んで礼を述べると、ガールズは恐縮してまた礼を返した。
「しかし、だ」
 自分の分の桃まんはとうに平らげたリリが、お茶を片手にそう切り出す。
「ガールズの気概は買うが、いかんせんタングートは人材不足なのだよ。共公、相柳は別格の強さだが、その下が続かないのだ。ザナドゥの住人は個人主義が強いのだな」
 そう。彼女らの訪問の真意は、そのことにある。ララはまっすぐにルドルフを見つめ、口を開いた。
「ルドルフ…校長。分校を作ってはどうだろう? ソウルアベレーターは遠からずまた侵攻してくる。その時、タングートが前線として機能できるように、先ずはガールズから育てていきたいんだ」
「できれば人材育成のため、薔薇の学舎の名で指導者を派遣して欲しいのだよ」
「なるほど……」
 ララとリリの意見に頷き、ルドルフは暫し黙り込む。それから、優雅に小首を傾げ、並んだガールズにむかって尋ねた。
「確認をさせてほしいんだ。僕は協力ということならば惜しむつもりはないよ。ただ、薔薇の学舎には、生徒だけでなく教師も含め、男性しかいない。……君達は、男性相手に、教えを請うことができるのかな?」
 長く女尊男卑の文化が続いてきたタングートだ。このところ、かなり改善はされたとはいえ、抵抗はあるだろう。それをルドルフは確認したかった。
 すると、そのうちの一人……白花蛇と呼ばれた娘が、ややあって答えた。
「率直に申し上げれば、抵抗はあります。私だけではなく、ほとんどの民がそうでしょう。……けれども、それ以上に、共工様のためになるのであれば、喜んで礼を尽くす所存です」
「ありがとう。正直に答えてもらえて、嬉しいよ」
 ルドルフは、そう言うと、ララに向き直る。視線があうとつい高鳴りそうになる胸を押さえ、ララは毅然とした態度でルドルフに尋ねた。
「どうだろうか」
「分校については、薔薇の学舎でも提案があった。そちらからも要請してもらえるというのなら、より具体的に検討をしていくよ」
「……感謝する、ルドルフ校長」
 安堵の息を密かにもらし、ララはそう答え、リリも満足げに頷いたのだった。