天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

お月見の祭り

リアクション公開中!

お月見の祭り
お月見の祭り お月見の祭り お月見の祭り お月見の祭り お月見の祭り

リアクション

 お餅つきをしている広場に、『たいむちゃん茶屋(かふぇ)』と書かれた看板の掲げられた飲食スペースがあった。
 和風な雰囲気のカフェで、テーブルと椅子ではなく、幅の広い長腰掛けを中心とした休憩スペースが設けられている。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
 忙しそうに接客にあたっているのは、浴衣姿のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)だ。
 たいむちゃんにお餅をもらいに来るカップルは後を絶たず、カフェで休息をする人も少なくない。
「ええと、お抹茶と和菓子に、ずんだもちですね。あと、カップルさん用ハートケーキも追加と……」
 厨房では同じく浴衣姿のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、お餅を味付けしたり、お雑煮やお汁粉を作ったりして、忙しなく走り回っている。
「いそがしいのだー」
 とはいえエオリア一人では忙しすぎるので、浴衣を着せられたポムクルさんたちがところどころで手伝いをしている。そのおかげか、大繁盛している店が上手く回っているようだ。
「はいはいね、お月見に行くと言ったって、カフェをすることになるだろうと思っていたよ。こんな事もあろうかとメイドロボを連れて来ているので、存分に使ってくれたまえ」
 そんな中、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、これまた浴衣姿のメイドロボに接客と厨房の双方をサポートするように命令して、自身はゆったりと湖畔の風景を眺めて楽しんでいた。

「恋人たちにこうして休息のスペースを提供できるのは、嬉しいことだね。皆幸せそうだ」
「そうね。わたしがメシエと楽しい時間を過ごしたいと思うから、他のカップルさんにも幸せな時間を過ごして欲しいもの」
 エースとリリアは、休息をしているカップルたちを眺める。
「おてつだいなのだー」
 そんな中、足元ではポムクルさんたちがせっせと運ぶ手伝いをしている。
「いやん、可愛いわ。可愛すぎるわ……!」
 リリアが思わずポムクルさんたちの可愛さに悶えた時、新たなお客さんが現れた。

「うーん、やっぱりつきたては柔らかさが違うわね!」
 お揃いの浴衣を着、しっかりと髪を結ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、たいむちゃんからもらったつきたてのお餅を食べながら、たいむちゃん茶屋にやってきたのだ。
「あ、そのお団子もちょうだい。お茶ももらうわ」
「かしこまりました」
「待って。あれも美味しそう」
 エースが注文を受けていると、厨房で小豆から煮て作ってきたあんこやきなこ、ずんだなど様々なお餅を用意しているエオリアに、セレンの目が止まった。
「とりあえず、あと甘酒追加で。それからお餅も三種類ちょうだい」
 気になった食べ物を、次々と注文していくセレン。
「お月見より餅、ね」
 そんなセレンの様子を、セレアナが内心で溜め息をつきながら、呆れたように、だが微笑ましそうに眺めていた。

「リリアも店のことはポムクルさんたちに任せて、ここでゆっくり寛いでもいいだろう」
 接客のピークも過ぎた頃、メシエがリリアを呼び止めた。
「そうね、そろそろ抜けても大丈夫そうだわ」
 そう言ってリリアは、メシエの隣に座った。メシエの座っていた席は、空の月も池の月も綺麗に眺められる、絶好の場所だ。
「そういえば、さっきたいむちゃんにお餅をもらって来たの」
 そう言ってリリアは餅を半分にして、片方をメシエに差し出した。
「はい、あーん」
 仕方ない、というように応じるメシエだが、そんなリリアのことを愛おしそうに見つめていた。


「あー、お腹いっぱい食べたわね!」
 たいむちゃん茶屋での休息を終えた後、セレンとセレアナは竹林の散策路を歩いていた。
「本当に、たくさん食べたわね……」
「こういう時くらい思いっきり楽しみたいじゃない」
 呆れ顔のセレアナに、セレンは悪びれず言う。
 普段は戦場で命のやりとりをしているのだ、いつ「死が二人を分かつ」ときが訪れるかしれない。そんなことを思うと、セレンは、竹林の間から見える月を見て珍しくセンチメンタルな気分にもなる。
「それに、まだ酒はあるわよ。こっちも楽しまなきゃ!」
 自分の中に残っている感傷をごまかすように笑いながら、セレンは竹林を抜けた。その時、視界に小舟が飛び込んできた。
「そういえば小舟で月見ができる、とかって言ってたわね。舟で月見酒といかない?」
「舟もいいわね。ゆっくりしましょうか」
 そう言ってセレンはセレアナの手を取り、池へと向かった。

「乾杯!」
「乾杯」
 池の真ん中まで漕いできたセレンとセレアナは、ささやかな乾杯をした。
 酒を飲みながら上空の月と池に映る月とを眺めていると、風に吹かれ、舟に揺られ、自然と酔いも回ってくる。
「この月、掴めそうね」
「掴もうとしたら落ちるわよ」
 ほろ酔い加減で水面に映る月に手を伸ばすセレンを、セレアナが苦笑しながら止める。
「本当に綺麗……」
 水面から上空へと視線を写したセレンは、清らかな月の光に見惚れた。
 ふとセレアナを見たセレンは、先ほど掴もうとした水面の月をじっと見つめている、セレアナの横顔から目がそらせなくなった。
 月明かりに照らされたセレアナの横顔があまりに綺麗すぎて、セレンはしばらく、呆けたようにその横顔を見つめていた。
 と同時に、セレンの中でセレアナのことが「大切」なんて言葉では表せないほどの存在だと改めて思い起こされて……セレンは、思わずセレアナの身体を抱きしめた。
「セレン?」
 セレアナは、セレンの瞳が少し潤んでいることに気付いた。
「セレアナ……好きよ……本当に、本当に好き……」
「……見ているのは、お月さまだけよ」
 セレアナの言葉を合図に、どちらともなくセレンとセレアナは長い長いキスをした。

 そんな二人の様子を、綺麗な月だけが見つめていた。