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そんな、一日。~三月、某日。~

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そんな、一日。~三月、某日。~

リアクション



1


 桜の木の下で式を挙げるっていうのもいいんじゃないの、とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は言った。ストレートに結婚を促す言葉に、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は一瞬どう返そうかと迷う。
 素直に受け止めるべきかと思ったが、それもなんだか気恥ずかしい。
「人の恋路に口を出すものじゃない。馬に蹴られるぞ」
 結果、皮肉じみた言いまわしで誤魔化すことにした。エースは苦笑し、「邪魔してるわけじゃないから蹴られないと思うけど」と言った。
 それから数秒の間を置いて、再びエースが口を開く。
「メシエのペースに合わせていたらいつになるかわからないだろ?」
 エースの指摘は図星をついていた。
 今でなくていい。いつかすればいい。そう考えてから、もうどれくらい経っただろうか。別に、今したっていいことなのに。
 そう思った瞬間、では今やろう、という考えにシフトした。先延ばしにするのではなくて、もう行動してしまおう。エースが言うように、桜の下で執り行われる式というのも乙なものだ。
 何よりリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は花の精である。豪華絢爛な式にするより、たくさんの花たちに祝福された方が喜ぶだろう。
 今はまだ三月中旬で桜も蕾が多いが、今年の春は暖かい。下旬になればいっせいに花開くだろう。
 青い空に満開の桜。白から淡紅の花びらが舞う。
 幻想的な風景だ。リリアによく似合う。
「喜ぶだろうね」
「きっとね。春は、花たちが綺麗な季節だし。素敵な式になると思うよ」
 エースが笑った。他人の式のことなのに、自分のことのように笑うので、ああ、祝福されているのだな、と感じた。こんなことを嬉しく思うなんて、大概平和ボケしてきているようだ。
 まあ、悪くはないのだが。


「式を挙げようか」
 とメシエに言われた時、リリアはきょとんと目を丸くした。
「エイプリルフールには早いわよ?」
「嘘じゃあない」
 確かに、こんな嘘をつくような人ではない。なら、本気なのか。
「急ね」
「嫌かい」
「全然。驚いたけど」
 嫌ではなかった。ずっと、一緒になりたいと願っていた。既に公認の付き合いではあるし、結婚してもしなくても同じようなもの、という思いはあったが、それはそれだ。女の子として結婚式やウエディングドレスに憧れはあったし、メシエと共に一生を誓えるならこれ以上の幸せはないとも思う。
 だから、急な申し出でももちろん笑顔で受けるのだ。あのメシエがその気になるなんて、よっぽどのことだ。この機を逃してはいけない。そこまで考えて、リリアはふっと笑った。なんだか私、ハンターみたいだわ。
「随分と楽しそうだね、リリア?」
「楽しいわよ? これからのことを考えると、何もかも楽しいの」
 本音を交えて誤魔化して、メシエを抱き締める。メシエは黙ってリリアの頭を撫でてくれた。指が髪を梳く感触に、目を閉じる。
「桜が咲いたら、式を挙げよう」
 ああ、それで、今なのか。メシエの腕の中で、リリアは納得する。
 桜の咲いている期間は短い。一斉に咲いて、あっという間に散っていく。
 けれど桜は次の年も花を咲かせる。
 満開の花を、毎年、毎年、咲かせてくれる。
 リリアとメシエの生きる時間は違う。彼の方がずっと永く、それゆえ悲しい思いをしたことも多かっただろう。
 けれど、花が何度も咲くように、傍にいない間でもずっと近くにいるのだと感じてくれたら嬉しい。
「私ね、メシエ。ずっと貴方の傍にいるわ。ずっとよ」
 なので、そう伝えた。
 聡い彼のことだ。この一言で、言いたいことの全てをわかってくれるだろう。
 だからか一瞬、メシエは少し寂しそうな顔をした。けれども次には優しく笑って、「ああ」と頷くのだった。