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バカが並んでやってきた

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第10章


 夏将軍とソラン、そしてリネンとフェイミィとの戦いは続く。
 その様子を少し離れたところから様子を見るハイコド・ジーバルスと魔鎧の藍華 信。

「しかし……」
「ん?」
 信の呟きに、ハイコドは返した。
「本当に女好きだよな、うちの狼くノ一は」
「ああ……何をいまさら」
 ハイコドは既に諦め顔である。
「いやな、旦那もいて大好きな姉までいて……そのうえで敵や味方のイイ女にまで色目を使えるあの余裕というか、精力というかは、どこから湧いて出てくるのだろうな?」
「どこから湧いてくるのか、は知らないが……」
「?」
「あの無尽蔵な性欲を他にも向けて貰わないと、その旦那と姉の腰が一晩で使い物にならなくなることだけは確かでな」
「ああ、成程……」
「数日間は立てないからな、実際」
「すでに体験済か……」
「もはやアレは愛情とかそういうモノを遥かに超えた何かであるような気がしている」
 ハイコドのため息はかなり深い。もう一人の妻であるソランの姉も同意見であろう。
「ああ……だからお前、あいつの女遊び、容認してるのな?」
「……男で遊ばれるよりはずっといい。さすがにそれは容認できないし」
 そんな会話を続ける男二人を放っておいて、夏将軍との交戦は続いている。
「ところで、お前は戦わなくていいのか?」
 信がハイコドに訊ねる。
「ん? もちろん危なくなったら入るけどよ……女の相手してるソランの邪魔するとかえってうるさいんでな」
「……難儀なことだ」
「それに……俺が入るまでもなさそうだし」
 ちらりと、ハイコドが夏将軍に視線を移したその時。

「!?」

 夏将軍の足元が弾けた。
「何ぃっ!?」
 まるで踊るような独特なステップで対多数の攻撃を次々に避けていくのが、夏将軍の戦い方である。
 その足元に、そのステップを阻害する銃弾――間違いなく、狙撃であった。
「――誰だいっ!!」
 夏将軍は気勢を上げるが、返事はない。ビルの上から狙撃を開始したのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)であった。
「……まぁ、誰といわれて返事する狙撃手はいないわよね」
 構えた『M6対神格兵装【DEATH】』は貫通力に重きを置いたローザマリア用の狙撃銃である。もちろんその威力は比類なきものであるが、今回の目的はまた別にある。
 サプレッサーを装備した狙撃銃は極限まで発射音を消去し、ベルフラマントと光学迷彩を駆使したローザマリアの位置を特定することは至難の業である。しかも彼女は一度射撃を行った後は素早く移動し、次弾の射撃を悟らせないようにしている。
 ここまでの装備を駆使しての彼女は、攻撃そのものではなく、かく乱を目的としていた。
「まったく……また変な敵が出てきたものね。こちらのスキルが使えないのは厄介だけど、不利な条件でのスナイプなど、今まで幾度となくこなしてきた……今まで葬ってきた同業者の数は伊達ではない……私は、それらの業と共にあるのだから」

 ローザマリアが視線を移すと、交戦中の夏将軍へと接近する二つの影を見ることができる。
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)と未来からの使者 フューチャーXの二人だった。

「ええい、心配ないと言っているだろう、まったく心配性だなお姫さまは!!」
 本来であれば単独で夏将軍に戦いを挑もうとしていたフューチャーXは、強引に共闘を申し出たグロリアーナに文句を言う。グロリアーナはそれには取り合わず、上空のドラゴンに合図した。
「無茶を申すな、翁。放ってなどおけるものか!! ――ア・ドライグ・グラス!!」
 合図を受け、グロリアーナの王騎竜『ア・ドライグ・グラス』が氷と雷のブレスを上空から夏将軍へと浴びせた。
「――くっ!!」
 態勢を崩しながらも、リネンとフェイミィ、そしてソランの同時攻撃を捌き続ける夏将軍もなかなかの腕前である。
 しかしそこに、更にフューチャーXが格闘戦を挑んでくるのだからたまらない。
「どおりゃあああぁっ!!!」
 派手な掛け声と共にジャンプし、身体全体を使ってパンチを繰り出すフューチャーX。
「ふん、そんな雑な攻撃に当たるものかっ!!」
 独特なステップで多数の攻撃を避け続ける夏将軍にとって、それはまるで止まっているかのように見える攻撃だった。
 しかし、その余裕も次の瞬間に崩れ落ちることになる。

「!?」

 再び銃弾が夏将軍の足元を捉えた。スラリとした脚を包むサンダル型のアーマーの留め金を射抜いたその精密射撃は、夏将軍のバランスを崩させるのに充分なものであった。
「――ミスターはやらせないわよ。踊るのは自由だけど、此方のリズムでステップを踏んでもらうわ」
 またポイントを変えたローザマリアの呟きが風に乗った。状況を冷静に見守る彼女にとって、もはや結果は出たも同然だった。

「悪いな――儂はタイマンにこだわるような素人じゃないんだ」
 そこにジャンプの勢いと体重を乗せたフューチャーXの重いパンチが繰り出される。
「――ちぃっ!!」
 フューチャーXは最初からローザマリアやグロリアーナの援護をアテにいて攻撃している。冒険の場においては敵との戦闘などは生き残るためには邪魔なものでしかない。もし戦闘になるのであれば、より確実な勝利が得られる状況で行う必要があった。
 その意味でフューチャーXが単騎で夏将軍に挑もうとしていたことは、歴戦の冒険者である彼にとっては『らしくない』行為であったと言えるが、幾多のコントラクターが入り乱れる混戦になったこの状況は、彼にとってはむしろ好都合だった。
 咄嗟にフランベルジュを構えてフューチャーXの拳を剣の腹で受ける夏将軍。
「――ぐうっ!?」
 命中率をまったく無視して威力を上げることにのみ集中したフューチャーXのパンチは、それを受け止めた夏将軍のステップを止めさせ、ほんの数秒その場に留まらせる効果があった。
 そして、一流のコントラクター揃いのこの状況下で、数秒の空白は戦況を覆すのに充分すぎる時間だった。

「たあああぁっ!!!」
 リネンの剣が通り過ぎざまに夏将軍の足を狙う。
「とりゃあっ!!!」
 続けざまにフェイミィの天馬のバルディッシュが止まったフランベルジュを更に押し込んだ。

「――ふざけるなあああぁっ!!!」

 リネンとフェイミィのコンビネーションを受けてもなお、夏将軍は雄たけびを上げた。
 フランベルジュを中心に炎を巻き上げ、パンチを打って着地したままのフューチャーXに向けて剣ごと振り上げる。
 威力のみを追求したフューチャーXのパンチは自らのバランスをも崩す諸刃の剣で、今の彼にその剣を避ける術はない。
 しかし。

「いやあ、本当に悪いなぁ」

 夏将軍の剣は、虚しく一対の刃に阻まれた。
「そうはさせぬよ」
 グロリアーナの二本の流凍刃がフランベルジュをしっかりと受け止めている。最初から彼女はカウンターが狙いだった。
 フューチャーXの攻撃はローザマリアが当てさせる。その結果としてフューチャーXに生まれるであろう隙をグロリアーナが埋め、次なる攻撃に繋げるのが彼女の仕事なのである。
「……!!」
 受け止めたフランベルジュのベクトルはまだ下方向を向いている、その下へと押し出される力を二本の刃で横方向へと受け流し、それと同時に『影に潜むもの』を召喚した。
「ちいっ!!」
 瞬間、夏将軍の足元から黒狼が出現してリネンがダメージを与えた足元に噛み付く。
「もうひとつ!!」
 グロリアーナの女神の左手が更に追い討ちをかける。突如として出現した女神の左手が夏将軍をしっかりと掴んだ。

「かかったな……翁、今ぞ!!」

 もはやこうなればグロリアーナの合図を待つまでもない、フューチャーXはすでに行動を開始していた。
 着地でバランスを崩した態勢から、パンチの勢いを持ったまま一回転、一度地面に接触しそうなほど低い姿勢からぐるりと態勢を入れ替えて、ジャンピングアッパーカットを繰り出した。

「――仕上げは頼むぜ、姉ちゃんたち!!」
「うわあああぁぁぁっ!!!」

「今よっ!!」
 その隙に、リネンが叫んだ。

 フューチャーXの拳が夏将軍の身体を捉える。空中に浮き上がった夏将軍の視界にはフューチャーXの肩越しに、フューチャーXの足元、信じられないくらい狭いスペースに入り込んだソラン・ジーバルスの姿が映った。

「隙を作ってくれてありがと……さあお待ちかね……天国にイカせてあげるっ♪」

 完全に無防備になった夏将軍の身体に掌底が打ち込まれた。グロリアーナとフューチャーXの攻撃で跳ね飛ばされた夏将軍はゴロゴロと地面を転がり、それでも必死に態勢を立て直した。
「……ちっ、なかなか……やるじゃあないか……」
 闇の結界によって基礎能力が大きく制限されているとはいえ、あれほどの攻撃を一度に受けていたのにも関わらず立ち上がった夏将軍のタフネスも中々のものである。
 しかし、トドメを刺せなかったにも関わらずソランの表情は余裕そのものだ。

「どうしたぁ、まだ勝負は着いてないよぉっ!!」

 ダメージを隠すこともなく、それでもフランベルジュを構える夏将軍だが、ソランは戦いの構えすら取ることなく言い放った。

「いいえ……もう勝負はついたわ。貴女が精霊という身体を持つ存在である限り、ね」
「……あ……? え、な、何これ……?」

 ソランがパチンと指を鳴らすと、明らかに夏将軍の様子がおかしい。
 先ほどまで激しく動きまわっていた夏将軍のステップは完全に沈黙し、かわりにガククガクと痙攣を始めている。
 褐色の肌は戦いのものとは明らかに違う興奮に汗ばみ、表情も戦いの喜びとは異なる気色に紅潮していた。

「――陰術・篭絡昇華――」

 先ほどの威力を持たない掌底、それこそが彼女の秘策であり、必殺技であった。
 掌を通じて相手の体内に『気』を送り込み、その流れを激しく乱す。
 それによりその相手に快楽を与え、戦闘力と意志を削ぐ一種の捕獲術である。これにより対象に与える外傷を極力少なく無力化することができるのである。

 もちろん、それらはあくまで結果として得られる効果というだけで、彼女にとって最も大事なのはその過程であることは言うまでもない。

「あ、あ、あ……い、いや……あ、うぅんっ!!」
 徐々に夏将軍の反応が激しく変化していく。艶っぽく濡れた唇から抑えきれない艶声が漏れ、快感に跳ねる身体を押さえつけるために抱き締めた両手は、その剣を手放してしまった。

「こりゃあ……えげつねぇ術もあったもんだ……」
 その様子にフューチャーXは苦笑いを浮かべた。

「あいいいいぃぃぃっ、ひいいいぃぃぃやぁぁぁんんっっっ!!!」

 およそ10秒も痙攣を繰り返しただろうか――ついに夏将軍は絶頂を迎えた。きつく閉じた瞳から生理現象としての涙が激しく溢れ、大きく開かれた口からはピンと伸ばした舌と涎が零れ落ちる。
 全身を激しく硬直させた夏将軍は、やがて静かに地面に倒れた。

「――よしっ、大勝利ねっ!! さーって、約束どおりお持ち帰りしてここから先は有料放送〜♪」

 首尾よく勝利を決めたソランはご機嫌である。いそいそと夏将軍に近寄って、ウィンターの胴体を回収した。

「はい、私はこれからちょっと忙しいから……これはお願いね」
 ソランはウィンターの胴体をリネンとフェイミィに手渡すと、再び夏将軍へと接近する。
「――ソラっ、危ない!!」
 だが、それを阻むものがいた。
 夫であるハイコド・ジーバルスだ。魔鎧である藍華 信のブラストリングを利用してスピードを上げ、ソランを横からタックルのように押し飛ばす。
「ちょいハコ!? 何するのよ、これからせっかく――!!」
 だが、ハイコドはその抗議は聞き入れない。ソランを抱きかかえたまま、素早く数m離れる。

「バカ! 言ってる場合か……アレ見ろ!!」

 その言葉に視線を移すと、夏将軍の身体から異常なほどの熱気が溢れているのが伺えた。
「くくく……やってくれたじゃあないか……!!」
 意識を失ったはずの夏将軍の声。
 見る見る間に褐色の肌は上気を通り越して紅く染まり、あっという間に肉体そのものが巨大な炎に変わっていく。
「あれは……!?」
 ソランの驚きに、ウィンターの分身が応えた。
「秋将軍も闇の塊に変化したようでスノー!! ここからが本番らしいでスノー!!」

 落ちたフランベルジュが人型の炎の塊と化した夏将軍――灼熱夏将軍の手に握られた。それは瞬く間に炎に包まれ、凶悪な凶器と化す。

「さあ……約束どおり抱かせてあげるよ……こんな身体で良かったらねえっ!!」

 禍々しい叫び声が響いた。
 ビリビリと肌で感じられるような殺気を受けながらも、ソランは呟く。

「……あんなの抱いたらヤケドしちゃう……ズルい……」
「……そういう問題か……?」

 もはや夫の突っ込みも遠かった、という。