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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

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 ところで。
 この世界には十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)という青年も来ているはずなのだが、相当な時間が経過した今も、だれも、その姿を目撃した者はいなかった。
「ねえ、おかしくない?」
 ブラッシングする手を止めて、ミフラグ・クルアーン・ハリルが尋ねる。
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は閉じていた目を片方だけぱちりと開き、その明るい緑の瞳でミフラグを見上げた。
「何もおかしくないでふよ。リーダーはすっごくすっごく変わった人でふからね。今ごろ犬か猫にでも変身して、その辺の斜面でひなたぼっこしてても全然驚かないでふ」
 そんなことよりもっとブラッシングをと、リイムはふかふかのシッポをパタパタさせて催促をする。
 せがまれるままにブラッシングを再開したミフラグだったが、手を動かすだけの単純作業なためか、すぐに先の懸念が舞い戻ってきた。
「ねえリイム。やっぱり捜しに行くべき――」
 ぎゅむっ。
「いたっ! 痛いでふよ、ミフラグちゃんっ」
「あ、ごめんなさい」
 考え事に没頭するあまり、リイムの毛ごと握り込んでいた手をパッと放す。そして痛みを少しでも緩和できるようにと握り込んだせいでクシャクシャになった背中の毛をなでた。
「ごめんなさいね、リイム」
 何度も何度もなでているうち、その手ざわりに、ミフラグの中に心配とはまた別の、違う考えが浮かんでくる。
「ねえリイム。あなたの毛で手袋をつくるって話だけど」
 単調なブラッシングとぽかぽか太陽で、再びうとうとしかけていたリイムの目が、その瞬間ぱちりと開いた。
「ミフラグちゃん……それは前にきっぱり断ったはずでふよ?」
 嫌な予感をひしひしと感じつつ、リイムは用心する声で言う。それに対しミフラグは
「ええ。覚えてるわ」と神妙そうな顔ながらも応じて、「でも」とつなげた。
「ここは夢の世界、なんでしょう? 夢だったら、いいんじゃないかしら、と思って。あなたは現実に毛をかられるわけじゃないし、私はこの毛でできた手袋がどんなのか、その感触を知ることができるし。
 これってだれも損しない、一石二鳥じゃない?」
 等々。
 キラキラした瞳と、興奮に荒くなった鼻息に、リイムは悟った。
 ヤベえ、この女、ヤる気だ。
「ゆ、夢のなかでも駄目なものは駄目でふーーーーっ」
「あっ、リイム! 待って!」
 そんな意地悪言わないで。わたしたち、お友達じゃない。
 ぴょんっとひざから飛び出して、脱兎のごとく逃げ出したリイムを引き留めようと、ミフラグは手を伸ばす。
 逃げる途中、ちらと振り返ると、ミフラグが追ってきているのが見えた。と同時に、彼女の手に握られているのがブラシからハサミに変化しているのも見えて、リイムはさらに速度を上げる。
 そして土鍋にぶつかった。
「な……なんで、こんな所に土鍋が転がってるんでふかっ!?」
 まともにぶつかった衝撃にコロコロ転がった先で鼻を押さえ、リイムはまばたきしながら土鍋を覗き込む。
 そこにはなんと、いつぞやネットで見た、ねこ鍋ならぬリイム鍋になった自分の姿が……。

 これが噂に聞く、見た者はもれなく死に至るというドッペルゲンガー!?

「リーダーでふね」
 それ以外考えられないと、リイムはあっさり正体を見抜いてはーっとため息をついた。
 想像どおりだ。違ったのはリイムの姿をしている点だが、それも普段の宵一の言動を思えばなんとなく察することができる。
「それにしても、気持ちよく寝ているでふねえ」
 かなり強くぶつかって、土鍋もクルクル回転したはずなのに、宵一は目を覚ます気配もない。
 その気持ちよさそそうな寝姿をしみじみ見ていると、自分を捜すミフラグの声が聞こえてきた。
 かなり近い。
「いけないでふ。隠れるでふっ」
 このとき、リイムにその気は(たぶん)なかったのだとは思うが、結果的、宵一リイムを身代わりとしてミフラグに差し出すことになってしまった。
「いたわね、リイム。こんな所に隠れてた」
 土鍋で丸くなっている宵一リイムに、ミフラグはハサミをチャキチャキいわせながら近づく。
「大丈夫よ。痛くないから。眠っている間にすんじゃうわ」
 リイムがぶつかった衝撃にも目覚めずぐっすり眠り込んでいた宵一リイムだったが、さすがに殺気(?)には敏感だったようである。
「……ん?」
 目をショボショボさせながら開くのと、ミフラグがシッポを掴むのとがほぼ同時。そしてもう片方の手にハサミを持ったミフラグを見て、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。

「わーっ! 待てミフラグ! 俺はリイムじゃない!!」

 しかし興奮しきったミフラグは聞いちゃいなかった。
 リムイの姿をし、リイムの手ざわりで、リイムの声を発していれば、それはリイムに違いない。
「大丈夫! 痛くしないから!!」
 動物の毛をかるのはこれが初めてだけど!
 たぶん、肉をはさんじゃったとしても、ほんのちょっぴりだから!
 血が出てもかすり傷だから!
「冗談じゃないっ!!」
 土鍋を蹴倒す勢いで飛び出した宵一リイムとミフラグの追いかけっこが始まった。
 それを草陰からこそっと覗き見しながら、リイム本人は、やれやれ助かった、と胸をなで下ろす。
 それにしても。
「リーダー、元の姿に戻ればいいだけでふのに」
 宵一がそのことに気づけたのは、ゆうに1時間は過ぎてからだった。
 そのとき宵一がどんな状態になっていたかは………………個々の想像にお任せしようと思う。