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消えゆく花のように

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消えゆく花のように
消えゆく花のように 消えゆく花のように

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●Δ(2)

「チィッ!」
 デルタは手を撃ち抜かれても動じず、開いたほうの腕でシルクハットを頭に乗せ、撃たれた手を左右に振った。
 途端にその『創造』能力が発動する。デルタの眼前の床がアメーバのように隆起したかとおもいきや、ぱっと姿を変えて上下左右幅1メートルほど鋼鉄の壁を形成したのだ。
 しかしダリルが手にした両手銃、すなわち機晶星辰銃『天破』が放った弾丸は通常の武器ではない。そこから放たれた光弾は尋常ならざる軌跡を描いて壁を回避し、デルタのシルクハットを貫いたのである。
 シルクハットは後方に大きく飛んで、焔に巻かれ爆発四散した。
「ゼータが……!」
「Ζ(ゼータ)? そうか」
 一を聞いて十を知る者、ダリルはたちまち事情を理解する。
「カーネリアン・パークスが言っていた。デルタが『動く物まで作れるとは聞いていない』と……デルタ、お前が歴代クランジのコピーを作れたのは、コピー能力を持つクランジΖ(ゼータ)を取り込んだおかげか」
「取り込んだんじゃあないのさ。邪魔なボディからなにからとっぱらってああいうコンパクトな形になってもらって、外付け記憶媒体みたいに役立ってもらっただけのことさね」
 それももう、終わりだが……とデルタは冷笑した。
 一発の銃弾で、クランジΖの生涯も幕を閉じたのである。
「だけど環境を『創造』する能力はあたしの自前、ゼータがなくなっても関係がない!」
 奇術師のようにデルタは両腕を振る。途端、ダリルの頭上の孔は塞がり、そればかりか、長く鋭い大量の氷柱を生じさせた。氷柱は次々に中途で折れ降り注いだ。
 ダリルはスライディングしてこれを避ける。
「言ったねダリル、あたしも自分も『兵器』だとか!」
 またデルタは腕を振った。今度はダリルの行く手、赤い絨毯を敷いたフロアだった部分ががぱっくりと裂け、ぐらぐらと煮えたぎるマグマが顔を覗かせた。
「言った」
 ダリルは側転して火口を逃れた。
「兵器大いに結構! だが、誇りを捨て契約者どもに使われるあんたと、自分のための兵器であろうとするあたしとは同じじゃない」
「いや、誇りを捨てたのはデルタ、お前の方だ」
 今度は工事現場の鉄球じみたものが大理石の柱から飛び出す。しかしこれも、ダリルは手早く天破の弾丸で打ち砕いていた。
「ふざけるな!」
「俺は自分が兵器種であることを誇りに思っている。だが兵器は大義のために能力を使ってこそだ。俺にとって大義はシャンバラ。そのためにこの頭脳もこの力も役立てる」
「御託ばかり並べて……上滑りしてるんだよ!」
 デルタは壁に手を付いた。彼女が右手で押すと、壁は柔らかい泥となって崩れ落ちた。
「デルタ、自分が一番知っているはずだ。お前に大義はない。そもそもこの戦い、すべてを終わらせたくてはじめたのだろう? 粛清目的にしては回りくど過ぎる……裏切者以外のクローンを用意したこともその現れだ」
「なんとでも言うがいい」
「デルタ、お前は心の奥底では、勝つことより滅びを求めているな。ファイのあの行動……あれは、お前の破滅願望が表出したものだと俺は考える」
「破滅するのは……あんたらだよ!」
 溶けた壁のむこうには、冷たい鉄の椅子と、そこに拘束されたリュシュトマ少佐の姿があった。
 デルタは宝石の付いた杖を握り、鋭いその尖端をリュシュトマに突きつけて声を上げる。
「小悪党めいた台詞で気が効かないがね、言わせてもらうとしようか。この老いぼれの命が惜しかったら……」
 このときリュシュトマは目を見開いた。首を振ると口の拘束具が外れる。酷く衰弱している様子だが、大きな声で彼は叫んだ。
「構わん! こいつを撃て!」
「今どき流行らないんだよ、そういう安っぽい自己犠牲精神は……!」
 しかしリュシュトマはデルタを無視し、片方だけの眼でダリルを見ていた。
「聞け。もう私は長くない。隠していたがな……癌だ。全身に転移している……この体は、保ってせいぜいあと数ヶ月といったところだ」
 語る少佐の口調は不思議と穏やかだった。
 彼の言葉と目が、そして、肌の色がその事実を物語っていた。
 このとき生まれた極小の虚を、ダリルは見逃さなかった。
「俺は団長とルカに、生きた少佐を奪還すると約束した。約束は、守る」
 言うなりダリルは一跳びでデルタに手を伸ばした。
 反射的にデルタは杖でダリルの頭を打つ。
 ダリルは避けなかった。硬い石が彼の額を割り、赤い血が滴った。
 そして強引に、ダリルはデルタの体を抱きすくめ彼女の……唇を塞いだのだ。
 己の唇で。
 クランジ共通の特性『非敵対で予期できぬ行動を取る相手には対応しきれない』を完璧に利用した動きだった。
 デルタの手から杖が転がり落ちた。
 デルタは、目を閉じた。
 そのときダリルの左手甲から光条兵器が顕現し、デルタの胸を刺し貫いたのである。
「俺は、射出も近接にも使用可能な唯一の光条兵器なのだよ」
 クランジΔの活動は停止した。
 ――さらばクランジ。最強の兵器たりえなかった徒花よ。
 このとき、周囲の壁すべてが溶け落ちた。
 高級クラブ風に飾られていた内装も、埋められていた天井も、すべて泥となって溶け落ちている。
「一歩、遅かったか……」
 最初に姿を見せたのはアルクラント・ジェニアスだった。段差に気をつけて、落ちないようにそろそろと近づいてくる。
「彼女は死んだのか?」
 アルクラントが訊いた。
「いや」
 ダリルは両腕でデルタの体を抱え上げた。驚くほど軽い。
「破壊はしたが、殺してはいない」