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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第4章

 ――御神楽邸にて――
「これが、『愛する者に支配される薬』ですか」
「ちょ、ちょっと待って」
 届いた封筒から薄紫色の小瓶を取り出した御神楽 陽太(みかぐら・ようた)を、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は慌てて制止した。陽太は、当たり前のように瓶の蓋に手をかけている。解毒剤の瓶は、見当たらない。
「その薬、飲む気なの?」
 環菜達も、ファーシー達から未来人達の病気を治す方法、その為の薬を作る方法を聞いている。だが、同時に舞花から『支配される薬』を飲んだ覚がどうなったかも聞いていた。妻を愛する心を持つ覚が明らかに自我をなくしたのだから、陽太も、何か変調を来すかもしれない。出来れば飲んでほしくない――それなら自分が飲む方が、と環菜は思う。
(誰に見られるのも屈辱だけれど、陽太になら……それに、陽太に支配される私というのも……)
 上下関係があったのはもうずっと前の話で、今はお互いを尊重し合って暮らしている。けれど、元々の性格の関係上、自分の方がどっちかといえば命令っぽい言い方や偉そうな態度をとってしまいがちだ。昔の癖とでもいうのだろうか。
 だから、たまには変わってみても良いかもしれない――
 短時間の間にそれだけ葛藤した環菜だったが、陽太は「はい」と彼女の問いに即答した。にこにことした笑顔で、彼は言う。
「エリシアによると成長した陽菜も元気に働いているようですし、未来の為、人助けの為に全面的に協力しようと思っています」
「で、でもね、陽太」
「愛する環菜に支配されるんです。全くもって、後悔も躊躇もありません」
「陽太……」
 そこまで言われたら、環菜もこれ以上は止められない。
「じゃあ、解毒剤が無いのは……」
「はい。必要ないからです。自然に効果が切れるまで待ってから、血液採取して特効薬の生成に役立ちたいと思います」
 陽太はそして、表情ひとつ変えずに瓶の中身を飲み切った。環菜は緊張と共に彼を見守る。
「ど……どう?」
「少し体が温かくなった気がしますが、そこまで変化は……」
 そこで、部屋の中に来客を知らせる呼び鈴が響いた。環菜は座ったまま「…………」と玄関側を見て「陽太」と言った。それだけで意を汲んだ彼は「はい」と立ち上がって玄関に出て行く。
(いけない、つい……)
 めんどくさくて陽太に頼んでしまった。続いて、洗面所の方から洗濯終了を告げる電子音が聞こえる。
「…………」
 ――これは、飲む側ではなく飲まれた側が試されているのかもしれない――

              ◇◇◇◇◇◇

『エイダーさん……ごめんなさい。あたしの……あたし達の問題に大事なドルイド試験を巻き込んじゃって……エイダーさんに、こんな怪我させちゃって……』
 ラスに頼んでリュー・リュウ・ラウンに戻ったピノは、寝込んでいるエイダーに謝りに行った。
 未来で起こった異常は、自分ではなく他の原因があってのものかもしれない。それでも、リュー・リュウ・ラウンが襲われたのは、自分が「法律」を作った所為だ。「法律」を作ったから、ブリュケは自分を殺そうと放牧場を襲わせ、また、襲った。
 その気持ちが、ピノに『あたし達の問題』という言葉を使わせた。
『あたし、ちゃんと、解決するよ。解決させます。未来でみんなが平和に暮らせるようにして、二度とこんな事が起きないように……』
 ここに来る前に、カルキノスが教えてくれた。ドラゴンの個体数が少ない事を。
 ――竜族は元々大地と生命の守護者的な側面を持ってるんだ。ドルイドになったピノっ子が、そういう意味で俺達の仲間になって頑張ってくれると嬉しいって思ってんぜ。
 そう言って、カルキノスは笑った。やはり、ドラゴンに人里が奪われてしまうという未来人達の不安は、『魔王』が煽ったことによる現実とそぐわない感情だったのだろう。
『ごめんなさい……』
 謝っても謝っても、足りないけれど――

              ⇔

(ピノちゃん……)
 ツァンダにて、教導団から運ばれてきた3種類の薬を配布する準備をしながら、はピノを心配そうに見遣っていた。
 ――『もう大丈夫だよ。皆、今日はお家に帰ろう!』
 あの日、エイダーの部屋から出てきたピノは、笑っていた。けれど、それが皆を気遣っての笑顔だという事は痛い程に分かって。
 それは今も同じで、諒は彼女の、明るく、楽しそうな笑顔が心からのものではない事を感じていた。彼女は1人の時、どんな表情をしているのだろう。どうすれば、彼女は心から笑ってくれるのだろう。その為なら――キレイ事の結末を手に入れる為なら、何だってするのに。
「…………」
「諒くん」
 そんな事を考えていたら、横から大地の声がした。シーラが穏やかな笑みを浮かべる横で、たれ耳に顔を近付けて小さな声で言ってくる。
「おみくじを思い出してください。恋愛欄に書いてあった内容はもしかして、諒くんがあそこの薬を飲めばピノちゃんの助けになるって意味だったんじゃないでしょうか?」
「えっ、おみくじ……ですか?」
 記憶を辿る必要も無く、脳裏に浮かぶのは『相手の飼い犬になるでしょう』という一文だ。大吉という事実が吹っ飛ぶくらいにその印象は強烈だった。
「か、飼い犬っていうことは、もしかして……」
 効果後を想像してみると、『飼い犬』に当てはまりそうな薬は1種類しかない。
「はい。ピノちゃ……というか、好きな子に支配される薬です」
「そ、それは……」
 咄嗟に同意できず、諒はおろおろした。ピノの為なら何でもしたい……けれど、抵抗を感じて、涙目になる。助けを求めるようにシーラを見るが、彼女の笑みは変わらない。
「諒ちゃん、少し恥ずかしいかもしれませんけど、きっと飲んで良かったって思えますよ〜。どうですか〜?」
「し、シーラさん……」
 心からそう言っているのが、伝わってくる。自分を説得する為の適当な言葉じゃなく、シーラは本当に、諒が薬を飲む事が良い結果に繋がると思っているようだった。それは、単に、ピノを――彼女自身の大好きな人達を守る為の『成分』が取れるからということではなく。
 大好きなピノと、大好きな諒がもっと仲良くなったら嬉しいという気持ちからの提案であるというのが分かってしまったから。
 断るに断れなくて、シーラの笑顔を前に目を潤ませる。
「私も一緒に飲みますから〜。それならどうですか?」
「…………。……はい……」
 そこまで言われて、彼がNOを選べるわけもなかった。

「諒くんとシーラさんも飲んでくれるの?」
 薬を取りに行くと、ピノは嬉しそうな反応をした。無理のない、本心から喜んでいると分かる笑顔で続けて言う。
「あたしも飲もうと思ってたんだ! ちょうどいいから一緒に飲もうよ!」
「ぴ、ピノちゃんも?」
 それは、予想外の言葉だった。驚いたのは、大地とシーラも同じである。ピノも薬を飲んでしまったらどうなるのか、すぐには想像がつかなかった。話を聞きつけて、ラスが慌てて割り込んでくる。
「なんつーことを……ピノ、お前は飲まなくていい!」
「何で? 『成分』は少しでも多い方が良いんだよね? それに、皆に飲んでもらうんだから、あたしも飲まなきゃ」
 何だか、ファーシーが言いそうな台詞である。そして正論である。まさか、とラスが思っていたら、案の定、ファーシーも話に参加してきた。
「そうよね。とんでもない効果が出る薬なんだからわたし達も飲まないとね!」
 ぱっと聞いた限りだと、微妙に矛盾した首を傾げたくなる台詞である。だが、今に限っては全く矛盾無く成り立っているだけにタチが悪い。早速、『支配される薬』を手に持つ2人を兎に角止める。というか、何故そのチョイスなのか。
「だから、お前達は飲むなって!」
「え、でも、やっぱり……。ねえラス、どうして飲んじゃいけないの?」
「…………」
 彼女達の言う方が正論なので、返答に詰まる。何か嫌だから、では説得力皆無である。そこで、大地が助け舟を出した。
「では、こうしたらどうでしょうか。お2人は、今日集まってくれた人達が薬を飲み終わるまでは皆を迎える。最終的に治療薬を作る為の成分が足りないようだったら、その時に薬を服用しましょう」
 ファーシーとピノは「うーん……」という顔で小瓶を見つめる。やがて、思い直したようだった。
「そうね。それからでも遅くないものね」
「うん、じゃあ今は飲まないよ! これは諒くんにあげるね!」
 ピノは、持っていた薬をそのまま諒に渡した。
「う、うん……」
 まだ少し躊躇いがあるのか、戸惑いつつそれを受け取る諒に、とてもにこやかな笑みで大地は言う。
「では諒くん、早速ここで飲みましょうか。善は急げともいいますし」
「お前……何か面白がってるか?」
 ラスが疑わしげな目を向けると、彼の横顔はわざとらしさを感じる真表情に変化した。
「べつにおもしろがってるわけじゃないですよ。みらいのためをおもって」
 清々しいほどの棒読みぶりだ。だが、未来の問題を解決する為の薬の一つが『愛する者に支配される薬』だと聞いた時に大地がおみくじの事を思い出したのは事実だし、もしかしてあれってこの薬のことなんじゃ、と思ったのも確かである。
 故に、諒に言ったことも嘘ではないのだ。
 ――つたえたどうきはともかくとして。
「諒くんの恋の進展と、未来を助けるのと、一石二鳥ですしね」
 諒には聞こえないように、我ながら鬼畜な本音を小声で付け足す。すると、「恋の進展……?」とラスは怪訝な顔になった。それからはっとして、大地を見る。
『支配される薬』を諒が飲む→効果が出る=ほぼ告白と同義→展開によってはピノに悪い虫ならぬ悪い犬がつく――
 ということに遅まきながら気付いたらしい。
「おい犬、その薬……」
「まあまあ」
 諒と引き離すべく、大地は「まあまあ」を繰り返しつつラスを少々強引に押していく。
「いや、ちょっ……」
 背後では、ピノが「?」という顔になっている。詳細を聞かれる前に、とシーラに目配せするとこちらをうっとりと見つめていた彼女は心得たとばかりににっこりと笑った。ファーシーから受け取った薬の蓋を開ける。
「行きますよ〜、諒くん。頑張ってくださいね〜」
「は、はいっ……」
 先に飲み始めたシーラに続いて、諒は慌て気味に薬を飲んだ。「あっ……」というラスの声が聞こえる。
 ややあってから――集まった皆の視線の中、諒は今までになく熱意溢れる表情ではっきりと言った。
「ピノちゃん……僕はもう、ピノちゃんのものだよ!」
「え……!?」
 びっくりしたピノに、更に彼はこう続ける。
「ピノちゃんの命令なら何でもヤルヨ! ピノちゃんの喜ぶ顔が見たいんだ!」
「あたしの、喜ぶ顔……?」
 目を瞬かせ、少しの間を置いた後、ピノは彼の持つ空の小瓶に目を遣った。そして「……そっか」と呟いて嬉しそうに笑う。子供らしい、明るい笑顔だ。
「効果が出たんだね! あたしはそれだけで嬉しいけど、そうだね、せっかくだから……」
 ピノは何かを考えるようにしてから、諒に“命令”した。
「前に1回、動物バージョンになってくれたよね? また見たいから、変身してほしいな!」
「変身だね!」と、諒はやる気満々に獣化した。余裕で背中に乗れる大きさの犬に、ピノはもさもさと触りまくっている。「あったかいねー」とご機嫌だ。それをじーっと見ていたファーシーが、「あれ?」と言った。何かのセンサーに引っかかったらしい。
「ピノちゃんって、もしかして……」
「! 違うだろ、『それだけで嬉しい』ってのは、あれだ、あくまでも“友達”として嫌われてなくて嬉しいって意味で……そうだ、ピノに『記憶を失う薬』を飲ませたら……」
「ピノちゃんにその薬を飲ませたいんですか〜?」
 余計な記憶を失うかもしれない。そう考えるラスに、シーラが何だかとろんとした状態で近付いてきた。まろやかな印象が日頃より濃厚になっていて、何だか変だ。
「分かりました。私が飲ませてきますね〜。今の諒くんを忘れてくれるといいですね〜」
 諒を応援している節のあるシーラが正反対の言葉を発したことに、ラスは「え?」と驚いた。薬を取りに行きかけた彼女を、反射的に「待て!」と止める。
「はい。他にも“命令”があれば何なりと申し付けてくださいね〜」
「……………………。…………と、とにかく、まず『嫌いになる薬』を……あ、違うな、リィナ達の所に行って採血してから、『嫌いになる薬』を飲んでくれ。一刻も早く」
「採血ですね〜」
 シーラは向きを変え、リィナやルカルカ達、むきプリ君が用意を整えた場所へ歩いていった。その頃、ピノは巨大犬を携帯でぱしゃぱしゃ撮影していて――
「犬さんってことは、お手とかも出来るのかなあ……」
 興味を抑えきれないように、そう言った。諒を支配したいとは思わないけれど、これには少し興味がある。ピノはカメラを動画撮影に切り替えて、巨大犬に告げた。
「……お手」
 肉球が、ぷに、と彼女の掌に乗っかった。
「わあ……。おかわり」
 逆前肢の肉球が、ぷに、と乗った。
「……おすわり。……ふせ。それと……」

「ぴ、ピノちゃん、さっき撮ってたの……」
「うん! いっぱい撮れたよ! 大事に保存しておくね!」
 知る限りの指示を出した後、ピノは採血を終えた巨大犬に『愛する者を嫌いになる薬』――解毒剤を飲ませた。効果が切れた諒は、恥ずかしくなって削除してもらおうと思ったのだが少女の笑顔に絶句する。
「…………。ぼ、僕……でも……」
 俯きがちに思い返す。愛する者相手にしか効かない薬が効いたのだから――
 やっぱり、自分はピノが好きということで。
 偽りのない気持ちなんだと安心して、つい声が漏れる。
「効果が出て、良かった、な……」
 言ってから、それに告白に近い意味があると気付いて顔を上げる。ピノと目が合った途端、「ピノちゃん、薬を貰いにきたわ」という諸葛亮著 『兵法二十四編』(しょかつりょうちょ・ひょうほうにじゅうよんへん)――リョーコの声がした。話は中断し、ピノは、「うん!」と彼女に薬を渡しに行った。