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リアクション
「何でこうなっちゃうんでしょう」
カイルに同行して囮志願した一人、天枷 るしあ(あまかせ・るしあ)は予想外の出来事に戸惑っていた。研究内容に興味があって来たはいいものの、潜入すれば警備の人たちがやって来るとか、そういうレベルではない。頼りの箒も狭い通路では役立たずだ。仕方なく火術でキメラに応戦しながら、後ずさり距離を保つ。
「いいじゃねーか、カイルと一緒に突っ込めるとこまで突っ込もうぜ!」
るしあのため息に、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)が答える。
「まだまだ入り口だと思うんだよなー。キメラのいる研究所っていうからもっと広いと思ってたんだけど」
今のところ、持ってきた小型飛空挺の出番はないようだ。見回す限り変哲のない廊下が続くばかり。幅も三、四人も通ればいっぱいになりそうな広さだ。キメラが狼なのを見ても、序盤といったところだろうか。
「ごった煮野郎どもぉ! 俺たちはこっちだぜぇぇぇっ!!」
カルスノウトから“爆炎波”が放たれる。
「野郎というか、神話上では娘ということになってますけどね」
るしあが冷静に突っ込みながら、レイディスの背後に回る。
「キメラの研究は結構だが、イルミンスール魔法学校の生徒として人とキメラの研究を見逃すわけにはいかねぇぜ、覚悟しな!」
森崎 駿真(もりさき・しゅんま)が槍を振り回しながら入れ替わるように突進する。彼としては天然ではなく計算しての名乗りのつもりだ。敵を引きつけられたら万々歳。イルミンスールのことは、本当は動機に何の関係もない。
「セイ兄、援護は頼むぜ!」
「分かってるよ駿真」
オールバックに顔にペイントを施した活動的な駿真とは対照的に、ペイントは施しているものの、聖者の白衣に身を包んだセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が後方で応えて頷く。
それに対して、白いローブだが、それに赤文字で夜露死苦の文字をペイントした佐伯 梓(さえき・あずさ)は、釘バット片手に、
「ひゃっはー! 研究所を乗っ取りに来たぜ!」
いまいちなりきれないが、一生懸命パラ実生を演じる。それもそのはず。イルミンスールの生徒だったから。ついでに、目的はちょっと失敗してしまった。というのも、イルミンスールから来たと知れると、ディルを助けに来たとバレバレになるからという配慮からだったが……こんな状況ではもう関係なくなってしまった。いつワンドを取り出すべきか迷ってしまう。この格好では引っ込みがつかないじゃないか。
「パラ実ならなんか暴れててもあー、パラ実かー、で通ってしまうだなんて言ってたからですよ」
梓の横でメイスをぶん回していたカデシュ・ラダトス(かでしゅ・らだとす)がパートナーに冷たい口調で告げる。
「あと、相手はキメラです。もふもふだからって手加減は無用ですからね」
「分かってるってー。んー、そこの研究員ごめんなー」
キメラと研究員の間に炎球を打ち込み、後退してかわしたその研究員に向けてかける。焼けこげる獣と人の、肉と毛と鉄の匂いが熱風に舞い、研究所はさながら地獄絵図だ。
やはり魔法使いなのか、詠唱をする研究員に、
「おりゃー!」
体当たりをかまして一緒に床に転げる。
「はいはい、大人しくね」
カデシュがごん、とメイスで頭を打って気絶させる。駿真は手早くロープで研究員を縛り上げると、びったんびったん彼の頬を叩いた。
「さぁ、ディルの居場所について吐いて貰おうか?」
囮部隊最後尾を不本意ながら位置取っていたメイ・ベンフォード(めい・べんふぉーど)は捕虜と彼らのやりとりを伝えるべく、携帯電話を操作する。相手はパートナーであり本物のパラ実生・カリン・シェフィールド(かりん・しぇふぃーるど)だ。
「やっぱり下っ端はあんまり知らないみたい。けど、幾つか分かったよ」
施設の表向きの研究名目は、動物の延命と治療、モンスターの研究。だが実際はキメラを作り出すことこそが目的であること。
施設は本館と、研究員の宿舎棟、及び研究棟に別れていること。キメラの研究を行っている場所や詳しい内容は上位の研究員しか知らないこと……。
カリンは電話を切ると、地下足袋で一路研究棟に向かう。進入までは囮班と一緒だったが、途中からは別行動だ。メイは連絡役に残している。開きそうな鍵はピッキングで開け、中をうかがう。目的はキメラを作り出している場所を探し出し、出来たてのキメラを一匹盗み出すことだ。
扉の一つを開けた時、番犬の狼型キメラの一体が、こちらに気付いたのか首をぐるりと向けた。
「ちっ!」
舌打ちして踵を返す。煙幕代わりに発煙筒に着火して投げつけ、そのまま廊下を走る。囮が敵を引きつけてくれているとはいえ、まだまだ残っている敵は多そうだった。まず最深部へ行く道を探し出さなければいけないだろう。
一方、研究棟の奥深くに、労せずして辿り着いた者もいた。本人的には抗議の向きもあるだろうが……。
蒼空学園の桜井 雪華(さくらい・せつか)は、牢獄の中にいた。銀の髪に金の瞳、八重歯と小型の獣を思わせるような外見だが、その通り、彼女はキメラと合体するために研究所に乗り込んだのである。夢はパラミタ一の有名人、ネタの為なら身体を張る。
エルミティに聞いた施設の概要を思い出し、研究棟に押しかけて、どこかにあるらしい実験室(というのもエルミティは細部を知らされていなかったのだ)を求め、不審者と見て呼び止める警備兵や研究員に剣を振るって、実験室まで連れてけと叫んだ挙げ句のことである。
「ウチなぁ、頭の左右にヤギの角と、背中にコウモリの羽ほしいねん。口元はチャームポイントの八重歯でバッチリやで!」
様子を見に来た研究員に、サキュバスみたいになりたいーと妄想しつつ、クネクネしながら頼んでみるが。
「それは無理だ」
「なんでやねん!」
ツッコミ用のハリセンは鉄格子に阻まれて空を切った。研究員は肩をすくめると、また廊下の奥へ消えてしまう。細い通路を挟んで向こう側三つはな牢屋が周囲に並んでいるところを見ると、左右も牢なのだろう。ところどころにある燭台の灯りだけでは廊下の先も、牢獄全体の広さも分からない。気絶していたのでどこをどうやって連れて来られたのか全く記憶にないのだが、陽の光も差さないじめじめした牢屋は、多分地下にあるのだと思われる。
雪華的にはのんびりしているわけにはいかない。ディルが先に人体実験に使われてしまったら、
「あかん、ネタがカブってまうわ」
その時はディルをシバくしかない、とため息を吐く雪華だった。そのため息に合わせるように、隣の壁からどんという音と共に、うめき声が聞こえてきた。
「そうか、それが私達の敗因……っ!」
「誰かおるん?」
「ああ申し遅れた。先ほどから隣の牢に入っているイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)だ。それからパートナーのカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)」
「何や、ラブラブなんかいな。それはお邪魔やったな」
雪華がからかうように言うと、カッティは、
「ううん全然違うから。契約したのだってイレブンといれば好きなだけ戦争できるからだし。でもイレブンもまさかあたしをディルさんの代わりにするとはねぇ」
「そっちだってノリノリだっただろう。バッタとハチというのが悪かったのだ」
イレブンの説明によると、彼は一応ディル救出が目的だったらしい。別に人をキメラにしようが人道的にどうこうとは感じないが、ディルが自らの意志に反して材料になるならば止めようと思って来た。その代わりにといってはなんだが、自分を強化して欲しいと正面から礼儀正しく乗り込んできたのだ。菓子折と道すがら捕まえたバッタを持って。
しかし断られてしまった。ではカッティをという案も。やりとりを略すとこうなる。
「駄目だ」
「何でだ!」
「我々の深夜まで及ぶビデオ研究の成果によると、バッタと合成した新キメラは必ず我々を裏切り、必殺技を身につけてやってくるという結論が出ている」
「じゃあ、じゃあハチなら……!」
「少女とハチを合体させるとバグが出る可能性がある。しかもピンク髪の場合なら尚更だ」
「そこをどうにか! 私に16連射はできません!」
「研究所に不審者を入れることはできないのだよ。大体お前、何でキメラについて知っている!」
とまぁ。こういう訳である。
「合成は男のロマンだというのに」
「これからどうなるんだろうね。頼んで実験に参加できても、万が一ゴキブリなんかと合成されたら悲惨だよね」
「ゴキブリは嫌だな」
二人はのんきに会話を交わしながら、どうキメラになるか思案し続けていた。
カイルたちよりも先んじて、更にキメラ希望者が出るのとほぼ時を同じくして、研究所を別個に訪れた者もいる。
「研究員になりたいのだがな」
フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は通用口から出てきた研究員らしきローブ姿に声をかけた。
「……就職希望者か?」
「ああ、キメラに興味があるのだ。ぜひここで働きたい」
フォルクスの横には彼の下僕のフリをして、跪いている和原 樹(なぎはら・いつき)がいる。うまく研究員が騙されてくれればいい、そうでなければ──
「何故キメラのことを知っている、怪しい奴だな」
研究員は不審者を見る目つきで二人を見て、ポケットの中に手を突っ込んだ。
樹は立ち上がって、彼の首筋に歯を立てた。朦朧とする研究員を物陰に引きずり込む。
「お前も趣味が悪いものだな。キメラがロマンだと?」
のんびりと付いていきながら、フォルクスが呆れたように樹に声をかけた。
「まだ地球気分が抜けないんだろうなぁ、……ファンタジーって感じだろ。勿論反対してる人を実験に使うとかは許せないけど」
パートナーに返事をしてから、樹は研究員に質問をしてみる。
研究所の間取り、実験施設のある場所──ディルが捕まっていそうな場所。
「東の……研究棟で……実験を……研究は上の階で……」
どの辺りに階段があるか、等聞き出して、それ以上ろくな情報は知らないと判断した二人は、猿ぐつわを噛ませた研究員を研究室の中に転がそうとした。
──しかし、思わぬ敵に出くわすことになる。
茅野 菫(ちの・すみれ)とパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)は捕まっている他の生物を助けに来ていた。カイルより先に来たのは、正面突破して騒ぎが大きくなった後では不都合な計画を立てていたからだった。
まだこの時点では壊れていない受付に近づくと、ローブ姿の受付嬢に有無を言わせず電流を流し込み身体の自由を奪う。その首筋に唇を寄せる。間もなく彼女の目つきがとろんとしたのを確認すると、菫はゆっくりと言い含めるように話しかけた。
「私と、彼女は、ここの見学者。いいわね」
「……は……はい」
頷いたのを見るやいなや、堂々と中に入る。警備兵を見付けて、今度はパビェーダが同じ手法で虜にする。
「生き物を捕まえている区画はどこ?」
「この本館の東にある……研究棟です。そこに隣接した別館に……いるそうです」
入り口をまた出て研究棟に向かう二人。が──よく考えてみたら、元々の研究が動物に関わることだから、当然いてもおかしくない。警備兵も詳しいことは知らないようだった。でもまぁ、どうせろくな研究に使われる訳ではないのだ。片っ端から助けてあげればいいだろう。
だが、研究棟の入り口に辿り着いた二人が見たのは、徘徊するキメラの群れだった……。
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