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リアクション
●第五章 ちびとの再会、そして……
「いそがないと……もう一人のわたしを……もう一人のわたしから……まもらないと……」
今にも崩れ落ちそうな入り口を見上げて、ちびがぽつり、と言葉を落とす。一歩を踏み出そうとして、段差につまづいたちびが転び、そのまま起き上がろうとしない。ここまでやってくるのに既に体力の殆どを使い果たしていた。
「ダメ……ここで……止まって……いられない……のに……」
疲労から来る眠気に抗いつつも、ちびの言動、そして瞳がゆっくりと閉じられていく。
「ナンバー1は失敗か」
「ええ。我々の同胞が、彼女に名前を与えたことが原因ではないかと」
交わされる何者かの会話。
「人が、人に頼らず新たな命を生み出す……かつてこの地に繁栄を極めた者たちが掴もうとしていた禁断の果実を、今度は我々が掴み取るのだ」
「そのためにも、ナンバー2の管理は、徹底しなくてはなりませんね」
(……なに? ……なにをいってるの……?)
暗闇の中から聞こえてくる声に、ちびが怯える。
(なまえ……わたしの……なまえ、は……)
遠くなる会話、遠ざかる意識の中で、ちびの口が微かに、その言葉を紡ぐ。
「わたしは……ちび……それが……わたしの……なまえ……」
「……目覚めやがりましたか? 起きたなら起きたと言うです」
「ん……ここ……どこ?」
ちびが目を覚ましたのは、エレノア・レイロード(えれのあ・れいろーど)の背中であった。
「ここは遺跡の中です。お前が遺跡の入り口で倒れていたのをあのバカが見つけて、エレノアに背負わせやがりました」
「あらあらぁ、背負わせただなんて、嘘ついちゃだ・め・よ♪ んっふふ〜」
「……いいですか、エレノアが手を出さずにいるのはこいつがいるからです。こいつがいなかったら即座に抹殺してやるからな覚えてろこの大バカ者」
エレノアにちびを背負わせた張本人、巫丞 伊月(ふじょう・いつき)がエレノアの毒舌を華麗に無視して、ちびに話を振る。
「ところでぇ、ちびちゃんはどういう男の子が好きなのかしらぁ? あっ、特に深い意味はないのよ〜、単に興味があって聞いてみただけなの〜。……ちなみにぃ、エレノアちゃんは実は男の子なのよ〜。んふふ〜、ちびちゃんはエレノアちゃんのことどう思うかしら〜?」
「……お前、立てますか? 立てるなら今すぐ退いてほしいです」
「? ……うん……立てる……」
エレノアに急かされつつ、ちびがすっく、と地面に足をつけて立ち上がる。最初に多少ふらついたものの、歩く分には問題なさそうであった。
「これで心置きなく、あのバカを調教してやれるです。何度調教しても上手くいかないので困ってるです。お前、何かいい案ないですか?」
「? ……ごめんなさい……わからない……」
「ま、答えが出たら苦労しないのです。結局今日もこうして、調教してやるしかないのです」
言ってエレノアが、光り輝くお玉を手にして、既に逃げにかかっていた伊月を追いかける。
「待てやこの大バカ者ー!」
「待てと言われて待つような私ではありませんの〜♪」
追いかけっこを続ける伊月とエレノアを、ちびが不思議そうに見つめていた。そこへ、志位 大地(しい・だいち)とシーラ・カンス(しーら・かんす)がやってくる。
「伊月さんの代わりに、俺たちがご一緒しましょう。行きましょう、シーラ――」
「ああぁ……追われる女と追う女、いいですねぇ……きっとこう、追われる方は激しく期待をしていて、追う方はその期待に気付かなくて、自分が追っていいのか不安に思いながら、懸命に追っているのですねぇ……いいですねぇぇ……」
伊月とエレノアの光景を、シーラは思い切り脳内補正をかけた上で、固唾を飲んで見守っていた。それ以外には特に怪しい点は見当たらないので他の人にはばれていないが、大地にだけは分かっているようで、ため息をつきながら大地が呟く。
「……シーラは放っておきましょう。ちびさん、こちらでいいのですか?」
「……うん……もう一人のわたし……いる……もう一人のわたしも……いる……」
「あはは……聞いただけでは、どちらがどちらか分かりませんね。名前がないと不便だというのがよく分かります。……あの、こんなことを聞くのも野暮かもしれませんが」
そう前置きして、大地が続ける。
「あなたはエリザベートさんから『ちび』という名前をつけてもらったと聞きました。が、本来の、本当のあなたの名前は何というのでしょうね」
大地の問いに、ちびは黙りこくってしまう。
「ああいえ、失礼な質問でした、どうか忘れてしまってください」
「……わたしは……ちび……それが……わたしの……なまえ……」
ゆっくりと、まるで自分に言い聞かせるかのように、ちびが呟く。
「……そうですか。何と言っていいのか分かりませんが……いい名前だと思いますよ」
「……うん……わたしの、なまえ」
大地の言葉に、ちびがようやく、微笑を見せた。
「ちびちゃん、こっちで合ってるんだよね?」
サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)の問いに、ちびがこくり、と頷く。
「そっか、じゃあこのまま付いていけば『もう一人のわたし』に会えるのかな? もしちびちゃんが分からなくて困ってるようなら、僕がアル君の作ってくれた地図を見ながら探しに行こうって思ってたんだけど、大丈夫そうだね」
呟くサトゥルヌスの横で、アルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)がため息をつく。
「いきなり呼ばれた身にもなってくれ……俺は何も知らされていないんだぞ」
「うーん……説明っていっても、何から話したらいいのか迷っちゃうよ。ちびちゃんが『もう一人のわたし』に会えたらきっと分かると思うんだ。そうだよね?」
問いに、ちびがまたこくり、と頷く。
「……釈然としないが、まあ、いいか。……っと、ここで分かれ道か」
アルカナが、手持ちの紙に地理上の情報を書き込んで、地図を作り上げていく。
「じゃあ僕は、ここに罠を仕掛けておくね。もし黒髪の女がやってきたとしても、これですぐに気付くと思うから」
言ってサトゥルヌスが、荷物の中から罠に使えそうな道具を選んで、死角になるような位置に罠を仕掛ける。罠自体は殺傷力よりも、侵入者を仲間に気付かせるためのもので、金ダライや鈴などが見え隠れしていた。
「これでよし、っと。……早く『もう一人のわたし』に会えるといいね、ちびちゃん」
「うん……あの人より早く、会わなくちゃ……」
「僕も協力するからね。一緒に探して、一緒にここを出よう」
その言葉に、ちびは今度は少しだけ微笑んで、こくり、と頷いた。
ちびが疲れた様子を見せたので、一行は開けた場所を選んで休憩に入っていた。
「ねえ、ちびちゃん。絵でも描いてみない? 私、用意してきたんですよ」
傍に腰を下ろしたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、荷物からスケッチブックと色鉛筆、クレヨンを取り出してちびの前に置く。
「……え? かく……なにをかけばいいの?」
置かれたそれらに興味は示したようで、ちびはスケッチブックとクレヨンを掴むが、何を描けばいいのか分からないようで、メイベルとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)を交互に見やる。
「何でもいいんだよ。頭の中にもやーんと浮かんだものを、形が分からないなら色でもいいから、描いてみればいいと思うよ」
セシリアの言葉に、ちびがこくり、と頷いて、まずは黒のクレヨンを掴んで、スケッチブックを黒で埋め尽くしていく。あまりに一心不乱に描いているのをメイベルが心配し始めたところで、今度はちびが白のクレヨンを掴んで、黒の上に塗り重ねていく。
「もう一人のわたし……まっくろなの……だから……まっしろにしてあげたいの……」
しかし、白のクレヨンでは黒に混ざって、灰色になってしまう。いくら繰り返しても、決して白にはならない。
「そうですかぁ。では、こうしたらどうでしょうか?」
言って、メイベルが黒の色鉛筆を掴み、スケッチブックをやはり黒に埋め尽くす。そしてそれを、ちびに渡す。
「はい、どうぞ」
再びちびが、白のクレヨンでスケッチブックを塗っていく。黒は残るが、それでも先程よりは黒が消えている。
「一度では消えないかもしれませんし、なかなか消えないかもしれませんけど……いつか、真っ白にできるといいですね」
メイベルの言葉を理解したのか、ちびが頷く。そのまま作業に戻ったちびを微笑みながら、メイベルとセシリアもスケッチブックに思い思いの絵を『楽描き』していった。
それから一行は、他愛もない話をしながら遺跡を進んでいた。しかし、ここでどうやら問題が発生したようである。
「おまえに、この俺が持ってきた『ダンボール装甲』をダサいなどと批評される言われはないな。むしろおまえが、他人の格好を気にする前に自らの格好を気にするんだな」
「な、ななななんですってぇ!? オーケー分かった、分かったから後で表出なさいよね。それよりもねえねえ、コレ、子供服店で見つけてきたんだけど、試しに着てみない? あっ、ちびちゃんが黒髪の女と対等に渡り合うには、もっと成長して能力を高める必要があるよねーなんて思ってないからね? 思ってないけど、女の子はやっぱりお洒落をして大人の女性を夢見なきゃ、ね☆」
「思いっきり思ってるじゃねーか! そんな邪な理由では着せられない! このダンボール装甲でちびをしっかりガードすると同時に、黒髪の女の目も欺ける俺の目的は、おまえには理解できまい!」
「バッカじゃないの!? そんなんで防げるわけないじゃない! 黒髪の女の能力に対抗できるのは、今回のためにワタシが用意したこの巨大ピラミッド型装甲だけなんだから!!」
七尾 蒼也(ななお・そうや)とあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)が、ちびのために用意した服のことで口論を始めていた。話はやがて、いかに自分の持ってきた物が優れているかに変化してしまったが、結論としてはどちらも攻撃を食らえば一撃でアウトー! であるので、この戦いは引き分けである。結局のところは他愛もない問題であった。
「……なにしてるの……?」
「あー……ちびちゃんは気にしない方がいいと思うわ。言ってしまえば醜い争いだから」
「?」
不思議そうに首を傾げるちびの問いに、アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が苦笑しつつ応える。
「ねえちびちゃん。あなたが持っている再生の能力を効率的に使えるよう、僧侶の癒しの魔法を習ってみませんか? よろしければ私が、教師役を勤めさせて頂きますね」
「いやしのまほう……うん……やってみる……」
アイリスがちびに、自らが得意とする治癒系の魔法の原理と、その使い方を教えていく。しかし、ちびがアイリスの真似をしてみても、効果は発動されない。
「あら、どうしてでしょうね。ちびちゃんにも人を癒すことができる力があるのに、私のと何かが違うのでしょうかね」
「うーん……わかんないけど……きずつけないで、なおってっておもったら……できた」
「それは、思いの力、とでも言うのでしょうね。じゃあちびちゃんが優しい心を持っている限り、ちびちゃんの力は正しく使われますわね」
魔法は、個々の魔力容量と魔力制御量、魔力回復量に個人差というものは存在するが、体系として確立しているそれを学ぶことである程度は誰でも使用できる。ちびの力は完全にちび個人のものであり、その使われ方もちび次第ということになる。
これからちびがどのような成長を遂げ、どのような力を行使するのか。……それは、アイリスにも分からないことであった。
遺跡の中ほどまで来たところで、不穏な空気が一行を支配する。その前にも爆発のような音があちこちで響き、その度に遺跡の壁や天井が音を立てて崩れ落ちてきていたが、今度のはそれらとは違った、誰かが何かを狙っているような雰囲気であった。
「嫌な感じね……もしかしたらキメラかもしれないわね」
「き、キメラですかっ……!? ゆ、唯乃、私、怖いのですよぅ……」
前を歩く四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の背中にはりつくようにして、エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)が怯えながら歩いていた。今は唯乃の横を歩いていたちびとエラノールとでは、ちびの方が背が高い。そのことが余計に、どちらが護るべき対象なのかを分からなくさせていた。
「ちょっと、私たちがしっかりしなくちゃ、誰がちびを護るのよ。……怖いのは誰だって同じなんだから、頑張りなさいよね」
気丈に言い放つ唯乃も、感じる恐怖と無縁ではなかった。それでも怯えずにいられたのは、既にエラノールが怯えきっていたからというのも一つの要因であった。
直後、二人の前を一つの影が横切る。ひうっ!? と一声あげて隠れてしまうエラノールを背後に、恐る恐る影の正体を確認した唯乃は、ほっと一息ついて呟く。
「大丈夫よ、ただのネズミだわ。ここに住み着いているのでしょうね。一匹だけなら問題ないでしょう――」
その呟きが呼び水になったのか、最初からそのつもりだったのか定かではないが、一瞬にして一行の前に数百は超えると思われるネズミの集団が現れた。唯乃の言ったように一匹ではさしたる脅威にはならないだろうが、これだけの数になれば流石に脅威となり得るであろう。
「ひぅぅ!! こ、怖いですよぅ!!」
エラノールが唯乃の背中に隠れ、ちびも背中に隠れる。二人のちびっ子を背負って、唯乃はこの事態をどう切り抜けるべきかを思案していた。
(戦闘はなるべく避けたいところだ……! だが、それではちびが危険に晒されてしまう。ならば、ちびが戦闘に巻き込まれないように立ち回るしかない……!)
大量の野ネズミを前に、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)が一行から離れた位置に移動する。一行のいる位置が広間に入った辺りなのは、唯一の幸運であったともいえよう。
「みんな、下がるんだ! 狙うならこっちにしろ、ネズミ共!」
リアトリスの掛け声に反応して、ちびを護る一行がもと来た通路に逃げ込む。瞬間、ネズミの集団と冒険者の集団の間を貫くように、リアトリスの放った爆炎が奔る。それに刺激された野ネズミたちは、本来狙うべきだった相手を忘れ、今しがた爆炎を放った相手を狙うべく突進してくる。
「誰かを護りたいこの心が、僕を強くしてくれる! さあ、みんなは先に行って!」
ちびを護る集団が広間を抜けて先の通路に駆けていくのを見遣って、リアトリスが迎撃を開始する。その独特の戦闘スタイル、踊りを踏みながら爆炎を見舞い、雷撃を穿つ攻撃で、野ネズミがいとも簡単に吹き飛んでいく。
(キメラよりは楽かもしれないけど、とにかく数が多い……囲まれないようにしなくては――)
そんなリアトリスの思いを読んだかのように、残った野ネズミが一斉にリアトリスの周囲を取り囲む。四方八方を取り囲まれたリアトリスが、踊ることすら出来ずに立ち尽くす中、野ネズミによる蹂躙が開始される――。
瞬間、外から爆発が起こり、包囲網が一時的ながらも解除される。
「大丈夫か!? ここから早く逃げろ!」
キリエ・フェンリス(きりえ・ふぇんりす)が、ネズミの山を掻い潜って道を拓く。彼の背後には戸隠 梓(とがくし・あずさ)が、次の魔法の準備を整えていた。
(戦うのは正直、嫌だけど……仲間を、そしてちびちゃんを守るためなら……!)
リアトリスを連れたキリエを行かせまいと追撃に移ろうとする野ネズミへ、梓が火弾を放つ。着弾した火弾は周囲に飛び散り、体毛を焦がされた野ネズミが地面をのたうち回る。
「二人は先に、向こうの通路へ行け。俺が殿を務める」
「キリエくん、それじゃキリエくんが――」
「いいから行け! 俺のことは気にするな!」
心配してその場を離れようとしない梓にキリエがぶっきらぼうに返す。
「……分かったよ。でも、後でキリエくんも追いついてきてね? 絶対だからね!?」
その言葉を残して、二度三度振り返りながら、梓がリアトリスを連れて通路へと向かっていく。
(ま、こんな時は守ってやらなきゃな。梓も、ちびすけも)
心に呟いたキリエの脳裏に、どこか落ち込んだ様子の梓、そして不安げな表情のちびが交互に映し出される。
「……こんなところでくたばるつもりはねぇ。てめぇらまとめて相手してやっから、かかってこい!」
加護の力を発動させ、全身からオーラを立ち昇らせながら、殺気を隠さず寄り集まってくる野ネズミへキリエが言い放つ。
仲間の献身により危機を脱した一行であったが、ある通路に差し掛かった直後、ちびの身体がびくり、と震えるのを安芸宮 和輝(あきみや・かずき)とクレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は見逃さなかった。
「ちびさん、どうしました? ……まさか、黒髪の女が近くにいるのですか?」
「……もう一人のわたしが……二人……なにをしてるの? ゆらいでる……ぶつかり合って……ゆらいでる……」
和輝の問いに、ちびが半ば呆然とするような表情で呟いた。
「二人、ということはええと、つまり……『件の三人』が揃ってしまうということでしょうか?」
こくり、と頷いたちびの答えに、クレアが困ったように和輝を見る。
「ど、どうしましょう……」
「融合を黙って見過ごすわけにもいきません。危険ですが、進むしかないでしょう。他の人たちも向かっているといいんですが」
和輝が、黒髪の女を追っていった者たちのことを想像しながら、呟く。
「件の三人が揃えば、彼女たちが『ノルン』であるかもしれないという証明ができますね」
「そうなのでしょうか……私には、いまいち実感が湧きませんし、そうだとも思えないのですが……」
ちびに聞こえないように和輝がクレアへ耳打ちし、聞かされたクレアが怪訝な表情を見せる。他の者たちも、口にしないまでも『彼女たちは実はこれこれこうなんじゃないか』という予想の一つは立てていた。しかし、結局のところ今まで、彼女たちが何であるのかは、伝説にある『聖少女』のようだ、ということ以外何も分かっていない。
だがそれも、この先で三人が揃えば、もしかしたら彼女たちの正体が判明するかもしれない。そう思うと、これから何が起きるのかといった恐怖はあるものの、身体が、そして意識が、前に進むことを止めようとはしないのを感じていた。
それから通路を抜け、ひときわ大きな広間に辿り着いた一行に、二人と思しき会話が聞こえてくる。
「いーやーやー! あんたなんかに喰われるくらいなら、死んだほうがマシやー!」
「フッ、無駄なあがきを。私も貴様も、一人では死ぬことはできぬのだ。……いや、今の私なら、貴様を殺すことくらい他愛もないのかも知れぬな。私と貴様とでは、どうやら違う道を進んでしまったようだからな」
「わけわからんこと言うてないで、離せやー!」
言い争うような声を聞いて、一行の中からイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)とアルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)が先行して広間に躍り出る。彼らの視界に飛び込んだのは、幾人もの倒れ伏す仲間たちと、首根っこを掴まれてもがく黒髪の少女と、その少女を片手に掴んで余裕の表情を浮かべる黒髪の女の姿であった。
「さながらお姫様を護る騎士様ご一行、だな。……だが、そのお姫様が実は世界を滅ぼす存在であったとしたら、貴様らはどうするのだ?」
「何だと……? それはどういうことだ、ちび」
イーオンの問いに、ちびは答えられない。その代わりを務めるように、黒髪の女が答える。
「元々私たちは一つの存在。そして今再び一つになった時に、世界には破壊と創造、そして秩序がもたらされるのだ! そしてそれは、ここにいる私たち三人の誰であっても同じことなのだ!」
黒髪の女の言葉に、一行の間に動揺が走る。その中で一人ちびだけが、毅然として言葉を紡ぎ出す。
「……ちがう……わたしは……あなたのように……ぜんぶこわれちゃえって、おもってない……!」
瞬間、ちびの身体に変化が生じる。背丈が伸び、白色の髪は両脇で二本にまとめられ、服もひらひらしたものから動きやすそうなものへと変わり、そして、黒髪の女に対する言葉もしっかりとしたものになる。
「わたしは……私は、私に名前をくれた人たちを、私に色々なことを教えてくれた人たちを、護りたい! 破壊ではなく変化を、秩序のためでなく繁栄のための創造をもたらすのが、私の為すべきこと!」
「イオ……一体これは、どういうことなのですか?」
「俺にもよくは分からんが……ここまでちびを護りながら連れてきたことは、決して間違いではなかったと思いたい。それよりも今は、この危機を脱する方法を考えるんだ」
「……イエス、マイロード。戦闘の準備に移ります」
言って離れるアルゲオを見遣って、イーオンが身構える。一行の先頭に立ったちびが、黒髪の女を指して言い放つ。
「私は、あなたとは違う!」
「…………そこまで言われてしまっては、もはや言葉で分かり合えることはないだろう。……ならば、互いが互いを喰い尽くすまで、戦うしかあるまい!」
言った黒髪の女の手が漆黒に輝き、その炎が掴んでいた少女を包み込む。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!!???」
少女の絶叫が響き、まるで飲み込まれるように、黒髪の女の手の先で少女の姿が消える。そして黒髪の女の方にも変化が生じる。漆黒の翼が肩から全身を覆うように伸び、女を包み隠す。
「フッ……ネラと名付けられた『私』よ、なかなかいい具合ではないか」
力を得た喜びに打ち震える黒髪の女が、一行を前に言い放つ。
「私はヴィオラ……貴様らに、永続なる破壊をもたらす者!」
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