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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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イルミンスールの冒険Part2~精霊編~(第2回/全3回)

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●追いかける者たち、そして、そこに立ちはだかる影

 冒険者に立ちはだかるキメラの総数が減ったことで、サルヴィン川を超えようとする者への警戒が薄くなる。
「アシャンテ・グルームエッジ、俺の背中、任せるぞ」
 その隙を突いて、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)フェリークス・モルス(ふぇりーくす・もるす)セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)と共に前線の突破を図る。一瞬動きが遅れたキメラが追撃を行おうとするも、彼らの前にはアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)とそのパートナーたちが滑り込む。
「……悪いが、お前達の相手は、私だ……友の背を任せられた以上、必ず護ってみせる……!」
 左手に刀、右手に銃を構えたアシャンテの、強靭な意思を含んだ視線を受けて、既に手負い状態のキメラは低く唸りつつ後退るが、未だ損害を受けていないキメラは盛大に吼え、炎弾と爪や牙による攻撃で出迎える。
「……!」
 それらを前にして超感覚を解放したアシャンテ、僅かな動きが生じたかに見えた直後、立ち尽くしていたアシャンテに炎弾が直撃……することなくすり抜け、やがてアシャンテだと思っていた分身も掻き消える。相手を見失い首を左右に振り動かすキメラは、背後から駆け抜けたアシャンテの振り抜いた刀に四肢を切断され、悲鳴を上げて地に伏せる。
「アーちゃん、その子達を消さないで、助けてあげて!!」
 キメラ相手に攻撃を繰り出すアシャンテに加護の力を付与しながら、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)がアシャンテに呼びかける。
(操られてるこの子達が可哀想だよ……こんなのって、ボク、許せない!! お願い、この子達にこんな酷いことをした、あいつを捕まえて!)
 先行したイーオンに付いていったフェリークスのことを信じて、繭螺が眼前のキメラを強い意思を秘めた瞳で見据える。その視界の中で、丁度アシャンテから死角となる位置から、キメラの内の一体が躍り出、炎弾を放つ準備を始める。
「あーしゃやまゆまゆは、あたいがまもるんだもん!!」
 繭螺が警告するよりも早く、繭螺の前方に進み出たフェルセティア・フィントハーツ(ふぇるせてぃあ・ふぃんとはーつ)がキメラに対して弾丸を見舞う。放たれた無数の弾丸は拡散してキメラを襲い、衝撃を受けたキメラは攻撃を中断させられる。
(……なんかよくわかんないけど、あーしゃたちががんばるんなら、あたいだってがんばるよっ!)
 素早い動きで近くの樹木を駆け上がったフェルセティアが、枝の上からさらに無数の弾丸をキメラへ向けて発射する。致命傷とはならないものの行動の自由を奪われたキメラは、この場を抜け出した者を追うのを止め、対峙する者たちを粉砕せんと咆哮をあげて刃を交える。
(繭ちゃんは、主様にとってかけがえのない子……手出しはさせませんわ!)
 繭螺の傍にはエレーナ・レイクレディ(えれーな・れいくれでぃ)が付き添い、周囲には味方には影響はないものの、敵に対しては誤った情報を見せる霧を纏わせ、繭螺を敵の手から守るべく護衛を続けていた。

 一方、キメラに冒険者の相手を任せ早々に離脱した黒いローブを纏った男は、サルヴィン川を超えシャンバラ大荒野を飛んでいた。
(……あの戦いにありながら、我の手がかりを追うのも忘れぬとは、やはり連中、徐々に力をつけてきているようだな。もちろんこの程度、何とでもなるが――)
 自分を追う異形の物、そして自らに付けられた『目』を気にしながら、男が空中から周囲を伺う。この辺は所々に草が生えている程度で、地面のくぼみ以外に身を隠せそうな場所は見当たらない。
(まあ、よかろう。大多数の者共は追いつくまでに時間がかかる。追ってきた者達は所詮烏合の衆、地の利も我々にある。……丁重にお迎えした精霊共に、手土産の一つでも用意してやらねばならんだろうしな。それに丁度良い駒も見つかった。力がほしいという貴様の願い、叶えてやるぞ。ククク……)
 これから起きる展開に心踊らせながら、男は一路目的地を目指す。

(うーん、あたし達だけで勝手に来ちゃって良かったのかなあ……キメラと戦わなくて済んで良かったけど、こっちはこっちで危険そうな……)
 サルヴィン川を超え、見渡す限り乾いた大地が広がるシャンバラ大荒野、そこにぽつん、と杭打たれた測定用の標識の傍で、ミリィ・ラインド(みりぃ・らいんど)が銃型HCを開いて、現在位置と男の位置の把握に務めていた。
「……うむ、この辺は目印が少ない。一応今の位置を伝えておくが……どう見ても陽動じゃろうし、先走って追ってこんでもええと思うのじゃ。……大丈夫じゃ、あやつには幾度も逃げられておるが、今度こそとっちめてやるのじゃ」
 少し離れた場所で、セシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)が携帯を使い、キメラ迎撃に当たっているファルチェ・レクレラージュ(ふぁるちぇ・れくれらーじゅ)と連絡を取る。電波自体は通っていないが、パートナー同士ならばどこでも連絡をとることが出来るのは、今の場合有用に機能していた。
「では行くぞ、ミリィ。あやつの悪事を暴いてやるのじゃ!」
 携帯をしまったセシリアが、今まで散々コケにされてきた思いを晴らすべく意気込む。
「……あれ? ちょっと待って、さっきまで反応なかったのに……」
「どうしたのじゃ?」
「えっとね、ここから少し行ったところに、人の反応が出たの」
「なんじゃと? ……ううむ、しかしここで時間を取っては、あやつを追えぬ……」
「お姉ちゃん、行ってみようよ。まだ位置は分かってるから、パッと行ってパッと戻ってくれば後を追えるよ」
 ミリィがセシリアに提案する、そこにはこれ以上先に進んで危険な目に合うのは勘弁という思いが潜んでいた。
「……分かった、急ぐぞ、ミリィ」
 渋々頷いたセシリアが、箒に飛び乗って示された位置へ飛ぶ。
「ま、待ってよお姉ちゃんっ」
 慌てて支度をするミリィを置いて、セシリアが該当する座標の上空へ到達する。行使したディテクトエビルに反応は見られない。
「何もいないではないか……む?」
 荒野の中に一点の違和感を見つけたセシリアが、高度を下げる。視界に、猿轡を嚼まされ地面に転がされる同じ学校の生徒が映る。
「大丈夫かの?」
「え、ええ、私は大丈夫――」
 縄を解かれたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、助けられたにも関わらず浮かない表情を見せる。
「どうした、不安があるなら私に――」
 そこまで言ったセシリアに、ディテクトエビルの反応が生まれる。その位置は、彼女の僅か後方。
(なんじゃと――)
 振り向く暇もなく、セシリアはキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)の攻撃を受けて気を失わされる。
「……フン。奴ガクレタ珠ノ効果カ。……ダガコンナモノデハ足リヌ。闇ノ力、我ダケノモノダ……」
 セシリアを気絶させたロッドを下ろし、キューが邪悪に満ちた表情を浮かべて呟く。
「ねえ、どうしちゃったの!? 私をこんなところに連れてきて、それに同じ生徒に手を出すなんて――」
「お、お姉ちゃん!? ……あんただね、お姉ちゃんに酷いことをしたのはー!」
 リカインの言葉を遮って、飛空艇に乗ってきたミリィが叫び、大鎌を振りかざしてキューへ向かう。
「……邪魔ダ」
 呟いたキューがロッドを振りかざせば、そこから漆黒に満ちた波動が飛び、ミリィを遥か上空へ巻き上げる。乗り手を失った飛空艇が制御を失って地面に接触、爆発を上げて大破する横で、ミリィが地面に叩きつけられる。
「お、お姉ちゃ……ん……」
 がくり、と気を失うミリィに、キューが満足気に微笑む。
「キュー、あなた、自分が何をしているか、分かってるの!?」
「……力ダ。力ヲ得ルタメニハ、マズハ奴等に近ヅカネバ。コイツラハ手土産トシテ捧ゲル」
「本気で言ってるの、キュー……」
 先程までのキューとはまるで別人のキューに、呆然とするリカイン。そこへ、川を超えて男を追ってきたイーオンとそのパートナーが飛来する。
(状況が読めんな……む、あれは同じ学校の生徒……倒したのは奴か。まさか、キメラと同じく、奴も男に操られているのか? ……ならば尚更、放ってはおけぬな)
 自分なりに状況を整理したイーオンが、フェリークスに視線を向ける。それだけで事を察したフェリークスが、地面に降りて気配を消す。
「セルは俺の傍にいろ。俺が奴の気を引き、フェルが無力化する」
「イエス・マイロード」
 セルウィーがイーオンに従い防御に徹する背後で、イーオンが呼び出した雷でキューを攻撃する。
「オマエモ、同ジ目ニ合ワセテクレルワ!」
「……それはさせぬ。そこまでだ」
 振りかざしたロッドが、背後から撃ち抜いたフェリークスの弾丸を受けて回転しながら吹き飛ぶ。二発目がキューの足を掠め、紅い液体が飛び散る。
「キュー!! あ、あああ……」
 態勢を崩して地に伏せるキューを、信じられないとばかりにリカインが身体を震わせながら見つめる。
「……マダダ……マダ……終ワラヌ……!」
 キューが懐から、ローブの男が彼に渡した漆黒の珠を掴む。
『貴様が力を望む時、その珠を割れ』
 男の声が脳裏に響く中、残る片方の腕を振り上げ、キューが珠を割る。
「状況を説明してもらおうか。一体何が――」
 リカインに詰め寄っていたイーオンが振り向く――。

「ウオオオオオオオオオオ!!」

 珠から這い寄るように混沌とした邪気がキューを包み、ロッドの代わりに右腕に握られたのは、闇で出来た刃――。
「……しつこい!」
 再び死角から、フェリークスが無力化を狙って弾丸を見舞うが、掲げた刃に全て飲み込まれる。離脱を図ろうとしたフェリークスの足からそして手から、伸ばされた闇が這い寄り、フェリークスを締め上げる。
「やってくれる。フェルを離せ、さもなくば――」
「イイダロウ、ハナシテヤル。ダガ――」
 もはや生物であるかどうかも疑わしい声を発し、キューがフェリークスを投げつける。まるで彼女自身が弾丸となるように飛ばされ、防御姿勢を取っていたセルウィーを突き飛ばして共に地面を転がる。
 一瞬の出来事に、それでも身体を反応させて抵抗するイーオン、だが既にキューは眼前に立ち――。

「オマエハ、ココデ、シネ」

 右腕の刃が、イーオンの身体を貫く。
 吹き出す紅い液体が、背後で崩れ落ちていたリカインに降り注ぐ。

「ああああああああああああああああああああ!!」

 リカインの叫びが、大荒野に木霊する――。

「……教えて、世界樹の子供達……」
 大荒野で凄惨な現場が展開されているそのさらに前方を、九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )が上空からディテクトエビルを発動し、視覚的な捜索と並行して害意邪念の感知を行っていた。
「上から来るのに気をつけるのですわ☆」
 九弓が地面側を捜索しているのに対して、マネット・エェル( ・ )は空からの襲撃に対して警戒を行っていた。
 イルミンスールの森を離れていくにつれて、感知される邪念の強度が低下していく中、ある地点を通り過ぎたのを境に反応がぱたりと消失する。九弓がまたがる箒に制御をかけ、空中の一点に漂いながら周囲の地面に視線を向ける。赤茶の土と僅かばかりの草が生える中、九弓は積み上げられた石のオブジェに注目する。それはこの荒野にあって一見自然に見えるものであったが、そこへ近付くと邪念の反応が復活し、それより南側に飛ぶと反応が途絶えることを確認する。
「マネット、現在位置と周囲の状況を報告、お願い」
「はい、ますたぁ☆」
 九弓がマネットに頷き、マネットは世界樹イルミンスールに残った九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)に連絡を取る。現時点ではここが本当に『黄昏の瞳』のアジト入口なのかは確証はないものの、何かあるはず。そう読んで報告を終えた九弓とマネットは、斥候としての役目を終え長居は無用とばかりに、その場を後にする――。

「おや、お帰りかね?」

 声が響いたかと思うと、前方の空間に闇が生まれ、それは人の姿をとる。セイランとケイオースを攫い、リンネ一行にキメラをけしかけた『黄昏の瞳』の一員と思しき黒いローブに身を包んだ男が、九弓とマネットの前に佇む。
「多少寄り道をしていたら、先を越されてしまったようだ。まったく貴様らの成長には驚かされる。……このままでは我らが野望、魔王の復活をも阻止されかねん。生贄の少女は未だ見つからず、攫った精霊も封印を解くには至らず、となれば……」
 何事かを呟いた男が、腕をゆっくりと広げる。
「これ以上貴様らが我々の邪魔をせぬよう、まずは精霊との絆とやらを粉砕してくれるわ。クックック……慕っていた者に命を奪われる光景は、精霊の目にどう映るか、楽しみだ……」
 何とかその場を逃れようとした九弓とマネットは、しかし男の放った闇黒魔法に引き寄せられ、遥か空中に巻き上げられ地面に叩きつけられる。
 ほくそ笑んだ男がパチン、と指を鳴らすと、先程までただの石のオブジェだったそこが不気味な光を放ち始め、そこから同じ格好をした者たちがぞろぞろと出、二人を拘束して担ぎ上げる。オブジェの光が消え、辺りに再び静寂が立ち込める。
「クックック……後は、彼女たちの出迎えといこう。ここまで来れば、後は彼を世界樹に向かわせ――」
 そこまで呟いて、男は上空を見上げる。徐々に大きくなる複数の点を見上げて、男が呟く。
「――終わりだ」