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葦原の神子 第3回/全3回

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葦原の神子 第3回/全3回

リアクション


1葦原明倫館内の書庫では、ナラカ道人について明らかになってきている。

 ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)は、手にした携帯電話をそっと下ろす。顔にはまだ作り笑顔が残っている。
「ソースケ…」
 電話の相手、神尾 惣介(かみお・そうすけ)は、ジョシュアを護るために書庫の外を見張っている。
 時折、こうして外の様子などを知らせてくる。
「ナカラ道人が蟲籠みてーな化けもんじゃなくて良かったぜ、きれいなねえちゃんは怖くてもいいねぇ、おっと、だがねえちゃんよりも、一番可愛らしいのはジョシュアだな!あっはっは!」
惣介は電話口で笑い声を上げた。
 しかし、その笑い声はジョシュアを安心させるための偽りだとジョシュアは気付いている。
 ジョシュアも笑い声をかえすが、惣介も気がついているに違いない。
 ジョシュアは、今いる書庫内を見回した。薄ぼんやりした書庫の奥は闇に霞んでいる。それほど広い。しかし、多くの仲間と共に寝食を忘れ、書物を探っても、まだ期待の書には出会っていない。
「まだ、隠し部屋があるのかな、壁の向こうとかに…」
その緑の瞳が曇る。
「…もう禁書の部屋にも入っちゃったし、これ以上処罰が重くなっても怖くないよ?…たぶん」
 ジョシュアは決意している。
 目の前にひと際薄い冊子がある。手にとる。日本の書物のようだ。
「古い日本の神話だ…懐かしいな」
 幾つかの短い物語が美しい挿絵と共に書かれてある。虚ろに画を追うジョシュアの目がある話で留まる。
「あれ、岩長姫って?」
ジョシュアは、その話を知っていた。話の中では、妹と共に嫁いだ姉の岩長姫が、その醜さゆえに里に戻されるとある。しかし、挿絵の岩長姫は、目を奪われる絶世の美女となっている。話の流れと挿絵がちぐはぐだ。
「何かおかしい…」
ジョシュアが呟く。再び携帯電話を取り出す。
「ソースケ!目の前にいるナカラ道人ってどんな人?」
「色白で黒髪…、まあ、その…」
「黒子ある?」
じれた声でジョシュアが問う。
「黒子だよ、ほくろ。首筋にあるか、教えてよ」
「ある」
「あるんだ…」
ジョシュアは、描かれた岩長姫を見やる。
「あのね、ソースケ、ボクが見つけた書物に…」
ジョシュアは書物の内容をソースケに語った。



2・ナラカ道人との不毛な戦い

 朝となった。
 兵は全て退き、城を取り囲むのは夜を徹して進んできたナラカ道人のみである。女たちは柳のように揺れ、雛鳥のように囁いている。
「どう思う」
 誰に問うわけでもなく、葦原太郎左衛門が呟いた。
「同じか、それとも異なるか」
 多くの兵が死に傷ついた。残る忠臣は要の場所に配置している。太郎左衛門のそばには足軽数人しかいない。
 側にいた弐識 太郎(にしき・たろう)が問いを受け、やはり呟く。
「違うと思う」
太郎左衛門が頷く。
「花ならば群れても美しいものをとも思ったが」
言葉を切る。
「同じ顔に作った舞妓の踊りはおなごの数が多くても愛らしさは変わらない。ところが、このナラカ道人と呼ばれる女子たちはそうではない。生気がないのだ。もしや心がないのではと思っている、いや、そうあって欲しい」
 太郎左衛門はこれから切り合い、殺し合いになる女たちを見ている。
「なあ、急いで戻ってきたのには訳があるんだろ、ここは太郎左衛門殿の精鋭とおれ達に任せてくれないか」
 太郎が太郎左衛門の顔を見やる。同名ということで親近感を持ち太郎はこの武将と接してきた。なんとしてもこの危機を乗り切って欲しいと願っている。
 女たちはゆるゆると歩を進める。
「我が直感を信じよう」
 太郎左衛門は頷き、苦悶の表情を浮かべる。
「女たちは、攻めてはこない。ただ進むだけだ。女たちは死を恐れていない、むしろ望んでいる。いずれは城内に入るであろう、しかし。その前に」
「その前にだ」
 太郎は言葉に力を込めた。
 無言の太郎左衛門、控える兵に何やら告げる。
「いったん、シェルターを見に行く。その間、皆、ここを護れ。攻め出てはならぬ」
 太郎左衛門は、感謝の念を太郎に送ると、足早にシェルターへと急ぐ。

 太郎左衛門が去り、城の護りはいっそう緊迫している。
 太郎はそっと、場を外した。隠し通路から城の外に出て、ナラカ道人の集団と戦うためだ。

 太郎はここで多くの同士と鉢合わせする。
「一人で行こうなんで、駄目ですよ。ほんと、志方ないですね」
 志方 綾乃(しかた・あやの)が立っている。
「なぜか、葦原明倫館に転校したんですよ、明倫館生ですが、まだイルミンから来た外様ですから、他の方の迷惑にならないように、突出しない程度に先陣を切って最前線に立ち、後退時は殿をって、志願したんですが、葦原太郎左衛門殿にみなのお目付け役にされちゃいました」
 その流れに愉快そうだ。
 ほんわかとやわらかい口調と豊かなバストで母性的に見え、戦などには向かなく見えるが、太郎を目にして手にした妖刀村雨丸を振ると空気が一変した。戦士なのだ。
「私が止めても太郎さんは行くのでしょう。なら、お供します」

 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は、二人の会話を木立で聞いていた。
「ただ戦ってもナラカ道人は増殖するんだぜ」
 隼人は、秘策を持っている。
「書院でナカラ道人の封印方法が見つかるまで、時間を稼ぐ必要がある。そのためには増殖を防ぐ手立てが必要だ」
 隼人は、太郎に眠り薬を、綾乃に痺れ薬を渡した。
「剣や武器にこれを摺りこませるんだ。倒した相手が意識を失えば増殖を防げるかもしれない」


「私は空からいこう」
アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)が何処からともなく現れた。御陰 繭螺(みかげ・まゆら)も一緒だ。
「巨大甲虫を持ってきている。これにのって痺れ薬を撒く」
「ボクは、空飛ぶ箒で援護するよ」
 剣の花嫁である繭螺は、巫女装束に身を包み凛とした声を挙げる。頼もしい。


 空京大学から援軍にきた湯島 茜(ゆしま・あかね)は、火炎放射器を手に、城からの抜け道を出てきた。全身を武装し、戦闘態勢だ。
「あたしは、単純だけど、焼いちゃう」
緑色の瞳がネコのように光る。
「自分は、茜を援護しつつ、同様に火を使うつもりです」
ドラゴニュートのクレア・ベンフォード(くれあ・べんふぉーど)は、丁寧で、それでいて気のない声でそう告げた。


 木刀を手にした菅野 葉月(すがの・はづき)は、朝露に刀を濡らし、隼人から授かった眠り薬を剣に振りかけている。
「剣の修行には、もってこいの戦いです」
付いてきたミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を振り返る葉月。
「これだけの数です、凄惨な戦いとなるでしょう。ミーナ、お願いがあります」
トミーガンを手にミーナは戦う気でいる。
「眠り薬や痺れ薬が、撒かれます。風向きによっては僕たちも危ない。ミーナはここから非難して、シェルターで困っている人の手助けをしてください」
葉月の目は真剣だ。
「ダメ、葉月」
ミーナはガンを構え直す。
「援護するのは、ワタシの役目」
ミーナとしては、葉月の方向音痴が心配なのだ。一人で戦わせるわけにはいかない。


 綾乃が城を指差す。
この抜け道出口は城外にあるが、城からはさほど遠くない。
「城では迎え撃つ準備をしています。塀の狭間からは矢や銃が出ているのがわかるでしょう」
 一同は城を見る。
 塀のあちこちでキラキラと光る銃身や矢が見える。
「しかし、これだけのナラカ道人を倒すには…」
 隼人がゆっくりと押し寄せてくるナラカ道人を見る。
「ここを俺たちの最終ラインとしよう、ここより先にあいつらを入れないよう死守する」
 一同が隼人の言葉に頷く。
 それぞれが動く。

 まず走ったのは、茜だ。
 火炎放射器を手に、一群に切り込む。女たちは逃げない。
「一気にいくね」
 クレアと背中合わせに一群に潜り込んだ茜は、取り囲み、薄らと笑顔を浮かべるナラカ道人の大群に大きな焔を浴びせる。
 女たちは焔に焼かれ、よよと崩れる。
「痛い痛い」
 女の呻き声に、一瞬、茜が怯む。
 崩れ落ちた女たちは半身を焼かれ、燃える髪の焦げた匂いが鼻をつく。
「ククッ」
 泣き声かと一瞬、クレアの火術が止まる。
「久しぶりだわねぇ」
「本当に…」
「こうして焼かれるのも」
「懐かしい痛みだわぁ」
  黒焦げの、半ば溶けた手で髪をかきあげる女。焼かれた髪が指の間からこぼれる。
「美貌がとりえの妾なのに、なんと、まぁ」
 爛れた顔で茜を見やる女。
「面白いものを持っているのだね、昔はなかった道具ゆえ、妾を焼き尽くすことが出来るかもしれない」
 爛れて骨の見えた女の顔は、少しずつ回復している。
「なんだか、焼いて欲しがってる?」
 近寄ってくる女、茜はドラゴンアーツでその頬を打つ。
 簡単に女は倒れる。
 再度、火炎放射器を女に向ける。
 笑いながら焔の中で女が溶けている。
「悪夢見そう」
 茜が呟く。
 火術で援護しているクレアが茜の耳元で大声を張る。
「いくら茜に能力があっても、一人づつ焼くわけには行きません。ここは」
「わかっている」
 一人の女が溶けてしまうと、周りの回復しつつあるものの、まだ半身を焦がした女たちから驚きの声が上がる。
「おもしろい武器じゃ。妾が欲しい」
 茜を取り囲むナラカ道人の輪が少しずつ狭まる。
「とにかくです」
「焼いて焼いて走る!後は」
 火炎放射器を振り回しながら、走り出す茜、空を見上げる。


 頭上にいるのは巨大甲虫に乗ったアシャンテと空飛ぶ箒に跨った繭螺だ。
「…これだけいると、壮観だな…」
 アシャンテが女たちを見下ろして言う。
「ホントだねぇ…ぅぅ、沢山のおんなじ顔の人…ちょっと、怖い光景だね…」
 二人は戦う時期を待っている。
「…躊躇う必要はない、か…ならば、いくか…」
「ちょっと待って…そこ」
 繭螺が指差した先では、茜が火炎放射器を持って焔を撒きながら走っている。
「すごっ…焼かれても回復しているぅ」
「まずは」
「そうだねぇ、回復を遅らせるようにしないと」
 アシャンテの左目が金色に変化した。身体能力が向上した印だ。
 二人は、炎に焼かれた女達に痺れ薬を振り掛ける。
 地上からは狼とパラミタ猪が援護している。
「まず、あの火に包まれた女たちを成仏させよう」
 狼とパラミタ猪は巧みに女たちを選り分け誘導し、傷つき動けない女を孤立させた。
「茜さんー!」
 繭螺は、走りまわるうちに傷だらけになっている茜とクレアにパワーブレスを掛ける。
 アシャンテは地上の降りたつと、光条兵器の小銃スィメアを右手に、左手は背中の刀を持ち、焼け爛れ呻く女達に群れに入り込んだ。
 刹那!
 女たちが次々と倒れてゆく。
 眉間の急所、一箇所を狙って攻撃を仕掛けたのだ。
「一突きなら分裂しないだろう…これで死ねたのだろうか」
 アシャンテは倒れて動かなくなった女たちを見る。
 しかし、その女たちの姿は見えない。倒れた女たちを乗り越えて、他の大勢のナラカ道人がアシャンテを取り囲んでいるからだ。
「援護するねッ!」
 頭上で繭螺が叫んでいる。側には、狼とパラミタ猪がアシャンテを護るよう、呻き声を挙げて女たちを威嚇している。
「いくか…」
 アシャンテが剣を構えると、その瞳は金色に輝き、青い髪は赤みを帯びてきた。女たちの群れに向かい走るアシャンテ、刃が光る。

 綾乃と隼人も、共に大群の中に駆けていった。
 綾乃は走りながら、チェインスマイトで多くの相手をなぎ払っていく。
 ヴァンガード強化スーツに身を包んだ隼人は、ブライトマシンガンを手に、眠り薬を倒れたナカラ道人に振りまきながら、進んでいく。

 綾乃は、大群の中ほどまで進むと、妖刀村雨丸を取り出す。無心に剣を振る綾乃。氷結属性で切り口を凍らせ、増殖を防ぎながら撃破する。

 隼人も痺れ薬をつけた弾丸を装置し銃を撃つ。増殖を防ぐためには乱射は出来ない。出来るだけ急所を撃つよう、集中して銃を操る。

 共に次第に無心になっていく、ひたすらに剣を振るい銃を撃つ。
 自らの負傷に気付かないほどに、ひたすらに。


 その優しさゆえに、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、八鬼衆の一人、「砂の葉」の首を刎ねた。その感触が尋人から離れない。
 戦いのあと、尋人が目にしたのは、ナカラ道人の城へと向かう大軍である。
「なぜナラカ道人は人の姿、女の姿なんだろう。嫌だな」
 城へと急ぐ。
 パートナーの獣人、呀 雷號(が・らいごう)は、尋人の愛馬アルデバランが預けられた先に向かい、獣人としてアルデバランに安全なところで待機するよう、また合図があれば城に駆けつけるよう指示し、尋人の後を追って城へと向かった。
 雷號は、少しでも早く尋人に追いつけるよう、ナカラ道人を避けて城へと急ぐ。
「尋人は、精神的に幼く不安定だ。一人にしておくのは危険だ」
 ゆるゆると歩く女たちのあゆみは遅く、二人はほぼ同時に女達に追いつく。
「とにかく、倒すしかないんだよね」
 尋人は後を来た雷號に告げると、剣を手に女たちの群れに飛び込んでゆく。
 その首を刎ねる尋人。
 刎ねるたびに、吐き気が尋人を襲う。
「これだけたくさんいるのだからひとりくらい話ができてもよさそうなものだけど」
 血に染まった剣を手に
 尋人が呟いたとき、身体から切り離された首が口を開く。
「話なら出来るぞ」
 血糊が形をかえ、いつの間にか、首だけの女に身体が出来ている。
「無駄なことをするでない、妾たちは滅多に死ねないのじゃ」
 他の首にも身体が、身体には首が生えている。
 尋人は女達に囲まれる。
 雷號が鬼眼で女たちを怯ませた。
「背中に乗れ」
 雷號は、雪豹に変化している。無理やり尋人を背に乗せると城に向け走る雷號。
「なんで、女は増えたんだ。なんだか考えがまとまらない。腹が減ってうまく考えられなせいかもしれない」
「休むことも大切だ、とにかくいったん城に向かおう」
 雷號は、女たちを避けて、城への道を走る。


 太郎は戦いの後方、城近くを護っている。前線の奮闘と城からの矢によって多くのナラカ道人が倒れていえるが、それでも覆い隠すほどの人数だ。
 城に入り込もうとするナラカ道人を太郎は、「軽身功」によって素早く相手の懐に入り込み、「柔道」の要領で敵を片っ端から投げ飛ばしていく。
 投げても投げても、敵は沸いてくる。それでも、太郎は、女たちを背負い投げる。多くの女はそのまま気を失った。
 先ほどと太郎の服装は変化している。「波羅蜜多ツナギ」を羽織っている。
 背中には赤い糸で”太郎”と大きく刺繍があり、空からでも目立つ。
「太郎さんー!特攻服、かっこいいよぉ」
 繭螺がヒールを施すために、空から来る。太郎の身体も満身創痍だ。
 感謝の意を示すために空に手を振る太郎。


 葉月は太郎と少し距離を持って城近くを護っている。
 木刀での戦いのため、相手を殺すというよりは失神させることが目的だ。眠り薬をしみこませるために、少し水を含み重みの増した木刀を、次々と沸いてくるナラカ道人に振り下ろす。
 葉月は戦いながら、背後のミーナに声を掛ける。
「ガンを使うのは、最後の手段です。ここは僕の修行でもあります」
 葉月は木刀を構え、一振りでやってくる女たちの急所を付く。
 声もなく、その場に崩れ落ちる女たち。
 黙々と木刀を振り下ろす葉月の腕は、赤くはれ上がっている。
「こうして時を稼いでいる間に、封印の方法がわかれば」
目を閉じる葉月。
 無心となり、女たちの衣擦れの音で、刀を振る。



3・房姫は覚悟している。

 城に連れ戻され、目を覚ました葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)は、血走った目で「お筆先」を書き記した。
 それ以降、房姫は食を断っている。まだ一日の断食だが、捕らえられていた間の消耗もある。
 数日前、天守閣から燃える陵山を見た房姫の、ふっくらとした頬は、今はない。
「房姫様、食を断つのも須世理姫のご意思なのでござるか」
 側に使える秦野 菫(はだの・すみれ)は、肉が落ち美しさの増した房姫の、細い指を一本一本丹念にお湯で洗う。
「須世理姫を呼び戻すためには、私が須世理姫に近づく必要がありますわ。5000年の昔、須世理姫は大変な思いをなさってナラカ道人を封印しました。鳳凰に喩えられた美貌は、その後は戻らなかったと聞きます」
「拙者は忍者ゆえ…」
 明倫館制服を着た菫は、豊かな胸を押さえて、意を決して話しだす。
「忍者ゆえ、変装の術も学んでいるでござる。房姫様に成り代わり、復活の儀式に…」
「心根はありがたいが…」
 房姫は言葉を切った。
「失敗は許されないのですわ。もし、須世理姫復活がなされなければ、葦原藩は滅びます」
 襖付近で次の間を警戒していた梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)が歩み寄る。
「房姫様…」
 耳元で囁く仁美。
「わかりましたわ。次に何時あえるかわからぬ戦況ですもの、お会いしましょう」

 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)沖田 総司(おきた・そうじ)と共にやってくる。
「儀式の手伝いをさせてください」
 優斗はこの戦で、多くの兵が死に多くの仲間が傷ついたことを悲しんでいる。
「人が傷つくのを見るのは辛いんです。出来れば、誰も犠牲にならずに、全て収めたい、少しでもリスクを減らしたい…」
 真摯な訴えが房姫の心を打つ。
「警護として、側に置いてくれ」
 総司は武士らしく言い放った。


 部屋に道明寺 玲(どうみょうじ・れい)が暖かな白湯を持ち、イングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)と共に入ってきた。「湯なら、断食にもさわりがないですな、姫」
 房姫は、微かに微笑んで、白湯を受け取る。
「なんだか、玲さんから頂くと白湯にも香りがあるようです」
「房姫様…」
 玲は思い切って言葉を繋げる。
「それがしは、シャンバラ教導団所属だが…この件が片付くまで側に置いてもらえないですかな。明倫館の侍は傷つき、残ったものも大きな任務を抱えている。可能ならば、それがしを護衛に」
「そなたのことは信頼しているのです、ありがとう」
「房姫様…命をかけるのであれば、それがしの命をお使いください。差し上げますがな、この命。正直私よりは房姫のほうが重要人物なんですからね。代わりが効くなら使ってもらった方が世の為人の為という奴でしょう。」
 房姫が瞳を玲に向ける。
「先ほども、菫さんが同じ事を。有難い申し出ですが、玲さんには玲さんの役割があります。」
 一旦退いた仁美が戻ってきた。


 仁美の合図で次の間に控えていた、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が顔を出す。蘭堂 一媛(らんどう・いちひめ)も一緒だ。
「冗談じゃねぇや、美少女が死んじまうなんて世界の損失だぜ」
 いきなりのトライブの挨拶に、面やつれしていた房姫の顔がほころぶ。
「大丈夫ですわ、私はまだ死んでませんもの、それに少し痩せて美しさが増しました」
房姫はにこやかに笑う。
「死ぬ気じゃないのか」
「私の死が必要なら、素直に従うのみです、望んでいるわけではありません」
「あんたの覚悟は立派だが、それじゃ俺らの助け損なんだよね」
 トライブは山陵での救出の困難さを房姫に話す。
「分かっています。しかし、助けてもらったからこそ、有意義に死すことが出来るのですわ」
「いいか、有意義な死などない」
それまで砕けていたトライブの口調が変わった。
「死ぬ覚悟をすんのは、最後の最後で十分だ。生きてる内は足掻いて足掻いて、そして勝つ」


 そのやり取りを次の間で聞いていたものがある。
 祠から戻った騎沙良 詩穂(きさら・しほ)セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)だ。詩穂は八鬼衆の死に様を見て、切なさを感じていた。
「なんだか、すぐに入れない感じだし、クイズでもしようか」
 豊かな銀色の髪が魅力的なヴァルキリー、セルフィーナに問いかける。
「そんなことをして遊んでいる場合じゃないですわ!」
「まぁまぁ…問題です。仏教用語の八苦。生物が逃げることができない生・老・病・死、そこに加えて人間の精神的な部分で愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦。さて、これらを体験する順番に並べ替えなさい!」
「ん?わかりませんわ。急に…」
「実は…ごめんね、詩穂も正解は知らないよ。でも、最初と最後以外は順番なんてないのが正解なんじゃないかな。つまり、最初は生、では、最後は?…そう、死です。」
「八鬼衆のことを考えているのですね」
「あたりッ…ある者はずっと大切な人達を想い続け、ある者は大地に花を与え、ある者は首を差し出し…、詩穂はね、八鬼衆のみんなは誰かにずーっと続く苦しみから助け出してほしかった…、そんな気がするんだ…。」
「ナラカ道人が八鬼衆の母としたら、我が子に永遠の苦しみを与えたことに悶え苦しんだと思いますわ、なんて切ない…」
セルフィーナの言葉が終わる前に、襖が開き、仁美が顔を出した。
「房姫様がお待ちです」
 二人は房姫の前に歩み出る。

 「房姫お嬢様とお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか。」
口を開いたのは、詩穂だ。
「ナラカ道人は神をも超える存在と聞いています。かつての地球では、「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と祈った武将がいたそうですよ。ナラカ道人も八鬼衆に対してそのようにして八苦を与えて力とし、鏖殺寺院と戦える力を手にしたのでしょうか?」
「八鬼衆もナラカ道人も、封印すべき絶対悪として伝わって来ました。なぜ生まれたか、それは須世理姫でも知らぬことかもしれません。全ては5000年前の施政の過ち。八苦はナラカ道人が望んだものではないでしょう、これも我が先祖の過ちから」
房姫は、青白い顔で言葉を切る。セルフィーナが、前に出た。
「啓示が神子からならば相当な負担でしょう。房姫様のために「ナーシング」「至れり尽くせり」で看護させて頂きます。よろしいでしょうか」
 頷く房姫。
 セルフィーナが房姫を癒す。

 そのとき、スキル・ディテクトエビルを使い警戒していたトライブと仁美が、同時に房姫の背後に回りこんだ。
「殺気だ!」

 天井が開き、黒装束の忍者が房姫目掛けて飛び掛る。襖からは覆面の侍が数人、剣を手に飛び込んでくる。
「房姫様、われらと共に」
覆面の男が房姫ににじりよった。
「曲者!」
菫が房姫を覆うように庇う。

「ちょっと待った!」
声は一媛だ。
「みんな手出し無用だよ、こいつらは一媛が倒す!」
ぼきぼきと腕を鳴らす一媛。
「戦うぞ!戦いたいぞ!ずっと念じていただけあったぞ!」
一媛は侍の前に立つ。
「強くて戦いがいのある敵か、そなたは」
無礼な物言いに、侍の剣が強くて一媛の首筋を狙う。獣人らしく飛び交わす一媛。
「おお、強いの、おぬし!」
 軽身功を使い、壁や天井を跳ね回りながら、まず周りの敵を倒す一媛。
 数人の侍と忍者が一媛を取り囲む。
「なんという幸せ!」

 その隙に、房姫は皆に護られ姿を消す。
「すまない、一媛は戦いたくてうずうずしてたんだ。この敵はおれ達に任せてくれ」
 なぜか、皆に頭を下げるトライブ。