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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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新生徒会長殺害計画


 特攻は俺に任せろ。
 その言葉通り姫宮 和希(ひめみや・かずき)は配下や仲間と共に旧生徒会軍へ突っ込んでいった。
 向かってくる敵兵へ、和希は拳で応じた。
 突き出された槍をかわし、足を払う。倒れたところを腕を捻り上げて関節を外す。
 あるいは、鳩尾に膝を入れて気絶させる。
「絶対に殺すな」
 それが、和希が配下や仲間達にお願いしたことだった。和希を信じて味方についた者に否はない。
 しかし、殺す気で向かってくる者もいる集団相手に、それはなかなか難しいことだった。こちらの実力が明らかに上なら容易いだろうが、ほぼ同等の場合はその気がなくてもやってしまったりする。
 和希はそのことについて怒るようなことはしなかった。
 最初の激しい戦闘が終わり、どちらも態勢を整えるために束の間の空白時間が訪れた時、旧生徒会軍勢の一部が不意にざわつき、集団が割れた。
 そこから出てきたのは、小柄ながら異様な威圧感を放っているメニエス・レイン(めにえす・れいん)
 配下は率いておらず、いつものようにミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)がぴったりと護衛についている。
 訝しげに見つめる和希へ、メニエスはこれから起こす出来事に期待するように微笑む。
「ちょっとした余興をと思ってね」
 そう言って、背後へちらりと視線をやると、出てきたのはロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)と鎖に繋がれたティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)だった。
 引きずられるようにメニエスの前に突き出されたティアは、怯えた目で己の主人を見上げている。
 すぐにでも助けに飛び出そうとする和希を、メニエスは残酷な笑みをたたえた目で止めた。
 それから地面に座り込むティアへと視線を落とす。
「あいつらが逃げるのを手伝ったことのお仕置きをしてなかったわよねぇ」
「ど……どうしてそれを……!」
 和希達が閉じ込められていた、金剛の収容所の牢の鍵をこっそり開けた件である。
 そのことは、ティアは誰にも気づかれていないと思っていた。
「あんまり、あたしをなめないでほしいものだわ」
「い……いや、もう、もうしませんから……お仕置きだけは……っ」
「きゃははは! おねーちゃんを裏切ったんだから、当然だよねーっ」
 ほらっ、と嫌がるティアをうつ伏せに押し倒し、両足を踏みつけて逃げられないようにするロザリアス。
「何をする気だ、やめろメニエス!」
 半狂乱になって泣き叫ぶティアの声に居ても立ってもいられずに制止の声をあげる和希へ、メニエスはゾッとするような冷えた笑みを見せると、ティアの頭を踏み、背中を火術で焼いた。
 耳をふさぎたくなる悲鳴に、心地良さそうに目を細めるメニエス。
「ほら、やめてほしかったら許しを請いなさいよ」
 楽しそうなメニエスの言葉も届いていないのか、ティアは痛みから逃れようと暴れた。
 しかし、押さえつけられた箇所の皮膚が傷ついただけだった。
「しょうがない子ねぇ」
 メニエスが焼け爛れた背にヒールをかける。
 涙や鼻水、唾液が流れるままのティアの目は虚ろで、時折押さえつけられた体が痙攣を繰り返す。
「ごめんなさい、はどうしたの?」
 ある程度、背中の傷を癒したところで再度メニエスの手に炎が宿った時、ついに和希が飛び出した。
「てめぇ、いい加減にしろよ!」
「ふふ……」
 待っていた、とメニエスはグールとゾンビに和希を襲わせた。
 傷つけるというより動きを封じようとするグールとゾンビの手から逃れようと和希が足を止めた時、アンデットらの影に隠れていたミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)のカタールの切っ先が和希の心臓目掛けて突き出された。
 ハッと気づいた和希だが、よけるには遅すぎた。
 歯を食いしばって衝撃と痛みに耐えようとした直後、予期しない方向からふっ飛ばされた。
 地面を滑った痛みに顔をしかめながら身を起こした和希の横に、泉 椿(いずみ・つばき)が同じように顔を歪めて腕の擦り傷を見ている姿があった。
「椿……おまえ、校長のとこにいたんじゃ……?」
「そわそわしてたら行っていいって」
「椿! 油断しちゃダメ!」
 裂くような緋月・西園(ひづき・にしぞの)の叫びの後、とても不吉で嫌な音が椿の耳に届く。
 振り向いた椿の目に、鮮血を散らしながら倒れていく緋月の姿が、いやにゆっくり映った。
「緋月っ、緋月!」
「……外したか」
 舌打ちしたのは、ロザリアスだった。彼女の持つ忍の短刀から赤いものが一滴、地面に落ちて跡を残した。
 椿の腕の中で苦痛に眉を寄せた緋月が、無理矢理な笑みを作って言った。
「大丈夫……胸パットだから……」
「馬鹿ッ! そんなんで刃物に勝てるわけないだろう!」
 息を止めて二人を見つめていた和希は、ロザリアスとミストラルに鋭い視線を向けた。
 その向こうで、メニエスが中断していたお仕置きを再開させる。
 椿がメニエスに怒鳴った。
「お前らが傷つけてるのはお前ら自身だ! もっと自分を大切にしろ!」
「大切にしてるわよ。だから、こうして裏切られても捨てずにお仕置きしてるんじゃない」
 メニエスが薄く笑うと、今度はミストラルとロザリアス、アンデットが一斉に和希に殺到した。
 とっさに立ち上がった和希が逃げ道を探す。
 不意に横に誰かが立った。
「──来たぜ」
 それだけ言ったミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)はミストラルのカタールを篭手で防ぐ。
 ロザリアスの短刀を鉄甲で受け流した和希の真横を火炎が掠めていった。火達磨になったアンデットが地面に転がる。
 誰の炎?
 火術を使える緋月は魔法を使える状態ではない。
 視線を巡らせたミューレリアは、緋桜 ケイ(ひおう・けい)を見つけた。
 和希を掠めていった火炎はケイが放ったものだったようだ。
 ミストラルを押し返し、間合いを計るミューレリア。
 ここから先、和希には一歩も近づけさせない、という気迫があった。
「姫やんをなくすわけにはいかねーんだよ。どうしてもって言うなら、まずは私が相手だ」
「……そうですか。狙いはあくまで新生徒会長なのですが……」
 ミストラルも、邪魔者は排除する構えを見せる。
 和希とロザリアスも戦いの姿勢を取った。
 一触即発の気配が漂ったそこに、ケイの待ったが割り込んだ。
「待ってくれ」
 ミストラルからロザリアスに視線を巡らし、二人の後方のメニエスを見たケイの目は戸惑いともどかしさ、悲しみやほのかな憧れなどが入り混じった複雑な色合いをしていた。
 ケイは、もちろん和希を凶手から守るつもりでここにいるのだが、メニエスと戦いたくないという気持ちは何度彼女と対しても変わらなかった。
「メニエス、あんたがミツエに味方する理由──本当に、少しもないのか? 居心地が良かったって言っていた旧生徒会のように、新しい生徒会を──このパラ実を、イルミンスールからの新しい居場所として受け入れることはできないか?」
 メニエスがもう暗黒道から抜け出せなくても、鏖殺寺院がミツエに肩入れする理由が何もなくても、せめて自分の大事な友人同士として争わずにすむ方法はないか、とケイは必死に考えた。
 メニエスは困ったように微笑んだ。
「わからないのよ、新生徒会の意味が。どうしてそんなものが必要なの?」
「どうしてって……まとめる奴がいないと困るだろ?」
「別に。それぞれの部族でまとまって勝手にやっていくんじゃないの?」
「そういう奴らばっかじゃねぇだろ」
 行き場をなくした者達の居場所になればと思う和希は、ロザリアスを牽制しつつメニエスを睨む。
 ケイは次の言葉に迷った。
 他からの横槍を警戒していた悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、そっとケイの服の袖を引いた。
 ケイはハッとしてカナタに言われたことを思い出す。
 言葉を尽くしてもダメなら、残るのはまっすぐな『想い』のみ。
 ケイの目から迷いが消えたのを見て取ったカナタは、そっと彼女の背を押した。
 一度目を閉じて気持ちに間違いがないことを確認したケイは、それを飾ることなく外に出した。
「イルミンスールにいた頃から、ずっとあんたが好きだったんだ」
 大きな声を出したわけでもないのに、ケイの声はよく通った。
 メニエスはお仕置きも忘れてケイをきょとんと見つめた。
 ティアも苦痛がふっ飛んだようにケイを見ている。
 戦闘態勢をとっていたミストラルもロザリアスも、ミューレリアも和希も、石化したように固まっている。
 唯一、カナタだけが納得したように頷いていた。
 どうしてもダメなら秘めた想いを素直にぶつけろ、と助言したのは彼女だ。
 固まってしまった空気は、次の瞬間には粉々に砕け散り大騒ぎになった。
「ケイ!?」
「マジでか!?」
「ケイ、本気の本気で?」
「おねーちゃん!?」
「メニエス様……」
 和希と椿、ミューレリアは驚きの目でケイを見つめ、ロザリアスとミストラルは戸惑いの目をメニエスに向けた。
 そこからはそれぞれが好き勝手なことを言い出し、結婚するのかだの式場はどこにするかだの、どんな出会いだったのかや、つらい恋愛だと同情する声もあがったりで収拾がつかなくなっていった。
 先ほどまでの緊迫した空気など、遥か彼方へ吹き飛んでしまっている。
「メニエス、返事は……!?」
 和希の問いに、ミューレリアとカナタはどこかおもしろがるような期待の眼差しをメニエスに向けた。
 意表を突かれたメニエスは、
「あ……う……」
 と、言葉にならないまま口をパクパクさせた後。
「興が削がれたわ。行くわよミストラル」
 かろうじて噛まずに言うと、ティアのことはロザリアスに任せてケイに背を向けた。
 ケイはその背に呼びかけるが、メニエスから返事がくることはなかった。
 メニエス達四人がいなくなったその場でうつむくケイ。
 彼らを囲んで成り行きを見守っていた両陣営の配下達は、戸惑ったように残されたケイ達と去っていったメニエス達を交互に見やっていた。
 少し後、イルミンスールの女子生徒が鏖殺寺院の者に決死の告白をしてふられた、という噂が流れたとか。
 同情したパラ実生から、
「あんまり落ち込むな」
「一度くらいなんだ、振り向いてくれるまでがんばれ」
 などなど同情されたり励まされたりするケイだった。