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君を待ってる~剣を掲げて~(第3回/全3回)

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君を待ってる~剣を掲げて~(第3回/全3回)

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 それは闇の中、まどろんでいた。
 深い深い闇の中、繰り返し繰り返し感じていた。
 たくさんの人間が笑って泣いて恋をしてケンカして。
 そうしていつしか、それにはココロの欠片が芽生えていた。


第1章 この声が聞こえますか

 闇が全てを呑みこんで行く。
 全てが闇に覆われ、引きずり込まれ、塗りつぶされていく。
 その真っ只中で。
(「ねぇ、知ってます? 人が言葉を持ったのは、誰かと話をしたいからなんですよ?」
 浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は声にならない声で語りかけていた。
(「自分の事を知って欲しい、貴方の事を教えて欲しい……誰かに何かを伝える為に聞く為に、人は言葉を持ったんです」)
 何が光で、何が希望か……翡翠にとって、正直そんな事はどうでも良かった。
ただ。
(「私は貴方と話がしたい」)
 願い、抗う。
 意識をも呑みこもうとする闇に、抗う。
 と。
 引きずり込もうとする闇の力が、ふと止まった。
「行こう白花、刀真を見付けなきゃ」
 視界を埋め尽くす、闇と闇と闇と。
 樹月 刀真(きづき・とうま)のパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、刀真と契約を結んだ封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を振り仰ぎ……息を呑んだ。
 闇の中、ほのかな光をまとった白花は、膝を付き苦しそうに顔を歪めていた。
「白花っ!?」
「闇を……あふれさせるわけには、いきませんっ」
 だから、閉じ込めた。
 結界を張り。闇をくるむ。
 外から見るものがあれば、それは闇の繭かドームに見える事だろう。
 けれど、とめどなく増殖する闇を留めるのは、白花にも荷が勝ち過ぎていた。
「……私も、支える……私もパートナーだから」
「月夜、さん……」
「ダメ、拒絶は受け入れない」
 刀真、待ってて……呟き、月夜は白花の肩に手を添えた。
 二人で支えれば負担は半分になる。
 幾分楽になった呼吸を、白花は更に整え。
 口を開く。
 皆に声を……願いを届ける為に。


「こ……そう……えん……ょく……な……、聞こ……すか」
 闇の中で、こんな中で、滝沢 彼方(たきざわ・かなた)は必死に声を発していた。
 かき消されそうな声、かき消されそうな『自分』、必死に抗い振り絞る。
「力を貸して下さい。影龍を浄化……いえ、世界に還す為に」
 その耳に白花の声が届いた。
 途端、呼吸が楽になり、意識がクリアになる。
「……こちら蒼空学園放送局。皆さん、聞こえますか。クイーン・ヴァンガード・オペレーターの滝沢彼方です」
確認した彼方は、一つ深呼吸してから、マイクに向かった。
「突然ですが、オレは今年蒼空学園に新入生として入学して来ました」
 今の気持ちを、素直に乗せる。
「最初はすっごく戸惑いました。自分が得た力にもパラミタって大陸にも。だってオレ達が当たり前に歩いてるこの地面、空に浮かんでるんですよ? これって凄い事じゃないですか。まるで夢って言うか、ファンタジーですよね。希跡みたいなもんです。人知を超えちゃってます」
 思い出す、当時の興奮……そう遠くない筈の、昔。
「でも直ぐ慣れちゃいました。それが凄い事だって言う感動も段々薄れて行くんですよね、夢や希望の大地って言っても実感無いですし」
どんな感動も不思議体験も、それが積み重なれば色褪せ、ただの日常と化していく。
「毎日授業受けて、部活やって、友達と駄弁って、下校して、普通の毎日です、何でもない学生生活です。あれっ?、て感じです。オレ何しにこんな所まで来たんだろう、家族が恋しくなったりしました。地球が懐かしくなったりしました」
一気に喋ってから、彼方は一呼吸置き。
リベル・イウラタス(りべる・いうらたす)フォルネリア・ヘルヴォル(ふぉるねりあ・へるう゛ぉる)の手を握った。
「でも、でもさ」
送る、精一杯のメッセージ。
「帰りたいとは思わなかった。俺は憶えてたから。失くしたりしたくなかったから」
握る手に自然、力が入った。
「オレを呼んでくれた声を。一緒に行こうって伸ばしてくれた手を。始めてこの地に降り立ったわくわくを。自分の力を試すどきどきを。」
今もこの胸に宿る熱、この手に伝わる温もり達。
「俺を迎え入れてくれたパラミタの仲間達を、失くしたくなかったから……オレは蒼空学園が、パラミタが好きだよ」
 思いを込めた声を発し、彼方は皆に語りかけた。
「皆だってそうだろ? だったらさ、今が声を上げる時だよ」
「貴方の心に宿る光を学園に灯してみませんか?」
「うじうじ悩んでる場合じゃありませんわ。貴方も契約者に選ばれたなら、ここは気合を入れる場面ですの」
 彼方に続き、リベルとフィルネリアも声を上げる。
「同じ様な日常。変わり映えしない毎日、そんなつまらない世界なんか滅んでしまえば良い……何て、例えばそんな不埒な事を思ったとしますわ」
 フィルネリアは生徒達の思いを引き出そうと、高めようと、言葉を重ね。
「けれどそんな時貴方にもある筈ですの。それでは駄目だと言う想いが。胸の奥の奥、蓋をしてる最奥に灯る火が。恥ずかしがる事何てありませんの、遠慮してたら何も出来ませんわ。そろそろ汲み上げてあげては如何?」
 最後にイタズラっぽく付け足した。
「偶には我武者羅な方が、格好良いですわよ」
「新天地での生活は楽しいことばかりじゃないと思います。嬉しいことばかりじゃないと思います。誰かを妬んだり憎んだり、恨んだり、すると思います」
それが闇龍を影龍を生み出したのかもしれないと、リベルは思う。
でも、それでも。
「ボクはこの世界が好きです。この世界で生きる誰もがとても、愛おしい」
 それは綺麗事なんかじゃない。
 一人では……生きる事しか出来ないのだと。
「皆が居てくれるお陰で、ボクは喜び、怒り、哀しみ、楽しめます。それを嬉しく思います」
 ここには彼方とフィルネリアしかいないけれど。
この学園のたくさんの生徒と繋がっている事を、絆を噛みしめる。
「だからありがとう。ボクは皆の事が、大好きです」
そうして、三人は声を合わせた。
「「「皆さんの熱い想い、お待ちしてます!」」」
 この声が思いが届くように。
 闇の中、立ち上がる力になるように……限りない祈りを込めて。

「良かった……声が出る」
 少し堰きこんでから、翡翠はそれでも安堵を浮かべた。
闇の中でも声は届く。
そして言葉は理性だ。
言葉の数だけ、自己を確立できる。
「だから、貴方が本能に打ち勝つその時まで、私が話し相手になり続けて差し上げますよ」
 荒れ狂う闇に声さえかき消されてしまっても、何度も何度も繰り返す。
「協力させて下さい」
 と、声がした。
 申し出たのは影野 陽太(かげの・ようた)だった。
「環菜会長の大切な居場所、蒼空学園を護ってみせます」
 陽太もまた、エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)と共に影龍に対峙しようとしていた。
 互いの姿は見えない。
 ただ、同じ気持ちな事だけは確かで……そして、それで十分だった。
「声を……思いを届ける為に」
【ナゾ究明】【記憶術】【R&D】【ユビキタス】【先端テクノロジー】【機晶技術】【博識】に、【機晶技術のマニュアル】【工学部の教科書】【銃型HC】【パワードパック】……自分の持ちうる全ての能力と装備を使い、影龍への接触を試みる。
「宝珠と共に、機器……具体的な寄り代でも語りかけも必要だと思うのです」
 電気機器が復活しているのは、彼方が教えてくれた。
「ま、今こうしている間も皆が頑張っているでしょうし……大丈夫ですわ」
 緊張する陽太とは裏腹に、エリシアの声には余裕が感じられた。
 今、闇を祓おうと、影龍の心を救い上げようと、皆が頑張っている。
 陽太と翡翠の目的は、その助けになる事。
皆の心を届ける為……届くまで、影龍に頑張ってもらう事だった。
「影龍さん私、最近緑茶がマイブームで、毎日美味しく味わってるのです」
 その為に、エリシアも声を乗せる。
 楽しい話、影龍の心に光を希望を注ぎ込む、話を。
「それにですね、駄目人間のパートナーが……まぁ特定条件化のみとは言え……吹っ切れるようになって機嫌が良いですわ」
 そう……エリシアは昔、濡れ衣で処刑された。
 その事を怨んでいた、けれど。
「この学園で暮らすうちに、何故でしょうね、あんまり気にならなくなったのですわ」
 エリシアはそして、その原因……パートナーを見やった。
「俺は臆病者で無能者です。本来ならあなたと会話できるような度胸も度量も持ち合わせていません。でも、大好きな人の為に無我夢中で突っ走っていたら此処まで辿り着けてしまいました」
 エリシアの視線を受け、陽太は口を開いた。
「もしもあなたにも好きな人がいるなら、その人の為に頑張る気持ちがあるなら……多分、不可能なことは何も無いんじゃないでしょうか?」
 届きますように。
 この思いが微かでも少しでも影龍に、苦しむ影龍に届きますように、繰り返し願いながら。
「私は貴方の事を知りません。ですから、教えて下さい。私の事を知って下さい」
 エリシアの励ましに力づけられながら、翡翠も言葉を重ねていた。
「貴方は言葉を持って居ます。そしてそれは私達に通じて居ます。だったら貴方は言葉を持たぬケモノじゃない。本能だけに従うケモノじゃない」
「わらわは嘗て只の書物だった時、人の事が羨ましかったですわ」
聞こえる感じるパートナーの言葉に、白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)はひっそりと笑みの気配を漂わせた。
「人は言葉で他者に何かを伝えられる。けれど、わらわ達書物は誰かに見て貰う事でしか、能動的にしか何か伝える事が出来なかったのです」
けれど、翡翠と契約し、人の形をとる事が出来るようになった。
「わらわは自ら言葉を発する事が出来る様になったのです。わらわにはそれが凄く嬉しかった」
 闇を見通すように、見えない影龍を見出すように。
「影龍よ、そなたはどうですか? もし言葉を交わす事を望むなら、どうかそなたの事を教えて下さい」
 白乃自由帳……否、知識の蒐集詩篇『エル・アルカナス』は乞うた。
闇がゆるゆると、微かに微かに、震える。
「……それに、こうして話をすれば、全てが終わった後でもきっと、私は貴方の事を忘れませんからね」
 感じるエルの思いをも込めて、翡翠は微笑んだ。
 見えなくても、伝わって欲しい、感じてほしい。
 闇の中、小さく小さく光が瞬いた。