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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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横山ミツエの演義劇場版~波羅蜜多大甲子園~

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ひと夏の思い出になれば


 ワッと歓声のあがった周囲に、アウトローズ側スタンドで売り子をしていたガガ・ギギ(がが・ぎぎ)は試合が終わったことを知った。
「決勝戦はドージェチームとミツエチームか」
 シー・イー(しー・いー)を妹のように思っているガガは、ドージェチーム側のスタンドで売り子をしながら応援するつもりでいる。
 試合が終わったことでばらけていく観客達を眺めながら、ガガは次の試合のためにキンキンに冷えた生ビールを用意しよう、といったんそこから去ることにした。
 途中で熾月瑛菜のパートナーであるアテナ・リネアがエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)と仲良くお弁当を食べている姿を見かけた。
「はわ……おいしい?」
「おいしいよ! 上手だねっ」
 ニコニコしながら玉子焼きを頬張っているアテナに、エリシュカは照れたように微笑んだ。
「次は瑛菜おねーちゃんトコのチームだよ。エリシュカちゃんトコはミツエチームだったよね。行かなくていいの?」
「はわ……ここで、一緒に応援する、の」
「じゃあ、一緒に見ようね!」
 チームは違うが二人は並んで観戦するのだった。
 一方、ミツエチーム側スタンドでは。
 定番の販売メニューに加えて、ドージェ饅頭、ミツエ饅頭、姫宮饅頭など他著名人の名前が入った饅頭を売る親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)の姿があった。
 彼女の手作りである。
 その中には卑弥呼が追い続けている董卓の名前が捺された饅頭もあった。文字の形、バランスなど饅頭そのものの出来が他の種類より優れている。彼女の董卓好きはこんなところにも現れていた。
「饅頭なんて珍しいなあ! ……ん? 何だコレ。何て読むんだ? スミレ……?」
「トウタク、だよ。知らないの?」
「知らないなぁ」
 客の返事に卑弥呼は呆れ、知らないなら教えてあげよう、と董卓がどんな人物かを滔々と語り始めた。
 愛がたっぷりこもっているので、三国志演義の本や横山ミツエの演義に出てきた董卓とはだいぶ違う。
 そして、いつまでも止まらない卑弥呼の話に客は周囲に助けを求めるのだが、巻き込まれるのを嫌がってか手を差し伸べてくれる人はいなかった。
 その人垣を抜き足差し足で通り過ぎようとする影。
 ようやく危険地帯を抜けたところで緊張を解放するように深呼吸したのは、バックネット席だった。
 あいている席を見つけて腰掛けると、肩に提げていた鞄からこれまでの試合のスコアノートと観戦メモを取り出した。
「タイトルは……波羅蜜多大甲子園野球盤、でござるかな」
 『おっぱい三国志1、2』の製作者である椿 薫(つばき・かおる)である。
 今回はこの野球の試合をもとにゲームを作って売り出そうと考えていた。
 そのために試合を熱心に見て、各選手の特徴をデータ化したりと、額ににじむ汗もそのままに取り組んでいるのだ。
 また、携帯にプレーの様子もいくつか収めておいた。
 ふと、何かに気づいた薫はポケットからいそいそと携帯を取り出すと、メールを打ち始める。
 あて先は姫宮和希だ。
「……というわけで、売り上げは学校の復興に使ってほしいでござる、と」
 先のおっぱい三国志シリーズの売り上げをどうするかと考えた末、和希に寄付することにしたのだ。
 イリヤ分校の復興に使うか、パラ実の本校の復興に使うかは和希の判断に任せる、と書き添えた。
 送信が終わり携帯を閉じた時、元気の良い売り子の声が聞こえてきた。
「おせんにキャラメルいかがすか〜。カチワリいかがすか〜」
 ちょうど小腹がすいていたため売り子を呼び止めてみれば、同じ学校の弁天屋 菊(べんてんや・きく)だった。
「おや、菊殿。奇遇でござるな」
「おまえも来てたのかい。……ただの呑気な観戦じゃなさそうだな」
「ハハハ、またゲームにして売り上げは和希殿に役立ててもらうでござるよ。ところで、ちょっと腹の足しになるものと何か冷たい飲み物はあるかい?」
「ああ。ちょっと待ってな」
 菊は適当に見繕うと薫に渡し、代金を受け取った。
 それから、ふと声を落として尋ねた。
「朱黎明を見なかったかい? 試合に出てないようでさ……」
「彼なら向こうのほうで見かけたでござるよ」
 薫はやや後ろのほうの席を示した。
 朱 黎明(しゅ・れいめい)という人物とのんびり試合観戦という行動が、菊にはちくはぐな感じがしたが、とりあえず挨拶にでも行ってみようと思い、薫の前を辞した。

 朱黎明の近くまで行って驚いたのは、彼がニマ・カイラスといたことだった。
 ベンチに敷いたクッションにニマを凭れかけさせ、片方の手には日傘を持って日差しを遮っている。
 ニマの目は閉じられていることから、意識の戻らない彼女をどうにかして連れてきたのだとわかった。
 ふと、菊の視線に気づいた朱黎明が顔をあげた。
「あ……試合に出てないと思ったらここにいたんだ」
「ええ、ニマ様にも夫の勇姿を見てほしいと思いまして。拳以外を振るう姿を、ね」
「よく医者が許したな」
「ちょっと無茶でしたね」
「おいおい……」
 焦る菊に朱黎明は小さく笑う。
「大丈夫です。ちゃんと許可をもらって準備もしてきましたから」
「それならいいけど……。ずっとそうしてたのかい?」
「他にいませんからね」
 ドージェは第一試合から出場していた。
 かなり無茶をしている。
 菊は彼に会うことがあったら、と作ってきた弁当を差し出した。
「香港テイストにしてみた。……日傘、よこしな」
 言いながら、菊は朱黎明に弁当を押し付けて日傘を奪い取る。
 そして、彼が食事をする間、こんなことを考えていた。
(髪の毛をむしればDNA鑑定に持ち込めるんだっけかな? といっても、さすがは高位の四天王……メシ食ってても隙がねぇ)
 実際はどうか知らないが、菊はそう思った。

 その頃、ドージェチームベンチの隅っこで、蘆屋 道満(あしや・どうまん)が王大鋸とヒソヒソ話をしていた。
 高尚な雰囲気を漂わせる道満は、薄く笑って大鋸に言った。
「フッ……今のお前を陰ながら応援したいという女の子がいるのだが」
「マジか! どこだ、どこにいるんだ!?」
「まあ待て。ここには来ていない。そこでだ、おまえのメルアドをその娘に教えてもいいだろうか?」
「もちろんだ! ちょっと待ってろ」
 大鋸はポケットから携帯を引き抜こうとしたが、焦るあまりかえってモタついていた。
 道満はおもしろそうに見ている。
 やがてメルアドを教えてもらった道満が、
「そのうち連絡があるだろう」
 と言うと、大鋸は一声吼えてこれからの試合に俄然やる気を出したのだった。
 すると、そこにピンク色の綺麗な髪の少女が訪れてきた。
 大鋸がハッとして道満を振り向くと、彼は「違う」と首を振る。
 大鋸の頭からは、道満が話した女の子はここに来ていない、という内容がスカッと消えていた。
 物静かな感じのその少女は、近くにいたドージェチームのメンバーに差し入れを渡すと、鷹山剛次を訪ねてきたと言った。
 彼女が持ってきたもので一番目立つのは、豪華な薔薇の花束である。
 その他、大きな袋にタッパに詰めた乙カレーや日本酒、チョコにあんパンと様々だった。
 呼ばれた剛次が少女の前に現れると、弁当と水筒の入った紙袋を差し出される。
「頼まれたのですが、受け取っていただけますか?」
 剛次が袋の中を覗くと、弁当箱の上にメッセージカードがあった。
 取り出したカードには『鷹山剛次さまへ☆ パラ実の女生徒より』と書かれている。
「鷹山様のファンなのですが、恥ずかしがって……」
「そうか。いただこう。よろしく伝えておいてくれ」
「はい。それでは失礼します。ご武運を」
 軽く礼をして少女は出て行った。
 ドージェチーム側応援スタンドに上ってきた少女を、男の声が呼び止める。
「うまくいったか?」
「はい、カーシュ様」
 呼び止めたのはカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)。少女はハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)だった。
 口の端を吊り上げたカーシュが、暗い笑みをもらす。
「早く食えよ、鷹山……」
 ククク、と笑う彼の隣にはげんなりした顔のエリザベート・バートリー(えりざべーと・ばーとりー)
 剛次への差し入れはすべて彼女の手作りである。毒入りだが。
 飯ごうで炊いたご飯に自称小麦粉を水で溶いて混ぜ込んだり、テロルチョコを溶かして水筒に入れてチョコレートドリンクとしてみたり。心にもないメッセージカードを書いたり。
「名門貴族の出の私が何故……っ」
 もう作ってしまったので今さらなのだが、エリザベートは屈辱に震えていた。
「さあ次は試合が始まってからだ……」
 エリザベートとは反対側のカーシュの隣に腰を下ろしたハルトビートは、浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「あの、どうしてそんなに鷹山様を憎んでいるのですか?」
「……個人的な理由だ」
 それ以上は聞くな、という雰囲気を感じたハルトビートは口を閉ざして試合が始まるのを待つのだった。

卍卍卍


 試合全体のチアガールとして甲子園に来た川村 まりあ(かわむら・ )だったが、ミツエチームのベンチの外で109を抱えて静かに試合開始を待つガイアを見るなり駆け出してお願いした。
「それって、渋谷のマルキューですよね! まりあ、買い物したいですぅ! 超夏物とか買いたいですー! 中に入れてください〜」
「あたしもっ、あたしも入れて〜!」
 するともう一人、葛葉 明(くずのは・めい)が元気に走ってくるではないか。
 ガイアは少し戸惑った表情を見せた。
「ついにシャンバラ支店が出来るんだね! ね、ちょっとでいいから中見せて」
 お願いっ、と手を合わせる明は、ガイアもきっと夏の最新ファッションに興味のあるギャルなんだと思っていた。けれど、100mを超す体のティターン族では着ることができないからビルを持ち歩いているのだ、と。
 真実はともかく、ガイアは「わかった」と二人を109に入れた。
 買い物だぁ、と飛び込んでいくまりあと明。

 店内へ突撃した二人は、本物だ、と口を揃えて叫んでしまった。
「日本にいた頃とそのままだよ!」
 何度も通ったことのある明の目は、すでに素早く商品チェックに走っている。
 まりあは目を輝かせながら夢見るように言った。
「これを空京に建てれば、空京109の出来上がり!」
「やっぱりシャンバラ支店だったんだ。ガイアも興味あったんだよ」
 まりあと明はキャッキャとはしゃぎながら、ファッション雑誌で見た最新デザインの夏服を見て回る。
 少しでも気に入ったものは迷わず試着し、よし、と思えばレジへ。
 空京にもブティックなどはあるが、109はそれ自体がブランドであり一味違う。
 カリスマ店員に舞い上がりながら、どれくらい買い物を楽しんだだろうか。
 少し疲れたのでカフェで休んでいたまりあは、ふと気づく。
「渋谷系の人が何でここに……?」
 このビルが連れてきた闇に二人が気づくのは、もう少し先のこと。