校長室
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
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――――♪ 「あっ……」 七那 禰子(ななな・ねね)から話を聞いて、イナテミス中央部に祭を見にやって来た七那 夏菜(ななな・なな)が、人と精霊との賑やかな声や楽しげな音楽が響き合う中にあって、ほんの微かな、しかし確かな声を耳にする。 「ん? どした?」 「ねーちゃん、今……歌が聞こえたんだ……鳥が鳴くような、綺麗な声だった」 「うーん、あたしには聞こえなかったな……キミのその耳あてのおかげかな?」 禰子に言われて夏菜が、精霊の声を聞くことが出来るという五色に光る耳あてを取り出す。キラキラと光るそれをそっと耳に当ててみると、先程よりもはっきりと声が聞こえた。 「……こっち、かな」 その声に引かれるように、夏菜の足が動き出す。禰子がその後に続いて、そして二人は祭の賑わいを抜け、穀倉地帯へと足を踏み入れる。食用としての作物があちこちで成長を続けている中で、夏菜と禰子の前には背の高い種類の花が大きな花を咲かせていた。 「わぁ、綺麗……」 「これは、向日葵、かな? ちょっと違うみたいだけど」 日本の夏によく見かける向日葵に似た花が両脇を彩る、その中心に、金色の髪を吹く風になびかせ、声を発する少女の姿があった。 「……! 誰!?」 二人の気配に気付いて、少女が声を発するのを止め、警戒の眼差しで振り返る。 「あの、こわがらないでください……」 夏菜が両手を広げ、敵意のないことを示す。しばらくじっと夏菜を見つめていた少女が、表情は変えずとも身体の力を抜いたのが見て取れた。 「歌が、聞こえてきたんです。よかったらもう少し……聞かせてください」 夏菜の言葉に、しかし少女は視線を逸らしてこう答える。 「……嫌よ。だって私……歌、上手くないもの」 少女が言うには、精霊はそれまで歌というものをよく知らなかったが、人間の作る歌に惹かれ、これほど素敵なもので人間の力になれればどれほどいいかと思うようになったのだという。 「まだ上手く歌えないから、練習してたの。お祭りで、みんな上手く歌えてるのに、私だけ歌えないのって嫌だから……」 そう告げる少女、そして禰子が夏菜を後ろから突っついてこう告げる。 「キミが歌を教えてあげればいいんじゃないか?」 「ね、ねーちゃんっ」 「……歌、歌えるの?」 少女が振り向き、真っ直ぐな瞳を夏菜へ向ける。 「ああ、夏菜の歌はいいぜ。あたしが保証する」 禰子が胸を張る横で、夏菜はすっかり縮こまっていた。 「そういえば私、人間の歌をちゃんと聞いたことないかも。ねえ、あなたの歌、聞かせて」 「ほら、頼まれてんだ、応えてみせな!」 「わわっ」 禰子に押し出される夏菜、期待に満ちた少女の視線に射抜かれ、さらに縮こまる。 ――――♪ そこへ、少女が再び声を発する。歌、と呼ぶのとは違う、だけど澄んだ声の集まり。 ……この声が歌になった時、それはどんな歌になるんだろう…… ――♪――♪ 夏菜の口から自然と、歌が溢れ出す。 自然の恵みに感謝し、人の繋がりを大切に思う内容の歌。 ♪――♪――♪ しばらく夏菜の歌を聞いていた少女が、旋律に合わせるように声を発する。 歌詞は分からなくても、繰り返す旋律は一度二度聞けば奏でられる。 ♪♪――♪♪―― 風になびく向日葵を聴衆者に迎えた、二人が紡ぐ歌。 飽和し、膨張して、拡散していく。 ♪♪――!! 歌が終わったことを、夏菜はしばらく、実感できずにいた。 それだけ歌に没頭したのは、そして、こんなに清々しく歌えたのは初めてなんじゃないかと、思っていた。 「いい歌だったぜ! あんなに気分よく歌ってるキミを見るのは初めてじゃねぇか?」 「そ、そうかな……」 禰子にも同じことを言われて、夏菜が恥ずかしそうに目を伏せる。 「私も、とっても気持ちよく歌えた。ありがと。……ねえ、あなたの名前、まだ聞いてなかったわ」 「あっ、えと……ボク、七那 夏菜です」 「あたしは七那 禰子。よろしくな」 「夏菜に、禰子ね。私は『サイフィードの光輝の精霊』ジル。まだ付き合える? だったら、もっと歌いたいな」 そうして、夏菜とジルはしばらくの間、歌声を響かせていたのであった。 「……あれ? おっかしいな、ここから右に行ったから、確かこっちに出るはずで…… ……まいっか、とりあえず進んでみっか」 見覚えのない道の左右を見渡して、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が初めて来る街を探検とばかりにあちこち歩き回っていた。右に行っては左に行き、真ん中の道に入ったかと思えば戻って元の道……を繰り返していく内に、自分でもどこを通っているか分からなくなっていったが、さして気にすることなく次の道を進んでいく。 「……どうしましょう、迷ってしまいましたわ」 と、視界の先に、辺りをきょろきょろする一人の少女が現れる。人間とほとんど同じ姿の、しかしうっすらと浮かび上がる羽は精霊であることの証。 「ん? どした?」 アキラが声をかけると、少女は一瞬驚いた顔を浮かべ、すぐにイルミンスール生と分かってほっとした表情を浮かべる。 「あの、すみません……私、今日初めてこの街に来たんですけど、迷ってしまったらしくて……」 自らを『ナイフィードの闇黒の精霊』ヨンと名乗った少女は、先日闇黒の都市に移って来たこと、イナテミスに必要なものを買いに来たことを告げる。 「そのお店を探しているうちに迷った、ってわけか。うーん、確かその店見た気がするな。案内してやろっか?」 「本当ですか!? よかった……」 笑みを浮かべるヨンを背後に、アキラがはたと今の状況を思い返す。 (……そういえば、ここ、どこだ? ……ま、何とかなんだろ) そして、こういう時ほど本当にどうにかなるもので、アキラとヨンは目当ての店に到着する。 「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか……」 「いいっていいって、探検ついでだったしさ」 「……ふふ。アキラさんって、面白い方ですね」 しばらくの間会話を交わして、そして二人は手を振って別れていった。 (カリーチェ、どこにいるんだろ……) 光輝の精霊の都市を、佐伯 梓(さえき・あずさ)が目当ての人物を探して歩いていく。人と精霊が共に暮らすようになったとはいえ、精霊の都市を一人で訪れる梓は目立つのか、複数の精霊が遠巻きに見つめたり、内輪話に興じたりしていた。 そうしてしばらく、梓が歩き回っていた頃。 「あっ! ……」 聞こえた声に梓が振り向くと、明るい茶色の髪の毛を脇に結んだ少女と視線が合う。 「カリーチェ!」 路地に消えた少女、カリーチェを追って、梓も路地に飛び込む。視線の先に、背を向けたカリーチェの姿があった。 「あの、その……イルミンスールの生徒が街に来てるって噂を聞いて、もしかしたらアズサかなーって思って……よかった、来てたんだ」 背中を向けたまま一気にまくし立てるカリーチェ。 「……うん。あの時言ってくれたことの、返事をしなくちゃーって」 その言葉を聞いた瞬間、びくっ、とカリーチェの身体が震える。 「あの時はさー、保留とか言っちゃったけど、本当はとっても嬉しかったんだよー。カリーチェが俺のことあんな風に思ってくれてたって分かって、うん、嬉しかった。ありがとう」 「…………」 漏れる吐息の声、梓が言葉を続ける。 「正体隠してたこととか、気にしてないよー。 むしろ、時間空けちゃったからさ、不安にさせちゃったかなーって。 きっと、たくさんの勇気を出して、カリーチェは手を差し伸べてくれたんだよね」 そして、今度は梓がすっ、と手を差し伸べる。 「実は俺もさ、制約とか、しがらみとか、よく分かんないんだけど。 でも、俺だって、カリーチェが怪我したら嫌だし。……一緒に居たい、って思う。 ……カリーチェを守りたい。うん、こんな感じ。 カリーチェが思ってるような奴じゃないかもだけどさー、こんな俺でよかったら、友達になって欲しいなー。 精霊さんのこと、カリーチェの事、もっと知りたいな」 言い終えた梓の前で、カリーチェが後ろ向きにすすっ、と近付き、そしてぽつり、と言葉を漏らす。 「……バカ」 それが呼び水となるように、言葉が後から後から溢れ出す。 「バカ! バカバカ! もう! また会う時は笑顔、って決めてたのに! 嬉しすぎて涙が出てくるじゃない!」 そこまで言って、カリーチェが振り返り梓の胸に飛び込む。溢れる涙で歪む顔を見せないように、顔を強く梓の胸に押し付ける。 「……あたしも、アズサのこともっと知りたいな。これから一緒に居れば、アズサのこともっと分かるかな? ……一緒に、歩こ。アズサ」 その言葉に、梓が頷いてぎゅっ、とカリーチェの身体を抱きしめる。 「……ありがとう」 降ってきた言葉が、カリーチェの涙を再び呼んだ――。 「……カッコ悪いとこ見せちゃったわね。うん、もう大丈夫」 そのまま落ち着くのを待っていた梓に、カリーチェが頷く。 「ね、折角だし一緒に出店見て回らない?」 梓の誘いに、振り返ったカリーチェが、 「……ええ!」 満面の笑みを浮かべて、そして梓の手を取った――。