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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第1回/全3回)

リアクション

 
●イルミンスールの地下に続く『門』の前

「…………」
 イルミンスールの地下に続く『門』の前で、エリザベートが解除を試みている。
(……すご〜く仕返ししてやりたいですけどぉ、こいつ全然隙を見せませぇん! ガマン、ガマンですぅ……)
 エリザベートの背後に立つアメイアは、エリザベートを急かすでもなく、しかし何か小細工を弄するような余裕を持たせない程度に圧力をかけていた。
「あの、どうして僕なんですか? それに、どうして腕を組んでいるんですか? 人質だというならこう、身動きできないようにするとか……」
 フィリップの単純な疑問からの問いかけに、アメイアがふむ、と一考して口を開く。
「シャンバラの者は群れたがると見えてな。装うためなら誰でも良かったのだが、貴様がちょうど一人でいたものでな。腕を組んでいるのも装うため。……貴様が望むなら、私のやり方で別に構わないのだが――」
 言ってアメイアが、フィリップの腕から自らの手を外したかと思うと、そのまま首を掴みひょい、と持ち上げる。
「あっ、く、苦し……」
 フィリップがアメイアの手を引き剥がそうと力を込めても、まるで接着剤で張り付いたかのように、アメイアの手は微動だにしない。
「私の生徒に手を出すなですぅ!」
 叫ぶエリザベートに、アメイアが見下ろしながら答える。
「ふん、生徒、か。笑わせてくれる。世界樹というものは、そこに住まう者共を戦いの際の駒として使う、と聞いたことがある。それと契約している貴様も、同じことを思っているのではないか?」
「……あなたには関係ないですぅ。とにかく、彼を離しなさぁい!」
 エリザベートとアメイア、二人の視線が交錯する。直後、後方に魔法陣が浮かび上がり、アーデルハイトのテレポートで転送されてきた生徒たちが姿を現す。
(んふ、なかなか良いタイミングじゃったのう。龍騎士とやら、どう足掻いてくれるかのう?)
 自らの話術でアメイアが狼狽えていく様を想像して悦に浸りつつ、ファタが一礼してアメイアに話しかける。
「イルミンスールのファタ・オルガナじゃ。取り込み中でなければ、わしに付き合ってはくれんかのう?」
「……アメイア・アマイアだ。いいだろう、貴様等が何を考えているか知らぬが、付き合うとしよう」
 言って、アメイアがフィリップの首から手を離し、再び腕を組むような姿勢を取る。
「おぬしは、個人の意思でイルミンスールにあるというイコンを接収しに来たそうじゃが、それではおぬしにそのような権限なぞないのではないかの?」
「そうだ。私は私の意思、私なりの方法を以てイルミンスールと接触を図った。エリュシオンの、大帝の命令であるというのなら、もっと確実な方法を取っているだろうな」
 権限のありなしを問うたファタに対し、個人の意思であることを強調するアメイア。ならば、とファタが次の言葉を紡ぐ。
「おぬしは個人の意思と言うが、しかしおぬしは同時にエリュシオンの龍騎士と聞く。そのような誇り高い立場であるおぬしが、イルミンスールにこのような行いを為すことは、わしらへの宣戦布告と取られても仕方無いじゃろう。……そうは考えなかったのかの?」
「……そうか。貴様らはエリュシオンが、この僻地に宣戦布告したと捉えるのだな?」
 問いかけに問いかけで答え、アメイアが「それともこう言うべきか?」と前置きして、言葉を続ける。
「何故私が、私の言葉を貴様らがどう思うかまで、考えねばならない? 誇り高いエリュシオンの龍騎士と貴様らが言う私が、何故、貴様らがどう思うか考え、貴様らの、他者の存在で言葉を、行動をねじ曲げねばならない?」
「……おぬしは、イルミンスールにニーズヘッグが現れ、混乱の最中にあっても、個人の意思を優先すると?」
「ニーズヘッグもまた他者である以上、私の意思は変わらない。そもそもニーズヘッグはユグドラシルの配下。そしてユグドラシルは帝国の配下でも、対等でもない、そのようなしがらみを超越した場所にいる。奴らの考えなど私には思い浮かばん」
「……じゃあ何!? 帝国の代表であるあんたがユグドラシルは無関係だって言うなら、こっちがユグドラシルに入って攻め滅ぼしても構わないってこと!?」
 アメイアの態度に業を煮やした菫が、声を荒らげて問いかける。
「……訂正しよう。私には奴らの考えなど思い浮かばんと言ったが、貴様の言葉に対しては奴らの考えが思い浮かんだ。そしてそれは私の考えとも一致する」
 言ったアメイアの表情が、反応を楽しむような不敵で、それでいて絶対の自信に溢れたものになる。

「構わない。……出来るならな!」

 アメイアの身体が、人の目では追い切れない速度で反応し、エリザベートを連れ戻そうと迷彩塗装を施して歩み寄ったメティスに蹴りを見舞う。『首が飛ぶ』という痛みはこういうものなのかという思いを遺して、メティスの身体がその場に崩れ落ちる。
「口を閉じろフィリッ――!!」
 同時にフィリップの下へ飛び込んだレンが、フィリップの身体に触れた所で、内臓が破裂する痛みに身体を折り曲げ、手がフィリップの身体から離れる。
「……ほう、私の一撃に耐えるか。これは少し、私の考えを改めねばならないようだ」
 よろめいたレンの、サングラス越しの視界に、迫り来る物体が映る。それがアメイアの拳だと気付いたのか、頭を潰される痛みが先に来たかは定かではないが、レンの身体が仰向けに倒れ、動かなくなる。
(嘘……たった2発で、レンが?)
 実力者の一人が瞬時に戦闘不能に陥った事実に、菫もファタもそれ以上言葉を紡げない。アメイアの行動を阻害する行為とアメイア自身が判断すれば、先程の二人のように迎撃される可能性がある。
「尤も、このような姑息な手段を用いる貴様らに、それだけの力があるとは思えぬがな。貴様らも一国を担う戦士であるなら、正面から立ち向かおうとは思わないのか?」
 言うが早いか、アメイアが踏み込み、禁猟区を展開し隠れ身と超感覚を駆使してアメイアの動向を探り、何かあった時に常に動けるように待機していた輪廻の首を襲う。もしアーデルハイトの言った備えをしていなければ、逆に脳に痛みが伝わる前に絶命出来たのだろうが、なまじ死なないが為に痛みで死ぬ思いを味わいながら、輪廻が床に崩れ落ちる。
「これ以上彷徨かれたくないのでな。小細工を弄すれば、貴様とて容赦はせぬぞ?」
 アメイアの視線がエリザベートを向いた所で、その場に置いてくる形になったフィリップとエリザベートに近付く影を捉える。
「エリザベート、ミーミルは無事だ! 一旦この場から逃げるぞ!」
 ケイとカナタが、危険を承知でエリザベートとフィリップを助け出そうと行動に移る。アメイアが動き出すよりも早く、エリザベートとフィリップ、ケイとカナタの間に入り込む影があった。
「…………」
 魔鎧装備の恵が、武器を持たず盾を持ち、無言で佇む。恵を援護するように、エーファとグライスもケイやカナタ、その他生徒たちと対峙するように立つ。同じ学校の生徒がアメイアの肩を持つ事態に、ケイとカナタでさえも次の手を打てない。
「……聞こう、貴様は何故、そこにいる?」
 アメイアの言葉に、恵は周り全てから向けられる意思を封殺し、自らに湧き起こる憎悪や反感といった感情を押し殺して答える。
「エリュシオンからご足労頂いた方に、見送りも何もなしでは失礼ですから」
「そうか。では貴様に、そこの者の管理を命ずる。私がイコンの下に辿り着くまで、彼が死なぬよう護衛を行え」
「……分かりました。グライス、彼にヒールを」
 穏やかな笑みで答え、恵がグライスに命じ、フィリップに癒しの力を施す。首を締められた影響で苦しんでいたフィリップが楽になり、自らの力で立ち上がり、恵を見つめる。その目には、従属以外のいかなる感情も写していないように見えた。
「フィリップさんに給仕が必要なら、エリザベートちゃんにだって必要です! 目的地に辿り着くまでに、エリザベートちゃんの身に何かあったら、辿り着けなくなっちゃいますよ? それはアメイアさんも困るのではありませんか?」
 今度は明日香が、トレードマークのメイド服に準じた態度で、エリザベートの給仕を申し出る。
「貴様は何故、そうする?」
「エリザベートちゃんを守りたいからです」
 淀みなく、即座に言い切る明日香に、アメイアが僅かに表情を崩して答える。
「では貴様には、そこの幼き契約者の管理を命じよう」
「ありがとうございます」
 恭しく礼をして、明日香がエリザベートの下に歩み寄る。今直ぐにでも抱きしめたい衝動を必死に押し殺し、事態を直視出来ないエリザベートを安心させるように肩に手をやると、エリザベートの震えが徐々に収まっていった。
 やがて、『門』がエリザベートの手によって開放され、途端に周囲が、根に巣食う様々な生き物たちのあげる鳴き声で騒がしくなる。
「では、イコンの所へ案内してもらおうか」
「この先はと〜っても複雑な迷路になってるですぅ。はぐれれば命の保証は出来ませぇん」
 エリザベートと明日香、フィリップと恵、エーファ、グライスを従えるように、アメイアが門の外側に出た所で、思い出したように生徒たちに言い放つ。

「貴様等に自己紹介がまだだったな。
 私はエリュシオン七龍騎士が一柱、アメイア・アマイア――」


 その言葉が、門が閉じられたことで掻き消え、そして残された者はどうしていいか分からず途方に暮れる――。

 直後、一旦閉じたはずの門が、再び開放されるのが彼らの目に映った。

「これは……俺達が後を追えるように……」
「じゃろうな。……だがそれには一つ問題があろう」
 ケイの呟きに、カナタが周囲を見渡して答える。
 
 周囲から伝わる、無数の気配。
 それらは決して、歓迎されているようなものではなかった。

「イルミンスール内部にここの生物が入り込まぬように門が張られていたのじゃからな。その門が開放されたとあれば、興味を示す輩も出てこよう」
「……つまり、俺達はここを死守する必要があるわけか。コーラルネットワークの防衛を終えた生徒たちが駆けつけてくるまで」

 ケイとカナタが、向かってくる気配に対し杖を構える。他の者も、まずは自らの身を守るため、そしてこの場で戦闘不能に陥った者たちを守るため、戦闘の準備を整える。

(誰かを助け、守るための魔法……次こそ、必ず……!)

 姿を表した、自らの背の数倍はあろうかという巨大な生物に対し、決意を秘めた表情のケイの、生徒たちの魔法が炸裂する――。