蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

リアクション公開中!

それを弱さと名付けた(第1回/全3回)
それを弱さと名付けた(第1回/全3回) それを弱さと名付けた(第1回/全3回)

リアクション


chapter.13 蒼空学園(3)・意志 


 優斗とひなが帰った後の校長室。
 彼らによって気力を幾分取り戻してはいたが、涼司にはまだ大きな問題が残されていた。もちろん失踪事件も解決はしていないし、環菜のこともある。
 が、彼が最も頭を悩ませているのは、アクリトとの対立問題であった。
 外交の経験が圧倒的に不足している彼にとって、これは大きな頭痛の種だった。
 ひとり残ってアンケートを眺めつつ、どうしたものかと考えている涼司の元を、御凪 真人(みなぎ・まこと)とパートナーのセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が訪れた。その後ろからは、樹月 刀真(きづき・とうま)と彼のパートナーである漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)も部屋へと入ってくる。
「今日は随分訪問者が多いな」
「大分お疲れのようですね」
 真人が話しかける。疲れというよりは感嘆の感情に近かったが、最近の涼司の様子を知っているのなら真人がそう感じたのもおかしくはない。
「もう自分でもお分かりでしょう。環菜校長と同じようにひとりで何でも出来るなど思い上がらないでください」
 冷たい言葉を放つ真人。すぐさま反論しようとする涼司を手で制し、真人はその続きを口にした。
「誰も他人と同じになることは叶わないのです。無理に同じように振舞えば、必ずそこに無理とズレが生じると思いますよ。君は山葉涼司であって御神楽環菜ではないのですから」
「お前……」
 てっきり自分をけなしに来たのだと思っていた涼司は、その言葉を受け止めきれずつい声を漏らした。
「環菜校長のようにひとりが全てを支えるなんて今の君には出来ないでしょう。でもそれは、恥ずかしいことでも間違いでもありません。常に校長が先頭に立って進まなければならない……などということはないのですから。ひとりで支えれないならふたり、それでもダメならもっと多くで。そう、皆で支えれば良いだけなんです」
 だから、協力も惜しみませんよ、と真人は言った。涼司は、真人のその言葉で今まで自分が言われてきた言葉たちを思い出していた。自然と、彼の口から弱い本心がこぼれる。
「お前ら、なんで……そんなに一生懸命俺に……!」
「たぶん、この学校が大好きだからでしょう。君がこれまで築いた絆や友情だって、そんな薄っぺらなものではないでしょう?」
 ひとりじゃない。
 直接そう言われたわけではない。けれど涼司は、強く背中を押された気がした。
「真人の言う通りよ。困ったことがあれば皆で協力すれば良いのよ。難しいことは真人や他の頭の良い人に任せて、ね」
「人を何だと思ってるんですか」
 セルファがもう一押し、涼司の背を優しく押す。真人のつっこみも気にせず、彼女は続けた。
「今までだっていっぱいキツい事件があったけど、この学園はまだ存在してるじゃない。だから、きっと今回も大丈夫よ! 何とかなる……ううん、皆で何とかするのよ」
 それに、とセルファはおどけて口にする。
「頭抱えてる涼司なんて似合わないわよ。むしろ、あなたが真面目キャラになってるのに凄い違和感があるもの。だから、眉間にシワ寄せてないで。ほら、笑ってなさいよ。悩むなんてガラじゃないでしょ」
「……はは、そうだな」
 真人、そしてセルファに力いっぱい励まされ、涼司は手のひらで頬をパン、と叩いた。
 しっかり目を開いてよく見ないとな。
 涼司は思う。手を貸してくれるやつらが、こんなにいるんだから。
「何を今さら気合いを入れてるんだ」
 しかし、その様子を見ていた刀真の一言で場は一気に凍りつく。
「……え?」
「な、何を」
 真人とセルファもこれには驚いた表情で、彼の方を見る。刀真はそんなふたりの視線も、涼司の呆気に取られた顔も何のそのでさっきの会話を思い起こす。
「さっきも言われてましたが、君が環菜の代りなんて出来るはず無いでしょう? 君は無能なのだから。実際アクリトにあんなことを言われても、反論のひとつさえまともに出来ていない」
「いきなりケンカをふっかけてくるとは、いい度胸だな!」
 血相を変えて、涼司が刀真のむなぐらを掴む。刀真はそれを意にも介さず、さらに彼を罵倒する。
「俺が蒼空学園だ? 寝言は寝て言えこの馬鹿。環菜を守れなかったのに、学校を守れるのか?」
「うるせぇっ!!」
 大きな音が部屋に響き、直後刀真が床に倒れた。涼司が興奮のあまり、彼を殴り飛ばしたのだ。
 拳を握ったまま、刀真を見つめる涼司。刀真も、床に手をつけたまま涼司を見上げる。
「環菜は何でも出来たから他人を必要としなかった、だからずっとひとりだった……違うか?」
 ぽつりと、刀真がそう発した。涼司はそれにうまく答えることが出来ない。その節を、彼自身どこかで感じていたからだ。環菜は、その才能ゆえに人を寄せ付けない面があった。
「俺はそれが嫌で、環菜のそばでずっと彼女を危険と孤独からまもりたかった。校長だからとか、金持ちだからとか、そんなの関係無しにただ環菜だから当然だと俺にわがままを言って笑いかけて欲しかった……けど、結局はご覧の有様だよ」
「刀真……」
 無意識のうちに、涼司の拳は解かれていた。刀真が切々と語りだすその様子を見て、月夜は思わず涙をこぼしていた。それを、白花が優しく抱きとめ、慰める。
そんなふたりの様子を背中で感じつつも、刀真はすっと立ち上がり、彼の前で一礼をした。
「凉司、ありがとう。環菜のことを責めてもらうなら君だけだと思ったのであえて意地悪を言いました」
 そう言った彼の顔は、後悔を少し遠ざけたもののように見えた。
 環菜を守れなかったのに、学校を守れるのか。
 刀真は、さっき自分が涼司に言ったセリフを心の中で反復する。本当は、違うと知っていた。環菜を守れなかったのは他の誰でもない、俺なのだと。しかしもうそれを悔い続けることはしない。
「御神楽さんは自分の真似をしてほしくて山葉さんに後を任せた訳じゃないと思います。山葉さんなりの方法でなら、この学園やシャンバラを守りきれると信じていたのではないですか?」
 月夜をあやしつつ、白花が涼司に問いかける。
「俺は……俺がここを守るには……」
「余裕をもっと持ってください。そして、必要な時に精一杯頑張れば良いんです」
 白花の言葉に続くように、月夜が涙声のまま涼司に言う。
「凉司じゃ、環菜の真似をして一人で理事長・校長・生徒会長の三役をこなすのは無理。生徒会を立ち上げたり、他の後ろ盾をつくっていくのが良いと思う」
 もちろん月夜も、本当なら涼司自身が生徒会長を出来ればそれで問題はないと理解している。しかし、環菜のことを思うとそれを進言するのはどうもはばかられた。
「生徒会は、もう準備を頼んでいる。あとは……」
 涼司は自分の手を見つめる。何人、何十人、いや、もっとたくさんの人に触れてきた手。彼は今改めて、その手がたくさんのものと繋がっていることを知った。そして同時に彼の意志も知る。必要な時、それが今なのだと。
「俺たちが頑張って、シャンバラの現状を環菜のいた頃と同じ……もしくはそれ以上にすることができたら、環菜を殺した奴が俺たちを狙って出てくるかもしれない」
 アクリトが課題を出したことも、刀真は知っている。それの意図も、おおよそは予測していた。現時点での蒼空学園の問題点を浮き彫りにすることが狙いだろうと。それなら、その部分を改善し、理想の学園をつくり上げることがこれからすべきであろうと彼は思った。
 そうすれば、涼司が抱えている問題の大半は解決するだろうと踏んだのだ。アクリトの意図を汲んだ上で立派な学園にすればアクリトも強引に関与してはこないだろうし、その結果出来上がった理想の学園を狙って暗殺犯が来れば環菜の仇も討てるだろうと。
「そいつを捕まえて組織の情報を吐かせたらぶっ殺す……乗るか?」
 刀真の目には、後悔の代わりに強い決意が宿っていた。確かに彼の言った通りにことが運べば、アクリトとの外交問題も環菜の件も一気に片がつく。
 しかし、涼司にはひとつだけ気がかりなことがあった。
 今日ここを訪れたコトノハが言った、「学生を私兵扱いしないでほしい」という言葉だ。
「……それは、お前の意志なんだな?」
 涼司は、刀真に確認の意味をこめて聞いた。刀真は今さら答えるまでもない、とばかりに無言で首を縦に振る。
「分かった。乗るぜ」
「そうこなくちゃ、涼司じゃないな」
 刀真は薄く笑うと、涼司にすっとケースを差し出した。彼がそのふたを開けると、中には眼鏡が入っていた。
「伊達眼鏡だ。それをかけて余裕のある校長業に励めよ」
 そう言い残し、刀真はパートナーたちと共に部屋から出て行く。その間際、彼は振り向いて最後にこう告げた。
「そうだ、もうひとつだけ。『俺が』じゃないだろ。『俺たちが』蒼空学園だ!」
「……ははっ、うるせぇな、その通りだよ」
 涼司が笑みをこぼす。そして彼は、渡されたその眼鏡を顔にかけた。
「まずはアクリトにしっかり意志を示さないとな。この学園をつくっていくのは、俺たちなんだってな」
 そう言った涼司にもう、迷いはなかった。
 アクリトが何を言ってきても、学園を預けるような真似はさせない。他の生徒たちに言われた通り、サポートを受ける程度なら受け入れも考える。が、どうしてもアクリトが完全統治を譲れないというのなら、争ってでも自分たちの場所を守ってみせる。
 涼司は大学へと向かう支度を始めた。念のためと荷物に入れた彼の武器が、窓から差し込む月明かりを受けて鋭く光っていた。