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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第2回/全3回)

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第十三曲 〜世界の裏側で〜


(・そして……)


「頼まれていた要塞で戦った奴の死骸なんだけど、やっぱり普通じゃなかった」
 正悟は、クローン強化人間の死骸を、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)のいる情報本部に届けた。
「結果が分かったら、俺にも回してくれないかな?」
「はい、分かりました」 
 だが、依頼するのはそれだけではない。
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)は、分かったことを地球、東西シャンバラ問わずクローン強化人間の非人道性を発表してもらうようにも依頼する。
 ただし、クローンのことは伏せて、自爆を刷り込まれていることを前面に押し出して、であるが。
「人が何かを守るためや欲するために戦うのは仕方ないことかもしれませんが、こんな風に命を弄ぶような行為は許しちゃいけないことだと思います」
 ただ、戦いのためだけに作られた者達。
 それが敵の兵士の大多数を占めていたという現実。
「エスカレートすると、全く関係のない普通の人にも同じような処置をしてくるかもしれないですし……甘い考えかもしれませんが、こんな戦いは認めたくないです」
 無慈悲なる鏖殺寺院の行い。
 それが公になれば、彼らの活動の幅は狭まるだろう。
 ――『鏖殺寺院』は。

 そのやり取りから数日後、結果が届いた。
 DNAから体組織に至るまで、原型が分からなくなるまで改良に改良を重ね、オリジナルの人間からはかけ離れたものであるということが明らかになった。
 また、自爆に関しては体内に爆薬があり、脳からの信号で爆破しているとのことだ。
 そして、解析からなんとか元のDNAを特定すると、それは五年前に行方不明になった傭兵のものであることが判明した。
 その人物が、今どうなっているのかは明らかではないが、おそらく無事ではないだろう。
 実は強化人間化され、プラント攻防戦に赤い装甲服を纏って現れ、ベトナムでホワイトスノー博士に細切れにされた人物などとは知る由もなかった。
 

* * *


 PASDによるイコン製造プラントの調査は完了し、そこが前線基地として利用可能であろうことが明らかになった。
 また、イコンの製造プラントを稼動させ、西シャンバラ政府は量産型イコン「クェイル」を製造開始。
 ゴーストイコンとの戦いに備えることとなった。
 なお、プラントの常駐要員として、プラントの管理を提案した小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が推挙された。
 ロイヤルガードとして、ということもあるが蒼空学園に通う身でもあるので、常にいれるわけではないが、これを引き受けることにした。
 また、管理体制のうちエネルギーに関しては、どうやらプラントの動力は半永久機関になっているらしく、「国家神の力」、つまり女王の力がある限りは停止することがないらしい。
 また、PASDからも数名が常駐することになった。
 学生ではない者もいるため、本当の意味で常駐出来る者もいる。
「……しばらく帰れそうにはありませんね」
 リヴァルト・ノーツと、空大の機晶研究員でもあるアン・バードライ(五機精のアンバー・ドライ)の二名だ。
「なに、住めば都という言葉があるではないか」
 
* * *


 海上要塞跡地は、東シャンバラ領内であるために、管理権は東シャンバラ政府に委ねられた。
 傭兵のうち、何名かは捕縛されたが、皆組織の詳細は知らされてはいなかった。
 要塞で「軍」を指揮していた総督は、西シャンバラ政府に身柄が引き渡され、教導団によって取り調べが行われたが、「私は悪くない。ただ、好きに部隊を動かしていいと言われただけだ」としか答えず、しかも、それを命じた組織、あるいは人物に対しては一切答えなかった。
 いや、答えられなかったというべきか、本人は言いたそうだったが、何らかの力が働いて口を割ることが出来ないらしい。
 しかし、思わぬところから情報がもたらされることになる。
 超能力部隊として、要塞に突入していた天御柱学院の生徒である榛原 勇が『十人評議会』という単語を耳にしたという。
 だが、その組織についての実態は掴めない。
 実際、世に出回っている「トンデモ本」なんかでは、陰謀論で語られる「世界を裏で支配しているエリート達」の組織とされているが、都市伝説のようなものだ。
 むしろ、そのような組織が本当に存在しているのならば、ある意味においては「地球」を敵に回す行為に等しい。
 さらに詳細な情報が求められることになるだろう。

* * *


 天御柱学院。
 今回の戦いは、要塞を制圧出来たとはいえ、勝利と言えるものではなかった。
 むしろ情報漏洩により、敵に今回の奇襲作戦が筒抜けだったことにより、上層部への責任追求がなされた。
「イコン部隊に死者が出なかったからいい、という問題ではない! 科長、あなた方の判断で、どれだけの生徒が苦しんだと思うのですか!」
 教官長が抗議した。
「なに、無事に制圧出来たし、ベトナムで行方不明になった部隊も帰ってきたし、結果オーライじゃないか。落ち着きたまえ」
 多くの生徒を危険な目に遭わせ、あろうことかベトナムの偵察部隊を死亡扱いした人間が、この言い草だ。
「それはそうと、小隊が一つ命令違反をしてベトナム救援に向かったそうじゃないか。彼らにはちゃんと罰則を与えなければな」
「科長! 自分達の責任は棚に上げるつもりか!!」
「うるさい! こっちだって役員共から散々文句言われてるんだ! このままでは私の地位も危うい。ああ、なんとかしなくては」
 結局は自分の既得権を守りたいだけだ。生徒のことなど考えていない。
「とにかくだ、命令違反した四組には無期停学処分を言い渡す」
「科長!」
「それに、命令違反を君の監督不行届として君に責任を取らせてもいいんだぞ?」
「したければ勝手にするがいい! そうだ、私があいつらに行けと命じた。生徒が死んだからといって、諦めたくなかったからな。分かったか!」
 もちろん、最後まで教官長は心を鬼にして「作戦」を優先した。だが、あまりにも勝手な科長の物言いに激昂した。
 その結果、命令違反のパイロットは全員無期停学処分、教官長は謹慎、そして降格処分が言い渡された。
(地位なんざくれてやる。私は、お前みたいに腐るつもりはない)

 強化人間管理課。
「……先生。私の……本日の成果です」
 白滝 奏音(しらたき・かのん)が、戦果の報告を風間に行った。
 アルファ小隊は、全機が最後まで残り、十分な成果を残している。
「よく頑張りましたね」
 どうやら、認められたようだ。
「風間君、新しい精神安定剤の件だが……」
 そこへ、ドクトルと呼ばれる人物が入ってきた。だが、それと同時に風間が声を発した。
「この分なら、『レイヴン』への適応も可能かもしれませんね」
 それを聞き、ドクトルが顔色を変えた。
「風間君、あれのテストを再開する気か!」
「いえ、まさか。ですが、彼女が希望するならいずれは」
 視線を奏音に送った。
「設楽カノンでさえも、発狂しかけて乗りこなせなかった機体。それを自在に操ってみたいとは思いませんか?」
 微笑みかける風間。
「とりあえず、素養があるということですよ。いえ、そう睨まないで下さいよ」
 ドクトルとは険悪なようだ。
 彼女と入れ違いで、今度は別の人間が報告に来る。
「気分はどうですか?」
「はい。特に問題はありません。ですが、何か『引っ掛かり』を感じます」
「まだ記憶の残滓が残っているのでしょう。いずれすっきりしますよ」
 しばらくして、その子は部屋を出た。
 記憶消去措置を受けた、夕条 媛花(せきじょう・ひめか)だった。
「風間君、彼女に何をしたんだ?」
「いえ、おかしなことはしてませんよ。ただ、彼女の望みを叶えただけです」
 ゆっくりと歩きながら、風間は語った。
「私を憎む者は多いでしょう。ですが、私がこうするのは、全て強化人間、そして学院のためを思うからです。強化人間を年寄りどもの道具になんてさせません。そのためなら、いくらだって恨みも憎しみも買いますよ」

* * *


 ベトナムからの奇跡の生還は、学院を沸かせた。
 極秘で海京を発ち、ベトナムに現地入りしたものの敵に捕らわれてしまったホワイトスノー博士とモロゾフ氏を救い出し、敵の機体を奪って脱出し、敵の基地を壊滅に追い込んだということで、賞賛された。
 しかしそれ以上に、世界的に有名なファッションデザイナー、メアリー・フリージアが敵に捕らわれていたこと、その彼女をも救出したということが騒ぎに拍車をかけた。

 しかし――

「海京警察です」
 極東新大陸研究所海京分所に、警察がやってきた。
「ジール・ホワイトスノーさんと、イワン・モロゾフさんですね。お二人には守秘義務違反の疑いがかけられています。東シャンバラの急襲作戦を、事前に流していたと」
 敵が準備を進めるためには、三日前の時点で知っていなければ厳しい。しかも、その時点で知っていた者は学院の上層部と、極東新大陸研究所のイコン開発関係者だ。
 なぜ二人が疑われたのか。
 原因は飛行場での悶着にある。
 あえてこの時期に、なぜベトナムへ行く必要があるのか。
 そして、一般人であるはずの二人が、いくらベトナムの偵察部隊に助けられたとはいえ、無傷で帰ってこれたのか。
 行動に不自然な点があるとされ、同行を迫られた。
 結果、イワン・モロゾフは身柄を拘束され、博士には監視がつくことになった。
 モロゾフがホワイトスノーを庇い、自分が全ての罪を認めたからだ。それでも、博士に対する疑いは抜けないために、監視がつくようになったのだ。
 博士がイコンの技術開発で、今以上の影響力を持つようになることを恐れた学院上層部による陰謀とも噂されるようになるが、その真相は定かではない。

* * *


 PASD情報本部。
「2012年の死亡記事について、調べ終わったよ」
 アレン・マックスが、ロザリンドから引き受けた調査結果を、彼女に伝えた。
「地図には載っていない秘密都市で、研究所の爆発事故が発生。軍の研究所だったらしいけど、詳細は分からない。かなり大規模なものだったらしく、職員、研究員は全員死亡。と思われたんだけど、一ヵ月後、事故現場から二人の生存者が発見された。それが、イワン・モロゾフとジール・ホワイトスノーの二名だよ」
 さらに続ける。
「それと、不可解なことが起きてないか、だよね。事件直後、ロシアでは未確認飛行物体が相次いで目撃されている。撮影に成功した人はいないから、本当かは分からないけどね」
 そして、最後の情報だ。
「傭兵を敵が募集していたけど資金繰りはどうなっていたか、だったかな。ひとまず、ネットワークを通じて資金力のある人物・組織を調べた結果、該当は一万件以上。敵に掴まってたっていうメアリー・フリージアは上位五十位以内に入ってる。彼女は空京にも店舗を持ってるだけあって、親シャンバラみたいだけど。該当した一万件のうち、反シャンバラ・反パラミタを明確に掲げているのは千、噂を含めると四千件。ヴァチカンのマヌエル枢機卿なんかも入ってるね。これを全部調べていくのは、さすがに厳しいな」
 裏を返せば、それだけ今のシャンバラの体制に不満を持っている者達がいるということだ。
「ありがとうございます」
「あと、これは気をつけて欲しいってだけなんだけど」
 アレンが真剣な面持ちで言う。
「『十人評議会』を調べるのは、危険だよ。なんでも、天学の子がその単語を聞いたってことで、一応調べてみたんだけど……危うくPASDのデータを全部吸い出されるところだった。相当な実力を持つハッカーが、世界中にネットワークを張り巡らせて監視している」
 どことなく悔しそうだった。
「オレ達が戦っているのは、鏖殺寺院という組織なんかじゃなく――もっと巨大なシステムのようなものかもしれない」