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リアクション
「あうぅ、たっくさん人がいます。こ、こんなところで演奏なんて、ニーズヘッグさんに演奏するより緊張しますぅ」
アコースティックギターを携えた咲夜 由宇(さくや・ゆう)が、緊張でふるふる、と震えていた。
『おい、オレもいるんだぞ? オレに演奏するつもりでやりゃあいいだろが』
「そ、そうでしたぁ。でもでもっ、やっぱり緊張しますよ」
今、由宇とアレン・フェリクス(あれん・ふぇりくす)、それに燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の三名は、イナテミス広場で企画された演奏会の奏者(アレンは有事の際の控え役としてだが)として、集まったイナテミスの住民、そして今やイナテミスの一員にもなったニーズヘッグに演奏を披露しようとしていた。
「よろしくお願いいたします、由宇様。私も一生懸命、歌いますので」
「うぅ……な、なるようになるです! 行きますよ!」
覚悟を決めた由宇が、ギターの弦に手をかけ、ゆったりとしながらも力強い音色を響かせる。
その音楽に合わせて、ザインのまるで傍で話しかけられているような、そんな思いを抱かせる歌声が響く。
「……アレンくんが言ってました。戦うだけが結末じゃない、って。
結果がどうなろうとも、誰にでも等しく時間は進んでいく。その中で自分が満足出来る行動が取れているかが、問題なんじゃないかって」
『……で、それってどういうことだ?』
「うぅ、私にもよく分かりません……。でもでも、完全な悪役の人なんていないんじゃないかなって思いますです。
ニーズヘッグさんも悪いところがあるだけで、悪い人じゃないんですよ。
皆さんも、不安に思ってますけど、一緒にやっていこうとしているんだと、私は思いますです」
由宇の持つ技術と、研ぎ澄まされた感覚が生み出す音楽は、ニーズヘッグにすらここに集まった人々の抱く感情を垣間見せる。
不安、不安、不安、不安、そして少しの、期待。
希望と、そして夢とを抱えながら、人は今日を生き、明日を迎えていくのだろう。
『……チッ、こんなの知っちまったら、悪ぃことなんて出来なくなんだろが。
……分かったよ、オレももう悪ぃことはしねぇ。こんだけの不安を与えちまったのがオレなら、そいつらに一言、謝っておきてぇ』
「じゃあ、「ごめんなさい。もうしません」って謝ってください。まずはその一言からだと思います」
その場に集まっていた生徒の中から、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が進み出てニーズヘッグに告げる。
由宇とザインが演奏を止め、ニーズヘッグの言葉を住民たちと一緒に待つ。
『……ごめんなさい。もうしません』
ニーズヘッグの声にしては大分細く、自信のないものだったが、それでもその声はその場にいた者たち、そして、精霊塔を介してイナテミス中に広まっていく。
やがて、一握りの住民たちが拍手を打ち、それは街中へと広がり、そして歓声となって街を包み込む。
この時を以て、ニーズヘッグはイナテミスの一住民として、受け入れられたのであった。
(私も機晶姫という、ある意味不死と呼べる種族……生き続けるのは……大切な存在の死を看取らねばならない、辛いこと……)
歓声の中で、ザインが空中のニーズヘッグを思い、心に呟く。話をする機会を得た時に言っていた、ニーズヘッグの言葉を思い出す。
『あん時声を上げてたのはテメェか。……あぁ、唄、って言うのか、わりぃな、オレはそんなもん知らねぇんでな。
……オレはな、死を喰らい、死を背負い続けている間に、オレが生きてる、ってのが分かんなくなっちまったんだろうな。
オレは多分、死が悲しいと思うし、怖ぇと思う。だけど、生きることがなんなのか、生きてることが幸せなのかは、まだ分かんねぇ。
……ま、それが分かる日が、来ねぇとは思わねぇけどな』
(貴方が、生きている実感が得られないというのなら、私が貴方の傍にずっと寄り添い、歌いましょう。
死なない、が故に他者の死と向き合い続けねばならぬ悲しみ、怒り、恐怖……。
でも、生き続けるから皆の笑顔に出会える、そう思わせてくれる幸せの唄を……)
――ひとりになるのは、寂しいです――
貴方の傍で、歌わせてください
私の傍で、唄を聞いてください
ザインの歌声が、歓声の引いた街中に響く――。
「よっ、兄ちゃんの嫁さん、いい声してんなぁ。こっちまでもらい泣きしちまうぜ」
「お、親方、ザインは嫁ではありません」
「なんでぇ、違ぇのかよ。あんなべっぴんな嫁さん、そうそういねぇぜ。……おっと、今のはあいつには内緒な、分かったな!」
「は、はい、親方!」
その頃、神野 永太(じんの・えいた)はダン・ヘインと共に、ニーズヘッグがイナテミスで過ごす際の寝床(ニーズヘッグの大きさが25mなので、それが入るだけの、犬小屋を大きくしたような小屋)を建てる計画を立てていた。
早速明日から、ダン率いる一派と共に、建築作業に携わることも決まっていた。
(ニーズヘッグ……正直、ザインにそんなに思われている君に、嫉妬している自分がいるよ。
……分からないな、私もザインと共に在りたいのに、君のような者がザインの傍に居てくれた方が、ザインは幸せなんじゃないかって思うんだ。すぐに死を迎える私なんかより、よっぽど幸せなんじゃないかって、そう悩んでしまうんだ)
――だからこそ、ザインがパートナーの身でありながらニーズヘッグの契約者に立候補することに、拒否せず頷いたのかも――。
「エータ」
「……あ、は、はい!」
思慮に耽っていた永太を、ダンが『兄ちゃん』ではなく名前で呼ぶ。
「エータが俺の所に弟子入りしてきた時に、俺が言ったこと、覚えてるか?」
「……『大工は自分の生活と、家を建てようとする人の生活まで守らなきゃならない』……」
永太の言葉に満足そうに頷いて、ダンが口を開く。
「エータの嫁さんは、俺たちが家を建てようとしている人の生活を守ろうとしてるじゃねぇか。ここでエータが生活守れなくてどうすんだ。お前は何だ、言ってみろ」
「私は……私は、大工です」
永太が言うと、ダンがよし、と頷く。
「いいか、それを忘れるな。お前は死ぬまで大工だ。……計画立てちまうぞ、ここのが終わったらイルミンスールにも同じの頼むって言われてんだろ?」
「は、はい、そうです」
少し前、アーデルハイトから直々に、イルミンスールにニーズヘッグが居住するための建物を作ってほしい旨の連絡が届いていた。イルミンスールの方で用意は出来ないのですがと永太が尋ねると、
『それもまあ、啄木鳥のように出来なくもないが、ニーズヘッグはおまえたち生徒とも共にあるのじゃ。生徒たちが手入れ出来るような建物の方がよかろうよ』
とのことであった。
「なら、急がねぇとな。ボーッとしてっと、あっという間に日は過ぎちまうからな」
「……はい!」
あれこれ悩んでいるよりは、頭と手を動かしていた方が有意義。
そんな思いで、永太はダンと共に計画の練り上げを行っていく――。
「イルミン襲った時から思ってたけど、あんた、ぶっちゃけ世間知らずよね!」
『な、なんだとぉ!?』
「だって、イルミン襲ってやることが根っ子一生懸命齧るだけって……私聞いて呆れちゃったわ」
『……ケッ、否定はしねぇよ』
精霊塔の天辺で、ニーズヘッグと共にミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)が話をする。
「世間にはね、根っ子よりもっともっと、何百倍もおいしいものが星の数程あるんだからね!
……そうだ、今度ザインのカレーでも食べに来るといいわ。あれ食べたら、もう根っ子なんか齧る気なくなっちゃうわよ。
あ、でも働かざる者食うべからず! ちゃんとウチの家事手伝いなさいよ!」
『ったく、『やきいも』っつうの食わせてきたり、今度はなんだ、『かれー』? ま、うめぇモンなら何でも食うぜ』
「ザインのカレーを、そんじょそこらの美味しい物と一緒にしないでよね! いいわ、今度ウチに来た時にたっぷり話してあげる、覚悟しなさいよね!」
賑やかな声を響かせながら、イナテミスの宴の時間は過ぎていく――。