リアクション
○ ○ ○ ユリアナ・シャバノフは、新たに張られた西シャンバラ用の広いテントの中にいた。 軟禁状態の彼女の元に、多くの者が訪れ、世話をしたり雑談を持ちかけたりするのだが、素っ気無い返事さえも、返すことが少なくなっていた。 アジトに彼女が探していた魔道書と思われる書物はあった。 しかし、それは彼女の手には渡らず、契約者の一人が管理し、所有権を主張している龍騎士団の従龍騎士が見張りについている状態だった。 「温かいうちに食べてくださいね」 「こっちも、どうぞ……」 ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)と、マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)が、出来立てのパンとスープ、それからお茶を持って、現れて、ユリアナに差し出した。 ユリアナはユニコルノから料理、マユから茶を受け取るが、礼の言葉も言わない。 「あの……あの……」 冷たい印象のユリアナに、マユは緊張しながら一生懸命話しかける。 「きゅうくつな思いをさせてごめんなさい。もう少しの、しんぼうですから」 閉じ込められているせいで、元気がないのだろうと思って。 ユリアナはちらりと、ほんの一瞬だけマユを見た後、視線を逸らした。 「話してくれませんと、状況は良くなりませんよ」 魔道書の探索に同行した結崎 綾耶(ゆうざき・あや)、それからパートナーの匿名 某(とくな・なにがし)がユリアナの側に近づいた。 「魔道書は恩人のものでもあると言っていましたよね? その恩人さんは、どのような人なのですか?」 綾耶は明るく優しく、ユリアナに問いかけた。 ユリアナは瞳を軽く揺らす――しかし、声は出さなかった。 「このままだと魔道書はエリュシオンに連れていかれてしまい、会えなくなってしまうかもしれないですよ? それで、いいのですか?」 綾耶の問いに、ユリアナは軽く反応は示すも、口を開きはしなかった。 某が吐息をつく。 「確かにあんなことがあった後だし、そっちにも色々と思うところはあると思う。それは理解してる。けど俺はともかくとして、まがりなりにも一緒に探索参加した間柄の綾耶は信用してやってくれ」 そう言うと、某はテントの出入り口の方へと歩いていく。 「……事情はどうあれ犯罪者側にいた人間の言葉なんて、本来信用されないのは普通なんだよ。しかも嘘までついてるかもしれないならなおさらだ。それを棚上げにして自分の事ばっかり。これをわがままと言わずなんていうんだよ。わがままも大概にしておけよ」 ユリアナに向けてではなく、外の方に目を向けながら、小さく独り言のように某は呟く。 「某さん……!」 綾耶が窘めるように声を上げ、某はふうと息をつく。 そして、出入り口の前で立ち止まり、ユリアナの方に顔だけ軽く向けた。 「信じてほしいって、自分が望む場所に行きたいって思ってるなら、本当の事を偽りなく晒せ。ちょっと難しいかもしれないけど、裏表なくあんたのために動いてくれてる人間だって少なくないのは事実だ。そういう人間にぐらい本心打ち明けたっていいじゃねえか。そうやって本当の事は隠し通して、人を騙して、手前勝手な事ばっかり主張し続けてたら……消えてなくなるぞ、何もかも」 某はユリアナの表情の変化に気づく。 しかし、それ以上の対応は綾耶に任せて、彼はテントを一人で後にしたのだった。 「ダメ……に決まってる」 ユリアナは僅かに嘲笑気味な笑みを浮かべて、綾耶に顔を向ける。 「誰も役には立たないのね。私一人、だったら確実に手に……取り戻すことが出来たのに。邪魔、して……助けてはくれない。当たり前のことだけど」 「それが本心なのか?」 ユリアナの冷たい言葉に、怒ることなく優しく声を発したのは久多 隆光(くた・たかみつ)だった。 「できれば、2人きりで話をしてみたいところだ。ここには、俺だけではなくキミの助けになりたいと思っている娘も沢山いる。本当に」 だけれど、それは許されはしない。 それは、ユリアナが信用されていないからでもあり。 ユリアナに接触しようとする者も全て信用できるわけではないから。 彼女が誰かと2人きりになった時に、仕掛けてくる者もいるかもしれないから。 この合宿には、パラ実生も多く参加しており、西側の代表者であり、軽くではあるが武装している教導団の李 梅琳(り・めいりん)を疎ましく思っている者も少なくはなかった。 「飾らない言葉でいい、本心を言ってくれないか?」 少しの間、ユリアナは隆光を見ていた。 そして軽く眉を揺らした後、視線を僅かに下に落とした。 数分待つが、彼女は何も言わない。 「ユリアナ」 隆光は穏やかな声で、言葉を続ける。 「俺と友達にならないか?」 一瞬、訝しげな目をユリアナは隆光に向けた。 「……ひとりぼっちそうなユリアナが気になるんだ」 何も言わないユリアナに、隆光はゆっくりと語りかける。 「俺にとって、友達とは命を賭けても守りたい存在であり、笑い合える存在だ」 途端、ユリアナが嘲りの含まれた笑みを浮かべる。 「空言ね」 「そうだな。すぐにそんな関係になれるわけでもないし、それが俺でなくてもいい。ただ、キミも友達を作れば、辛い状況下でも少しでも明るく生きていけるのではないかと。……そう思うんだ」 「私には、唯一と思う恩人がいる。護る対象は一人で十分。他にその場限りの『友達』なんて必要ない。あなたは命を賭けても守りたいと言ったけれど、恋人と友達が別々の場所で死にかけていて、誰か一人しか助けることが出来なかったらどうするの? 恋人と友達が殺し合いをした場合は? 知り合い同士の殺し合いなんて頻繁にあるものだし。馴れ合っていた人物が自分を後ろから刺してくることだって当たり前に起きること。だから大切な人は1人でいい。友達面して近づいてくる人物こそ、寝首を掻くことが目的なんだし」 「そうか」 隆光は微笑んでいた。 ユリアナは怪訝そうな顔で隆光を睨んでいる。 「いや、沢山語ってくれたことと、唯一の存在がいるっていうことに、少し安心したんだ。今のユリアナには解らないと思うが……ここに来ているリーアという友達の為なら、俺は命を賭ける覚悟がある」 「は? あなたがそこで死んだら、あなたのことを大切に思う他の人が、あなたを守れなかったことになる。リーアという人は恨まれるかもしれないわ。それで守れたと言えるの?」 くすりと笑みを浮かべて、隆光は首を縦に振る。 「俺がこういう男だということを、友達は知っているから大丈夫だ。そしてユリアナにも今、こうして話している」 腑に落ちないような、腹立たしげなそんな表情でユリアナは目を逸らした。 「それじゃ、また。次はもっと親しくなれるといいな」 そう言葉を残して、隆光はテントから出て周辺の警備に付くことにする。 「なるほど、随分と杓子定規な見方をする人物なようだ」 「あなたに近づく人物は、あなたにとって、より受け入れられない人物なのですね」 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)とハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)の言葉に、ユリアナは眉を潜めて口をつぐむ。 「ただ、君がそのような考えを持っていることが問題なのではない」 クレアはユリアナをまっすぐ見据えて、話していく。 「まず、西シャンバラのロイヤルガードが君を全面的に信用していない理由は、『ユリアナが嘘をつき、事実を隠しているから』だ」 「……」 「嘘をつかれていると判断せざるを得ない以上、『ユリアナの主張を認めるかどうかを判断するレベル』にさえ達していない」 つまり、判断が出来ないのだ。 「……何故嘘だと疑うの」 「では嘘はついていないと、誓えるか」 「勿論」 「しかし、この場にいる東シャンバラの契約者達には嘘をついていることを、私達は知っている。それなのに、あっさり君は誓えてしまう。現状を見たまえ。嘘を突き通したからといって思う通りに望みが叶うわけでもないだろう」 ならば、包み隠さず、正直に話してみろと、クレアは続けていく。 ユリアナは眉間に皺を寄せて、目を閉じた。 彼女は深く深く考えていた。 だけれど、人を信じようという気持ちは全くなく。 この場で――さまざまな立場の者がいるこの場で、どう話せば、自分に有利なようにここにいる者達が動いてくれるのか、わからなかった。 演技もさほど上手くは無く、嘘は見抜かれるだろうし、本心も信じてはもらえない。もしくは、理解されることはないだろうという、確信を持っていた。 |
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