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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第七章 クレセントベース防衛戦

 
 
クレセントベース・本部
 
 ミカヅキジマの地下にある、建造中のシャンバラ教導団の前線基地、クレセントベース。
 その一室で、香取 翔子(かとり・しょうこ)大尉は難しい表情をしていた。机上には、数枚の地図が並べられている。一枚はコンロン全域の概略図、もう一枚はミカヅキジマの地形図、そして……引き続き地図の作成にあたっている、沙 鈴(しゃ・りん)のパートナーの英霊秦 良玉(しん・りょうぎょく)が持って来た、地下洞窟の現在までに調査が済んだ部分の地図。
 エリュシオン帝国の龍騎士は、既に教導団の生徒と接触してしまった。次に来る時には、おそらく戦闘は避けられないだろう。しかし、イコンはまだここには届かない。今もし戦闘が起きてしまったら、クレセントベース方面隊は、イコンなしで敵を撃退しなくてはならないのだ。この状況にどう対応するか、香取は考えを巡らせていた。
「空を飛ぶ敵を相手にするのは、現状の戦力ではかなり難しいよね……。どう対抗するか決まらないと、実戦に即した訓練もできないし、どうする?」
 机を挟んで香取と同じように地図を見ていた教導団のドラゴニュートサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)が、隣に立つパートナーの比島 真紀(ひしま・まき)少尉と、香取とを見比べる。
「残念ながら、教導団はこれまでずっと陸軍を主体にしてきたため、龍騎士に対抗する航空戦力は貧弱であります。飛行可能なイコンが本格的に導入されて対抗できるようになるまでは、現状であるものをやりくりしてしのぐしかないでしょう」
 比島はそう指摘する。
「それはそうなんだけれど、やりようってものがあるでしょう? 龍騎士一騎だけならまだしも、部隊を相手に生身でやりあうのは、幾ら何でも危険にすぎるわ。我々は何とかして、龍騎士の力を削ぐ方向に状況を持って行かなくてはならない」
 淹れてからだいぶ経ってしまったコーヒーをすすって、香取は一息ついた。作戦行動に携行するために作られた、丈夫なことと持ち運びしやすいことだけが取り得の、何の装飾もない金属製のカップにはもちろん保温の機能などなく、コーヒーはぬるくなってしまっている。
「飛行ルートを予測して、鼻先に飽和攻撃をするのが有効だと思うのですが。あとは、ネットを使ったトラップを作ることも考えてみるとか。……あ、コーヒーのおかわりはどうでありますか?」
「ありがとう。お願い」
 香取は席を立った比島にカップを渡す。比島がコーヒーを淹れ直して戻って来る間も、香取は地図を見て唸り続けていた。
「で、どうするのでありますか?」
 カップを机に置きながら、比島は尋ねた。
「例えば先の本校防衛戦みたいに、敵の攻撃を一回しのいで済む状況なら、弾薬や物資をあるだけつぎ込んでもいいんだけれど。シャンバラ本土からの補給線は確保されているとは言え、要請した物資がすぐに届く状況ではないから、長期戦になりそうなら、物資弾薬の使い方も考えなくてはいけないわよね。……それに」
 香取は椅子の背に身体を預けて、大きく息をついた。
「出来るだけ、こちらの手の内、特に戦力を敵に知られたくないのよ。全力で叩きに来られても困るけど、正面からぶつかると危険だからと、補給を断たれて兵糧攻めに持ち込まれるのはもっと困るわ」
「確かに……」
 比島も難しい顔になる。
「一つ案はあるんだけど……」
 香取は、地下洞窟の地図を取り、机の中心に置いた。
「龍騎士をこの洞窟の中に引っ張り込んで機動力を奪い、袋叩きにするのよ。どうやって洞窟の中に誘い込むかと、長猫族の居住区に被害を出す恐れがあるのが問題だけど、上手く行けば敵の機動力を奪った上で、こちらの戦力をあまり悟られずに戦うことが出来るわ」
「敵がそう上手くこちらの誘いに乗ってくれるでありましょうか?」
 比島は不安そうだ。
「それでもやはり、地上でまともにやりあえばこちらが不利だし……誘導については、皆が上手くやってくれることを信じるわ。地下で戦うことに難色を示したり反対したりする人は居るでしょうけど、ここは納得してもらわなくちゃしょうがないわね」
 大きく息をついて、香取は決断を下した。
 
 ◆◆◆◆◆
 
 香取の予想した通り、地下洞窟内に龍騎士を誘い込む作戦案は、拠点の設営を担当している者たちにとっては、とうてい受け入れられるというものではなかった。
「まだ基本的な施設の設営も終わってないって言うのに、何を寝ぼけたことを!」
 拠点設営の現場監督の一人、天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)は思わず声を荒げ、机を叩いて香取に抗議した。
「現状では伝声管の設置や各種倉庫の増設など、今ここにいる人員が使う設備を整えるだけで手一杯で、とてもじゃありませんが迎撃戦が出来るような装備設備じゃありません! しかも、増援が来れば、その分居住に必要な面積も広くなります。これから広げなきゃいけない基地の、せっかく作った部分まで危険に晒すような作戦を認められるわけがないでしょう!!」
 篤子たちはこれまで、武器庫や食料庫を作ったり、要所要所に伝声管を設置するなど、基地機能の整備充実につとめて来た。増援が来る前に、宿舎に充てているスペースの雑魚寝状態を何とかしたいと思っているのに、香取は篤子たちがこれから整備しようとしているまさにその場所で戦闘を繰り広げるつもりだと言うのだ。噛み付きたくもなると言うものだろう。
「それに、地下を戦場にすれば、長猫族にも少なからぬ影響が出ますわ」
 頭から湯気を噴きそうになっている篤子とは対照的に、冷ややかな声で指摘するのは、参謀長をつとめる教導団の沙 鈴(しゃ・りん)教官だ。
「現在長猫族は我々に協力的ですが、戦闘になって犠牲が出れば、態度を変える可能性もありますわね? そのことへの対応はどうするのですか?」
「事情を説明し、謝罪して、何とか判ってもらう以外にないでしょう。……あとは、なるべく迷惑をかけないようにするしか」
 香取は苦い表情で答える。彼女とて、このような作戦を選択することのリスクやデメリットは承知している。その上で、これしかないと決断したのだ。
 香取の表情を見て、沙鈴はしかたないですわね、と言いたげに軽く息をついた
「わかっていらっしゃるようで、安心しましたわ。ですが、重ねて申し上げますが……今回の状況は教導団がミカヅキジマに来たことが引き金になったようなものです。もちろん、教導団を受け入れた長猫族側にも責任はあるでしょうが、これは教導団の、シャンバラ政府の戦いです。矢面に立つのは我々であるべきです。それが出来なければ……長猫族に我々より多くの犠牲を強いるようであれば、長猫族たちにとっては、我々を受け入れて協力するメリットがなかったということになり、最悪、クレセントベースを放棄せざるを得ない状況に発展する可能性も、考えられなくはありませんわ」
「忠告ありがとう。そんな事態にならないよう、最大限の努力をするわ」
 香取は少しほっとした表情でうなずくと、篤子の方へ向き直った。
「もし、私の作戦案以外に良い案があるのなら、提案して欲しいのだけど?」
「……」
 篤子は押し黙った。
「……決まりね」
 香取は、二人と、そして自分自身に言い聞かせるように言った。
「致し方ありませんわね。では、わたくしは長猫族たちへの事情説明と謝罪に行って参ります」
 沙鈴は敬礼し、踵を返して部屋を出て行く。
「敵が来るまでは、工事を続行します。増援部隊が寝起きするスペースも作っておかなくちゃいけませんし。……なるべく、既設の部分に被害が出ないように頼みます」
 篤子はむっつりとした表情で言い捨てた。
 
 
 沙鈴は、その足ですぐに長猫族の長に謁見を申し入れた。
「……と言うわけで、申し訳ございません、問題が起きることになりそうなのですわ」
 例によって謁見の間の奥からにょろんと首を出している長に事情を説明し、沙鈴は深々と頭を垂れた。
「ソナタ達ヲ受ケ入レタ時点デ、コウナル事ハアル程度予測ガツイテオッタヨ。撃退シテクレレバ無問題。……デモ、アンマリ、洞窟ニ被害ヲ出サナイデネ? 洞窟ガ潰レテ皆生キ埋メハ嫌ジャシ」
 長は思いの他冷静に、状況を受け入れたようだった。胴体の長さからしてかなり長生きしてきたようだし、もしかすると、こんな見た目で百戦錬磨なのかも知れない。
「もちろんですわ。皆さんへの被害が極力少なくなるよう、最大限の配慮をいたします」
 内心ほっとしながら、沙鈴はうなずく。
 
 ◆◆◆◆◆
 
 地下洞窟に敵を誘引すると、作戦は定まった。
「作ってもまた壊されるかと思うと……萎えますねぇ」
 現場監督の天璋院 篤子(てんしょういん・あつこ)は浮かない顔だが、だからと言ってやらなくていいというものでもない。と言うか、戦闘に備えるために、これまでは造るつもりのなかったものを造らなくてはならなくなり、やる気が出ないのなんのと言っていられる状況ではないのだ。ながねこたちにも手伝ってもらいつつ、工事を続けている。
 新たに作ることになったものは、教導団の三船 敬一(みふね・けいいち)が提案した、さまざまな防衛設備である。
「入り口から降りて来た所に、砦だか防壁だかの残骸があったな。そこを中心に防衛拠点を作って行こう。本国から届いた木材とコンクリートは使って良いのだろう?」
 三船は篤子とは対照的に、あまり動揺していない様子で、どのように敵に備えるか考えを巡らせている。
「できるなら、入り口に近い場所に防壁、その内側に塹壕やトーチカを作って、二重の防衛線を構築したいが……」
「基地の各種施設がもう建設に入ってるけれど、どうにかスペースは取れると思います。ただ、物資はまだ未着のものもあるし、今ある全部を防衛設備に注ぎ込むことは出来ないと考えて下さい。増援の受け入れ準備にも必要になりますから」
「了解した。無い袖は振れないのだから致し方あるまい」
 三船はうなずくと、塹壕やトーチカを実際に作る東ローマ皇帝コンスタンティヌス十一世の英霊コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)の元へ打ち合わせに向かう。
「やっぱり、洞窟の中で戦うことになったのかい」
 そこへ、引き続き洞窟内の地図を製作している秦 良玉(しん・りょうぎょく)が顔を出した。ずっと洞窟の奥の方の調査をしていたが、防御陣地造りで地図が変わることがあるのではないかと、様子を見に来たのである。
「こういうものは一度作って終わりではなく、こまめに修正をせぬと使い物にならんのじゃよ」
「そうですか。ですが、今の所、大きく洞窟の地形が変わるような工事をする予定はありません。そんな大掛かりなことをしている時間もありませんし。防壁やトーチカの位置を書き込んだ方が良ければ、彼らに聞いて下さい」
 話しかけられた篤子は、視線で『塹壕は線状に掘らずタコツボに……』『トーチカも、穴を掘って蓋をかぶせる構造に……』などと話し込んでいる三船とドラガセスを示した。
「そちらで作った配置図があれば、こちらの地図に書き込む必要はないか。……奥の地下通路に影響が出るような戦闘にならねば良いんじゃが。折角作った地図をまた作り直す羽目になるのはかなわん」
 三船とドラガセスの様子を横目に見て、良玉は嘆息した。
「一応、入り口周辺に罠も仕掛けることになっているんですが、龍騎士相手にどの程度通用するかは未知数ですね」
 篤子は肩を竦めた。罠の設置は、三船のパートナーの強化人間白河 淋(しらかわ・りん)が、ながねこたちの協力を得て行っている。だが、実戦を経験していないながねこも多く、上手く行くかどうかは判らないようだ。
「じゃあ、むしろそっちの地図が必要じゃあないかい」
「いえ、淋くんの方で設置箇所をチェックして、入り口警備の者に図を渡すそうです」
「ああ、ちゃんと考えてあるんだね。だったら、あたしは地下通路の方へ戻らせてもらうよ」
 良玉は洞窟の奥の方へ戻って行く。