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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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ミロクシャ脱出
 
 ミロクシャの街は、いつもに比べると些かの静けさに包まれていた。これまでに明らかになったように、ここを占拠する夜盗勢は、西にある廃都群に兵を結集させているミロクシャ旧軍閥残党を討つべく相当数の兵を駆り出した。また現在収まっているが、ボーローキョーで何らかの事態が発生したのか亡霊が街で暴れ回ったため住民は家にこもりひっそりとしている。夜盗たちが亡霊に備え、見回ってはいるが。旧軍閥を潰すための第二陣もすでにここを発ったが、それでも千程度の兵は警備に残っている。
 それにしても……これはチャンスかもしれない、と思うのはちょうどミロクシャを脱出しようとしていた、都に残る旧軍閥の者たちだ。事情はわからない――彼らにすればまさか落ち延びる先であった廃都群での結集がばれ襲撃を受けているがためにここの兵が手薄になっている……とは知る由もない。彼らはこれを機と、コンロンの月が最も暗くなる刻、脱出の決行へと乗り出す。
「え。あの子が、コンロンの帝?」
 まだ年端のいかぬ、ほんの子どものようであった。
 出立前に、帝直々から御言葉を述べたい、とのことで皆の前にひととき姿を現したのだ。
「これメイド。帝に、失礼であるぞ」
 臣らと共に、コンロン帝を前に控えつつ、つい口にしたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)
「あっ、すみません。でも、つい」
 身なりこそ豪華な黄金の装飾の服装に身を包んではいるが、少し震えているようにも見える。無理もない。生きてここを出られるかどうかも知れない状況なのだから。おどおどした中にも凛としたものはある。本来ならば快活な男の子なのだろう。しっかりした意志の強さを感じさせる眉。いや、女の子……? 口調は幼い子どものものだが怯えず、堂々としている様子ではあった。この状況に屹然と耐えているのは偉い。
 同じく雇われの戦士ら一同、膝をついて控え、言葉を聴き終えた。風次郎らは最後方で、無言でいる。アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)たちからは「あれがコンロンの帝かぁ」「しっかりお守りしなくちゃね」と声が聞かれる。
 冑の男は、旧帝が奥の馬車に引き下がろうというところ、すっと立ち上がった。そこに音羽 逢(おとわ・あい)
「御仁。並々ならぬ腕とお見受け致す。拙者、音羽 逢と申す者。お見知りおきを」
「……。ウム。私は……いや、名乗る程の名も、ない。すまぬな」
「そうで御座るか……少々、話してみたく思い……拙者の方こそでしゃばったことを、すまぬで御座る」
 冑の男は、視線を逸らした。
 旧帝はもうこのとき、車の中へ引き下がってしまっていた。
「……」
「? どうしたで御座る?」
「何でもないのだ。……」
 ナナは、脱出決行にあたって、旧軍閥の指揮を執る家臣に、策を申し出ていた。
「フム。……なるほど」
「いかがでしょうか?」
「よし、それで少しでも脱出がしやすくなるのならば、やってみる価値はある。頼めるか?」
「はい。お任せください」
 ナナはその他、事前に脱出方向を聞いたり念入りな打ち合わせを行い、家臣らから一目置かれた。
「……ふむ」その様子を見て、当世具足 大和(とうせいぐそく・やまと)は主の前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)に、
「風次郎殿。私どもは控えておるだけでよいのですかな?」
 風次郎は目を閉じ表情を変えぬまま、
「ああ。俺たちの目的はあくまで戦いにある。そのときまではすることはない」
 コンロンの月が暗くなると、やがて静かなミロクシャの夜に、刃の音が響き始め……「き、貴様ら? だ、誰……ぐゎ!」
「りゅ、龍騎士が裏切った!」
「な、何?!」
 町に火が回り始めた。夜盗たちが出てきて、集まり始める。「あちらの通りを駆けていく一団は、誰の統括だ。おい?!」
「帝国は元よりコンロンを支配するつもりで、夜盗も利用したのち、消す予定だったのだ!」「龍騎士は我々を裏切った!」
「龍騎士が? どういうことだ……」 
 


 
 一方の龍騎士らは……これまでにおいて見たように、この方面を束ねる神龍騎士タズグラフは単身、ボーローキョーへ、二人の部下は夜盗を率い、廃都群へ向かったわけであった。
 ここでは少々時間を遡ってみることになる。
「さて、客人よ。この私、タズグラフはボーローキョーに向かうこととなった。部下の二人はこいつら夜盗を率い、廃都群まで出向く。
 残念だが、我々は客人の相手をしてやることはできん」
 客人――道明寺 玲(どうみょうじ・れい)と、その隣で饅頭をぱくぱくしているイルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)
「もっとも、貴殿らはここの者(夜盗)たちにいかなる用向きだったかな?
 ここまで奇遇な縁。少々、話しでもしかたったが? では、な」
 龍騎士は、出て行く。道明寺は反応しかけたが、止めておいた。イルマは……「あ、饅頭、なくなっちゃったどす」
「さあ客人と呼ばれたお二人」夜盗の頭目が、引き続き問う。「俺たちに何の用だい。龍騎士さんみたいに丁重に扱うつもりはねぇぜ」
「そ、それがしどもは……。
 何者と言われても、主を探しているバトラー見習いですが」
「バトラー? フム。それでさような格好を。バトラーとは、コンロンでは珍しいものだな。
 俺たちに雇われに来たのか。で、おまえの探している主とやらに相応しいか、俺を見極めにきたか?」
「先ほどの龍騎士様は、仰られたように一度そうとは知らずに酒場でお見かけ致したことがあるのです。その後、そうと知って、お仕えできれば光栄かとも思いました」
「では龍騎士たちに付いてゆかずともよかったのか?」
「貴方にお仕えできるのもまた栄誉かと思いました。貴方がたが、このコンロンで覇を唱えることができるのならば、尚更」
 頭目はニタリと笑った。
「そうか。……フフゥ。
 さきの様子を見てよく理解したようだな。いい客人だ。ならば、俺たちの待遇も変わってくるってもんよ」
 頭目は、机の上にあった饅頭をイルマに投げてよこした。
「ま、饅頭どす! ほわわ〜(ぱくぱくぱく……)」
「フフゥ。コンロン名物だ。さてさきの通り、帝国の龍騎士が俺たちに味方してくれている。コンロンは帝国と結んだ上で、俺たちが治めていくことになるだろう。
 おまえの実力も示してもらおうか。それ次第で、俺たちの統治において軍師としてでも活躍してもらうことになるかもしれねぇな。確かに俺たち夜盗のもとにはそういう人材は不足がちだ」
 しかし。頭目の館に滞在した道明寺はその後、窓から外を覗き見て思う。上がる火の手。その龍騎士が最早裏切ったとは。そういう声が街に響いている。無論、帝国のやり方としては考えられる。しかし、このタイミングで? 町の夜盗は混乱している。ふむ、これは何かありますな……。