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リアクション
第七章 奇襲作戦5
「思ったより早く幕府・葦原軍が動いたな」
暁津勤王党三道 六黒(みどう・むくろ)は、暗闇の中で遠くに戦火が上がるのを確認した。
第四龍騎士団と瑞穂藩兵は今、四つの部隊に別かれていた筈だ。
幕府・葦原軍は、その一つを強襲したのだろう。
「かつて暁津藩は天下ニ分の戦で鬼城に付き、戦功大なりの褒章を得たのだ。その子孫たるたるものが、遅れをとっても良いのか!」
六黒の怒号が飛ぶ。
獣人羽皇 冴王(うおう・さおう)がせせら笑った。
「相手のスキを狙う奇襲にかけちゃあ、オレの得意分野だ。この冴王サマの牙にかかりてぇ馬鹿は、横一列に並びな!」
冴王は暁津藩士の背中を思い切り叩くと、肩を組んだ。
「って、言いてぇとこだが…チッ。今回は暁津、てめーらが主役だ。俺が獲物をくれてやるなんて奇跡、期待すんじゃねーぞ!」
暁津藩士たちは一斉に雄叫びを上げる。
彼らは敵陣営に向かって一斉になだれ込んでいった。
「心置きなく刀振い、果てるがよい。芳しきその名、このわしが語り継いでやろう」
地祇(ちぎ)戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)が二刀を構え、そして消えた。
先の方で敵が呻き、倒れた音がする。
「ふむ、無弦はマホロバの古戦場がよほど気に入っているようだな。わしも久しぶりに身体を動かすとするか」
六黒はマントを払いのけ、両手を握り締めた、
一気に走り抜け、敵従騎士を斬り捨てる。
暁津藩士の間で士気がわっと上げった。
「六黒先生もしぶといな。てっきりあの世に逝ったと思ったが、俺と同じで逝きそびれたのか?」
どこかで聞いた声がした。
六黒がゆっくりと振り返ると、そこには片目の銀髪の侍がいた。
「……幽霊役もあきたところだ。お前の方こそ、足が付いているようにみえが?」
「ああ、ご覧のとおりだ。三途の川の渡し賃がなくてな。誰かが渡してくれなかったばかりにな」
六黒はフッと笑った。
冴王が手を叩いている。
「 おーい、日数谷 現示(ひかずや・げんじ)の旦那! 何しに来たんだ、高みの見物かい?」
「いや、俺も戦う気になってね」
「幕府についたのか?」と、六黒。
「そうじゃねえ。エリュシオンの龍騎士団と戦うってだけの話だ。瑞穂藩士は斬らねえよ」
「お前がそう思っても、向こうはそう思わんだろう。そんな戦い方をしていたら、今度こそ本当に死ぬぞ」
「そんときはそんときだ。運とてめえ自身が悪かっただけのこと」
現示は馬上から刀を抜き、駆け抜ける。
続いて、彼の部下の瑞穂藩士たちが続いた。
六黒たちと現示の連携で、龍騎士団の兵士が次々に倒れていく。
「もっと、つええやつかかってこい……!?」
現示の動きが止まった。
六黒もそれに気付く。
無言の圧力を彼らも感じていた。
「若殿様……」
「蒼の審問官 正識(あおのしんもんかん・せしる)か。大層な名だな」
彼らの視界に、聖十文字槍を背に持った男がゆっくりと歩いて来る。
正識は低い声で言った。
「日数谷、よくもやってくれたな」
「俺、ではなく、マホロバ人と彼らを助けたいと思っている人間が、ですよ」
「以前から、貴様は信心の足りない男だと思っていたが、これで判然としたな」
正識は『黄金の天秤』を現示に向かって掲げた。
「貴様の罪は、かつての主君だった私が裁く。この聖なる槍で消去されるがいい」
「くっ……」
現示が手綱を緩め、馬を走らせる。
一気にカタを付ける気だろう。
しかし、正識は動ずることもなく、槍で地面を貫いた。
衝撃波をともに亀裂が走り、馬に直撃する。
現示は落馬した。
「無駄だったな。さあ、心臓を出せ。せめて苦しまずに、裁きを一突きで……」
「あらあら、さすが七龍騎士ですね。あっという間に、あのおサムライさん殺しちゃいそうだわ」
百合園女学院牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)が、不敵な笑みを浮かべている。
「さすがですわ、マイロード・アルコリア。奇襲作戦なんかより、こちらが本命でしたわね。大当たりですわ」
魔道書ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)がアルコリアに付き従っている。
「やれえ! やっちゃえ〜。戦いだ戦いだ!」
魔鎧ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)がはやし立てた。
奈落人アコナイト・アノニマス(あこないと・あのにます)が、静かに言う。
「わが主も、世の巡り星の巡りが僅かに違えば、帝国に帰依し、皇帝陛下の為戦っていたかもしれませんが……今更ですね。わが主は、龍騎士漆刀羅シオメン(うるしばら・しおめん)さんを害したのですから」
正識が寸でのところで槍を止めた。
現示に何かを確認したあと、「貴様は後だ」といって、真っ直ぐにアルコリアたちのほうへやってきた。
「あら、やだ。聞こえちゃったみたいね」
片手で唇を抑えるアルコリア。
正識が彼女たちに問うた。
「龍騎士シオメンを殺害したのはキミたちか?」
「さあ……どうでしょう。戦って、再起不能にしてやったのは事実ですけど」
「シオメンはユグドラシルの元で息絶えた。腕の中に赤子を残して。彼のような崇高な魂を持った殉教者はいない」
「あ、そう」
アルコリアは興味なさそうに答えた。
彼女にとって、今そんな話は退屈なだけだった。
今、一番知りたいのは、目の前の七龍騎士と呼ばれる男の強さのみだった。
「その十字の聖なる槍、掲げるだけで死霊を消滅させ、生ける屍を開放させたりするんですか? 素敵ね。だったら、死人をじゃんじゃんつくっても平気ですね」
「……キミたちは裁きの対象だな。蒼の審問官によるこの判定は、永久に覆らない。奈落の底で悔いるがいい!」
正識は冷静に言ったが、その内心は烈火のごとく怒っているのは明らかだった。
アコナイトがアルコリアに憑依し、彼女の眼の色が青く変わる。
「奈落人にそんな脅し文句は無駄ですよ。フフ……度し難いでしょう? 『我等』という生き物は……?」
正識の一撃を、アルコリアが龍殺しの槍で受け止めた。
ナコトがすかさず魔方陣を書き込み、魔力強化する。
「その槍って神様専用? 龍騎士専用? それとも腕さえあれば誰にでも扱えるのかな? ほしいなー。ほしい!」」
ラズンが彼女たちのまわりできゃーきゃーいっている。
正識が「ほう」を目を丸くした。
「初撃を止めたか。シオメンがやれたのも偶然ではなかったか。……しかし」
正識は『聖十文字槍』の柄の端を叩き、一回転させた。
アルコリアの槍が吹き飛んでいく。
「神に挑もうとする己の愚かしさを悔やめ。私が、キミたちに相応しい『狂気の祭壇』で送ってやろう……」
正識が何やら詠唱すると、『聖十文字槍』の周りに蒼い光が宿った。
「……特別にな」
「龍騎士なのに魔法でも使えるというのですか? マイロード、にげ――」
危険を感じたナコトがアルコリアをかばうように、禁じら得た魔力の全開放を行う。
その瞬間、彼女たちは青い光りに包まれた。
「私は七龍騎士だが、同時に審問官でもある。ユグドラシルの神の加護を得た……ね」
アルコリアはナコト共々、強烈な蒼い光の衝撃に包まれ吹き飛ばされた。
「……逃げたか、初めからそのつもりだったか」
正識が放った衝撃の後、アルコリアたちの姿はなかった。
同時に、現示や六黒たちも消えていた。
彼女たちが撤退する直前、正識はふと、これら全てが仕組まれているのではないかと考えた。
彼は突然、千人隊長と軍師に後を任せるといった。
「私は一度、瑞穂に戻る。幕府軍はこちらが思ったよりも、腑抜けではなかったらしい。他の大隊と合流し、戦力を集中させておけ。目標はそのまま変えなくてよろしい。扶桑の都を目指し、邪魔な幕府・葦原軍をけちらせ!」