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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

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The Sacrifice of Roses 第三回 星を散らす者

リアクション

5.


 ジェイダスは、ここ数日を、私邸にて過ごしていた。
 やはり色々と考えることはあるのだろう。薔薇の学舎にも、その姿を見せない。
 しびれを切らしたように、生徒たちがジェイダスを尋ねてきたのは、むしろ当然のことだった。

 当日まで校長の警備をかってでたルキア・ルイーザ(るきあ・るいーざ)に案内され、応接室へと通される。ジェイダスは、すでにそこで、彼らを待っていた。
「失礼します」
 瑞江 響(みずえ・ひびき)が、一同を代表するように挨拶をし、会釈した。ジェイダスの傍らには、ロレンツォ・ルイーザ(ろれんつぉ・るいーざ)皆川 陽(みなかわ・よう)の姿もある。
 ここに集まったのは、他に、響のパートナーであるアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)と、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)、そして北条 御影(ほうじょう・みかげ)の四名だった。
 彼らはいずれも、ジェイダスに儀式について思いとどまって欲しい、その気持ちで集まっていたのだ。
「どうしても、お伺いしたいのです。……エネルギー装置は、本当にジェイダス様の命と引き換えにしても入手すべきものなのですか?」
「おまえは、どう思う?」
 逆にジェイダスに問いかけられ、響は誠実に、考えを伝える。
「俺達、薔薇の学舎の生徒は……皆、貴方を慕っています。貴方と引き換えに出来るものなどないのに、それでも貴方は、自分を殺せと、そんな理不尽な命令を下すのですか」
「俺は……慕っているからというのとは、少し違いますけども」
 御影が口を開いた。
「少なくとも、自分がさせようとしている行為の所為で、相手がその先どんな思いで生きて行かなければならないのか、校長は考慮しているんですか? 自分は死んで、その後の事は他人任せなんて、そんな無責任な事は許されない……そう思います」
 危うく敬語がぬけかけ、御影は最後にそう付け足した。そして、じっと非難の目をジェイダスに向けた。
「人の上に立つ、事を為す、……そう決めた人間が、自らの罪に押し潰されるようでは無理だ。私欲ではない罪は、背負ってこそ華だろう」
 それは暗に、ジェイダスもまた、己の手を汚したことがある。そう言いたげでもあった。
「ええ……俺は弱い人間なんでしょう。目的の為には切り捨てないといけないものも、あるのかもしれません……」
 響がそう答え、俯いた時だ。
「それも校長の自己陶酔だろ」
 ばっさりとそう言ったのは、スレヴィだった。やや呆れた調子で、彼はさらに言葉を続ける。
「そもそも、ウゲンの作った装置なんて、あぶなっかしくて信用なんかできるか。その後のことだって、どうなるかわからないんだ。こんなに心配事を残して、装置を起動させたら夢が叶うと思ってるなら、それは甘すぎるって話だろ? どうしても起動させたいなら、その後も見届けるくらいの欲を出せよ」
 挑戦的な口調ではあるが、彼がジェイダスを必要としていることは確かだった。まだここで、退場するのはおかしい、と。
 スレヴィの言葉に、ジェイダスはやや意外そうに、そしてそれから、楽しげに笑った。
「自己陶酔か」
「正直いって、そう見えるね。……美しくないぜ、そんなの」
「俺も、そう思います」
 御影が同意を示し、ジェイダスを見つめた。
「……おまえにも、そう見えるか?」
 ジェイダスは、じっと押し黙っていたエメに声をかける。
「私は……装置に関しての不安もあります。皆さんと同じように、ジェイダス様が今いなくなられるのは、リスクと不都合が多いとも思っています。でも……」
 エメは一度言葉を切り、それから、細い肩を震わせてジェイダスに告げた。
「それよりなによりも、私は、ジェイダス様が大切だから、失いたくないのです。もし、ジェイダス様がナラカに赴き、沈まぬ太陽を守護なさるというなら、喜んで私もナラカにお供します。もう……二度とお目にかかれないより、その方が、ずっといいのです」
 青い瞳を潤ませ、いじらしく訴えるエメに、ジェイダスは目を細めた。どこか、痛みを堪えるように。そして、そっと立ち上がると、その大きな手のひらでエメの乳白金の髪を撫でる。
「……ラドゥ様のお屋敷で研究を続けていた関谷さんから、教えていただきました。最も強いのは、『願いの力』だと。どうか、ジェイダス様。この先の未来を、私たちと『望んで』ください……!」
 エメは泣きながら、ジェイダスに縋り付いた。
 ジェイダスの熱い両腕が、彼を穏やかに抱きしめる。
「願いの力、か……」
 ジェイダスは顔をあげ、一同を見渡した。
「校長、アンタには残念なお知らせだが、俺達、薔薇の学舎の生徒は、まだまだアンタの指導が必要だ。途中で置いて行くなよ」
 アイザックが、そう訴える。彼にとって、なによりも愛しいものは響だが、彼と過ごした薔薇の学舎と、その場所を与えてくれたジェイダスのことを感謝する気持ちもまた、強いのだ。
「もっと、俺たちの……人の持つ可能性を信じてください」
 校長自身をも、含めて。
 そう、御影もジェイダスに告げる。
 黙ってそれを見守っていた陽にとっても、ルキアとロレンツォにとっても、それは同じことだ。
 ジェイダスを失うことはできない、と。
「……私は、幸せな校長だな」
 ジェイダスは呟き、彼らへの感謝を示すように、代表して、エメの額に口づけた。
 


「いかがでしたか!?」
 ジェイダスの屋敷から戻ってきた御影を、豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)が転がるようにして出迎える。
「さぁ? ただ、有る程度わかってはくれたみたいだな」
「ささ、熱い茶を用意しておりますぞ、どうぞ! ……っておお、冷めてしまっておる! これはなんという失態……!」
 暖めておくことには自信があったのに、とばかりに秀吉は嘆くが、「今はいい」と御影はあっさりと断る。
「人ひとりの命で莫大な利益が得られるなら絶対お得だと思うアルけどねー。あ、勿論我はご免アルよ!? か弱いパンダに何かあったら天罰が下るアル! その点ジュリー校長はやる気満々アルから、全然問題ないアル」
 そう言い放ったのは、マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)だ。秀吉もマルクスも、最初は着いていくとごねたが、こんなこと、あの場で口に出されても堪ったものじゃない。そのため、御影はあえて彼らを置いていったのだった。
「しかし、こたびのことで、おそらくは御影殿の覚えもめでたくなったかと! まっこと、喜ばしいことですじゃ」
 秀吉のほうは、それなりに満足げだ。そういう問題じゃないだろう……と思いつつ、ふぅ、と御影はため息をついた。
「とはいえ、多少は心を動かされたようだよ? しかし、わざわざ忠言しようだなんて、ハニーも無粋だねぇ」
 ひょこりと顔を出したのは、フォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)だ。彼だけは、御影の頭に貼り付いていたため、実はあの場にも同席していた。彼の場合、あくまで『高見の見物』がしたいだけなので、ある意味邪魔ではない。ある意味、というだけだが。
「まぁ、ああ見えてジェイダスも頑固な上に老獪だ。そもそも、人というのは皆身勝手なものさ。他人の意思を容易く変えられるとは思わない方がいい」
「……わかってるよ。そんくらい」
 フォンスの言葉は、こんなときはそれなりに胸に刺さる。仏頂面で押し黙った御影に、フォンスは倒錯的な歓びを感じつつも、口を開いた。
「なに、どんな結末になろうと、僕が慰めてあげるよ?」
「断る」
「どうせなら、我だけが大もうけする結末なら良いアル〜」
 欲望にとことん忠実なマルクスに、秀吉が顔をしかめる。
 そして、フォンスは御影の耳元に囁いた。
「いいかい、ハニー? 全てはなるようになるだけさ。その受け止め方に差はあれど、ね」